財閥の御曹司である俺は、うちで雇っている「銀髪美少女メイド」に恋しすぎて困っている
塩孝司
第1話 深夜のコーヒー
俺はうちで雇っているメイドに恋しすぎて困っている。
その子の名前は灰原(はいばら)アリスという。銀髪が特徴的で顔立ちは女優にしてもおかしくないくらい整っている。
スタイルももちろん良好だ。特別胸が大きかったり尻が大きかったりするわけではない。いうなればスレンダー体質で、よほど特殊な人でなければ理想型といっていいだろう。少なくとも俺にとってはそうだ。
性格にかんしては……正直なところよくわからない。アリスとは小さい頃から立場の違いはあれど幼馴染みとして育ってきたのだが、中学に上がったあたりから疎遠となってしまって、現在高校一年生ともなればもうほとんど接点はなかった。
屋敷の中ではたまにすれ違ったりする。だが向こうから軽く挨拶してくる程度で、俺からも特にいうことはなかった。
しかしだからといってきらいかと聞かれれば決してそうではない。むしろ彼女のことが大大、大好きだった。むかしと変わらずいまも。
だったらその想いを伝えればいいではないか、と思われるだろう。だがなかなかそうもいかないのだった。
理由は二つほどある。ひとつは純粋に恥ずかしいからだ。
なんせ三年間もまともに口を利いてない状況なのだ。それをいきなり好きだというのはいくらなんでもハードルが高すぎる。またもしアリスにいやな顔されたらと思うと。恐ろしくて仕方なかった。
何かよほどのきっかけでもないかぎり難しいだろう。
ふたつめは自らのくだらない自尊心だった。察しのとおりうちでメイドを雇うくらいだから俺は良いところの出だ。九竜財閥の御曹司・九竜和也(くりゅうかずや)それが俺の正体だった。
特別何かに秀でているわけではない。それでも家柄が家柄だけあって社交界の女子からは優良株に違いなかった。おそらく手にしようと思えばいくらでも美少女をものにできるだろう。
だからべつにアリスに執着する必要がないのだ……という気持ちがどこかにあったのだ。そのせいで葛藤が生まれていた。
彼女に想いを告げられない理由はよくわかった。ではこのままずるずるといっていいのかというともちろんそれはダメだ。
いろいろ問題はあるにしろ、いずれはそれらを乗り越えなんとしてでも彼女と結ばれたい、という気持ちが強かった。
であるならばやはり何かしらのアクションを起こす必要があるだろう。待っていてもチャンスは訪れない。
いまの俺にできることはかぎられているかもしれない。それでも徐々に、徐々にやっていくしかないと思った。
それで何ができるか悩んだ末、やっと思いついたのは自分の部屋までコーヒーを持ってくるよう命令するといったものだった。
なんとも大したことのない……が俺にできる最大限のものだった。
ゆっくり焦らず、一歩ずつ。
声をかけるタイミングとしては就寝前を選んだ。ほんとは日中にしたかったが、なるべく人目を忍びたいというのもあってそうなってしまった。
ふつうコーヒーは深夜に飲むものではない。そのためアリスに命じたとき怪訝そうな顔をされてしまった。珍しく俺から声をかけられたから、というのも多分にあっただろう。
「…………いまお召しになったら眠れなくなってしまいますよ?」
「かまわん。すぐに部屋まで持てい」
「はぁ」
こいつ大丈夫か? とでもいいたげな目つきだ。よくもまぁご主人様に向かってそんな冷ややかな態度取れるな。むかしからそんなんだったか?
「……かしこまりました。砂糖とミルクはお持ちしますか」
「いちおう頼む。ああ、それから――」
「はい?」
「カップは二つ用意してくれ」
「……はい?」
周りは静かだし聞こえないはずなかったが、どうしてか聞き返されてしまった。
「いまいったとおりだ。カップを二つ」
「ご来賓の予定でもあるのですか」
「いや、特にないが?」
「……はぁ」
ますます訳がわからないといった顔だ。まったく察しの悪い。
「まぁ召し上がり方は人それぞれですからね」
「なんかへんな誤解してないか?」
「では準備いたしますので失礼します」
「おい待て。シカトすんな」
アリスはそそくさとその場を離れてしまった。
廊下にぽつんと立っていても仕方ない。俺は先に部屋に戻って待つことにした。
そうして再びアリスが俺の前に姿を現したのは数分後のことだった。お盆にはいわれたとおりのものが揃っている。カップもちゃんと二つある。彼女は仕事ができるのでミスをすることは滅多になかった。
にしても彼女が俺の部屋の敷居をまたぐのはいつ以来か。ちょうど出払っているときに清掃で入ることはもしかしたらあったのかもしれないが、俺の目で確認するのは少なくとも久しぶりだった。それこそ三年とか四年ぶりになるのではなかろうか。
俺の心に緊張が走る。が、それもそうだろう。先程廊下で声をかけただけでもたいぶどぎまぎしたというのに。いまは深夜の自室で二人きりなのだ。
がんばれ、と自分で自分を鼓舞した。
一方でアリスは無表情だった。この想定外の出来事に何を思っているかわからない。俺と同じように緊張しているのだろうか。あるいはさっさと仕事終わらせて帰りたいなと素っ気ないことを考えているのか。せめて後者でなければいいのだが。
アリスは扉の前で淡々と一礼をこなす。
「只今コーヒーをお持ちしました」
「うむ。ではテーブルまで運んでもらえるか」
「ええ、かしこまりました」
俺の座っているところにアリスが近づいてくる。と同時に良い香りも漂ってくる。それは果たしてコーヒーのせいだろうか?
