第15話 「いいから来て」
第15話 「いいから来て」
巡るお店、買う服を一通りピックアップするため、未来はスマホでフロアマップを開いている。買いたいものは、3つ。シエルの普段着、部屋着、そして下着だ。たくさん種類がある中、先ほど言っていた所謂”女子アナっぽい服”に焦点を絞った結果、5つのお店に行くことになった。さすが未来というべきか、スピーディに服を選んでいく。着まわしがやすいもの、そしてシエルの雰囲気に合うようなワンピースを何着か選んでいった。
俺はというと、シエルに「これ、どう思う?」とか「これすき?」などの質問を「いいんじゃないか」や「いいと思う」と適当にあしらいながら買い物に付き合っていた。そして想像通り荷物持ちとなり、両手にたくさんの紙袋を下げていた。そして、今回ろうとしていた5つのお店のうち、4つ目のお店で体力の限界に達していた。
「なぁ、もういいんじゃないか。ある程度は買ったと思うんだけど」
「だめ!自分がしんどいからってそういうこと言わないの。ねえ、シエル。これも着てみよ」
「シ、シエル~つかれたよなぁ~」
「わかった。着る」
「えぇ…」
シエルのことをマネキンのように扱ってませんかね、未来さん。
というかいつの間に呼びすてで呼び合う仲になったのかよ…
よく巷では「彼女の買い物に付き合うことを嫌う彼氏って最低だよね~」などという意見を聞いたことがあるが、嫌になる彼氏の気持ちが大いにわかる。これは大変な重労働だ。
「ねえ、渉?」
疲れた腰をイスに落とし、ため息をついていると試着室からシエルの声が聞こえた。また俺に似合うかを尋ねたいのか。
「俺の意見だけじゃなくて、自分の好みで決めたらいいんじゃないか?」
「ちがうの」
「じゃあなんだ?」
「ワンピースが着れないの」
「どゆこと?」
聞くと、今試着しているロングスカートのワンピースの背中にあるファスナーが自分では閉まらないらしい。
「未来にあげてもらえばいいだろ。俺は入れないんだぞ、試着室」
「未来、どこかにいっちゃったの」
どうせまた次から次に服を選びに行ったんだろう。
「だからって俺が入るのか?」
「そう、渉しかいない」
そうは言ったって男の俺が女子の着替えている試着室に入ることは許されない。店員さんもお店を見回っているし、他のお客さんもいる。未来を呼んできた方がいいよな。
「とりあえず、そこでまっ…」
「いいからきて」
「ちょっ」
ファスナーがあがり切っていないワンピースを着たまま、シエルは試着室から出て、俺の手を掴んだ。そのまま試着室に俺を押し込むと人差し指を口に当て、しーっのポーズをした。
「おい、この状況、バレたらどうすんだよ!」
「大丈夫、私がいるもの」
「どういう根拠だよ!」
「みんな試着してると思っているから」
「そういう問題じゃなくてだな」
急に手を引っ張られ、こんな狭い空間に連れ込まれたら誰だって動揺するに決まってる。
「これ」
そんな俺にかまわず、シエルは背中のファスナーを指さして「あげて?」と口パクで伝えてくる。まじですか。チャックを?この俺が?シエルはそんな俺などお構いなくブロンドのロングヘアを背中にかからないように手で束ねて待っている。その小さな手には全部おさまらず数本の髪が妖艶に背中にかかる。ワンピースから見える真っ白な背中。その華奢な肩甲骨が俺の理性を刺激する。
「渉、手、ふるえてるよ」
「そりゃそうだろ!こんなのやったことないんだから…」
「ぐっとあげればいいだけ、ぐいっと」
それが健全な高校生にとってどれほど高いハードルか、わかってますかあなた!っと叫びたくなったが、俺はもう一度呼吸を整え、ファスナーに手を添える。
………。
…。
「んっ」
ふるえる手がシエルの背中に触れた。
「ご、ごめん!」
「大丈夫、はやくして?」
「わ、わかってる」
俺はファスナーをゆっくりとあげた。
なるべく肌を触らないようにゆっくりと。
「これで大丈夫か」
「うん、ありがと。似合ってる?」
「おう、かわ、いいよ」
さっきの緊張がぬけず、片言で返事をした。
「綺麗と言われたかったの」
「あぁ、ごめん。・・・・・・綺麗だよ」
こくっとうなずいてシエルはまっすぐに目を見つめてきた。
「で、いつまでそうやって乳繰り合ってるつもり?」
「わぁっ!」
未来がカーテンを勢いよく開き、腕組をしていた。
「いつから居たんだ、おまえ」
「そりゃあ、渉が女性慣れしてないせいでファスナーが開けられない~!って困ってた時からずっと居ましたけど?」
「それって最初からじゃねえか!居たなら代わりにやってくれればいいだろ!」
「そーんなの、二人が雰囲気がこんなあまあま~じゃなかったらいつでもやってあげたよ!付き合いたてのカップルみたいな会話しちゃってさ!ラッキースケベか!最低だ!」
「んな雰囲気出してねーよ!俺の純情もてあそんだのはこいつだろ!何がスケベだ!」
