第21話 初体験への動揺

「なんかここ最近変じゃないですか?」

「そ、そう?」


 鞄の上に腰を下ろして玄関を見つめる俺は戸惑いながら返事をする。

 今日もお便りをポストに入れた後、俺達はお喋りをしていた。


「倉持さんから見てどんな風に変?」

「変にソワソワしている。変に上の空。変に返事が曖昧」

「ごめん。全然気付かなかった」

「別に謝る必要はないです。人間誰しもそんな時はあります。でも…」

「でも?」

「相手をしてもらっている私の調子は狂いますね。また心無い言葉を言ったのではと思って」

「そんなわけない!俺は違うことを考えていて!」

「じゃあその違うことを教えてください」

「あっ…」


 自爆してしまった。前にもこんなことがあったような気がする。


 確かその時は柳さんと仲良くなったということを言ってしまったんだっけ?

 俺は自分のことに対しての口の軽さに呆れた。


「聞いても面白くないよ?」

「言いたくないのなら言わなくて結構です。けれど君は言いたそうな雰囲気出してますよ」


 図星だった。わかりやすく感情をダダ漏れにしていたなんて恥ずかしい。

 それとも倉持さんの勘が鋭いだけなのだろうか。


 そんなことを推測しながらも、脳内にあるモヤモヤはずっと中央に鎮座していた。


「……初めて、誘われたんだ」

「何にですか?もう少しわかりやすく言ってください」

「初めて女子に2人きりで遊びに誘われた」

「ああ、柳百合ですか」

「なんでわかるの!?」

「君が言ったんでしょう?最近喋るようになったって」

「覚えてたんだ…」

「数少ない話し相手なんです。それくらい覚えていますよ」

「珍しく素直なんだね」

「私はいつでも素直に伝えていますが?」

「すみません」


 俺は小さく縮こまりながら冷たく放たれた声に怯える。


 一瞬、倉持さんはツンデレ系なのかなと思ったけど確かにいつも素直に話していた。

 素直に伝えた故に、刺々しい言葉になってしまうのだ。


「それで?君は柳百合に誘われて動揺しているというわけですか?」

「動揺っていうか………動揺なの?これ」

「知りませんよ」


 俺もわからない感情を倉持さんが知れるわけないか。


 でもずっと俺の頭の中には柳さんに遊びに誘われたあの日のことが残っている。

 

大きな虹を背景に真っ赤な顔をして写真を人質に取る柳さんの姿。

 佐倉の件で悩んでいたことが塗り替えられるくらいだ。


「こんなの初めてだから、どうしたら良いかわからなくて」

「普通に友達と遊ぶのと同じ感覚では?……もしかして君は柳百合が好きなんですか?」

「い、いや!そういうのではないというか!ただ周りの奴が茶化してくるから変に意識しちゃっている感じで…」

「ふーん。まぁ、あのイかれた人達なら当然の反応じゃないですか。男女仲良くするだけでニヤつくんでしょう?全部恋愛に結びつけようとする」

「それは俺も思っていた。でも柳さんの場合は…」

「柳百合の場合は?」

「なんて言うか、周りから見てもわかりやすい」


 倉持さんは言った意味を理解したのか「ああ…」と呟いて黙る。

 そう。柳さんはわかりやすい反応なのだ。


 虹を見たあの日も、職員室から一緒に出たあの日も俺を期待させる反応を見せている。


 それが本心なのかはわからないけど、男子高校生を舞い上がらせるには十分だった。


「本当に面白くない話です」


 すると玄関の奥から倉持さんの不機嫌そうな声が俺に届く。

 肝が冷えた感覚になった。


 そして次に聞こえたのは小さな舌打ちの音。何が倉持さんの怒りに触れたのかと冷や汗をかき始める。


「ご、ごめん。面白くなかったよね」

「本当に意味がわからない。私なんか女性に好意すら持たれないのに…!」

「ん?」

「別に柳百合がタイプなわけではありません。でも君が誰かに好意を持たれていると負けた気がします」

「えっと」


 もしかして嫉妬しているのだろうか、俺に。


 倉持さんは自分の中の一線を越えたように嫌味を吐き出していく。

 ここまで喋るのは何気に初めてだ。


 驚きと恐怖に包まれながらも俺は相槌を打っていく。


「私だってそういう相手が居れば、少しは違ったかもしれないのに…」


 怒りは収まってきたのか徐々に静かになっていく倉持さん。

 しかし俺は最後の言葉が何故か心に引っかかってしまう。


「倉持さんってさ」

「何ですか」

「誰かと付き合ったことある?」


 さっきまで流暢に喋っていたのが嘘みたいになる。これは倉持さんにとって良い質問ではないかもしれない。


 それでも、『俺には気を遣って欲しくない』というこの前言われた言葉が蘇る。

 勿論、無理矢理聞くつもりはなかった。けれど気になってしまったのだ。


「……好きな人は居ました。でも付き合えませんでした」

「そっか」


 短い沈黙の後に告げられた答えは、いつもの声と口調だった。

 正直、自分でも何でそれが気になったのかわからない。別に参考にしようなんてことも思ってなかった。


 俺は倉持さんに聞こえないよう深呼吸して別の話題を出そうと口を開く。

 しかし言葉を出そうとした瞬間、倉持さんによって遮られた。


「気持ち悪いって言われて振られたんです」

「え…」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る