第5話 イケメンの先輩に盗られそうになって焦る

 まったくひどい目に遭った。放課後になっても胃の中が気持ち悪いし、当面は甘いものを口にしたくなかった。

 だが首尾は上々といえるだろう。遺憾なくわがままっぷりを発揮できているし、これだとアリスも俺のことが放っておけなくなるに違いない。

 とりあえず今日のところは終了だ。帰って体調を整えた後、明日からまたきっかけ作りに励んでいこう。俺は鞄を手にして家路につこうとする。


 と、そんなときだ。友人の並木亮が近づいてきた。

 寄り道にでも誘われるのかと思った。だが彼の顔つきはどことなく切羽詰まっていて、そういうかんじでもなさそうだった。

 俺は肩をすくめる。


「何があったんだ? そんな顔して」

「たったいまたいへんなニュースが入ってきた」

「ほう。それは良い報せか、あるいは悪い報せ?」

「残念ながら後者。聞く覚悟はできてるかい」

「ああ、いつでもどうぞ」


 並木が唇を舐めた。


「この後校庭で公開告白が行われるらしい。なんとその告白される相手が和也んところのメイド……灰原さんとのことだ」

「な、なんだって!? あのアリスが?」


 これにはさすがに驚いた。昼休みに会ったときはそういう気配が微塵も感じられなかった。ふつう事前に通達がされているはずだ。それをいわないとなると俺に秘密にしたかったのだろうか。


 ほかの男子に告白される。それは俺がもっとも恐れていることだった。並木にも忠告されてはいたが……まさかこんなに早くそのときがやってくるとは思わなかった。

 俺はただひたすらに焦った。気づけば並木の肩を掴んで揺らしていた。


「いったいどこのどいつだ!? うちのメイドにちょっかいかけようとするバカは!」

「知ってるかどうかはわからないけど、三年の最上(もがみ)先輩だよ」

「もがみもがみ……なんか聞き覚えのある名だな」

「最近まで蹴鞠(けまり)部に所属していた。けっこう女子に人気のある人だよ」

「あ! あいつか」


 それでようやくぴんときた。蹴鞠部になんかイケメンのいけ好かない上級生がいるなぁと前々から見知っていた。女子に見守られる中パフォーマンス重視のプレイを連発する。そういう気障なところが鼻についた。嫉妬というより嫌悪に近い感情だろう。

 よりにもよってそんなやつが告白するとは。まぁ公開告白を選ぶあたりらしいといえばらしいけれど。


 にしてもいつの間に接点を持ったのだろうか。気持ち悪がられるかもしれないが、なるべくアリスの交友関係には目を配るようにしていた。疎遠になっている間もだ。しかし俺の知識ではヒットしない。

 初対面でいきなり告白、とは考えられなくもないが。その可能性はきわめて低いといわざるをえないだろう。相手が男女の関係に精通してそうな最上ならなおさらだ。外堀を埋めることの重要性を知らないはずないだろう。

 となるとおそらく人目を避けて密会していたのだ。そんな想像をしたらはらわたが煮えくり返りそうになった。


「ぐぬぬ。やつめ勝手な真似を……!」

「放っておくこともできるけど。どうやらその様子だとそれはなさそうだね」

「当たり前だ。すぐに校庭に向かうぞ。おまえもついてこい!」

「え、なんで僕も? といいたいところだけど実際めちゃくちゃ気になるからね。うん、お供させてもらうよ」


 ★


 急いで校庭に出ると、すでに公開告白は始まっていた。一足遅かったか。

 始まる前なら引き離すつもりでいたけれど、ここまでギャラリーが集まってしまうともう無理だ。もし途中で割って入ると野次は飛ばされるわメイドに対する独占欲でみっともないわで、さんざんな目に遭うことは容易く想像できたからだ。

 ならばもうおとなしく事の成り行きを見守るしかない。そして天に祈りを捧げるのだ。このまま何事もなく、つまりカップル成立するなんてことにはならずイベントを終えてほしいと。


 ギャラリーに囲まれてはいるけれど、辺りはほとんど静かだった。みなが固唾を飲んで見守っているからだろう。そのおかげで二人の会話はよく聞き取れた。


「……という理由からアリスのことが好きになったんだ」


(うちのメイドをなれなれしく下の名前で呼ぶな!)


「話はよくわかりました。それでいったい私に何を求めているのです?」

「決まってんだろ。俺の彼女になってほしいんだ」


(こいつ! いいやがったな!?)


「彼女に、ですか」

「べつにいま付き合ってる男もいないんだろ?」


(そこんとこどうなんだ!? おそらくいないはずだが、それでも本人の口から聞きたい!)


「ええ、いませんね」


(よ、よかった~)


「だったらいいじゃん」


(よくないわ!)


