異世界青春グラフィティ ーー部室のドアは、異世界へ

藤乃宮遊

第1話 始まり

 その春、僕――三宅健太は桜花学園高等部へと入学した。

 桜花学園は春になるとその名の通り桜が咲き乱れ、学園を薄桃色に染め上げる。風が吹くたびに、淡い色をした花びらが優雅に舞い散る様は、まるで幻のように美しかった。だが僕は、その美しさを楽しむ余裕もないまま、早速職員室へと呼び出されてしまった。


「冒険部? 聞いたことないぞ」

 初老の教師は困惑を隠さず、皺の刻まれた額に手を当てた。

「先生、先例がないから駄目というわけじゃないでしょう?」

 僕は引き下がらず、その教師を真っ直ぐに見据えた。頑固な老人の目が僕を睨み返す。

「前例がないのはもちろんだが、それ以前の問題だ。去年廃部になって、しかも顧問だった秋月先生も定年退職してしまった。そもそも、残された書類もないし、活動内容だって誰も知らない」

 教師の困惑は徐々に不機嫌へと変わりつつあった。

「ボランティア部ではいけないのか?毎月地域から表彰状が送られるような活動も――」

「先生、僕は冒険部に入りたいんです」

 僕は、はっきりと繰り返した。短い沈黙の後、教師は深くため息を吐いた。


 そして、僕はひとり、美術資料室へと足を踏み入れた。

 ここが冒険部の部室として使われていた場所だ。

 扉を開けると湿った黴の匂いが鼻をついた。閉め切った室内には、明らかに長いこと誰も入っていない重苦しい空気が充満していた。壁には剥がれかけた古いポスター、隅には無造作に置かれた数枚のキャンバス。まるで使われていない美術館のようなその部屋は、僕が立ち入った途端に拒絶の気配を漂わせた。

 荷物を床に置き、錆びついた椅子を引いて腰掛ける。窓から差し込む西日が埃を照らし、部屋の空気が薄ぼんやりと揺らいでいる。

 リュックの中から一枚の写真を取り出した。僕の視線が写真の少女へと吸い寄せられる。笑顔でピースをする彼女は、一年前の姿のままだ。

「城井先輩……どこに行ったんだ」

 声に出しても答えが返ってくるはずもなく、ただ胸の奥が痛んだ。


 城井かのん。

 僕の幼馴染であり、冒険部の最後の部員。彼女は一年前に突然姿を消し、半年の捜索の後、正式に死亡扱いとなった。だが僕はどうしても納得できなかった。あの明るく前向きな彼女が、突然この世からいなくなるなんて信じられるはずがない。

 だから僕は、桜花学園へ入学したら絶対に冒険部に入ると決めていた。彼女がここで何を見つけ、何を感じていたのかを知るために。


 その時、部室の扉が無遠慮に開けられ、体育教師が顔を覗かせた。

「お前が三宅だな。これ、鍵だ。20時には職員室を閉めるからそれまでに帰れよ」

 乱暴に鍵を投げ渡される。僕が慌てて受け取ると、彼は面倒臭そうに「頑張れよ」と呟いて去って行った。

 僕は手のひらに残る冷たい鍵の感触を噛みしめながら、立ち上がって部室をもう一度見渡した。


 城井先輩は、この部室で何をしていたのだろう。

 なぜ彼女は突然いなくなってしまったのだろう。

 疑問が渦巻き、胸の奥で焦燥が膨らむ。

 しかし今は、ただ彼女が残した痕跡を探すことしかできない。

 僕は静かに立ち上がり、掃除道具入れの扉に手をかけた。

 その瞬間、指先がかすかに痺れたような感覚が走った――。


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