第2話 グロリア=ラグデューク

「次期勇者とは大きくでましたね。確かにロイくんは色々な意味で有名人でした。けれど、彼の素行には賛否両論あったことは確かですのよ。勇者を認定する教会には良く思われないタイプです」


 ガブリエラの少し前を歩くリディアは、懐かしむようにくすりと微笑んだ。


「問題ありません、教会がどうであれお兄様は勇者になる星の元に生まれた方なのですから」


 いつだってガブリエラの眼に映っているのは近い将来、勇者となって自分を迎えにくる兄の姿である。


 ガブリエラ=ナイトハルトは、グランベール学院の風紀委員会レガートに所属する中等科一年生である。

《レガート》とは、学院の風紀を護り治安を維持する組織であり、そして学院内において様々な権限を有している。


 最たるものは一部の教師と同様に学院内で帯剣を許可されていることだ。

 なぜならグランベール学院には武術や魔法に長けた生徒が多く在籍しているため、時として武力行使が必要な場面がある。


 しかしながら、帯剣できるのは学院から指定された一振りのみ。それは特別な能力を秘めた魔剣や名刀ではなく、最低限の切れ味しかない初心者用の真剣である。

 暴走した生徒や誤って召喚された召喚獣、迷い込んだモンスターと戦うための最低限の武装といえ、レガートで対処できない場合は、即座に教師たちが駆けつける。


 そして、一般生徒の制服は濃紺色だが、レガートに所属する生徒は清廉潔白を現す白亜の制服を着用することができる。

 これによって一目見ただけでレガートだと識別でき、不良生徒たちを牽制できるのだ。


 レガートに入ってからまだ半年、しかも初等科から進級して間もないガブリエラだったが、その凛とした佇まいと騎士然とした立ち居振る舞いは、学院の下級生から上級生を問わず多くの生徒から《金色の騎士》と呼ばれて絶大な人気を博していた。


 リディアとガブリエラのふたりは状況報告をするため生徒会室に向かっていると、ひとりの生徒に呼び止められる。


「リディアさん、ガブリエラさん」


 高等科の女生徒だ。彼女を象徴する縦にロールした金髪ツインテールが揺れる。


「グロリア会長、ちょうど良いところに。これから生徒会室に向かうところでしたの」


「そうでしたか、また痛ましい事件が起きてしまいました……。お話はローズガーデンでうかがいます。この時間なら生徒はいないでしょうから」


 金髪縦ロールの少女の名前はグロリア、ラグデューク伯爵家の三女でありグランベール学院の生徒会長だ。



◇◇◇



 学院西側のローズガーデン、その中央にある東屋にやってきた三人は大理石のテーブルを囲んで座った。


「それでは今回の事件について報告します。事件が起きたのは術科訓練場の用具倉庫、亡くなっていたのはアルス・ディーノ中等科三年生ですの。前回と前前回同様に一見する限り外傷はありません。遺体は非常に綺麗な状態でした」


 リディアから報告を受けたグロリアは、「毒物が使用された痕跡は?」と言った。


「調べようとしたときに衛兵隊長の邪魔が入りました」


 答えたのはガブリエラだ。リディアは続ける。


「しかし、口の周りに血や多量の唾液が付着していなかったことから毒を飲まされた可能性は低いかと」


「毒針のような物が使用された可能性を確かめるために遺体を詳細に調べる必要がありました」


 再びふたりの会話に割って入ったガブリエラがグロリアの瞳を見つめる。彼女はあろうことか生徒会長に圧を加えているのだ。


 ――衛兵を学院から追い出して捜査を自分たちに一任させていただきたい、と。


 グロリアは逸らすことなくガブリエラの瞳を見つめ返した。


「心配には及びませんよ、ガブリエラさん。彼らの捜査報告書は前回の事件同様に、いずれ私の元に届きます。その上でレガートに共有しますので、レガートはレガートで捜査を続けてください」


 グロリアはどこからともなく衛兵隊が上層部に上げた報告書を手に入れてくる。

 もっともガブリエラもその気になれば同じことができる。元準勇者の叔父、グランジスタ=ナイトハルトの弟子が衛兵隊の上層部にわんさかいて、彼らは師匠のためなら喜んで機密文書すら差し出すはずだ。


 今回の事件も以前の二件と同様に、同一人物による犯行であり、目立った外傷がなかったことから魔法が使用された可能性が高い。


 そして、この世界には魔法を行使するための二系統が存在する。


 一つ目、詠唱、術式などを介すことにより体内の魔力を使用して発動させる場合。


 体内に保有する魔力量には個人差があり、生まれつき魔力を持っている者もいれば魔力を持たない者もいる。前者は修練次第で増幅させることができるが、持って生まれた才能によるところが大きく、大幅な上昇は望めない場合がある。後者にあっては元から魔力がないため増やすことはできない。


 魔力を使用すれば減っていき、休めば時間と共に回復して元に戻る。

 枯渇するまで魔法を使い続けた場合、全身が鉛になったようなひどい倦怠感を覚え、限界を超えて魔法を使い続けると最悪死に至るケースもある。


 二つ目、世界の根幹を成す存在の精霊から加護を受けて魔法を発動させる場合。


・火の精霊 サラマンダー

・風の精霊 シルフ

・水の精霊 ウンディーネ

・地の精霊 ノーム

・光の精霊 アニマ

・闇の精霊 シェイド

 

 その他諸々あるが、精霊に祈りを捧げることによって魔法と同等の効果を得る方法であり、この方法も広義で魔法とされている。


 教会関係者は「加護」と呼称し、 精霊に祈りを捧げることによって起きる奇跡と定義し、魔力による魔法と区別する傾向にあるが、世間一般では太古の時代から広く魔法として認知されている。


 そして無限に加護を受けることはできず制約も大きい。強力な加護ほど効果が短かったり、持続性が不安定だったりする。


 ただし、極稀に生まれつき精霊からの寵愛ちょうあいを受けたギフテッドが誕生する。その者は精霊に祈りを捧げる必要がなく、無条件かつ無制限に加護を受けることができる。



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