第6話 遺された灰《アーティファクター》②
義母ナレスは、右腕で光る入れ墨に笑顔が溢れる。
溢れた笑顔は次第に大きくなり、声高らかに天を見上げ狂ったように笑い始める。
「うふふっ! この時を3年間待っていたのよ」
「……近寄らないでっ!」
「お前の母親になるという任務について3年、私の生きがいであった実働任務を我慢して、興味のないお前の子守をし続けた」
クレアを養護施設から救い出したナレスの優しい面影は跡形もなく、欲望をさらけ出し狂気に満たされた姿に変わってしまった。
クレアに残るナレスの記憶は全て色褪せ、心を大きくえぐられるような耐え難い苦痛に嗚咽する。
「今私は気分がいいの、だからあなたにチャンスをあげるわ」
「チャンス……?」
「お前に30秒チャンスを上げる。攻撃するもよし、逃げるもよし。好きにしていいわ、じゃあ行くわよ! よーい始め!」
恐怖と絶望で喉が締め付けられ、声がかすれる。
しかしそんなことはお構いなしに高揚した気分に酔いしれるナレスは、クレアにチャンスを与え、久しい実働任務を楽しむ。
息をつく間も与えられず、カウントダウンがスタートする。
恐怖から身体が動かないことを身をもって知ったクレアには、遠くに逃げたり、ナレスに攻撃したりという思考に至らず、余力を振り絞りコテージに逃げ込むことしかできなかったのだ。
コテージの扉付近に置いた鞄を掴み取り、籠城という作戦に出る。
さらに、鞄にしまわれていた携帯電話を取り出し友人に電話をかける。
『うそっ、なんで繋がらないのよ! リーダのバカ』
しかし、クレアが連絡した時間は講義中であり、一切連絡がつかない。
作戦にほころびが生じ、次策として警備隊に連絡を入れようとしたとき、扉に付いた小窓から1本の鎖が飛んでくる。
ナレスの鎖を使った攻撃に、クレアは焦って振り返る。
「お邪魔しますわクレア、30秒のチャンスはこれで終了」
籠城作戦も呆気なく破られ、袋のネズミとなってしまった。
たった1つの逃げ道はナレスの後ろ側にあり、そこから逃げるためにはナレスの攻撃を最低でも1回は自力で捌く必要がある。
一般スクール生が戦闘能力を持ち合わせているわけもなく、正真正銘の大ピンチだ。
しかし、クレアの目は死んでいなかった。
まだ死んでいないクレアの目に気が付いたナレスは、少し表情を曇らせる。
「その目、気に食わないわね」
「…………るか」
「え? なにか言っ……」
「死んでたまるか!」
クレアは鞄を上に振りかざし思い切り床を蹴ると、ナレスに向って走り出した。
だが当然ナレスにとっては脅威にもならない小さな反抗、ナレスはクレアの動きを止めるため、腹部に向けて鎖を飛ばす。
「はあああっ!」
ガシュッ
クレアは鞄で鎖の軌道を逸らすことに成功する。
この成功は運ではない、クレアの挑戦的賭けである。
クレアは敢えてナレスに近づくことで、ナレスの視野に映るクレアの身体の面積を少なくし、相手の攻撃範囲を狭めたのだ。
ナレスの攻撃を掻い潜ったクレアは、コテージのドアノブに手をかける。
草原を駆けぬけ木々に入れば、幼いころに駆け回り慣れた森のため、ロスなく下山し切ることが可能と踏んだクレアは勢いよくドアを開ける。
しかし、クレアが勇み足を踏んだ瞬間をナレスは見落とさなかった。
「うっ」
「逃がさないわよ」
クレアが捌いた鎖は、弧を描きながらUターンしてクレアの首に纏わりつき、クレアの首を絞めたまま身体を持ち上げる。
頸動脈と気管が圧迫され窒息状態に陥るクレアは、意識が遠のき握力も次第に消えていく。
『まずいっ……、このままじゃ殺される』
脳に酸素が回らない状態では、鎖から逃れる策も思考できない。
薄れゆく意識の中見えたのは、サンタナの記憶の一片。
とうとう見えてしまった走馬灯、死に全てを委ね瞳を閉じた瞬間、左側の壁からバキバキと木材をかち割る音と共に鎖が解ける。
床に倒れたクレアの微かに開いた瞳に、拳を握って右腕を伸ばして立っている男を見る。
コテージの壁を破ってナレスを殴り飛ばしたのは、ギルダンだった。
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