彼女は手際よく運んできたものを並べている。が、残る一方のカップをどこに置いていいか迷っているようだった。
「それは向かいの席の前に」
「かしこまりました」
いわれたとおりにしていた。
それが終わった後、アリスは再び一礼して部屋を去ろうとする。
「では私はこれにて」
「……待て」
だがそうはさせない。せっかく勇気を出してここまで呼び出したのだ。どうせなら彼女にはもう少し隣にいてほしかった。
「おまえもここにいろ」
アリスはきょとんとしている。若干ながら警戒している気配も感じた。だが露骨に迷惑がられないだけでもましかもしれなかった。
「……食器類でしたら明朝片付けに参りますが?」
「そうじゃない。おまえも一杯付き合えという意味だ」
「え……私も、ですか」
「そのためにカップを二つ用意させたんだろうが」
まさか本当にひとりで二つ使うとでも思っていたのか? 砂糖ミルクありとなしで使い分けるみたいな。そんな特殊な飲み方するわけあるまいに。
おそらくここで初めてだったかもしれない。目に見えていやそうな顔をされたのは。
「できれば深夜にカフェインは避けたいのですが……」
しかし彼女のいわんとすることはもっともだった。俺も同じ気持ちだ。
とはいえもう後には退けなかった。メンツの問題もあるし、ここまでくれば自分のわがままを通したかった。
「ごちゃごちゃいうな。ご主人様の命令には黙って従え」
「…………ちっ」
「いま舌打ちした? 俺の気のせい?」
ハハハ。そんなまさか。
たとえしばらく疎遠になっていようと立場は変わらないのだ。ご主人様とそのメイド、そこには明確な上下関係が存在しているのだ。
だからそんな反抗的な態度、取られるはずがなかった。
きっと聞き間違いか何かだ。
アリスが向かい側の椅子を引いた。何か一言あるかなと思ったが、彼女は何もいわず腰を落ち着かせた。
そうして深夜のティータイムが始まった。
彼女を同じテーブルに着かせたまではいい。俺の狙いどおりだったし、ちゃんと実践できてよくやったと自分で自分を褒めてやりたいところだ。しかし困ったのはその先で、いざそうしたはいいもののどう切り出していいかわからなかったのだ。
行動を起こすのが精一杯で、後先のことまでしっかり考えられてなかった。
なんとも微妙な空気に包まれる。
が、そこにきっかけを与えてくれたのはアリスだった。彼女はあれほどコーヒーを避けたがっていたのに、いざ口にしなければならないとなると割り切れたのか、それともやけくそになったのか、持ってきた大変の砂糖とミルクをその一杯に投入したのだった。
これには俺も唖然とした。そこまでの甘党だったとは。しかしそのおかげで自然と言葉を発することができたのだった。
「おまえすごいな」
「いったいなんのことです?」
「砂糖とミルクのことに決まってるだろ。めちゃくちゃ使うんだな」
「そうでしょうか。これくらいふつうだと思うのですが」
「いや絶対ふつうじゃないから」
もしアリスのいっていることが正しいとしたら、世の中はもっと肥満と糖尿病患者にあふれているに違いない。
「そんなに大量摂取して太ったりしないのか」
「私が太っているように見えますか」
「見えない」
「ではその問いかけは愚問ですね」
たしかにそういわれたらそうだが。腹が立つ。
せっかく人が気遣ったというのに。これはお仕置きが必要か?
「ただともこさんには見つかってはよく叱られますね」
「そうなのか」
ともことはうちで雇っているもうひとりのメイドだ。桃谷(ももたに)ともこ。まぁ機会があればいずれ話すだろう。
にしてもだ。あの温厚なともこに叱られるとは。よほどのことだと思われる。
「だったら少しは控えないとな」
「まぁまったく気にしてませんが」
「こいつぅ……!」
深夜にもかかわらず危うく怒鳴りつけるところだった。知らぬ間にこんなすれてしまっていたとは。前はもっと素直だったような気もするが。原因はなんだろう……もしかして俺か!? 俺がしばらく見なかったからか?
ならば責任を持って再教育しなければならない。しかしあろうことか逆に睨まれてしまった。いちメイドとあろう者が……ご主人様に向かってそんな目つきをするだなんて。
「私が甘党であろうとなんだろうとどうだっていいんですよ。それよりも深夜にわざわざ呼び出した訳を話してくれませんか」
「え、訳……?」
「まさか何もないわけありませんよね?」
いやはやこれは参った。たんに彼女とお喋りする口実を作りたかっただけ、とバカ正直に打ち明けるわけにもいかない。
またしても考えが至らなかった。冷静になってみれば当たり前のことなのだ。ずっと疎遠になっていた相手に珍しく話しかけられた思えば。こんな深夜にコーヒーを持ってこいとおかしな用を頼まれたのだ。アリスが何もないと思うはずがないだろう。
偽の理由を作ってごまかすのも難しいかもしれない。そうしようにもそこまで俺の頭は回らない。なので結局とぼけるしかできなかった。
「え、特にないけど?」
彼女の肩の力が抜けていったのはいうまでもないだろう。したらばもうここに長居するつもりはないとの意思表示の如く、一気に砂糖ミルクたっぷりのコーヒーをあおった。
メイドにあるまじき乱暴な所作で椅子から立ち上がる。
「時間も時間ですしそろそろおいとまさせていただきます」
「お、おい。もっとゆっくりしていっても――」
「遠慮いたします」
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