第8話 尊いあいすと葵の真実

 WEB小説投稿サイトに謎の作品を投稿して人々をモンスター化させていたボスを倒して数日後、その日も魔法の修行をしていたあいすのもとに謎の金髪娘がやってきた。

 身長はあいすよりも低く、その髪の毛同様に全体的に黄色っぽい色でまとめられた割と派手めで可愛らしい服を着ている。顔は大きい目が印象的で、人懐っこそうな雰囲気だ。


「貴女があいすさんですね!」

「えと、誰?」

「私はキララ! よろしくっス!」


 彼女、キララは敬礼をしてウィンク。こんなキャラは今まであいすの周りにはいなかったので、若干引いてしまう。そんな彼女を置き去りに、キララはよく通るアニメ声で話を続ける。


「あいすさんは魔法少女達の中で話題になってるんスよ!」

「そ、そうなん?」

「ああ、動いてるあいすさん、尊いっス……」


 彼女は一方的に喋ったかと思うと、今度はあいすに向かって手を合わせ始めた。この流れるようなムーブにあいすは戸惑うばかり。キララの喋った言葉の中に新事実が含まれている事にも気付けないくらいだった。

 そこに、修行の様子を見に来た葵も現れる。


「あいす、力はついてきた?」

「葵先輩!」

「キララ? なんでここに?」

「先輩も久しぶりっス! 先輩も十分尊いっスよ!」


 キララはその元気っ娘パワーで葵に抱きついた。あいす同様、葵も彼女の元気に振り回されているようだ。崇敬の対象が変わった事で落ち着きを取り戻したあいすは、2人の会話を冷静に分析する。


「葵、その子知ってんの? 先輩って……」

「キララも魔法少女なんだよ。私の方が先に魔法少女になってたから先輩って事になったんだ」

「もしかして、魔法少女っていっぱいいんの?」

「いるっスよ! 全員集まったら多分100人はいるっス!」


 キララの返答で新事実が明らかにされ、あいすは体を震わせる。彼女がぽかんと口を開けている側で、葵は抱きついてスリスリする元気娘を力技で引き剥がした。


「ここに来た要件は何? 貴女は四国の担当でしょ」

「先輩、今からマジカルワールドに帰りましょう!」


 キララはさっきまでの元気モードから一転、マジトーンで葵の顔を見つめる。この流れの違和感に、あいすは首を傾げる。


「ん? どう言う事?」

「さあ、あいすさんも一緒に!」


 キララはその疑問に答える事なく、あいすと葵の手を握る。その瞬間に3人の足元に魔法陣が出現。そこから発生する魔法の力によって、全員一瞬で別の世界へ転移した。

 出現したのは空の上。とは言え、足元には魔法陣があり、その上に3人は乗っている。あいすは眼下に広がる大地を見て思わず口に手を当てた。何故なら、いくつかの光の光球で守られている地域以外、破壊の限りを尽くされていたからだ。


「何あの赤い大地……ここがマジカルワールド? それにあちこちにあるクレーター。隕石でも落下したの?」

「……厄災の魔王の仕業っス」

「厄災の魔王? そんなのもいるの?」


 次々に明らかにされる真実に、あいすはパニック寸前だった。転移魔法なら任意の場所に飛べるのにわざわざ大陸上空に転移したのも、この現状を彼女に見せるためだったのだろう。

 足場の魔法陣はゆっくりと降下していく。雰囲気がマジモードのままキララは続けた。


「この間、あいすさんが倒したのは魔王配下の四天王の1人です」

「な、なんだってー!」


 その事実に、あいすは顎が外れんばかりに大きく口を開ける。ボスが実はボスでない事にも驚いたし、そのボスの上に更に強い存在がいると言う事にも戦慄を覚えていた。それから、あちこちにクレーターを作ってしまうその魔王の力の桁違いさにも。


「てか、この世界大丈夫?」

「今は女王が必死に守ってるっス。あのあちこちにある防御結界がそれっス」

「ねぇ、葵はこの世界に来た事があるの?」


 あいすは、この世界に転移してからずっと無言だった葵の顔を見つめる。その顔はいつにもなく真剣で、何かを必死に耐えているような雰囲気だった。

 いつもと違う友達の雰囲気にあいすが何も言えないでいると、キララがポツリと衝撃的な発言をする。


「先輩はこの世界を守る国の女王の娘、姫なんです」

「え?」


 その信じられない一言は、あいすの耳を左から右に通り過ぎていった。葵は彼女の幼馴染であり、幼い頃から知っている。だからこそ、キララの話が全く現実感を持たなかったのも当然だった。

 ただ、それが真実ならいきなり魔法が使えたりと言う事の辻褄は合う事になる。あいすが混乱していると、うつむいたままだった葵が視線を変えずに喋り始めた。


「私、ナーロンが来るまでその頃の記憶がなかったんだ……」

「先輩、それは私もです。私もペプラが来るまで記憶は封印されてました」

「ペプラ?」

「私の事ニャ」


 キララの背後からにゅっと灰色の美しい毛並みでメガネを掛けた猫が現れる。どうやらこの子がキララのお供のマスコットらしい。ペプラは2本足ですっくと立っており、メガネのせいもあってすごく知的キャラみたいだった。

