第18話 未来

「前世……?」


 完全に怪しんでいる様子のシュダ。


 前世の記憶を持っているなど、本人でなければそう簡単に信じられるわけがない。

 

「聖女である自分ではなく、こことは全く違う世界で暮らしていたことを覚えていますの」

「……妄想とかじゃなくて?」


「違いますわ! 前世ではOLをしていましたわ。社会の歯車として淡々と働き続ける日々……あぁ思い出すだけで頭痛がしてきますわね」

「オーエル? よくわかんないがそれが俺の話とどう繋がるんだ?」


「そんな辛い社会の荒波に揉まれながらも、生きる希望があったのですわ。その世界で読まれていたとある物語が大好きだったのですわ。とりわけ、物語の主人公には尊敬の念を抱いていましたわ。かっこよくてたくましい、正に理想の女性だと思っていましたわ」


 ノベルゲームの主人公の話なのだが、細かい説明は省いた。

 仮にしたところで通用しなさそうだった。


「前世でわたくしは死ぬ直前こう思いましたわ。来世ではあの物語の女性のようにもっと誇れるような自分でありたいと……そう願ったのですわ」


 誰かに誇れる自分というのは難しいものだ。


 傲慢になってはいけない。謙遜しすぎてもいけない。程よいくらいの自信が欲しかった。

 

 その夢がこの世界でやっと叶った。


「シュダと出会ったおかげでわたくしには聖女になるという夢が出来ましたわ。もちろんシュダの傷を肯定するわけではありませんが、あなたがいたから今のわたくしがあるのだと言っても過言ではありませんわ。わたくしを立派にしてくださったのはシュダですわ。ですから、謝罪などではなく、むしろ感謝をしたいくらいなのですわ」


 シュダがいなかったら、わたしは前世と同じように平凡な人生を送っていたかもしれない。

 

 聖女になれたのはシュダがいたからなのだ。


「俺はきっかけを与えたにすぎなくて、ほとんどがヒオラの努力によるものだろ。感謝なんてされるほどのことはまじでやってないぞ」

「ですが傷を見せるのにとても勇気が必要だったのではないかしら? やはりシュダのおかげですわ」


「傷見せただけで感謝されるとかおかしいだろ……」

「どちらも譲らないなんて……わたくしたち似た者同士かもしれませんわね」


 確かに努力もたくさんしてきた。でも、途中で諦めなかったのはシュダの傷を見た衝撃が心に刻まれ、焦燥感を生み出していたからだ。

 

 きっかけは大切だ。わたしにとってシュダとの出会いは人生を大きく変えるほどのものだった。


「それと、問題の傷なのですが……今日は疲れてしまったので後日でもよろしくて?」

「やっぱ治すのには強力な魔法が必要なのか?」


「そうなりますわね。跡になってしまっていますし、簡単には消えてくれないと思いますわ」

「わかった。 ……なんか俺だけなんもせずにタダで治療してもらったりと、ほんと悪いな」


「もう気にしないでくださいまし。これが、わたくしが聖女を目指した一番の理由なのですもの」


 やっと約束を果たせるのだと思うと、気持ちが上を向いてくる。

 

 いい気分だ。こんな時はやはりあれしかない。


「さて、ドラゴンを討伐しましたし、シュダの記憶問題も一件落着しましたし……飲みますわよ!」

「おい」


「なにか問題でもありますの?」

「やっぱ聖女っぽくねぇんだよなぁ……」


「部屋にあるお酒を一緒に飲もうと思っていましたが、シュダは水でもよろしいですわね? わかりましたわ。そんなシュダの前でわたくしは美味しそうにお酒を飲んであげますわね」

「まて口が滑った、俺も飲ませてくれ、見てるだけなんて耐えられない……ヒオラは立派な聖女サマだ。ヒオラ以上に似合うやつなんかいないさ。だから頼む!」


 わたしは微笑んで許してあげた。

 

 戸棚に保管されている酒瓶を何本か取ってもらい、グラスをコツンとあわせて二人でたくさん飲んだ。

 シュダは前回の反省を活かしてか、飲む量を調整したようだ。そこまで酔っていないように見える。

 

 早く寝て疲れを取りたいという要望もあり、少し早めにお開きとなった。


 ――――――――――


 ドラゴン討伐から数日が経過した。


 その間、わたしたちは事情聴取に何度か赴いた。


 今回の件でドラゴンが出現した理由は魔力変動が原因ではないかと言われている。生物の身体だけでなく空気中にも漂っている。地面にも空にも。時に、なにかふとしたことがきっかけで魔力が大きく変動しそれに敏感なドラゴンが遠くからやってきて暴れるなんてことがあるのだ。


