第4話 クリス=フィテル

「ただいま戻りました」


「おー、おかえり」


 ガブリエラとクラリスが家に戻ると、叔父のグランジスタが夕飯を作っているところだった。

 エプロンを付けて手際よくフライパンを振っているのは、歴代最強と云われた勇者パーティのメンバーだった元準勇者で間違いない。


 ガブリエラは親元を離れてグランジスタの家で暮らしている。


 元はと言えば、兄のロイが剣の修行のためグランジスタの屋敷に引っ越すのに合わせて、彼女が付いていっただけで正式な弟子という訳ではないが、兄が出ていった後もグランジスタの屋敷に居座り、剣の修行をさせてもらっていた。


「クラリス、倉庫からワインを取ってきてくれるか?」


「はい、ただいま」


 クラリスが速足で駆けていき、グランジスタはフライパンの炒め物を皿に盛りつけていく。


「なにやらグランベール学院が騒がしいようじゃないか、これで三件目だってな」


 さすが各所に弟子がいるグランジスタだ。彼の情報網は一国の諜報機関にも勝るだろう。


「はい、叔父様。ですが風紀委員会レガートのガブリエラが必ず事件を解決してみせますわ」


 テーブルに着いたガブリエラは、水差しの水をコップに注ぐ。


「頼もしい限りだな。だが、今回の事件は一筋縄ではいかないぞ」


「どういうことですか?」


「奴らの死因の共通点だ」


 やはりグランジスタもガブリエラたちと同じ答えにたどり着いたようだ。


「即死魔法ですね」


「そうだ、しかしグランベール学院の生徒に即死魔法が使える奴がいるとは俺は思えねぇ。なんつたって即死魔法は高度な上級魔法なんだ。それに失敗するリスクも高い。賢者アナスタシアですら費用対効果が薄いとやりたがなかったくらいで決まればラッキー、呪いが跳ね返ってくるリスクもある魔法だ。それなのに連続殺人事件の犯人は百発百中でターゲットを殺害している。つまりそれは――」


 承知していますわ、とガブリエラは答えた。


「叔父様は危惧しているのですね。必中の即死魔法の存在を……」


「ああ、そんなものがあるなら驚異でしかねぇだろ。魔王すらも殺せる魔法だ。誰もそいつに敵わねぇ、勇者でも、もちろん俺も、ロイだろうとな」


 話しながらグランジスタは料理をテーブルに運んでいく。


「それは心底に心外ですわ」


「ガブリエラ……」


「叔父様はとにかくお兄様よりも優れている人類などこの世界に存在しません」


「お前なぁ……」


 超が付く兄バカな姪にグランジスタは顔を歪めて苦笑した。


「必ず犯人を捕まえてみせます」


「さすがに今回は危険すぎる。必中の即死魔法を行使する相手に挑むなんてやめろ、殺人捜査専門の衛兵に任せるんだ」


 忠告にガブリエラは頭を横に振った。


「元準勇者といえ、叔父様も耄碌もうろくしてしまったのですね」


「なんだと?」


「きっと数年前の叔父様なら笑ってこうおっしゃったはずです。『死んでも捕まえてみせろ』と」


 姪に痛いところ突かれてグランジスタは頭を掻いた。




 翌日、ガブリエラは朝の修練を終えてから制服に着替えて学院に向かった。


 グランベール学院は基本的に全寮制で七歳から最年長で十九歳までの生徒たちが学院敷地内の学生寮で暮らしている。

 ただ、寮のキャパシティの関係上、全員が入寮できる訳ではなく、実家から徒歩圏内の者にあっては通学制がとられている。


 ガブリエラが学生寮の前を通ると女子生徒たちから「わぁ」と華やぎの声が沸き、羨望の眼差しが彼女に集まる。

 風紀委員になってからというものガブリエラの人気は急上昇しており、非公認ながらファンクラブも存在している。


 だからといってガブリエラが浮つくことは決してない。

 どれだけ人気があろうと彼女は誰に対しても分け隔てなく接し、自分の信念を貫き、強者に対してこびへつらうことなどしない。そんな一貫した裏表のない態度も、また彼女の人気を後押しする要因であった。


「ガブリエラ様」


 ひとりの少年が駆け寄ってきた。ガブリエラと同じ白亜の制服を着ている。もちろん男の彼はスカートではなくズボンを履いているのだが、スカートでも違和感がないような中性的な顔立ちである。


 そんな彼の名前はクリス=フィテル、フィテル公国公爵家の次男であり、中等科二年生でガブリエラと同じく風紀委員会レガートに所属している。


「クリス先輩、〝様〟は止めてください。先輩の方が上級生なのですから。なにより先輩は公爵家、わたくしは男爵家、本来〝様〟を付けてお呼びしなければならないのはこちらですわ」


「ご、ごめん。ガブリエラさ……、さんって〝様〟を付けで呼んだ方がしっくりくるから」


 わざわざ言い直した彼にガブリエラはくすりと微笑んだ。


「先輩、なにか分かったのですね」


「うん、歩きながら話そう」


 ふたりが肩を並べて校舎に向かって歩き出すと、美少年と美少女の組み合わせに再び黄色い声が湧き上がる。そんなゴシップ的な周囲の視線にもガブリエラはすっかり慣れてしまった。


「亡くなった三人の共通点を調べたら中等科一年のときに三人とも同じクラスだったんだ。それで、因果関係は分からないけど彼らがいたクラスの女生徒が亡くなる事件があったみたい」


「女生徒が亡くなる事件?」


「うん、森の中で遺体が発見されたときには獣に体を喰われて、ひどい状態だったらしい」


「二年前にそんな事件が……」


「まあ、それが事件なのか事故だったのか結局分からないみたい。学校の外であった話だからね、学院としても他の生徒たちに伏せていたんだと思う」


「今回の件と関係あるか分かりませんが、少し気になりますね。なぜ彼女は森に行ったのでしょうか……、それとも連れていかれた? 先輩、その件について詳しく調べていただけますか?」


「もちろんだよ。ガブリエラさ……、さんは、どうするの?」


「わたくしは授業の合間や放課後、この学院で即死魔法が使えそうな人物と接触します」


「魔法専門の教師で一番の実力者っていえば、やっぱりヘンリエッタ先生かな」


「疑いたくはありませんが、ひとりずつ調べていくしかありません」


「ああ、それから今回の件で学院長が更迭されるみたいだよ。立て続けに生徒が死亡する事件が起こって、事態を治められなかった学校側の責任は免れないからね」


「その責任の一端はわたくしにもあるのでしょう……」


「ガ、ガブリエラさ、さんは頑張っているよ! 今回のことだって一番心を痛めているし、現場では一生懸命に捜査しているって噂になってるし!」


「ありがとうございます。クリス先輩、絶対に犯人を捕まえましょう。わたくしたちレガートのみんなで」



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