 目の前の2人がマジカルワールドの住人と言う事実を知り、あいすの目は輝く。


「ちょ待って。じゃあ私もそうなの?」

「あいすは正真正銘の地球人だホ。だからポンコツなんだホ」


 ここで突然のトリのツッコミにあいすは気を悪くする。彼女はすぐにその丸っこい生き物を捕まえると、その顔の両側をげんこつでグリグリした。


「い、痛いホ! 止めるホー!」

「うっさい! 一言余計なんじゃ!」


 1人だけコント空間の中、ペプラがあいすの前に立って可愛らしくお辞儀する。


「じゃあ、ここで私が解説するニャ」

「あ、よ、よろしく……」


 その話によると、マジカルワールドが初めて魔王に攻撃を受けたのは約10年前。この時にその攻撃を完全には防ぎきれないと判断した各国の首脳陣は、被害の及ばない世界への一般国民の避難を決定。人々は転移魔法陣を使ってそれぞれに適した世界へとバラバラに散らばっていったのだとか。


 で、この避難時に子供達は混乱するからと言う理由で、みんな記憶を消される事になった――。

 ここまで話を聞いたあいすは、得意げに話すメガネ猫に素直な疑問をぶつける。


「葵の両親は? お母さんが女王なんでしょ?」

「それは、女王のおつきの2人が両親の代わりをしていたのニャ」

「じゃあ、なんで2人はその記憶を戻されちゃったの?」

「魔法少女の才能に目覚めたからニャ」


 魔法配下のモンスターは魔法少女が使う魔法でのみ倒せる。それが分かったのは人々が避難してから5年後の事だった。そこで、年頃になった少女で適正のある子の元にマスコットキャラが赴き、才能を開花させるプロジェクトが実行に移される。

 彼らによって魔法少女になった少女達は、魔王軍からの侵略を防ぐために今も各地で必死に戦っている――。


「……と言う訳なんだニャ」

「え? でも葵はずっと私んちの近所で暮らしてるよ?」

「それは、魔王が地球も支配下にしようと部下を送り込んでいるからニャ。避難地域を第二のマジカルワールドにしないために必死で守っているのニャよ」

「し、知らなかった……」


 初めて知らされた事実に、あいすは驚いて言葉が出ない。そんな彼女の顔を、キララは尊敬の眼差しで見つめる。


「でも、幹部連中を倒した魔法少女は今までいなかったっス。だから、それをやってのけたあいすさんは尊いんっス!」


 彼女は戸惑うあいすの両手をギュッと握って、また目をキラキラと輝かせた。この重いくらいの圧に、あいすはただ笑うしか出来なかった。


「え、えへへ……。有難う」

「これからもよろしくっス!」


 その言葉に若干の引っ掛かりを覚えつつ、彼女はキララの熱い気持ちを受け止める。その横では、それぞれのマスコットキャラ達が集まってハイタッチとかをしていた。


 その後、魔法陣はひときわ大きい防御結界のドームに吸い込まれるように降りていった。その中では立派な城塞都市が形成されていて、外の赤い荒野とは対象的に平和な世界が残されている。

 都市の中心には大きなお城があって、魔法陣はそこまで3人を運ぶとふわりと消える。城で彼女達を待っていたのは荘厳な衣装を身に着けた1人の女性。初めて来たあいすでも、それが誰だかはすぐに分かった。

 キララは、その女性を前に深々と頭を下げる。


「女王様、お連れいたしました」

「キララ、頭を上げて。皆さん、よく来てくれましたね」

「お母様!」


 葵は母親に抱きつく。その様子を2人は優しい眼差しで見つめていた。女王は3人を招いて食事会を開く。たくさんの料理が出て来て、あいすもその美味しさに舌鼓をうった。この時の女王はとても慈愛に満ちた顔で、食事風景を優しく見守っていた。

 食事が終わった後、女王はその重い口を開く。


「幹部が倒された今、魔王軍はその元凶となった魔法少女を根絶やしにしようと本気でこの世界を潰しに来る事でしょう。多分、これが最後の戦いとなります。あいすさん、お願いです。非力な私に力を貸してくださいませんか」

「え、わ、私で良ければ……」


 雰囲気に飲まれたあいすは、2つ返事でその願いを聞き入れる。こうして、事態は最終決戦へと駒を進める事になったのだった。



 一方その頃、全てが闇の陰気に包まれた魔界。魔王城で四天王の敗北の報を聞いた厄災の魔王は眉ひとつ動かさず、クククと笑う。


「やっと歯ごたえのあるやつが出てきたか。そうでなければ楽しめぬわ!」


 その豪胆な笑い声は魔界中に鳴り響いたと言う――。

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