第24話 馬車内・蒼乃

一方、フェリックスと蒼乃は。


「聖女様、お名前をお伺いしても?」

「蒼乃です。それよりも私は前にいた世界で特に能力なんて持っていませんでした。ただの学生だったんです。それは貴羽も同じです。なのに、魔王なんて倒せるのでしょうか」

――私が危険に晒されれば、貴羽だって……。

そう思って聞いただけだったのだが、フェリックス殿下の瞳には何やら熱がこもっている気がする。

「大丈夫。異世界からやってきた方は、皆、一様に特別な能力を得るんだ。その能力は王宮で解析し、魔法学園で扱う訓練を行う。魔法やその特殊能力を扱えるようになり、パーティが決まったら、魔王の討伐。ちゃんと訓練はするしアオノさんの無事も保証しよう」

安心して、と頭を撫でられる。パシンとその手を叩いて不満を表した。

「あなたのような人はたくさん見てきました。誰も信じない。けれどそれをおくびにも出さず思い通りに人を操ろうとする人種。無理しないでください。あなたが私に好意的だろうが好意的ではなかろうが、貴羽が無事ならいうことはある程度聞きますから」

「女性に失礼なことをしたね。申し訳ない」

視線を逸らし、窓から外を見る。

私と貴羽が倒れていたのは、平原の中央に近い場所に位置する大木の根本。ちょうど日陰になっていた。気持ちのいい風が通り抜ける場所だった。

馬車は、大木の立っている丘を下って少し歩いた場所に停まっていた。平原にはところどころに馬車の通る道ができている。もちろん、日本のようにアスファルトの道なんてことはない。

馬車から顔を出してみると、丘からも見えたであろう位置に、高い建物や、おそらく王宮と思われる建物も見える。

ビルや高速道路、車や喧騒が聞こえないこの地。本当に、願った通りに、異世界にきてしまったのだと思うと、感じるものがある。

「元の世界が恋しい?」

ぼんやりとしていたらしい。その様子を見て、フェリックス殿下は私が故郷を思っていると勘違いをしたらしい。

「貴羽がいてくれるので、元の世界への感情はありません。いや、帰りたくない、とは思います」

私は思わず、本音をこぼした。追求されたらどうしようか、そう思ったが、フェリックス殿下は思いの外、あっさりと流してくれた。

「帰りたくない理由、いつかアオノの口から聞ける日を待っているよ」

「そうですね。いつか誰かに話せると嬉しいです」

馬車はカタカタと車よりはかなり遅いスピードで進む。

「魔王を討伐したら、私と貴羽はどうなるのでしょうか」

今度は私がフェリックス殿下の目を見て質問した。

フェリックス殿下は斜め上を見る。思い出していたり、考えたりしている時に見る方向だ。

「基本的に聖女は王宮や神殿で生活を保障されるよ。歴代の聖女や勇者のほとんどは、苦楽を共にしたからか、パーティのメンバーと婚約したり王家に嫁いだりしている」

私はすかさず聞いた。

「貴羽は、どうなるのでしょう?」

私の質問に、フェリックス殿下は首を傾げる。

「アオノはどうしてそんなにキハネを気にかけるの? そんなに大事な相手?」

私は今まで誰にも言っていなかった。違う、言わなかったことを打ち明けた。

誰かにこの話をして、私のこの気持ちを軽く扱われることが許せなかった。だから今まで誰にも話してこなかった。けれど、フェリックス殿下はおそらく私と同類。共感してくれるところがあるかもしれない。

「貴羽は、私のヒーローで、大切な宝物です。誰にも汚させない。私が守っていく。そう思っています」

フェリックス殿下は私の言葉を聞いて、息を呑んだ。私が貴羽の話をすると、こういう顔をする人がたまにいる。高野さんにその時の動画を見せてもらったことがあるが、かなり穏やかな表情をしていた。

「どうしてキハネをそんな風に思っているの?」

王宮に着くまで、フェリックス殿下は私の話を聞いてくれた。

誰かにここまで長く自分の話をしたことは初めてだった。

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