 今回が正にそう。濃い霧も魔力変動の代表的な現象と呼ばれており、間違いないだろうと結論付けられた。

 

 ちなみに討伐の褒賞はたんまりもらった。お金最高。

 

 互いの都合が付いた日に傷の治療を行うこととなった。


 再びシュダには服を脱いでもらった。


 わたしはシュダの背中に右手でそっと触れる。

 深呼吸をし、詠唱を紡いでいく。


「暖かな光よ」


 指先に熱が宿る。


 暖かく、心地よい、まどろみの様な熱が生じる。


 そして微かな光が生まれる。ぼんやりと優しい色合いで見ているだけで癒される。


「痛みを 憎しみを 悲しみを」


 熱は手のひら全体へと満遍なく伝わっていく。それと同時に光も広がっていく。


「癒やして 赦して 愛して」


 傷を包み込むように熱が、光が集中する。

 輝きが強くなっていく。


「【ヒルイーヴァ】」


 魔法が成った。


 回復魔法の中でも最上位の魔法であり、聖女しか使えないとされる【ヒルイーヴァ】。

 

 唱え終わると、まるで溶かされるように、傷がみるみる消えていく。

 傷を消した光はそのまま空中へ躍り出て、蝶の形をとって上へ向かう。

 そして天を目指すかのように天井を通り抜けていった。


 光の蝶をぼんやりと見ていたシュダは、はっとなって姿見の方まで歩き出した。

 背中を確認した彼は表情を驚愕に染めていた。


「傷が全部消えてる……ここまで完璧に治るとは思わなかったな。すごいなヒオラ! 本当にありがとな」

「これで約束通りですわね」


 シュダは口角を上げて微笑んだ。わたしも笑顔を返した。


 遠い日の約束が、別れを挟んでもなお、何年もの歳月の末に果たされた。

 

 ――――――――――


 記憶が戻ったことでシュダはこの街にいる意味がなくなった。

 

 わたしは寂しい気持ちを滲ませながら、有耶無耶になってしまっていた剣を最後に送らせてほしいと頼み込んだ。

 

 しかし、その返答は予想外のものだった。


「この街、出ていかないが……」

「まだ、しばらく滞在する予定ですの? いつまでかしら?」


 嬉しさが顔に出ないよう、少しぎこちなくわたしは問う。


「……話、伝わってないのか?」

「ええと、なんの話かしら?」

「俺が騎士になるっていう……」

「……へ?」


 予期せぬ答えに、聖女らしからぬ間抜けな声をあげてしまった。なぜに騎士なのだろうか。


「今回の件でスカウトされたんだよ、騎士団に」

「そんなこと、あるんですわね……」


「俺もびっくりした。報酬も結構貰ってたし、これ以上なにか貰うのは申し訳ないなと少し思わなくもなかったしな」

「前にシュダはフラフラするのが性に合っていると言ってましたわよね? 騎士になってしまっても良いのかしら?」


「まあちょっと……目的っていうかこの街に居たい理由というかそんなのが出来たんだ」

「……気になりますわね」


「秘密だ」

「教えてくださいましー」


 シュダがこの街に残ると分かって心の底からほっとした。


 けれどその理由を知りたくて、駄々をこねる。


 シュダは唇を尖らせてぽつりと返した。

 

「……ヒオラにだけは言えねぇ」

「なぜかしら? 理由が全く分かりませんわ。納得いたしかねますわ」


「……まあいつか言うかもしれないから、その時を待ってくれ」

「今この場では駄目なのかしら?」


「駄目だ。というか無理だ。ちょっと心の準備が……」

「わかりましたわ、待ちますわよ。でも、あまり待たせないでくださいまし」


「……わかってるって」


 昼下がりの大通り。

 空はどこまでも青く広がっていて穏やかで、ぼんやりとした思考のまま、日々を思い返す。

 

 教会にやってきたシュダの記憶は、わたしの過去にも関係していた。そして今にも。

 

 不思議な再会を得て、変わった部分もあるが、変わらないこともある。

 

 こんな感じでこの先も毎日は過ぎていくのだろう。


 前世ではどこか中途半端に終わってしまった人生。

 この世界では立派な聖女として、誇りを胸に今日も生きよう。

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