第45話 運命共同体、や~ら~れ~た~

 翌日。


「お嬢様。俺の方から行きますから、寮で待っていていいですよ?」


 一緒に登校するからってわざわざ男子寮の前で待っているお嬢様とリン。


「いいの。気にしないで」


「は、はあ……」


 もしかして寮内でもいろいろ大変な目に遭ってるのか?


「そういや、俺の部屋は準男爵家の生徒三人なんですけど、お嬢様の部屋はどんな感じなんですか?」


「伯爵家の部屋だから私一人よ」


「うわあ……いいなぁ……」


「いいじゃない。賑やかそうで」


 溜息を吐く俺の腕を引っ張って登校――――すると見せかけて食堂に向かった。


 すでに何人かの生徒がそれぞれの席に座っているが、昼食や夕食の時間みたいに人は多くない。


 きっと帰宅組がいないと思われる。俺とお嬢様の周りの生徒は誰一人いないからだ。


 出された朝食も中々美味しくて、毎朝これが食べられると思うと大助かりだ。


 朝食を食べて教室に向かう。


「あ、お嬢様。紹介したい人がいるんですけど」


「紹介? 珍しいわね」


「はい。準男爵家の者ですけどいいですか?」


「構わないわ」


 そんなことを言っていると、教室の入口近くの掃除道具入れのロッカーの後ろからひょっこりと顔を出してこちらを見つめてくるピンク色の髪の女の子が見えた。


 もちろん、周りの生徒達が奇妙な目で彼女を見ている。


「リサ~」


 名前を呼ぶと、まるでポチのように目にも止まらぬ速さで走ってきては、俺の後ろに隠れた。


「いやいや、前に立ちなよ」


 後ろから俺の服を掴んで顔を出してお嬢様を覗き込むリサ。


 それに対して何故か猛烈に怒った表情で俺を睨み付けるお嬢様。


「こちら、リサって言います。リサ・ウィッチャー令嬢です。俺と幼馴染です」


「ふうん……ベリルって貴族の知り合いがいたのね?」


「いえ、準男爵になったのが最近ですから」


「ふう~ん」


「リサ~こちらはいつも・・・言っていたクロエお嬢様だ。粗相のないようにな」


「……あい」


 いやいや、粗相のないように前に出てこいってば……。


「貴方。うちの・・・ベリルとずいぶんと仲がいいみたいね?」


「……ベリルくんは運命共同体」


「運命共同体!?」


「リサ!? ちょっと待ってくれ。誤解されるような言い方はよくない」


「誤解じゃないもん」


 じゃないもんって……。


「ベリルッ! それはどういうことよ!」


「い、いや……俺にもさっぱり……」


「それに運命共同体と言うなら私の方でしょう! 私の姫騎士なんだもの!」


「違う。残り三年。貴方はベリルくんに捨てられる運命」


「っ!?」


「こらっ、リサ。そこまでにしとけ」


「あいっ」


 勝った……! みたいなドヤ顔をするリサに、お嬢様はどこか酷く悲しげな表情で何も言わずに教室に入っていった。


 リンは一瞬だけ『最低……』って感じの目で俺を見てからお嬢様を追いかけた。


 いやいや……俺……何も悪くなくね?


 そのとき、廊下からニヤニヤしながら見つめるアルの姿と、少し離れたところでジト目で見つめる赤髪がいた。


 いやいや……だからさ……俺、何も悪くないだろ!?


 午前中の授業、お嬢様は一言も口を聞いてくれなかった。


 ほんと……俺悪くないのにさ……はあ……。




 いつもの昼食を食べて、また選択学科では何故か武術全般の授業を受けることに。


「お嬢様。通常長剣用の木剣じゃなくて、細いレイピア型の木剣を使ってみませんか?」


「うん? レイピア型?」


 やっと口を聞いてくれた。


「ええ。ほら、あそこの新入生代表さんとかも少し細い木剣ですよね? 軽いのもありますけど、空気に触れる面積が少ないって利点が多いんですよ」


「……わかった。それでやる」


「はい。もう準備しておきました。どうぞ」


「……ふう~ん。私は運命共同体じゃないのに、もう準備してくれたの」


 俺、そんなこと一言も言ってないけどな!?


「お嬢様。リサと最初に会ったときのこと、覚えてますか?」


「……?」


「ほら、物陰に隠れていたじゃないですか」


「そうね」


「あの子、極度の人見知りなんです。むしろお嬢様と初対面で喋れたのが奇跡みたいなもんなんです。だから人との距離感が全然わからないんですよ。俺も運命共同体って言われたのは人生初めてです」


