魔法少女あいす
にゃべ♪
第1話 おうち時間を満喫するトリ
ここはのどかな地方都市。時間は大体お昼過ぎ。パステルカラーでまとめられた女の子の部屋で、カクヨムのトリによく似たフクロウのぬいぐるみのような生き物が眠っている。とても気持ち良さそうに、コロコロとその丸い体を転がしていた。
と、そこにこの部屋の主の少女、あいすが勢いよくドアを開ける。その顔は怒り心頭だ。
「いい身分だなおい」
「あ、お帰り。おうち時間を満喫してますホー」
その声に反応して、トリはゆるりとまぶたを上げる。まだ目覚めたばかりで意識がはっきりしていないようだ。まだ体は動かせないようで寝転がったまま。
その様子を見た彼女は堪忍袋の緒が切れて、秒でトリの至近距離に移動する。
「起きれや!」
あいすの蹴りがトリの体をダイレクトに捉え、部屋の中を何度もバウンド。その衝撃で完全に目の覚めた彼は空中で翼を広げて衝撃を吸収すると、すうっと床に降りる。どうやら蹴りのダメージはほぼないようだ。
落ち着いたところで、トリは彼女の顔をじいっと見つめる。
「一体どうしたホ?」
「あんたを助けた時、願いを叶えるって言ったよな?」
「ん? それはボクと一緒に暮らしたいと言うものだったホ?」
「勝手に捏造すんな! 早く私を魔法少女にしろ!」
つまり、トリはあいすの願いを叶えると言う条件でこの部屋にいる事になったらしい。その願いが彼女を魔法少女にすると言うものだったようだ。
強く迫るあいすに対し、トリは全く動じる様子もなかった。
「だからステッキをあげたホ。アレで変身出来るホ」
「振っても変身出来ないんじゃ!」
彼女のクレームを聞いたトリは、ハァとため息を吐き出した。そうして、真顔であいすの顔を見上げる。
「じゃ、スキルがないんホね」
「出てけーっ!」
バカにしたようなそのトリの表情を目にした彼女は、トリをむんずと掴むと窓を開けて思いっきり放り投げた。トリは放物線を描いて点になる。
その後、またあいすの部屋に飛んで戻ってきたトリは、ちょこんと机の上に止まった。
「仕方ないホ。呪文を教えるホ」
「最初から教えろや」
「普通はステッキを握れば自然に閃くものホ。閃かない時点で才能がないって事だホ」
「いいから早く教えろや!」
こうして、彼女の脅し、いや、丁寧なお願いを聞き入れたトリは変身の呪文を教える。その呪文を唱えた事でステッキが反応し、あいすは念願の魔法少女に変身した。可愛らしいひらひらの衣装は誰がどう見ても出来の良いコスプレ……じゃなかった、本物の魔法少女だ。
願いが叶った彼女は嬉しさが頂点に達し、そのまま部屋を出ていった。静かになったので、トリはまた寝転がって昼寝の続きを始める。そこから熟睡するまでに10秒もかからなかった。
その頃、あいすは魔法少女衣装のまま友達の家に向かっていた。魔法少女になった姿を見せるためだ。
「さっきは失敗して恥ずかしかったけど、今度こそ!」
どうやら、彼女が怒っていたのは友達の前で魔法少女に変身するところを見せようとして、成功しなかった事にあるらしい。あいすはテンションマックスで友達の家に到着する。
「ほら見て! 変身してきた!」
「すっごーい! でもコスプレしてきただけじゃないの?」
彼女の友達のメガネ少女、
このツッコミを受けたあいすは、ドヤ顔で変身を解除する。解除は本人が思うだけで可能なようだ。元の服に戻ったところで、葵も本物だと理解してパチパチと拍手をした。
「すっごーい! あいすちゃん本当に魔法少女になったんだ」
「おっどろいた?」
「うん。じゃあ、何か魔法を使ってみせてよ!」
「えっ?」
魔法少女と言えば魔法。こうなるのは当然の展開だった。あいすはこのリクエストに応えようとするものの、どれだけステッキを振っても、魔法少女アニメに出てくる呪文を唱えても、適当に思いついた呪文を唱えても、何をどうしても魔法的なものは使えなかった。
