#17. 風紀賞罰委員会のクイーン (The Queen Of The Disciplinary Committee)

「はいどうぞ、癒着チェキ!」

 フィルムに何度も息を吹きかけてから、デビはそれをロップに渡した。


「リークはだめだよ……」アダムがニヒルに笑った。ロップはまじまじと写真を眺め、自分の名札の裏にしまった。

「ここはGDNで一番安全な場所だよ。REMも入ってこれないしね」デビが再びロップとシエリを撮影しながら言った。

「これからの時代こういうシェルター構造が一番つえーって」アダムはカップに口をつけながら呟く「いつミサイルが飛んできてもおかしくないってターラちゃんが言ってたしな」

 デビは首をかしげて笑う「いくらターラちゃんでも、それはさすがに信じられないなあ」


「おい、何であいつらがここにいるんだよ!」

 どこからか少年のただならぬ罵声が響き、賑やかだったフロアが静まり返る。DJの少年が気まずそうに曲をフェードアウトした「アダム!」ロップとシエリが振り返ると、ライダースジャケットを着た大柄の少年がアダムの肩に掴みかかった。

「どういうことだよ」彼は鬼のような形相でアダムに詰め寄る「これはまずい……」シエリがロップに耳打ちする。どうやら彼はシエリが廊下で突き飛ばした風紀賞罰委員のようだった。

「何だよ、二人は俺の妹たちだよ」アダムが嘯くとライダースジャケットの少年はさらに頭に血を登らせる「このクソ往来が? 頭おかしいんじゃねえのか!」彼が語気を強めてアダムに顔を近付けると、アダムのカップがカウンターの上で倒れた。

「だから往来じゃねえって、つめてっ」アダムはそう言い沈黙したかと思うと、突然血相を変えて少年に飛びかかる。真っ赤な火花が散って二人は瞬間移動をし、フロアの床で取っ組み合いを始める。

 群衆は悲鳴混じりに大盛り上がりになり、仕方なく再び曲が流れ始めた。人混みの向こうでアダムが少年の顔に何発も打撃を叩き込むのが見え、シエリはロップの目を塞いだ。

「もう行こうかな……」シエリが気まずそうにデビに声をかける「彼らによろしく伝えてくれる?」

「辛くなったらいつでも来てね、おかえりはあの扉の向こうの階段!」デビは出口を指差して微笑んだ「またね! ロップ! シエリ!」


 狂喜乱舞する人混みを縫うようにして二人はようやく扉までたどり着く。派手な装飾がジャラジャラと付いた重い扉を開けると、非常階段のように窮屈で味気ないコンクリートの階段が現れた「冷蔵庫みたいな扉だね」ロップが呟いた。

「ええ、とんでもない場所だったわ」シエリは胸を撫で下ろす「少し見ない間に荒れに荒れたわね、GDN」

「ここは結構溶け込めそうだよ」ロップがそう言うとシエリはうなだれた「でしょうね、あの子たちはばっちり不健全だわ…」

 二人は冷たい色合いの階段を上がり、再び鉄扉を抜ける。鉄扉は倉庫のような薄暗く狭い部屋に繋がっていた。物音一つないその空間はひんやりとしていて、何やら書物のような物を収納した鉄の棚がいくつも立ち並んでいる。

「迷路みたいじゃないの」シエリが出口を探して目を凝らす「あそこにドアがあるよ」ロップが部屋の奥を指差して言った。

「いい子ね」シエリはそう呟くと彼女の手を引き扉へ向かう。


 鉄の引き戸をゴロゴロと開き、二人は眩しい光に照らされる。

「うわっ、なんでバブちゃんが……?」

 ライダースジャケットの気弱そうなアジア系の少年が仰天して声を上げた。先ほどとは打って変わって応接間のような落ち着いた部屋に一人、少年が驚いて固まっている。

「ここ、どこっ?」シエリは不機嫌そうに彼に詰め寄る。

「酒臭えっ!」少年がひっくり返った「なんだ……見かけによらず君らもサブウーファーズか……」彼は安心したようにため息をついた。

「ヒック!」ロップがしゃっくりをし、咄嗟に手で口を覆う。

「ここは風紀賞罰委員会の事務所だよ。メラトニンキメすぎて分からなくなったか?」少年は呆れた様子で頭を掻く「出口はあっち、間違ってもそっちの高級なお部屋には行くなよ?」