そう言ってシエルを指さすと、当の本人はけろっとこっちを眺めていた。
「私、何か悪いことした?」
しましたよ。俺の童貞をもてあそんだという重罪です。
「未来、私これもほしい」
そう言って試着していたワンピースを脱ぎだした。
「ちょちょ!ちょっと待って!」
俺も未来も同様の反応をして、シエルを止めた。
「どうして?」
「どうしてじゃないよ!渉がまだここにいるのに!」
「なんで?渉は大丈夫だよ。ぱんつなんていつも見てるはずなのに」
「そういう問題じゃないの!」
未来はそう言って、「あっち行ってて!」と俺を試着室から無理やり出した。俺はというと、無理やり追い出されたことよりもさっきのファスナーのことが忘れられず、ずっとドキドキしていた。
我ながら耐性がなさすぎて泣けてくるぜ。
シエルたちはその後、試着したワンピースをそのまま購入し、俺たちは最後のお店に向かった。
***
最後のお店はランジェリーショップだ。シエルの下着は今まで適当に俺が買ってきたものを使っていた。イオンのような大型スーパーの婦人服コーナーを適当に歩き、とりあえずぱんつだけは買わないといけないだろうと恥を忍んで買いに行ったやつ。女性店員に冷ややかな視線を送られながら。あの視線はもう二度と味わいたくない。お店に入る前にその話をすると、未来はあの時の女性店員のような冷たい目をしながら「それ、ただの不審者じゃん」と蔑みの言葉をかけてきた。「仕方ないだろ」と言うと「もっと早めに私に相談してよ!」とお説教されてしまった。「そこまで行けたならブラも買わないと!」と追加の説教も食らった。ぱんつは買えるが、ブラまでは買えないだろ…。ぱんつを買えた時点で褒めてほしいくらいだ。いや、それもおかしいか。
店内に入る前に店員さんが「なにかお探しですか」と声をかけてくれた。話をすると、まずはサイズを測るということになり、シエルは試着室の方に向かった。未来にシエルが測っている間は私もお店を見るからついてこないで、と言われまた店を追い出されてしまった。
そのため、俺はお店には入らず、隣にあった携帯電話ショップに足を運んだ。
「うーん」
お店にある格安携帯に目を向ける。じーっと見つめて考え事をしていたのだ。自分の携帯のためではなく、シエルの携帯について。今は俺が学校にいる間、ずっと家にいるが、家に固定電話はないし、出かけてる時のシエルとの連絡手段がなくなってしまう。そうするとシエルに携帯電話を買ってあげた方がいいかと思っている。大した機能がついていないガラケーでもいいから何か緊急時に連絡がとれるものがあった方がいい気がする。
しかし。
「そうは言ったって高い・・・」
俺には高すぎる・・・!
スマホにしないとは言ったとて本体や通信料など諸々全ての金額を考えたらかなりの値段になる。今日の洋服代だって、俺がなけなしの貯金を切り崩して買っているのだ。お財布にはとても優しくない出費になってしまう。バイトなんかはしていないし、これ以上お金がかかるとなると、正直今は現実的な買い物ではない。てか未成年が未成年の携帯の契約ってできるのか。そもそもそこからわからない。
「うーん」
いいや、また今度にしよう。
まだシエルがひとりで外に出るなんてことはないし、連絡したい時なんかはないし。そのせいでこの前のような家がめちゃくちゃになる大惨事が起こるかもしれないが、バイトするよりは何倍もましだ。もし本当に必要となればバイトしてお金貯めてからにした方がいい。契約のこともよくわからないし、父さんに確認して一緒に契約に来た方がいいな。そろそろシエルのことも言わないといけないと思っていたし。
俺はそう心でつぶやいた後一通り携帯ショップを回り、近くのベンチに腰かけてスマホをいじりながら二人を待った。
***
買い物は無事終了。両手いっぱいの紙袋を抱えながら俺たちは帰りの電車に乗った。帰りの電車の中は意外にも空いていて俺たちは横並びに座ることができた。シエルは未来の肩に頭をあずけて寝てしまった。一日中外にいて、ここまで歩いたことは出会ってから一度もなかったから疲れてしまったのかもしれない。
そんな彼女の寝顔は彫刻のようにきれいで、夕日に照らされたその姿はとても愛おしかった。
隣に座り、窓の外を眺めてポニーテールの横顔を見る。
「今日はありがとな」
「ううん、こちらこそ楽しかった。シエルに会わせてくれたし」
「そっか、シエルも楽しそうだった」
「楽しんでくれてたらいいな。今は疲れて寝ちゃってるけど」
そう言ってシエルの顔を見た。
「こうして見てると、ほんとお人形さんみたい」
未来はそう言って、シエルの髪を撫でた。
「こうやって未来と出かけたことってなかったよな。ずっと一緒にいたのに」
「それは渉が誘ってくれなかったし」
「お前人気者だし、俺誘いにくいんだよ。お前の友達もこわいし」
