第031話 やっぱりトウコが悪い
シャルとの訓練を終えると、一回家に帰り、朝食を食べる。
そして、シャワーを浴び、着替えると、父さんに1000円をもらって先週も行ったファミレスに向かった。
ファミレスに着くと、すでにシャルがいたため、テーブルにつく。
「なんかいっつもシャルが先にいるな」
「まあ、私の家はこの近くだからね」
へー……
「シャル、なんで今日は私服なの? 制服は?」
先週は制服だったのに今日は私服だ。
座っているから下は見えないが、ゆったりめの黒いシャツを着ている。
「あなたが私服で来いって言ったんじゃない」
言ってない……
私服が見たいとは言ったが、そこまで強く言ってない……
「そっかー。似合ってるね」
「どうも。さあ、勉強するわよ。今度は私がしごいてあげる」
朝のことをちょっと根に持ってるし……
俺達はドリンクバーを頼み、勉強を始める。
今日も基礎学から始まり、月曜に受けた授業をおさらいしていった。
シャルはしごくと言っていたものの、いつものように優しく丁寧に教えてくれる。
俺はシャルのノートを見ながら術式を覚えていった。
そして、昼になったので昼食を頼み、それぞれ定食とパスタを食べだす。
「頭を使った後だと美味いなー」
「そうねー……ねえ、月曜の私を見て、どう思った?」
シャルが聞いてくる。
もちろん、トウコと睨み合いをしていた時のことだろう。
「何かしゃべれよって思った」
シャルはずっと黙っていた。
「まあ……ちょっと言葉が出なくてね」
「なんで?」
「どうしても言葉を選んでしまうのよ。そうしていると頭の中がごちゃごちゃになる」
選ばなきゃいいのに……
「普通に話せば?」
シャルは別にコミュ症じゃないし、しゃべれないわけではない。
「そうなんだけどね……悩んでいたら後ろの人がどんどんしゃべっていき、しまいにはあなた達にもケンカを売り出したわ」
マチアスか。
「あいつ、何なん?」
「あのまんま。言ってることはあれだけど、ちょっと羨ましいわね。あれほど素直に心の声を出せるんだから」
まあ、普通はもっと言葉を選ぶもんだ。
奥ゆかしい日本人の俺からしたら考えられない。
「何も考えてないだけだろ。あんなのとつるんでんの? ノエルに聞いたけど、同じ中学なんだろ?」
「つるんでいるわけではないけど、親交のある家の子だしね。難しいのよ」
「嫌いなん?」
「どうかなー?」
シャルが苦笑いを浮かべる。
「ここには誰もおらんぞ」
「嫌いね。私を立てているつもりなのかもしれないけど、あの時、トウコさんに『女風情はどけ』って言ったの。『私も女ですけど?』って思った」
わかった。
あいつ、バカなんだ。
俺やユイカのことをバカにしてたけど、お互い様のようだ。
「差別主義者か?」
「古い家の子でお坊ちゃまだからね……あの言葉も多分、本音。さすがにイヴェールの次期当主の私には言わないけど、対立する家であるトウコさんに言った感じでしょうね」
トウコがめちゃくちゃ嫌いそうな男だ。
「それで言葉が出なかったわけ?」
「そうね。何て言えばいいかわからなかった」
そりゃそうなる。
「なあ、シャルが嫌われている原因ってほぼマチアスのせいじゃね?」
「どうかなー? 私は私でイヴェールの次期当主の血統主義だからね」
血統派ってやつか。
「俺、それを初めて知ったんだけど、シャルは血統派なん?」
「そうねー……暗い話になるわよ?」
シャルの表情に陰りが見える。
「言ってみ?」
「私は血統主義って悪くないと思っている。歴史ある家を守ることは重要なことだし、そういう家はこれまでの実績があるもの。別に新興の魔法使いをバカにするわけじゃないけど、これまで培ってきた歴史が違うの。アストラルをあそこまで発展させてきたのも私達の家だし、これからもそれを続けていく。当然のことだわ」
言わんとしていることはわからないでもない。
「ふーん……だからその辺の魔法使いより自分達が上?」
「そうね。どちらが重要なのかと言われたらそうなる…………問題はその歴史ある家の出身である私がそのことを高らかに言えるだけの才能を持っていないことね」
暗い話はそこに繋がるわけか。
「別に才能がないことはないと思うけどな」
「まあ、才能がないは言いすぎかもしれないけど、口が裂けても天才とは言えないわね。天才って言うのはトウコさんみたいな人のことを言うの」
トウコか……
「そんなに?」
「前にも言ったけど、わずか1年で上級魔法を覚えたバケモノよ。トウコさんに限った話じゃないけど、私が何年もかけて学んでいったことが一瞬で追いつかれる。この苦しみと悔しさを何度も味わってきたのが私の人生」
俺にはその気持ちがわからない。
そのトウコを見て、そういう気持ちになったことは何度もあるが、その度に逃げ出したから。
「あんな奴、無視すれば?」
「あんな奴…………そうしたいわね。それどころか何もかも投げ出したくなることが何回もある。でも、自分のちっぽけなプライドとイヴェールの名がそれを許さない。結果、トウコさんにケンカを売ることでもできず、睨むことしかできない。もう少し大人になったらこの考えに折り合いがつくのかもしれないけど、今は無理」
そう思えるだけでシャルは十分に大人だと思うな。
俺はそこすらも至っていない。
「そっか……」
「つまんない話よ。巻き込んでしまって悪かったわね。学園では私もマチアスもなるべく無視しなさい」
「こっちはこっちでかみつく女がいるんだよなー」
この前も積極的にトウコの援護に行っていた。
「イルメラさんね……彼女は苦手だわ」
「悪い奴じゃないんだけど、ちょっと好戦的なんだよ」
「知ってる。面倒見がいい子だけど、ちょっとケンカが好きなよね」
ちょっとね。
「ノエルは?」
「あの子は必ず、一歩引く子ね。一番気が合いそうだけど、一番仲良くなれなさそうな子」
へー……
「よく見てるな」
「同じ寮だし、生徒会長だもの。生徒はちゃんと観察してる」
偉いなー。
「俺は?」
「うーん、あまり学園にいないタイプなのよね」
まあ、魔法使いを目指したのはこの前だしな。
「じゃあ、ユイカ」
「ユイカさんね。あなたと同じ……あ、そういえば、ユイカさんと仲いいの? この前、頭を撫でてなかった?」
「あれはこいつバカだなーっていう優越感だ」
優等生しかいない学校で唯一の仲間だから。
「そう……なんか悲しいわね」
シャルが肘をついて、笑った、
「ほっとけ。お互いに魔力と近接戦闘しか能がないんだ。俺はお前達が羨ましくて仕方がない」
俺とユイカって、学園で日本の評判を著しく下げているし。
「2人共、すごい魔力を持ってるのにねー………お互い、本当にないものねだりだわ。それとさ、ツカサってトウコさんと仲いいの?」
「ラ・フォルジュさん? 別に」
「ふーん……そう」
シャルは目を細め、俺の奢りのポテトを摘まみだす。
「え? 何?」
「いーえ。さて、午後からは昨日の呪学のおさらいをしましょうか」
シャルは食べ終えた皿を端に寄せると、カバンからノートを取り出した。
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