第2話

「なんかよかった」

「なにが?」

「館山さんが、私と一緒で」

「一緒じゃないよ! 持田さんはずっとクールな感じで、他には流されませんよって感じで、なに言われても自分を貫いてる感じが、カッコいいなって……」

「なにそのイメージ! 全然そんなんじゃないよ!」

「私も他の人から、よく真面目だねって言われるけど、引きこもりっていうかコミュ障っていうか、『合わないよね』ってよく言われて……」


 彼女は、ぎゅっと唇をかみしめた。


「だから快斗からも、うっとうしいって思われてるのかなって……」

「ちゃんとしゃべってみないと、お互いのことなんて分かんないもんだね」


 夏はまだもう少し先とはいえ、校内をずっと歩いていると、少しは汗ばんでくる。

彼女はキュッと顔を引き締めると、前を向いた。


「私ね、ずっと持田さんは坂下くんのことが好きなのかと思ってた」

「なんで?」

「だって、そんな感じしてたから」


 突然の彼女からの告白に、動揺が隠せない。

どうして分かったんだろう、そんなに私の行動はバレバレだった? 

だけど、ここで折れるわけにはいかない。


「私は……。坂下くんは、館山さんが好きなのかと思ってた。仲いいし、よく一緒にいるし」

「うそ? そんなこと全然ないって」

「私も快斗となんて、全然ないから!」


 互いに顔の前で横に手を振りまくって否定する。


「いや、ないし!」

「私だってないない!」

「ホントにないから」

「私だってないよー」


 なんて、そんなやりとりを永遠に続けていたら、互いに急に可笑しくなって、声を揃えて笑った。


「なんだ。よかった。安心した」


 館山さんがそう言って笑ってくれると、私も安心する。


「快斗のどこが好きなの」

「え!」


 校庭前の、自販機が並んだピロティに出た。

彼女の顔は、真っ赤に塗られた自販機より赤くなる。


「どこって……」

「いつから好きなの?」


 ようやく見つけた空きベンチに並んで腰掛ける。

私は桃のジュースを、彼女はミルクティーをゴトリと自販機から取りだした。


「えぇっと……。あのね……」


 彼女は爆発しそうなほど照れながらも、ぽつりぽつりと丁寧に話してくれる。


「小学校の時から一緒で、中学も同じで……」


 小学二年生の下校時、彼女が転んで怪我したのを、快斗が助けてくれた。

集団下校で、他のみんなは彼女を置いて走り去るなか、彼は館山さんのランドセルを代わりに持ち、手を引いて家まで連れ帰ってくれた。

他の子に意地悪されそうになった時もかばってくれたし、運動会の全員リレーの練習にも、集まり悪くて誰も来ない日だって、ずっと付き合ってくれた。


「優しくて、かっこよくて……。もうずっとずっと好きなの」

「告白はしないの? したらすぐOKもらえると思うんだけど」


 彼女はその白く儚げな美しい顔に、静かな笑みを浮かべた。


「中学を卒業する時にね、一回告白してるの。それで振られちゃった」

「なんで!?」


 え? バカなの? なんでこんないい子を! 

もしかして快斗ってバカ? 

アイツはとんでもないバカだったの?


「好きじゃないんだって。私のこと。正直なことを言うとね、自信あったんだ。ずっと仲良かったし、周りもみんな、ずっと小さい頃からの知り合いで、ほとんど公認カップルみたいな感じだったの。だから私の方から告白すれば、ちゃんと付き合うことになるんだろうなって。周りからは、なんで快斗から告白しないのってずっと言われてて。付き合って当然、当たり前みたいな雰囲気が、彼にとっては逆に嫌だったみたい」


 どこの高校を受験するのか、快斗は頑なに教えてくれなかったらしい。

それでもお互いの母親同士が仲良ければ、自然と情報は耳に入ってくる。


「同じ高校を受験してるって知った時は、すっごいびっくりした顔してて。合格して環境変わったら、快斗も私も変わるかなって思ったけど、気持ちは変わらなかったみたい」


 私が男だったら、こんな可愛い子絶対放っとかないとか、快斗は見る目がないとか、そんな言葉をどれだけ並べたって、彼女には今さら響かないだろう。


「ふふ。だからね、持田さんのことが、凄くうらやましい。昼休みにみんなの前で、堂々とぬいぐるみあげちゃったりして。私ね、快斗のそういうところが好きなんだ。持田さんからはすぐに返されちゃったみたいだけど。それでも揺るがない強いところも」


 ゴメンって謝るのも筋違いな気がして、何も言えなくなる。

何かを言わなくちゃいけないのは分かってるけど、下手くそな言い訳じみたことしか浮かばない。


「もう一回告白してみるとか? そしたら今度はきっと快斗も……」


 私からのそんな答えを予測していたかのように、彼女は静かに首を横に振った。


「フラれるの分かってて、そんなこと出来ないよ。一回ちゃんと告白してフラれてるのに、またそんなことになったら、耐えられる自信ないし」


 快斗の気持ちは快斗のもので、誰が悪いとか間違ってるなんて話じゃない。

館山さんに諦めろとかいうのも違うと思うから、余計に難しい。

人の気持ちはその人自身のものだから、自分の努力やガンバリだけでは、どうにもならない。

相手の気持ちまで、自分の思うようにコントロールは出来ない。


「今も好きなんだね」

「もうずっとこのままかもしれない」


 そう言って笑った彼女の今にも泣き出しそうな顔は、誰よりも綺麗だと思った。


「持田さんには、本当に好きな人いないの?」

「私は……。よく分かんないけど、多分いないんだと思う」

「そっか」


 自分の悩みなんて、館山さんみたいな本物の前では、転げ落ちた空のペットボトルほどの価値もない。

自販機横に設置されたゴミ箱が、あふれそうなほど一杯になっている。

そこから誰かの捨てたものが、コロンとこぼれ落ちた。

私はそれを拾うと、ぎゅっと奥へ押し込む。

本当に好きな人の、その本当って、なに?


「教室戻ろっか」

「うん」


 予鈴が鳴った。

急ぎ足で廊下を進みながら、彼女とクスクス笑って次の授業の話をする。


「古文のひとみちゃんも、もふかわ好きらしいよ」

「そうなんだ」

「職員室の先生の机の上に、新しく追加されてるの見た」


 私と館山さんは、友達になった。

もう彼女の長くて綺麗な黒髪に、嫉妬することもないだろう。

うらやましくなったり悔しくなったりも、一生しない。

彼女も私と変わらないんだって、分かったから。


 午後の授業が全部終わって、帰宅時間になった。

教室の出入り口で館山さんとすれ違うことになった私に、彼女はバイバイと手を振る。


「あ、ちょっと待って」

「なに?」

「鞄に何か付いてるよ」

「え、本当?」


 私は彼女のサブバックに突き刺さったままだった、ハートのスティックを抜き取る。


「うん。取れた」

「ありがとう。また明日ね」


 にっこりと微笑み合い、手を振って別れる。

私は抜き取ったそれを、ぎゅっと握りしめた。

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