オリオン座の向こうへ

双葉紫明

第1話

僕の父親が車を所有出来た短い期間。

その思い出は、いずれも夜である。

ひとつはかなり小さい頃、起こされて立ち寄った夕暮れのドライブイン。

あの、寝ぼけ眼に薄ぼんやりとした夕闇、眩しい灯り。

夢の様なあの情景を、忘れない。

兄とふたり、超合金を欲しがった。


もうひとつ。

小学校4年生くらいの時。

なんの拍子か、数ヶ月程父親が軽のバンに乗っていた時。

母方のおばあちゃん家から帰る道。

3人してリアハッチに張り付き、後ろの車や過ぎる景色を見ていた。

セイタ、タキチ、チビスケ。

祖父は僕らをそう呼んだ。

兄は背が高いから、弟はちびだから。

そして、僕のタキチ。

どれも適当な呼び名だが、名前の頭文字にキチをつけたその呼び名は、真ん中の子供への愛情の欠落を思い知らされる様で嫌だった。

そして、穏やかで好きだった祖父が、母の母親、つまりおばあちゃんの再婚相手であった事は、大人になるまで知らなかった。

おばあちゃん家から当時住んでいたボロ長屋まではすこし南西に下る。

市のはずれとはずれ。

車で30分掛からない。

出来の悪いきょうだい達をよそに、僕はひとりずっと夜空を見ていた。

オリオン座がずっと付いて来る。

あれはリゲル、あれはベテルギウス。

なにも、無数にある豆粒よりちいさい星のひとつひとつに名前を付ける事ないのに。

走る車。

過ぎ去る街の景色より、ずっと変わらない星空。

その目印のオリオン座。

なんだか、怖かった。

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