「そ、そう……」


「リサもああいう性格をしてますから、仲良くしてくださると嬉しいです。きっとわかり合えると思いますから」


「…………」


 お嬢様は何も言わず細木剣を受け取って授業に参加した。


 レベルやステータスがある世界とはいえ、やはりリアルな剣術は大事なようで、みんな武器を動かす訓練をやっている。


 みんな使う武器がまばらではあるが、教師が一人一人のレベルに合わせて教えてくれる。


 ふと、俺の前に教師が一人立った。


「君はベリルくんだったな」


「はい」


「どれくらいの実力か見せてもらってもいいか?」


「えっと、わかりました。誰か相手を――――」


 そのとき、待っていたかのように後ろから人々の気配がした。


「相手が必要なら俺に任せておけ!」


 そこには、貴族組の連中がニヤけた面で俺を見下ろしている。


 よく食べているからか図体はでかく、伝わってくる気配からもそこそこレベルは高そうな雰囲気だが……とてもじゃないが赤髪やアルとは比べ物にならないな。


「ぜひお願いします」


「くくくっ」


 男と対峙して、俺も木剣を握る。


 剣なんて使ったことがないからどういう風に使うのかすらわからないが……まあいいだろう。


 リーパー系統のスキルには【大鎌の呪い】というものがあり、大鎌サイズ系統の武器以外を装着した際に、全てのステータスが九割減という凄まじいデバフがかかるものだ。文字通り呪いそのものである。


 ただ、これには裏仕様があり、【大鎌展開】で大鎌を紋章にしていると【大鎌の心得】によるステータス上昇の恩恵が受けられる。それに伴って、あくまで大鎌を紋章の状態にしている状態であれば、どんな武器を握っても【大鎌の呪い】は発動しない。


 なので木剣を握ってもステータスが九割減になることはない。


「始め!」


 教師の号令に合わせて、ニヤけていた大男が大振りで攻撃を仕掛けてくる。


 受け止めるふりをしながら、吹き飛ばされるふりをしてみた。


「や~ら~れ~た~」


「ぎゃははは! こいつ、姫騎士なのにレベルが18しかないらしいぜ!」


「さすが平民上がりの令嬢様は違うな! レベル18の弱者を姫騎士にするなんてよ!」


「「あはははは!」」


 なるほど……。やはり元からお嬢様をけなすためにこんなことをしていたんだな。


 できるなら悪目立ちはしたくなかったが……まあ、アルのやつのおかげで悪目立ちしたし、ちょっと本気出してやってもいいかな。


 そのとき、俺の視界が赤色に染まった。


「そこまでにしなさい。これ以上侮辱するのなら私が相手します」


「けっ! 下民の女王様はさすがだな! そんな雑魚姫騎士でも守るなんてな!」


「国の民を下民と蔑むなど、貴族の恥です!」


「ぷははは! 下民は我々貴族様のためにあるただの道具だ! てめぇがいつも守っている下民なんざその程度の存在意義なんだよ!」


 ディアナ令嬢と大男の間に火花が散る。


 正直、戦いになったらこいつらが束になってもディアナ令嬢には指一本触れることすら叶わないというのに、ここまで大きく出るのは不思議だ。しかも相手は伯爵令嬢だぞ? もしかして、お嬢様と同じく平民上がりの母を血筋に持つのか?


「そこまでにしろ。我々は学生という身分だ。貴族も国民も全て陛下の財産。蔑むことは陛下を侮辱することだぞ」


「アルフォンス様……そんな女と関わっていては多くの貴族が貴方の敵になりましょう」


「いや、みんな平等に大切な存在だ。陛下のためにもこれ以上は許すわけにはいかない」


「…………」


 アルが仲裁に入って、ようやく相手が引いた。


 俺としてはボコボコにしてやっても構わないのだが……お嬢様の悪口も言われたしな。


 ただまぁ、アルがここまで言うなら今回は見て見ぬふりをするか。


「助けてくださりありがとうございました。ルデラガン様」


「ううん。あまりにも理不尽で見ていられなかったわ。それよりどこかケガはない?」


「ええ。大丈夫です」


「それはよかった。もし相手が必要なら私が代わりに――」


「いえ。それも大丈夫です」


「そ、そうか。じゃあ、私はもう行くわね」


「ありがとうございました」


 ディアナ令嬢はまた準男爵組の方に向かい、訓練を続けた。


 やはり貴族よりも平民に味方する貴族のようだな。そりゃ……貴族達から嫌われるし、貴族の面汚しなんて言われるわけだ。


 それにしてもこの世界の貴族の中にもああいう貴族がいることに驚いたな。


「アル。ありがとうな」


「いや、礼には及ばない。それより俺の相手になってくれ」


「無理言うな! あいつらすら相手できなかったんだ。ルデラガン令嬢にまたお願いしろよ」


「ふう~ん? 俺にはわざとやられてるように見えたんだがな」


「そんなわけあるか。俺は正真正銘のレベル18だから」


「本当に……?」


「おう。レベル18だ」


「…………」


「何か変か?」


「伯爵令嬢の姫騎士だからな……そんなに低レベルだと思わなくてな」


「ほら、うちのお嬢様ってあれだから」


「…………すまなかった」


「いいってことよ。じゃあ、俺はお嬢様のところに行くから」


 嘘は言ってないからな! 俺、レベルは18で間違いないから! 実質レベル170だなんて言えるわけもなく、これで悪目立ちしなくなるならいいってことさ。

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