第一章 クルセイド学園

第004話 マヤ、はしゃぐ

 四月の第一月曜日。

 今日は朝から晴天で、マヤとマオは新しい制服に身を包んで一ヶ月暮らしたボロ家を後にした。

 

 床も畳もギシギシミシミシで劣悪な環境ではあったが、住めば都というのは本当で、壁の染みにも少し愛着が出てきたのにもうここでは暮らせないと言われた時、マヤは少し寂しくなった。

 

 だがマオの方は手放しで喜んでいた。毎日夜中になると出るかもしれないお化けに怖がっていたからである。


 双子にスパルタ学習を施した教師の加護かごシュウマは、一ヶ月の間ここには通いで来ていた。

 今日も朝早くにやって来て、朝食弁当と制服を置いて先に学園に向かった。双子がスムーズに寮に入れるように手続きしておくと言い添えて、学園までの地図も置いていった。


「うーん、うふふふ」

 

 学園までの道を歩きながら、マヤはマオの方を見てはにこにこ笑う。

 

「どうしたの姉さん、気持ち悪いよ」

 

「にゅっふふ!マオ、その制服似合ってるよぉ」

 

 えんじ色のブレザーにこげ茶色のズボン、ネクタイはクリーム色という出で立ちの弟をマヤは満足そうに眺めている。

 

「そ、そお?姉さんも素敵だよ、ワンピースなんて総柄刺繍でゴージャスに見える」

 

 マヤの着ている女子の制服は濃い紅色が基調のワンピースで、男子と同じえんじ色のボレロを羽織る。リボンも同じくクリーム色だ。

 

「やっぱしい?あたし達って可愛いからさ、こういう可愛い制服がチョー似合うよね!」

 

 男まさりでガサツな性格が目立つマヤだが、意外にも可愛いものを好む。制服はそのお眼鏡に合ったようでご満悦なのだ。

 

「でもさ、この模様なに?猫じゃらし?」

 

 ワンピースの刺繍に施された、細長い綿毛のような模様を見つめながらマヤは首を捻った。

 

「多分、茅花つばなでしょ。学校の名前に入ってるじゃない」

 

「へー、つばなってこういう形なんかあ」

 

 制服談義をしていると、坂道の上に校舎が見えてきた。双子はそれを見て心を弾ませる。

 

「あ!見えた!よーし、いくぞマオ!」

 

「あ、待ってよ姉さん!」

 

 突然走り出すマヤに、マオは慌ててついて行った。


 

 軍立クルセイド学園茅花分校。厳かにそう書かれた校門をくぐってマヤは盛大に声を上げた。

 

「よーし、いっちばーん!」

 

「ぜえはあ、姉さん、急に、走らない……でよぉ」

 

「マオはにばーん!きゃほほっ!」

 

 とにかくマヤは上機嫌ではしゃいでいる。孤児院にいた時はやってはいけないことばかりだったから。

 

 マヤとマオが本気になると他の子どもが怪我をする。だから双子は鬱屈した日々を送っていた。

 

 加護からはまだ詳しいことは聞いていないが、クルセイド学園には双子と同じく特殊な力を持つ子どもだけが通うらしい。

 

 という事は、学園の中なら遠慮しなくてもいいのだ。マヤが思い切りやっても同じ程度で返してくれる友達がいるに違いない。

 それを想像して、マヤはすっかり大興奮。血湧き肉踊っていた。


 

「キャンキャンうるせえな……」

 

 ふと頭上から声が聞こえた。双子は驚いて上を見上げる。大きな桜の木の枝に腰掛けている男子生徒がいた。

 

「おい、お前は一番じゃねえ」

 

「はあ!?」

 

 マヤが怒りながら反応すると、木の上の男子生徒は全身のバネと木の枝のしなりを使い、空高くジャンプする。

 

「わああぁぁ!」

 

 マオが青ざめたのを他所に、男子生徒は高く舞い上がって一回転を決めた後、華麗に着地した。

 

「騒ぐな、珍しくもねえだろ」

 

「ま、まあね!あたしだって?それくらいできるし?」

 

 虚勢を張るマヤの後ろにマオはサッと隠れる。怖いとかではない。面倒事は姉にぶっ飛ばしてもらえばいいと思っているからだ。

 

「そうか。だからよ、登校一番乗りはオレ。お前らはその後」

 

「はあ!?木の上にいたんだからノーカンだろ!」

 

「バカじゃねえの。木に登る前に学園の敷地を踏んでんだろ、だからオレが先だ」

 

「それはあんたのルールだろが!押し付けんなよ!」

 

「なんだと!?」

 

 二人はギャーギャーと言い合いを始めてしまった。マオはそれをウンザリして眺める。

 

 世界で一番どうでもいい争いだ。でもあの男子生徒はマヤ相手に一歩も引かない。ついには取っ組み合いの喧嘩になったが、力的には互角だった。

 それはマヤにとっては喜ばしいことだ。


 

「サイレント・レイク静かにしなさいサイド」


 

 それはもう、聞き飽きた言葉だった。


「ぎゃん!」

 

「ぬおぉ!」


 マヤも男子生徒も急に力が抜けて大人しくなる。

 

「何をしてるんだ、君達は」

 

「ぐぬぬ……出たな、シューマイ」

 

「シューマイじゃない、加護先生と呼びなさい。まったく登校早々に喧嘩だなんて」

 

 すっかり見飽きた顔、もとい加護が歩いて来る。マヤは悔しそうに歯噛みしていた。

 

「登校一番どころじゃない、君達が最後で遅刻寸前だよ。早く講堂に来なさい」

 

「そんなバカな!お前のせいだぞ!」

 

 男子生徒は憤慨しながらまたマヤに喧嘩を仕掛けた。

 

「はあ!?お前がつっかからなきゃこんなことにならなかっただろ!」


「……」

 

 しかし、交戦的な二人も加護が落とした鋭い視線を感じて瞬時に黙る。

 

 おそらくこの男子生徒もマヤ同様、力の差を見せつけられたら大人しくなるタイプだろう。

 

「さあ、三人とも行くよ。入学式が始まる」

 

 そうして加護に連れられて双子と男子生徒は渋々歩き出した。

 

「おい」

 

「ん?」

 

 歩きながらマヤは男子生徒に話しかける。

 

「あたしは高良たからマヤだ。お前、名前は」

 

 曲がりなりにも拳で渡り合った相手だ、敬意を表して先に名乗ったマヤに男子生徒はニヤリと笑って答えた。


進藤しんどうトウヤだ」





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お読みいただきありがとうございます。

まだまだキャラクターが登場しますので、お楽しみにしていただけたら幸いです。


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