ガーディアントラベル

チャーハン

プロローグ

柔らかな風が俺の頬を優しくなでた。

風に乗って運ばれた土の匂いと花の甘い香りで俺は目を覚ます。

ぼんやりとした意識の中、辺りを見渡すも、ここが俺の知っている風景と異なることはぼやけた頭でも分かった。


「ここ、どこだ?」


再度辺りを見渡す。

…………

やはり見慣れない景色だ。

辺り一変が多種多様の花が咲いている花畑でそれ以外には何も無い。

俺はどうしてここに居るのか頭を抱えながら考える。

思い出せ――俺はそもそもここに来る前に一体何をしていた?

俺の名前は音羽カケル、ついさっき高校を卒業した十八歳だ。


「……卒業」


そのワードが頭をよぎった時、俺の脳裏に電撃の様な鋭い衝撃が走った。

聞き覚えのあるワード。誰でも口にしたことがある言葉だが俺にとってきてほしくなかったもの――その日は大切な人との別れの日。

俺は徐々にだがここに来る前の記憶が蘇ってきた。


その日、俺は幼馴染の日渡ひわたり空と卒業式の帰りを一緒に帰っていた。

少し焼けた肌に幼さを残した顔立ちの美少女。

長い黒髪を後ろで結びシワ一つ無いきれいなセーラー服を着て胸には花形のコサージュを着けている。

空とは幼稚園からの付き合いで学校では人気者のスポーツマンだった。

何でもできて困っている人には手を差し伸べ、悪を許さないヒーローのような子だった。

一方で俺は運動は愚か勉強はまあまあの成績の普通の人生だった。

だが、こんな俺にも優しくいつも手を引っ張ってくれる。そんな彼女の存在に俺は憧れていたのだ。

そしてそれは高校に上がっていくに連れ好きという恋愛感情になっていた。

だが、俺はこの気持ちを高校生活、三年間一度も空には話していない。


「ねぇ、カケル――僕ね、高校卒業したら結婚するんだ」


しばらくの沈黙の後俺から口を開いた。


「……それって前話してた許嫁とか?」


「うん」


空は下を向き暗い表情を浮かべる。

拳を強く握り色んな感情が溢れ出しそうな感じだった。


空の家、日渡家は代々太陽の女神を祀る神社をやっていて空はそこの巫女なのだ。

俺も詳しい事は知らないのだがどうやら巫女は三月になったら決められた相手と結婚する掟があるらしい。

そして現在の日にちは三月一日、学校に在籍中の時は流石に結婚できない為相手の男には卒業するのを待ってもらっている。

空はしばらくうつむいた後、顔を上げた。


「まぁでも大丈夫!」


「――!空!」


俺は空の顔を見て思わず抱きしめてしまった。

手に持っていた補助カバンを地面に落とし空の頭を優しく撫でながら。


「ひゃ!ちょ、いきなりどうしたの?」


俺はすぐに答える。


「だって空……泣いてるから」


無意識だったのだろう空は自身の目から出ているそれを手で触れ「あ、あれ?おかしいな」と呟いていた。そのうち抑えていた感情が大きく膨れ上がったのだろう。俺の方に顔をうずめ嗚咽した。


「……っ!だって……だってぇ!」


顔を上げ、子供のように泣きじゃくる彼女を見ると俺も自然と涙が出てきそうになったが必死に絶え再度頭を撫でた。


「嫌だよ!僕、会ったことも無い人と結婚したくない!」


その涙にある感情は不安だ。空はこれから会ったことも無い――どんな相手なのかも分からない人と結婚しなくてはならないのだ。

もしかしたら怖い人かもしれない等のストレスが彼女の感情を爆発させたのだ。

俺はしばらく考えた。

声をかけるべきなのだろうがかける言葉が思いつかないのだ。

更に考え


「安心しろ、もし結婚相手がヤバい奴なら俺が空をもらってやる!」


俺は勢いでそんな事を言ってしまった。


「――!!!」


空はその言葉を聞くなり更に泣いてしまった。

やはりこの言葉は失敗だったのだろう。

空の家には掟がある。許嫁との結婚、それを考えれば俺の今の発言は無責任だ。俺が何を言ってもきっと空の爺さんはだめだって言うだろう。

だが――それでも俺の気持ちは本物だ。


数分後、空は泣き止み手で涙を拭き取り地面に落ちたカバンを拾い上げる。

一方の俺は顔を赤らめ空の顔を直視できなかった――すると


「ねぇ!さっきの言葉――!」


同じく顔を赤らめやや下を向いた空が後ろから服の裾を掴み静かめに呟いた。


「信じて……いいんだよね?」


「……」


俺はしばらく沈黙した。どう答えたらいいかわからなかったのだ。

ここはやはり「ああ、俺を信じろ」というところなのだろうがさっきの言葉は勢いで言ってしまったものだ。果たしてそんな無責任な事を言ってしまっていいのだろうか?


「ねぇ……黙っててもわかんないよ。」


空が不安そうに低い声を口から漏らし裾を掴む力を強めた。

……


「本当だ――信じろ」


「…………!!」


何を考えることがあったのだろうか。俺の空への気持ちはこんなものだったのだろうか。

俺は覚悟を決めた。空の爺さんには反対されるだろう。それでも……


「カケル……!」


空を――目の前の彼女を不安にさせることだけは嫌だったのだ。

空の表情はいつもの明るい表情に戻り元気よく笑った。

その表情を見ると俺も自然と笑ってしまう。


俺たちは家に向け再び歩き始めた。坂道を越え気がつけば車通りの多い道路の信号の前に立っていた。

いつもならボタンを押せばすぐに青信号になるのだがこの日は何故かいくら立っても青信号にならなかった。

ボタンがちゃんとおささってないのだろうかと思い俺は再びボタンのある電柱まで行きボタンを再度押した。そして空のところに戻ろうとしたその時だった。


「カケル!!!」


空は叫び俺の方に走ってくる。


「え……?」


俺は何が起きたかすぐにはわからなかった。

俺が空の方に戻ろうとした時突如として誰かに押された感触とともに勢いよく車が通っている道路へと体が押されたのだ。

倒れる直前に俺は後ろを振り向いた。しかしそこには誰もいなかったのだ。

歩道の横には顔を青ざめ叫びながら走り出した空の姿しかない。空が押したのか?

……いや、それはありえない、俺がボタンを押しに行った所から空が俺の体を勢いよく押すことは不可能だ。だが……俺の背中にはまだ誰かから勢いよく押された感覚が残っていた。


「ケル…………カケル!!ねぇ!」


気がつくと俺の視界は真っ赤なレースカーテンがかかったように真っ赤に染まっていた。

俺の名前を読んでいるのは空だろうか?しかし声が遠く聞こえる。

なぜだろうと俺は必死に周りの状況を見た。

周りには白い車から出てくる数人の大人たち、

俺の名前を呼びながら泣いている空……

そうだ……俺は車にはねられたんだったな……

しかしなぜだろうか……痛みはほとんど無い。

あるとしたら押された感覚だけが謎に残っている……

そして強烈な眠気もある。

ほんとに眠かった。目を閉じればすぐに眠りにつけそうなほどまぶたが重かった。


「カケル……?お願い……目を開けて……」


周りの景色が段々と暗い漆黒に包まれ、こうして俺……音羽カケル……十八歳は三月一日死亡した。











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