「高級なお部屋には何があるの?」ロップは高級と言われる部屋の扉へ歩き出した。

「ダメ! ダメ! ダメだってば!」少年がロップの首根っこを掴む、シエリが彼に飛び蹴りをかまそうとするが、すんでのところで思い止まる「そっちの部屋にはターラちゃんがいるんだよ! うちの委員長!」少年は異常な慌て様で扉の前に立ち塞がった。

「無礼を働く者は即刻斬るぞ!」彼はどこからか日本刀を取り出して構えた。

「冗談みたいな刀だね」シエリが彼の刀の先をツンとつつき、ロップを引きずって距離を取る「さ、行きましょうロップ」

 その時、突然扉が勢いよく開き、前に立っていた少年が跳ね飛ばされる。部屋から黄色と紺の縦縞のフードを被った、端麗な顔立ちのアラブ系の少女が顔を出した。

「お菓子あげるからおいでーな」背中まで伸びた長いブルネットの髪、大きなアーモンドアイの彼女は、跪く少年に目もくれず、ロップとシエリに怪しく手招きをする。

「委員長!」少年は仰天した「このメラトニン臭いガキを部屋に招くのですか!」

「うっさ」少女は心底怠そうに彼に吐き捨てる「話はアダムから聞いちゃった。お菓子あげるからこっちにおいで」彼女は腹黒そうな笑みを浮かべ、再び指輪をつけた手で手招きをする。

「今度は何よ……」シエリがロップに耳打ちをする「私たちお菓子は今はいらないかな……」彼女が不審がってそう答えると、いきなり少年が背後からロップとシエリを乱暴に押し始める「うわっ、やめてよ!」

「委員長に従えこのクソガキども!」シエリが反発するも彼はそのまま少女の招く部屋に二人を押し込もうとする「コイツらなんてパワーだ……!」少年が絶句し、そう漏らすと、どこからかライダースジャケットを纏った応援が大勢駆けつけた。

「委員長の部屋に入れればいいんだね?」

「押せ! 押せ!」

「いてて! いてて!」

「手伝いますよ!」

 彼らはスクラムを組むようにしてロップとシエリを強引に部屋に押し込んだ。

「何なのよ!」ひっくり返りながらシエリはぼやいた。ブルネットの少女はしめしめと扉に鍵をかけ、それを飲み込む素振りを見せた「ゴクッ、ボヨーン」満足げにお腹をポンポンと叩くと、彼女は目を細めた悪どい顔つきで二人に手を差し出す。

「あたしターラ」彼女は言う「乱暴でごめんね?」ロップが彼女の手を取って立ち上がる。

「私ロップ」ロップがそう言うとシエリはロップの無為無策さに唖然とした。

「適当に座って!」ターラがソファーに二人を促す。部屋には豹柄の絨毯、分厚い木製のローテーブル、書斎机が置いてあり壁には品性が無く感じられるほどに沢山の賞状が飾られている「ここの子たちはみんなガサツでさー」彼女は書斎机の裏に周りブラインドを締める「でも最近は統一感出てきたよ、あたしが革ジャンとブーツをみんなにプレゼントしたんだ。三百万人分」


「それで、二人にお願いがあるのだ」テーブルを挟んで三人がソファーに座ると早速ターラが話しだし、シエリはまたかよと言った風にロップを肘で小突いた「お返しならたんまりするからさ」ターラが悪趣味な笑みを浮かべた。

「TBなら結構間に合ってるし……」シエリはもごもごと言う「どうせまたろくでもないことをさせる気なんでしょ? GDNの人たちってみんなそう」ロップはふと自分のニューラル・レコーダーを見やる。青いディスプレイに100000TBと表示が出ている。ベンジャミンが約束のTBを振り込んだようだ。

「ベンジャミン無事みたい、よかった」ロップは小さく呟いた。

「へへへ……」ターラが笑う「まあ色んな人にも頼んでるからさ。二人も片手間にトライしてみてよ、サブクエストみたいなものよ、レイヤー2にある環境保全委員会の事務所の爆破なんだけど」

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