「かなこと実里のこと?」
「うん、怖いじゃんあいつら。THEギャルって感じで」
「かなこは確かにギャルっぽいけど、実里はふわふわ系じゃん?」
「でもタイプが似てるというか、あの人気者感が俺にはしんどくてだな」
「えぇ~あの二人、渉と話したがってるよ~」
「それは俺がおまえの幼なじみだからだろ?からかってんだよ」
「気にしないで話してくれていいのに。それに、一緒に出掛けるくらいいつでも誘ってよ」
「難しいこと言うなよ…」
「難しくないよ。幼馴染だよ?一緒に遊ぶくらいどうってことないって」
「俺が誘ったら動揺してたくせに」
「そ、それは、急だったからちょっと…」
「雲の上の幼馴染なんだよ。俺からしたらさ」
「そうなのかな…。私ね、ちょっと動揺しちゃったけど渉が誘ってきたの、すっごくうれしかったんだよ?だから楽しみすぎて…昨日だって何着ていこうかめちゃくちゃ悩んでなかなか寝付けなかったりしたんだよ?」
「それで寝坊したってわけか?」
「そ、そうだよ!……わるい?」
「ふっ。小学生かよ。まあいいけど」
「もう…やだ…」
そう言って未来は頬に手を当てた。
「そういや小さいときからそうだったよな。遠足の前の日も寝れなくてさ。せっかくのバスの中なのに爆睡してて…」
「も、もう!それは本当にまずったなぁって思ってるんだから!みんなに笑われたし超はずかしい…」
昔から人気があって、友達も多かったから、あの時はクラスのみんなにからかわれてたっけ。未来本人は恥ずかしい黒歴史かもしれないが、俺にとっては不思議といい思い出として残っている。
「あのときは私と普通に話してたよね」
「あぁ、そうだな。俺もその時は一緒になってからかってたっけ。あの時は俺、未来と仲良くなりたくて必死だったからな」
さりげなく本心が出た。
「えっ?そうなの?」
豆鉄砲を食らったような顔。
「うん、俺にとってはクラス一の人気者で高嶺の花だったよ。どうにか仲良くなりたい!話したい!って思って一生懸命勇気出してたんだ」
「そう、だったんだ」
「だから、あの時の俺が今の光景を見たら、すげぇ喜ぶと思う。ほんと奇跡だって飛び上がってるかもな」
「ふふっ、そんなに?」
「そりゃあそうだよ。それくらいの人だったんだ」
「でもなんで突然話さなくなっちゃったんだろう」
「ま、まあ俺も大人になったからな。小さい頃は気づかなかったことに気づいちゃったんだよ」
「何に気づいたっていうの?」
「ほら、太陽って明るくて、きらきらしてて、みんなの憧れの存在だろ?
でも近づこうとすると、熱すぎて誰も近づけない。焼け死んでしまう。そういうもんなんだよ。遠くで見てながら憧れを抱いている時がいちばん楽しい!まぶしすぎて近づけないみたいな?」
「よくわからない。私はここにいるよ」
知ってるよ。
「そんなこと言って誰も近づかないなんて、太陽はきっと寂しいよ」
でも俺にはまぶしすぎるんだ。それがたとえ幼なじみでも。
次の駅が降車駅だ。俺は席を立ち、荷物を持ってシエルの肩を叩いた。
***
「じゃ、また学校でね。バイバイ!」
「うん」
「シエルちゃんもまた遊ぼうね!」
「うん、ありがと」
そう言うと未来は手を振って、あっさりと帰っていった。
「んー」
シエルは大きく伸びをした。
「ほんとよく寝てたな、おまえ」
電車の時間はほんの数分だったが、席に座るや否やシエルは目をつぶり、気絶したように寝ていた。
「こんなに歩いたの初めてだから」
「もしかしてシエルって体力ないタイプ?」
「うん、そうかも」
「スポーツなんかしたらすぐばてるんじゃないか」
「スポーツ?」
「うん、バスケとかサッカーとかずっと走ってるし。開始5分でばてるな」
「もう歩きたくない」
「そうか、俺もだ」
家についたころには夕日はすでに沈んて、空には星がきらめいている。
その星を眺めながら、俺は考え事をしていた。
その星はどこの星だろうか。この無数の星の中で一番に輝く惑星にはどんな景色が広がっているのだろう。
それは誰にもわからない。でもわからないからこそ、知りたくなる。
いちばんのものだけが見れる景色を俺は見てみたい。
その光景を目に焼き付けていたくなる。
でもそれはかなわない。近づこうとすればするほど、輝きは遠のき、距離は遠く感じる。道のりは長く続き闇なのだ。
光と闇。
陰と陽。
光の裏には必ず闇がある。
必ず存在している。
その闇があるからこそ、光は輝きを増し、一層の注目を集めるのだ。
闇は光にはなれない。
光が闇になれないように。
光の下で暗く沈んでいるものは光になることを許されることはない。
いつか、いつか光り輝く一番星になる。
そんな夢を見ることしかできないのだ。
叶うはずもない夢を。
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