第47話 レッドラム

 暴走する感情の赴くままにジョセフは憲兵たちへ襲い掛かった。その両手に生成された霊力の剣を振るうたびに憲兵たちが八つ裂きになり、僅かに残るジョセフの心にヒビが入る。


 切り殺して、切り殺して、切り殺して。そのたびに心のヒビが大きくなる。それでもジョセフは剣を振るうことを止めない。そうなることを望むかのように、ただひたすらに剣を振るう。


「────下がれお前たち、私がやる」

 

 半数以上の憲兵が死んだ頃、隊長が舌打ちをしながら撤退を命じた。生き残っていた憲兵たちは助かったと言わんばかりに顔を明るくさせ、そのまま一目散に逃げて行く。


 それをジョセフは許さない。暴れ狂う絶望と怒りを翼に込めて逃げだそうとする憲兵へ迫る。それは閃光の如き速度だった。殆ど目にも止まらない高速を保ったまま、ジョセフは剣を憲兵の背に振り下ろす。


 刹那、劈くような金属音が響く。隊長が両手に持つ拳銃でジョセフの剣を受け止めた。


「ジョセフ・モルフォール、この死に損ないめ」

『口を開くな、雑菌。耳が腐る』


 鍔迫り合いは一瞬も起らなかった。互いが互いを憎むあまり、一秒たりとも至近距離にいることを嫌ったからだ。距離と取った両者は数秒間睨み合い、内に秘めた憎悪を視線でぶつけ合う。


 先に動いたのは隊長だった。隊長は恐るべき早撃ちで、ジョセフの頭に数発弾丸を命中させた。


「遅いな」


 勝利を確信した隊長は不敵に笑う。その笑みは、ジョセフの額の薄皮一枚すら破けずに停止した弾丸を見て驚愕に塗り替えられた。


「な、何!?」


 弾丸が皮膚に負けるなど隊長は予想すらしていなかった。撃ち込んだ数発の内の一発は眼球に当たっているにも関わらず、負けているのは弾丸の方だ。驚愕する隊長を無視してジョセフはゆっくり足を前に出した。


「~~!!?」


 ジョセフが一歩踏み出した瞬間に隊長は踵を返して逃げ出した。生来の臆病者で強者に媚びる生き方をしてきた彼にとって、この状況はまさに絶体絶命。己が弱者として虐げてきた存在が圧倒的強者の風格を放って牙をむいたのだから。


 ────死。


 隊長は走る。一心不乱にジョセフから逃げる。ジョセフは一瞬で隊長に追い付いた。


「近寄るなぁ!!!」

 

 震える叫び声をジョセフは無視する。しかしすぐに殺しはしない。追い付いては止まり、また一瞬で追いついては止まりを繰り返す。それは、隊長が絶対に己から逃げられないと悟らせるための追い込み漁であり拷問だ。


 右の曲がり角を曲がればジョセフがいる。左に曲がってもジョセフがいる。どれだけ、どこまで逃げてもジョセフから逃げられない。隊長の心は折れる寸前だった。


「か、かくなるうえは……!」

  

 この状況を打開するべく、隊長が行った起死回生の一手。


 それは、人の密集する場所に向かって時間を稼ぐことだった。


「き、来てみろジョセフ・モルフォール!! お前がくれば人が死ぬぞ!!」


 隊長はそう叫びながらまた走る。その先にあるのはデリング劇場。ミュージカルを直近に控えて既にお祭り騒ぎとなっているその場所には大勢人がいる。隊長は躊躇いなくその人の波の中に突っ込んだ。己のためなら他人を犠牲にする。男はそうやって隊長の座に上り詰めた。


 隊長の過ちは、今のジョセフに正常な理性があると思い込んでいたことだろう。ジョセフは群衆を薙ぎ払いながら真っすぐ隊長へと猛進した。


「な、なんてヤツだ!! 自分が何をしているのか分かっているのか貴様!!?」


 人を押し退け、時には盾にしながら隊長は叫ぶ。ジョセフは一切答えず、ただひたすらぶつかる人間を吹っ飛ばしながら隊長を追跡する。


 デリング劇場前は再三の大パニックに陥った。


「来るな悪魔!! 化物め!!」


 一向に距離を離せない。半ば錯乱状態に陥った隊長は追ってくるジョセフへ懇願するように叫んだ。


 瞬間、人の波が終わる。前方不注意だった隊長は前から来る何者かに気が付かなかった。

 

「うわっ!」


 何者かにぶつかった隊長はしりもちをついた。


「クソッ! 一体誰────」


 顔を上げた隊長は、ぶつかってきた男の顔を見て絶句する。


「……」


 隊長がぶつかったのはスルトだった。隊長は顔面蒼白になって、腰が抜けて立ち上がることも出来ず、しりもちをついたままじりじりと後ずさった。


 その一方で、スルトは自分が誰かとぶつかったことに気付いていなかった。それは前から来る異様な気配と血の匂いに全神経を集中させていたからだ。


 やがて現れたジョセフに対し、スルトは険しい表情で問いかけた。


「お前は、なんだ?」

『お前も雑菌か?』


 ジョセフは話しかけてきたスルトに一応の対話をする。この瞬間、両者の世界からあらゆる音と存在が消失した。隊長はその隙に逃げ出したが、両者は眼中にない。


「お前は人か? それとも霊魔か?」

『雑菌と同じ形をしているならお前も雑菌だ』


 姿かたちは人。放つ霊力は霊魔。その歪な存在感にスルトは判断を保留していたが、返された一言に嘆息を吐いた。


「一度だけ言うぞ。お前が一般人に手を出すなら霊魔とみなし排除する」

『死ね』

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