おまけエピソード2 初めては鉄の味
前方にユズハ、後方に何か呟いているエステル。
完璧な布陣で部屋に連行される俺。
こういう場面だと、姫様と横並びで話ながら向かうシーンじゃなかろうか。
首筋にピリピリと視線を感じる。痛い。
ユズハに話しかけようにも、後方の虎のせいで許されない。
(鞭かなぁ。嫌だなぁ・・・)
エステルからの打撃といえば鞭。
実はそれ以外に受けたことはないのだが、気絶するほどの痛みが襲う。
精神的にはビンタとかの方が食らうのだろうか。
首絞めの方が良いかもしれない。
死ぬまではやられないだろうし。
そんな後ろ向きなことを考えていると、あっという間に到着。
「え、エステル・・・?」
「お黙りなさい」
弁明の機会も与えてくれないようだ。
俺は定位置に着いた。
ベッドの下で正座。
「わたくし、冷静に考えましたの」
冷静にと言う割には声が低い。
「アンジェはまだ子どもですから、仕方ないと」
「そ、そっか!」
表情は暗いが、本当に冷静だったようだ。
さすがに妹だもんな。
「今回は、アンジェの初めてに免じて許します」
「良かった」
「しかし、カケル様?」
「は、はい」
まぁそんなに上手くいかないよね。
やっぱり折檻なのか、初めて罪で殺処分か。
落ち着かない俺は、無意識に退路を探す。
無い。
「例え、妹でも。いいえ、妹だからこそ・・・う、浮気」
「違うんだって!」
「いいえ!わたくしだって、まだなのに・・・!」
「そ、それはごめん。でも」
ほっぺにキッスじゃないか!
エステルだってお父様にキッスくらいしたことあるだろうに。
もしかして無いのか。
ちょっと王様が可哀そうに思えてきた。
「でも・・・アンジェの初めてだから・・・ぐすっ」
「な、泣かないで。ほ、ほら右の頬はまだ空いてるし!」
「・・・は?どうしてそんな惨めな思いをしないといけないのですか」
「み、右は初めてだから?・・・アハハ」
嘘、地雷踏んだ?
目には目を、初めてには初めてをじゃないの。
「初めてを盗られて・・・わ、わたくしに2番目になれと・・・ふふ」
「待って!誤解!2番目じゃないから!」
「ゆ、許さない・・・」
「唇も首も、頬以外は全部初めてだから!!」
同じ部位がアウトなら、ひたすら初めてを連呼するしかない。
「で、でも・・・キスは・・・」
2番目、と言いたいのだろう。
エステルはどうしてここまで初めてにこだわるのか。
童貞厨ってやつなのか。
「エステル。俺にとってはキスは唇にするものなんだ」
「・・・」
「この世界でも前の世界でも、まだしたことない」
「ほ、ほんとうに?」
「うん。嘘はつかないよ」
少し彼女の気持ちが分かった気がする。
俺も過去に盗られた経験があるからか、こだわりという面で通じる所がある。
さすがに頬にキスは極端だと思うけど。
「じゃ、じゃあ・・・ちゃんと取っておいてくださいね?」
「・・・っ!分かった」
なにこのエステル超可愛い。
キスの予約なんて、なんてやらしい子なのだろう。
それにドキドキしてしまう俺も大概だが。
「で、でも!わたくしも何か初めてが・・・どこか」
座っている俺を上から下まで見ながら、初めてをやらを探しているようだ。
俺からしたら鞭や気絶、その他特殊プレイも全部初体験だったんだけど。
とっくに色々奪っている。
「え、エステル・・・?」
「・・・あ、カケル様。首を少し傾けてください」
「はい・・・」
これは普通の恋愛物語ではない。
『わたくしのものだという証拠を』とか言って、キスマークでも付けて貰えるような優しい世界ではない。
よって、首絞めに準ずる何かが出てくることは必然。
彼女が近づいてくるに連れ、首筋に寒気が走る。
そして俺の首に手を回し、
「・・・ふふ、動かないでくださいね」
エステルが首に顔を埋めた。
「あの、なにを」
「わたくしのものだという証拠をつけます」
「!?」
これは、まさか。
(恋愛ものでたまに見るやつ!?なんていやらしい姫様なんだ・・・ふへ)
首にキスマークなんて、性教育担当者は誰なんだ。
「今日は、あまり汗の匂いがしませんわ」
「く、訓練もまだだから・・・」
嗅がれる場面なんてあったか。
分からない。思い出せない、悔しい。
せめてこの感触だけは消さないようにしよう。
「はぁ・・・で、では・・・」
「う、うん・・・」
お互いの鼓動が聞こえるくらい密着し、俺もエステルの髪の匂いが嗅げる位置だ。
甘い花のような匂いがする。
ずっと嗅いでいたくなる。
そっか、匂いフェチってこんな感情を抱くのか。
「・・・はぁー、あむ」
彼女は可愛く俺の首に噛み付いた。
そのまま歯を食い込ませ、ギリギリをなにかを切ろうとする。
「いだ!?いだい!ちょっと!」
甘噛みなんて可愛いもんじゃない。
俺の首を嚙み切る勢いだ。
(思ってたんと違う!)
「う、うごかないへくだはい」
「待って!頸動脈だから!死んじゃうから!」
噛んだまま話したせいで、舌が少し当たるとかそんな場合ではない。
薄皮一枚どころか、血管本体までいかれそうな勢いだ。
「もっと優しく!いだだ!」
「だって・・・がぶ」
「ひっ」
近くにいるはずのユズハはまだ動かない。
頸動脈が切られても治せるという判断なのか。
主の蛮行を止められないダメイドめ。
「さすがに待って!」
俺は彼女を無理やり引き剝がした。
首が痛みで熱くなっている。
「あっ・・・この・・・!」
「え!ちょ、力つよ!」
プチンと血管が切れた姫に力づくで押し倒される。
逆じゃん。
この体格差で力負けするとかあり得ない。
「はぁー、あぐ」
「いっつ・・・!」
必死に逃げようとしたせいか、薄い皮膚が嚙み切られた。
ドクドクと血が外に放出される感覚が身体を冷やす。
「・・・ちゅっ・・・ちゅる」
「嘘、だろ・・・」
血を舐めている。いや吸っている。
(こ、これがエステルが求めた初めて・・・?)
俺はこの国の教育を変える必要があるかもしれない。
キスの代わりに血を求めるなんて、吸血鬼じゃあるまいし。
「ねぇ、エステルさん・・・?」
「ちゅう・・・ふふ、鉄の味・・・」
「き、聞いてる?」
「・・・こく・・・ちゅっ」
ゾクリと先ほどとは違う感覚が身体を襲う。
血が出て間もない首は痛いはずなのに、別の感触に支配されていく。
ぴちゃ、ぴちゃ、ちゅう、と水音が耳に響く。
そういえばこの場面、ユズハがずっと見てるんだよな。
怖くて顔は見れないけど。
ちなみに、馬乗りで両手を抑えられているせいで動けない。
普通逆だよね。
「はぁ・・・おいしい・・・カケル様の血」
「そ、それはよかった」
終わりかと思えば、再度吸い付かれる。
俺って変な血の病気とか持ってなかったよな。
健康体そのものだから、大丈夫なはずだけど。
そのままエステルが飽きるまで、しばらく吸われ続けた。
期待とは違ったけど、ある意味で予想が当たってしまった。
噛み付きはかなり痛い。
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