第2話 1+1=100

 夏休み初日。全開に開いた窓から聞こえるセミの鳴き声を耳にしながら、友達の春香と夏休みの宿題を片付けていた。最終日にまとめて片付けるのが流儀の私達が、何故初日から宿題をやっているのかというと、それは夏休みに入る直前「夏休み初日に片付ければ遊び放題じゃね?」という気付きを得たからだ。




 実際、それは正しい。正しいが、集中力が続かない。同じ一日、初日と最終日というだけの違いだ。なのに、その作業スピードの違いは明白だった。そもそも、私達が最終日に宿題を終わらせられたのは最終日ブーストが掛かっていたからだ。差し迫るタイムリミット、間に合わなかった時の先生や両親の説教、そういったリスクを追い風に、たったの一日で膨大な量の宿題を片付けられる。




 だが、初日となると話は違ってくる。終わりを告げる最終日と違い、夏休み初日はスタートライン。まだまだ時間は有り余っている。その事実が、私達の集中力を削いでくる。




「……鈴。あと、どれくらい残ってる?」




 気だるげに答えを見ながら問題を解いていた春香が私に尋ねてきた。私は麦茶が入ったコップのストローを口に咥えたまま、残りの問題集の数を数えていく。




「……20枚」




「えぇ……私まだ30枚だけど……」




「あ、ごめん数え間違えだ。ほんとは30枚」




「脳バグってんじゃん……」




「……ねぇ、宿題始めてから何時間経った?」




「1時間……」




「えぇ……まだ1時間?」




「あ、ごめん間違えた。30分だ」




「脳バグってるじゃん」




 私も春香も、もう限界が近い。このまま集中力を切らしていけば、宿題を次の日に持ち越してしまう。そうなってしまえば夏休みの貴重な一日をもう一日潰してしまう事になる。春香と遊ぶ夏休み最強計画の為にも、今日で終わらせなければいけない。でも、どうすれば……。




「……閃いた!」




 突然、春香は握っていたペンを机に叩きつけて、部屋から飛び出していった。初日で片付けるという天才的な発想をした春香の事だ。きっと妙案が浮かんだに違いない。私は春香に大きな期待を寄せながら、どんな策を思いついたのかを考えながら春香の帰還を待ち望んだ。




 そして、再び春香が私の部屋に現れた時、彼女は手に何かを持っていた。少し大きめのサイズのペットボトルに入った黄色い液体の何かを。




「春香、それは?」




「みりん!」




「みりん……みりんって、あの料理に使う?」




「そう!」




「それで、何故みりん?」




「大人が酒を飲んだ姿を見た事はある? どれだけ大人しい人でも、酒を飲めば人が変わり、それはもう元気になるの!」




「ほう?」




「そしてみりんは料理酒と呼ばれる物。つまり実質お酒!」




「おぉ! でも、私達はまだ中学生だよ? それなのにお酒なんて……」




「チッチッチッ。確かにみりんは実質お酒と言ったけれど、そもそもみりんは料理に使う物。それにみりんは色々な料理に入ってる。私達も知らずに食べてるのよ。つまり、口にしても罪ではない!」




 おぉ、凄いこじつけだ。皆から密かに言い訳のプロと呼ばれているだけはある。その頭の回転を勉学に集中すれば秀才になれただろうに。




 そうして、私達はコップの中に入っていた麦茶を飲み干し、空になったコップにみりんを少量注いだ。コップから漂う嫌な臭いに表情が歪み、ふと春香を見ると、春香も私と同じような表情を浮かべていた。




「これ、飲めるの……?」




「多分、恐らく……」




「「か、かんぱ~い……」」




 お互いの無事を祈りながら乾杯を交わし、同じタイミングでみりんを口の中に放り込んだ。その瞬間、口の中で今まで体験した事の無い異様な気持ち悪さが広がり、私達はコップの中に吐き出してしまった。




「うぇっ!? 何、これ……!?」




「水、水!」




「私も!」




 部屋を飛び出した私達は一階のキッチンへと向かい、うがいと歯磨きで口の中の気持ち悪さを必死に消し飛ばした。ようやく口の中の気持ち悪さが無くなった頃、妙に疲れてしまった私達は宿題どころではなくなり、私のベッドで一休みする事になった。




 その日の夜、お母さんにみりんの事を聞いてみると、みりんは飲んではいけない物だと教えられ、今後一切馬鹿な真似はするなとこっぴどく叱られてしまった。 

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