第2章 第1話
今朝はいつもより少し早めに起きて、丁寧に髪を櫛で解く。
短いおかっぱの黒髪だなんて、自分はなんでこんな流行らないダサい髪型してるんだろうって、今さらながらそんなことを思ってる。
今まで気にしたこともなかったのに。
昨晩はお風呂にしっかり入って念入りに体も髪も洗ったから、変な臭いとかもしてないはず。
これならもし、うっかり隣に並ぶことになっても大丈夫。
スマホ画面の中にある、彼のアイコンを眺めている。
クラスで作ったグループだから、ここから個別にメッセージを送ることも可能だ。
なんか送ってみちゃおうかな。
なんて送ろう。
いきなり送ったら変に思われないかな。
「おはよう」のスタンプくらいだったら大丈夫?
やっぱいきなりはダメ?
送りたくても送れないで悩み続ける指先は、なんども打ち込んだ文字と削除と送信ボタンの上を彷徨っている。
彼に関する情報をどれだけ持っているのか、自分の記憶を呼び起こした。
もっとちゃんと、みんなの話を聞いておけばよかった。
彼はどの電車に乗って来るんだったっけ。
電車通学なのは知ってたし、出身中学も聞いたことはある。
だけど、聞いたことは覚えていても内容までちゃんと覚えていなかった。
バカだな私って。
いっつもそう。
校舎から入ってすぐの、靴箱のところで待ち伏せしようかな。
それなら待ち伏せされてたなって、バレない?
ストーカーだとかは絶対に思われたくないから、もうちょっと別の場所にしようかな。
廊下の途中とか、教室の前とか。
だけどそれでも、知らない人から見たら完全にヤバい奴だよね、私。
無理無理。やっぱ大人しく教室に入ろう。
そしたら絶対会えるし。
同じクラスって幸せ。
彼が教室入って来たら、すれ違うフリして「おはよう」って言えばいいんだ。
クラスメイトだし、それくらいは許されるよね。
大人しく教室に入って、自分の席につく。
彼の席は私から3列廊下寄りの2段前にあった。
こんなに離れてたっけ?
初めてちゃんと確認した気がする。
ということは、彼が来たらぐるっと回って前方の入り口から外に出れば、すれ違うことが出来るよね。
教室入る時も、絶対に前から入ろう。
彼の横を通るようにしよう。
そうしよう。
早めに学校に来たところで実際することはなんにもなくて、スマホで撮った英単語小テストの出題範囲単語を見ているフリして、じっと彼が来るのを待っている。
朝の時間って、こんなにゆっくりだったっけ。
いつもなら登校した瞬間すぐに始まるホームルームも、まだ始まらないし、彼もやってこない。
当然単語は頭に入らない。
そういえばスマホゲームのログインボーナス、今日の分まだもらってなかったな。
ゲームアプリを立ち上げ、あっという間にデイリーミッションもクリアしてしまった。
本気でやることがなくなってからようやく、彼が教室に入って来た。
やっと来た。
何度も何度も頭の中でシミュレーションした通り、ゆっくりとさりげなく立ち上がる……つもりだったのに、ガタンと椅子が不自然に大きな音をたてた。
失敗した。
だけど彼が自分の席に着くまでに、絶対にすれ違いたい。
違和感を持たれないよう一旦教室後ろのロッカー前まで下がると、早足で彼の机が並ぶ列に入る。
急がないと彼の方が先に着席してしまう。
途中他の男子とガツンと肩がぶつかって、「イテーよ」とか言われたけど、そんなこと気にしている場合じゃない。
「ゴメン」とちゃんと謝っておいたから今は許して。それどころじゃない。
「おはよ」
「え? あ、あぁ。おはよ……」
緊張していたうえに急いだせいか、息は切れてるし随分低い声になってしまったけど、返事を返してくれた。
うれしい。
恥ずかしさにそのまま廊下へ飛び出し、ようやくホッと立ち止まる。
一呼吸置いてから、こっそり後ろの扉から教室に戻った。
本当は前の入り口から入って様子を確認したかったけど、さすがにワザとらしいので今回ばかりは後ろの入り口から入る。
彼はいつもの仲良し男子グループと一緒になっていた。
白いシャツに大きな背が笑っている。
いつか私も、その輪の中に入っていけたらいいのにな。
「どした美羽音。なんかの発作?」
絢奈が一仕事終えた私を、怪訝な顔つきでのぞき込む。
「何が?」
「急に凄い勢いで教室出て行ったと思ったら、すぐに戻ってきたから」
「……。あぁ、トイレ行こうかと思ったけど、そうでもなかっただけ」
「お腹痛い?」
「……と、思ったけど、速攻で治った」
授業中に目が合った回数とか、休み時間にすれ違った回数を指折り数えている。
自分から話しかけられたのは、朝の「おはよう」の一回だけ。
普段は全く接点のない人だから、どう話しかけていいのか分からない。
どう近づいていいのかも分からない。
せっかく同じクラスになれたのに。
なんでこれまで話しかけたりしていなかったんだろう。
こんなカッコいい人がこの世にいただなんて、気づけただけでよかった。
ちょっと遅かったもだけど、まぁいいです。
同じクラスにしてくれて、本当に神さまありがとう。
もう一生神さまの悪口なんていいません。
4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
待望の昼休みだ。
私と絢奈は、いつも教室で二人でご飯食べてるけど、坂下くんはどうしてるんだろ。
二年生になってからの一ヶ月半、どうしてそんなことすら気にならなかったんだろう。
もうこんなチャンスはないかもしれないのに、どうしてこんな大切なこと、今まで知ろうともしなかった?
いつもならすぐにお弁当箱を持って絢奈のところに行くのに、今日は教科書を片付けるフリをしながら彼の様子をじっとうかがっている。
隣の席の女の子と、チラッとなにかしゃべったみたいだけど、まぁそこは大丈夫。
彼が誰とでも仲良く気さくに話せる人だっていう証拠。
彼は机の上のシャーペンを筆箱に片付け始めた。
メタリックブルーのきれいなシャーペン。
どこのメーカーだろう。
今度そこもチェックしておかないと。
彼の所に、いつも一緒にいる男子二人がやって来た。
あの二人の名前、何だったっけ。
それくらいは今度覚えておこう。
いつも三人でご飯食べていたのか。
彼らは坂下くんの机を中心に、お昼のセッティングを始めた。
あの二人ともお友達になっておけば、接触の機会が増えるかもしれないよね。
ことわざにもあるじゃない、将を射んとする者はまず馬を射よみたいな感じ?
ガタガタと移動を終えた彼と、ふと目があった。
今日はこれで6回目。
ちょっと多くない?
休み時間ごとに見てたら、そのたびに彼と目が合った。
もしかして向こうも気にしてこっち見てんのかな。
やった。
また目が合ったと思った瞬間、彼がフッと笑った。
「え?」
気のせいかと思ったけど、絶対気のせいなんかじゃない。
確実に笑ってる。
すぐに前を向いて友達男子と笑いながら何かしゃべってるけど、本気で私を見て微笑んだ。
間違いない!
「美羽音。なにやってんの?」
いつまでも動かない私の所へ、絢奈の方からやって来た。
「ね、いま坂下くんと目が合ったの! そしたらね、私を見て笑ってくれたの!」
「は? なんかバカにされた? ケンカでも売られたの?」
彼女は腕を組むとチッと舌打ちし、イラっとした表情で彼らをにらみつける。
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