「あれ? 魔法使えないの? それじゃあただのコスプレ魔法だね」
葵の素直なツッコミを受けて、あいすは恥ずかしさで顔が真っ赤。すぐにその場を離脱した。
「ごめんね。使えるようになってくるからー」
「うん、待ってるねー」
葵に見送られながら、あいすは全力疾走で自分の家にまで戻る。自室のドアを開けると、そこには昼寝を楽しむトリの姿が。
「おいトリこの野郎!」
「あ、お帰りホ」
「お帰りじゃねぇわ!」
トリは怒り心頭の彼女にまた思いっきり蹴られる。部屋の中を何度もバウンドして、今度は流石に不機嫌になった。
「何でいきなりケリを入れるホ! 意味が分からないホ!」
「魔法少女っつったら魔法だろ! 魔法を使わせろや!」
あいすは友達の前で恥をかいた事を怒りに変換し、その気迫でトリに迫る。トリはトリでその勢いに全く飲まれず、淡々と事実を伝えた。
「魔法は使うのに修業が必要ホ。才能のないあいすには無理ホ」
「はっ、言ったね? やったろーじゃん!」
売り言葉に買い言葉となって、ここからトリの指導による魔法の修行が始まった。トリの出した魔導書での魔法理論の勉強や、魔法を使うための精神的な特訓などを、彼女は学校の勉強よりも熱心に取り組む。
一週間ばかりにそれに費やしたものの、結局魔法は身につかず。あいすは初歩的な力すら発動させられなかった。
「何で魔法が使えんのー!」
「だから才能がないって言ったホ」
「そこを何とかしろや~!」
「無茶言うなホ~!」
そんなコントを繰り広げていると、部屋の前に不穏な気配が漂ってくる。彼女が窓の外に視線を向けると、そこにはアニメとかで目にするような全身が緑色の異形の存在が顔を出していた。
「見つけたゼ~!」
その雰囲気と言葉からして、コイツはトリを取り戻しに来たモンスターなのだろう。あいす達がじいっと様子をうかがっていると、モンスターはぬるりとその長い手を伸ばしてきた。
「そいつは俺達のものだ。返せ」
とまぁ、お約束通りの展開となり、室内に緊張感が走る。目の前のモンスターは逆らうと部屋どころか家が半壊するくらいの大暴れをしそうな雰囲気だ。
魔法が使えない事で嫌気のさしていたあいすは、迎えが来てブルブルと震えているトリをむんずと掴むと、伸ばしていたモンスターの手の上にぽんと置いた。
「ほい」
「返すなホー!」
あいすの仕打ちに切れたトリは、速攻で飛び出し渾身のツッツキツッコミを彼女にかます。それを手でガードしながら、改めてあいすはモンスターの顔を見た。
「見ての通り嫌がってるみたいなんで、今日のところは帰ってもらっていいいですか?」
「ザッケンナコラー!」
このバカにしたようなやり取りにモンスターは激高。長い手をさらに伸ばしてあいす達に殴りかかってくる。この絶体絶命のピンチに、さすがの彼女も顔が真っ青になった。
「今こそ修行の成果を見せる時ホ!」
「んな無茶な!」
「2人で力を合わせれば出来るホ!」
「もうどうにでもなれーっ!」
極限状態で破れかぶれになったあいすは、トリの言葉を信じてただただ気合をステッキに込める。この時、ついにステッキが反応して、目前に迫るモンスターを一撃で吹き飛ばしたのだった。
「そんなバカなーっ!」
こうして不穏な気配は去り、街に平和が訪れた。あいすは自分が魔法を使えた事に驚きを隠せない。
「やった……魔法使えたよ!」
「全てはボクの指導のおかげだホ」
「よーし、感覚は覚えたぞ。えい」
彼女は念を込めてステッキを振る。しかし何も起こらない。何度やっても結果は同じだった。
「何で使えんのよー!」
「まだまだ修業が必要みたいホね」
疲れ切って座り込む彼女を見たトリは、呆れ顔で顔を左右に振る。あいすがちゃんとした魔法少女になるには、まだまだ時間が必要なようだ。
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