第4話 友人。

俺は松崎茂先生にお願いして、父さんの年賀状を写真に収めさせてもらう。


「母にも読ませてあげたいんです」

「構わないよ。でも、私の宝物でもあるから、差し上げる事は勘弁してくださいね」


その後でアルバムを見させてもらい、葬儀に来てくれた人と父さんを確認する。


髙成卓は父さんと同じクラスにいた。


「電話をもらった日にアルバムを見て、髙成の事を思い出したよ」

「え?父のように毎年年賀状を出していたのでは?」

「ええ、今年だけかと思ったら、毎年貰っていたようで、娘に確認して貰いました」


横に座る娘さんが「最近の物しかないけど」と言ってみせて来た年賀状は、よく見るような年賀状で、手も込んでいる。

だがあの髙成卓を知っていると、映画の小道具に見えて来てしまう。


「見てくれだけ立派だが、なんの心もこもっていない。洋品店から届く年賀状と何も変わらないさ、意味もわからず…、いや、わかっていても使いたいと思ったら、大仰な言葉遣いが我慢できない、見る人間、受け取る人間の気持ちよりも、送る人間の気持ちしかない、そんな年賀状だね。そう、心はこもっているのかもしれない。私宛ではなく発信者の心だけはこもっている」


黒い感情を前に出す松崎茂先生の声は、父さんに向けたものとは違っていた。


「それに、私の連絡先を知っているのなら、君のお父さんが亡くなった連絡こそ入れるべきだ。富田くんの葬儀に、このアルバムの誰が参列をしたのか教えてくれないかな?」


名簿を見ながら名前を確認する。


髙成卓

谷津綾乃

臼井和秀

稲毛頼久

大橋礼奈


「この5人です」


松崎茂先生は盛大なため息の後で、「年賀状同様、くだらない人選だ」と漏らす。


「え?」

「彼らは富田くんと懇意にしていた友人達ではない。確かに最低限の付き合いもあった。高校生の時に催された同窓会でも、中学校の卒業後に付き合いはあると言っていたが、それでも富田くんと個人間の付き合いがあるほど仲が良かったわけではない」


怒気を孕ませながら「髙成以外の4人は富田くんとではなく、髙成と仲の良い4人です」と言った松崎茂先生は、娘さんに年賀状の束を持って来させる。


「男子は年賀状をくれないから…、連絡先が残っているのは…」と言いながら年賀状の束を捌いていくと、「おお、あった」と言って一枚の年賀状を見せてくれた。


[明けましておめでとうございます。私は今年50になります。あの学生生活が昨日のように感じるのは加齢のせいなのかもしれません。先生もあの日のようにお元気でいてください]と書かれた文面。


差出人は板橋京子いたばし きょうことあった。


「この方が父の友人だったのですか?」

「ええ、そうですよ」


「何年も前の生徒なのに、覚えていらっしゃるなんて凄いです」

「いやいや、特別な生徒だけです。君のお父さんは大変な境遇の中にいました。言わば真っ白なキャンパスのような子で、周りの悪意に汚されないように手を尽くしたのでよく覚えているんですよ」



真っ白なキャンパスが気になったが、松崎茂先生は板橋京子の年賀状を見て「これじゃない」と呟くと、「おっと、何年前だったかな…。ピックアップしたのが仇になった…」と言いながらさらに探していき、「あったぞ」と言うと、「彼女はこの街を離れてね」と言いながら見せてくれた年賀状には、[主人の仕事の都合で新小岩を離れます]とあって、そこには住所と電話番号が記されている。

勝手に見るのはまずいと目を逸らすと、松崎茂先生は嬉しそうに、「お父さんにそっくりだ」と言いながら、娘に電話の子機を取らせると電話をかけてしまう。


突然の事に驚いたが、あっという間に板橋京子は電話に出たのだろう。


「ご無沙汰しています。いつも年賀状をありがとうございます。松崎茂です。板橋くんですか?」

「ええ、私は元気ですよ。板橋くんはどうですか?」

「あはは、皆そうやって老いていくのさ」

「ええ、悲しい訃報が届いてね。是非板橋くんに会って欲しい人が居るんだ。もし良かったら、これからウチまで来られませんか?格好は着の身着のままで構いません、時間が限られていてね」

「はい。ありがとう。お待ちしていますよ。わからなくなったら電話をください。番号はわかるかな?この番号だよ」


松崎茂先生の話では、板橋京子は1時間で来るという。


その間に父さんの事を聞かせてもらった。


髙成卓が話した内容はあっていて、でも過激に脚色されていたのか、松崎茂先生がぼかしてくれていたのか、髙成卓の説明よりもマイルドだった。


だが学校内のトラブル、進路活動、諸々にあの祖父母は参加せずにいた。


「素直で真面目で無垢な存在。信号無視やゴミのポイ捨てなんかの人並みの悪事は働いたが、それ以外は性善説の擬人化のような子だった。だからこそ、好みの色に染め上げようと、色んな連中が君のお父さんを汚したんだよ」


普通の親なら乗り込んでくるが、髙成卓の言葉を借りるなら、離婚寸前の夫婦を繋ぎ止めてしまった父さんは、あの家の絶対悪で、どれだけ苦しめられても保護者は出てこない。

そうなれば暴力でも何でもエスカレートしていく。


ヒートアップする松崎茂先生を諌めながら、お茶のおかわりを娘さんが用意してくれたところで板橋京子さんは来た。

今は結婚をして水住みずすみ京子さんだった。

年賀状では覚えていてもらうために板橋京子を名乗っていた。

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