「うーん……」

「はっきりいって損はさせないぜ? なんたって俺、イケメンだし?」


(う、うぜ~)


「周りのやつらにも自慢になると思うんだがなぁ。そこんとこどうだろうか」

「まぁたしかに先輩は女子から人気ありますし。一理あるとは思います。ですが……」

「もしかしてだけど。君の主人に遠慮とかしてるのかな?」

「…………」


(アリスは何も返事しない。すげー気になるんだが!?)


 すると最上先輩はふっと鼻で笑ってこういうのだ。


「わざわざ遠慮なんかする必要ないって。雇われてる身なのかもしれんが、だからといって奴隷というわけでもないんだし」


(まぁそれはそうだ。あくまでアリスはメイドだ。プライベートなことまで干渉される筋合いはない。俺が独占欲高めなのはあきらかに異常であって。そこにかんしてはいちおう自覚ある)


 最上は続ける。


「だいたい君の主人は――九竜とかいったっけ――そいつはそうまでして尽くしたくなるほど立派な男なのか?」

「あ、いえ、ちっとも」


(おい即答!?)


「なんだか最近不可解な行動が多くて、はっきりいって参ってます。とっととくたばればいいのに、と思うことも多々あります」


(あう!?)


 かなりのショックを受けた。自分では上出来だと思っていたが、彼女にしてみればそうではなかったのだ。わがままいって振り向いてもらおう作戦はむしろ逆効果。たんに困らせただけで気持ちが離れていく一方だった。

 これはいち早くやり方を見直さなければならなかった。

 腹立つことに最上は勝ち誇ったような顔をしている。


「少なくとも魅力では劣ってないようだな。だったらなおのこと真剣に交際を考えてくれてもいいんじゃないか?」


 いや、ダメだ。それでもここははっきりノーといってくれ。俺はそう願った。

 しかしむなしくもその想いは届かなかった。アリスが首を横に振るようなことはなかった。

 かといって縦に振るようなこともなかった。なんとも曖昧に首を傾けてこう答えたのだった。


「少しの間考える時間をください」


 ★


 そこからはもう覚えてない。気づけば付き添いで来てもらっていた並木は隣にいなかったし、気づけば深夜になってぽつんと自分の部屋にいた。

 それほどショックだったということだろう。作戦がうまくハマってなかったのはもちろん、何よりも大きかったのはアリスが保留の返答をしたことだ。

 きっぱりと断ってほしいところだった。しかしそうしなかったのは受け入れる可能性が少しでもあったからにほかならない。

 最上とアリスがくっつく確率はゼロではない。考えれば考えるほど気がおかしくなりそうだった。


 当然落ち着いていられるはずもなかった。最悪の事態を阻止するため何かしら打てる手は打っておかなければならない。

 とはいえいまの俺に何ができるだろう?


 距離が縮まるどころかますます離れてしまっていたのだ。アリスを振り向かせようにもすぐには無理だ。少なくとも彼女が答えを出すまでには間に合わないだろう。

 一発逆転の手も思いつかない。だいたいそれがあるなら初めから使っているわという話だ。

 まさに八方塞がり。どうにかしたいけれどどうにもならない。俺はとことん精神的に追い詰められていた。


 そのせいだろう。俺の頭に良からぬ考えがよぎった。

 俺はご主人様でアリスはメイド。その絶対的な上下関係を悪用して、無理矢理従わせようというのだ。告白を拒否しろと。

 これはあきらかなパワハラであり、世間からバッシングを浴びてもおかしくない。メイドのプライベートに干渉するご主人様。その当人としても恥じ入るばかりである。みっともない。


 だがいくら最低であろうと、もうそれしか残されてないのだ。どうしても阻止したいというのであれば。

 だから俺は自らを受け入れることにする。たまたま生まれ持った権力にすがるしかないこんな情けない自分を。


 そうと決まればだ。悠長にはしていられない。俺はさっそく動いた。

 アプローチとしてはこれまでと同様だ。アリスと廊下ですれ違ったときに声をかける。

 彼女も彼女でいつものように警戒していた。二・三歩ほど後ずさった。


「……またこんな時間にコーヒーを淹れろというつもりじゃありませんよね?」

「違う」

「では明日も弁当をこしらえろと、そういったお話でしょうか。まったく、和也様も懲りませんね……」

「それも違う」


 あんな糖分過多の弁当、二度と口にするものか。

 俺は用向きをいった。しかし肝心の中身はまだ秘密にしておいた。


「おまえに大事な話があるんだ。だからこれから俺の部屋までついてこい」

「はぁ。大事な話、ですか」


 アリスは完全にいぶかしんでいた。そうはいってもどうせ仕方もないような話だろうとでもいいたげだった。

 告白の件とは感づかれていないようだ。またまさかパワハラを受けることになるとは夢にも思ってないかんじだった。


 彼女は油断しきっていた。ご主人様の命令だから断れないというよりかは、早く終わらせて早く帰ろうという気持ちのほうが優先されていた。

 ほいほいと俺の背中についてくる。

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