第5話
待ちに待った昼休みがやって来た。
ワザとらしくないよう、警戒されないよう、さりげなさを装いロッカーで彼女がやって来るのを待機している。
絢奈から「何やってんの? 先にご飯食べてるよ」って言われて、「後で行くから」って謝っといた。
館山さんは、教壇で先生にあれこれ質問している。
自分の鞄をロッカーの上に置いて、スマホを操作してるフリしながら、彼女がやって来るのを待つ。
位置的にも、ロッカーの扉が開く側のポジションを取ったから完璧だ。
ざわついた教室で視線だけをスマホ画面に落とし、じっと聞き耳を立てこちらに近づく足音の気配を探している。
まだかまだかとそわそわしながら、誰かが近づくたびチラチラと横を見ていたら、ようやく館山さんがやって来た。
三段あるうちの一番下のロッカーを割り当てられている彼女は、両膝を揃えて床につく。
取りだしたサブバックを、そのまま下に置いた。
スティックは、まだそこに残っていた。
彼女は自転車通学なのに、よく振り落とされずに残っていてくれたと感謝する。
きっと前籠にきっちり入れて走り、家に帰っても一切乱暴な扱いなんてしないで、丁寧に片付けられているんだろう。
矢の先端がバックの布地を貫通し、一針縫ったような状態で留められてられていた。
近づいて抜き取りたいけど、どうやって近づく?
いきなりしゃがみ込んで他人の鞄に手を伸ばすって、普通にありえないよね。
何か物を落として拾うフリでもしようかと、落とせるものを探していたら、彼女はスティックの刺さった鞄ごと、いつもの女の子お友達グループのところへ移動してしまった。
落胆しすぎて泣きそうな気分のまま、フラフラと絢奈の所へ戻る。
「ねぇ。さっきからなにやってんの? 今日の美羽音、何かヘンだよ」
「知ってる。だけどゴメン。なんでもないから、気にしないで」
絢奈のセッティングしてくれた机に座り、自分のお弁当を広げる。
館山さんの鞄はいま、無防備な状態でスティックを刺したまま机の上に置かれているけど、やっぱりどう考えても、他人の鞄に手を伸ばすなんて、イタズラしようとしている風にしか見えないよね。
不審者だよね。
どうしよう。
どうしたらいい?
彼女の鞄のすぐ近くに座って、振り返り手を伸ばせばスティックを奪える位置にある坂下くんは、気づいているだろうに見向きもしない。
『スティックがなくなったり、知らない誰かに刺さったらどうしようとか思わないの?』
ついイラついて、そんな文字を打って送る。
『俺にどうしてほしいの?』
画面を開いたままにしていたから、彼から送られてきたその文字に、すぐに私の既読がついてしまった。
だけどこの言葉に、返事はしなくていい。
したくもない。
どうしてほしいかだって?
そんなの、私にだって分からない。
まだ苛立ちを抱えたまま、立ち上がった。
人口密度の下がった教室をまっすぐ進み、館山さんの前に立つ。
鞄とスティックは、もう目の前だ。
突然の出来事に、彼女は驚いて私を見上げる。
「も、持田さん。どうしたの? 私に何か用?」
「あのさ、鞄見せてほしいんだけど」
「鞄?」
彼女は自分の鞄を持ち上げる。
そのために抱えた腕が、スティックに触れた。
見えていないから仕方ないけど、今にもポロリとこぼれ落ちそうで、そっちの方が見てて怖い。
「別に、たいしたことはないけど……」
彼女はサブバックのファスナーを開くと、中身を見せてくれた。
「何か、なくしたものでもあった? 私の鞄に紛れ込んだとか。昨日なにか探してた?」
あぁ。そっか。
普通はそうなるよね。
ゴメンなさい。
やっぱり本物の純真さに、敵うものなんてなかった。
本当に自分がバカだった。
「うん。ありがとう。ゴメンね。大事なものが中に入っちゃったかなって思ったんだけど、気のせいだったみたい。変な疑いかけてゴメンね」
「大事なものって?」
「ホントごめん」
恥ずかしい。
何やってんだろ私。
教室に居られなくなって、外へ飛び出す。
すぐに絢奈からメッセージが入った。
『ねぇ。本当に今日変だよ? 大丈夫? 何かあったなら聞かせて』
それに返事を打とうとした瞬間、坂下くんからも送られてくる。
『もうこんなことすんな』
分かってる。分かってるよ!
だけどあのスティックがどこかに落ちてしまったら、もうあの人は、他の誰も好きにならないかもしれない。
うっかり通りすがりの知らない人に刺さったら、彼はその人に出会うまで、ずっと独りなの?
そもそも、一番刺さる可能性が高いのは……。
「ねぇ、持田さん」
振り返ると、廊下に館山さんが立っていた。
「あのさ、ちょっといいかな」
今彼女にそんな風に誘われて、断れるワケがない。
きっちりと生徒手帳に書いてあるような、お手本スタイルで制服を着こなす彼女は、手に何も持ってはいなかった。
「ここだと目立つから、移動しよっか」
昼休みのざわついた廊下を、彼女がゆっくりと歩き出す。
私はその言葉に従うように、並んで歩き始めた。
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