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「レディッシュ軍曹? 聞いたことねぇなぁ。軍曹なんてどいつもこいつもひどいやつって言うか、悪党揃いなんだよ。俺達兵隊からしたら、なるべく考えたくない相手。つまり本音を言えばぜってぇえ忘れたい相手。あんた、軍隊を行進か整列しているところしか見てないんだろ。中身はそりゃぁ酷いぜ。古参兵もそうだが、なにかに理由つけて新兵を殴る。官給品はくすねる。負けそうになったら”命惜いのちおしみ”でテキトー適当にしか戦わない。金まで払ってさぁ探さねぇほうが良いぜ。あんたみたいなヤワ奴はケツの毛まで抜かれるのがオチだぜ」

 ミスター・ダン・タウンゼント



 ジョン・スミス保安官の前を六頭立てのワゴン荷馬車がランタンを付けて西に向かいガタゴト音を立て砂埃を盛大に上げ通り過ぎて行った。

 もう辺りは十二分に暗い。

 日が陰ると、はやくも微風でさえ身を切るように冷たい。

 ゴトゴトとやってくるのはジェンキンズ一家のワゴン荷馬車だ。

 クリスチャン、文明人、紳士淑女としてのジョン・スミスへの挨拶はなし。

 幼子のレキシー・ジェンキンズが荷台の最後部でジョン・スミスに手を振っていた。

 まだ、幼いレキシーはこの引っ越しが何を意味するか理解していないだろう。兄のカーティスがレキシーの肩に手をかけやめさせている。

 西に向かう様子だ。

 ソーントン強盗団がこの<スウィング・シティ>に何日居座るか、で一家の生死は決するだろう。

 また、人生をゼロから始める決意を家族でしたのだ。

 それはそれで敬意に値する決断だ。

 また、一台ワゴン荷馬車がものすごい勢いで迫ってくる。

 ジョン・スミスは慌ててけた。

 そして、去っていった。暗闇でどこの一家だったかわからない。

 彼らは決して臆病者ではありません、勇気ある行動を取っているのです。人の行動にはすべて理由がある。後悔なんてしたくないなんて言葉は適さないかもしれない。

 神のご加護を。

 歩いて<スウィング・シティ>を去っていく、街に居座っていたメキシカンやインディアンたちも居た。

 たった数時間で<スウィング・シティ>馬の値は十倍近くに跳ね上がった。

 非常食のコーンや豆の値は数倍に。

 馬はともかく、コーンや豆をソーントン強盗団が欲するとは思えないのに。  

 <バンピング・キャッツ>のサロンで保安官による緊急発議の法案が全員一致で通るや否やのギャンブラー賭博師のコーネリアス・バン・ダイクはチップやツケをすべて換金すると、いの一番で単騎一路北へ向かい馬を走らせた。

 コーネリアス・バン・ダイクの判断だとこの賭けのオッズは逃げたほうが低いらしい。

 賢明だ。

 

「保安官、」


 暗闇の中、ジョン・スミスに声を掛けたものが居た。保安官補デピュティーのサム・ボルトンである。

 サムの後ろには妻のベス・ボルトン。ベスの腕の中には乳飲み子のアニー。

 暗闇で表情まではうかがえないがさぞジョン・スミスを憎悪のこもった目で見ているだろう。

 ベス・ボルトンの作ったミート・パイを食べられなくなるのは、ジョン・スミスとしても多少痛い。


「保安官、撃ち合いはともかく準備だけは保安官補として最後まで手伝わせてください」

「うむ。良い経験になるかもしれんな、つきあいたまえ」

「はい」


 なんと、サムの妻のベス・ボルトンまでついてきた。合計四名で<スウィング・シティ>唯一の銃砲店を訪れることになった。

 この事案ケースに女性が参画することは多少の人道面の配慮が加味され賢明かもしれない。

  店の看板は<ダンシング・ウィズ・ファイヤー炎と踊る>。店主はジョン・スミスと同世代の初老の男性、デクスター・ボーサ。

 ドアを開けるとカラン・コロンとカウ・ベルがメキシコ人の作った美しい組紐くみひもの仕掛けによって鳴る。


御免ごめん、頼もう」 

「来ると思っとったよ」


 カウンターの影から声がした。影から小さな白髪の男性が立ち上がった。デクスター・ボーサは痩せてしまっているが眼光だけは鋭い。

 典型的な酒やせである。

 ダブダブのシャツから往時は相当マッチョだったことがうかがえる。

 

「はい、コーヒー。赤ちゃんには要らないわね」


 デクスターの妻のレジーナがコーヒーを出してくれた。出すとレジーナはすぐに奥に引っ込んでしまった。

 この女性も夫の商売を健全な商売だとは思っていないらしい。   

 ジョン・スミスは一口、御相伴に預かる。

 咳き込んでしまった。

 恐ろしく濃いコーヒーだ。もはや早摘みのブルー・ベリーなみの酸っぱさである。

 主に農業用水や家畜の飲み水に使われているフェリーナ川のくさみが完全に消えている。

 賢明だ。


 サムは口をつけるだけ、ベスは毒物でも見るかのようにボコボコのマグカップを睨み手に取ることすらしない。

 咳き込んだジョン・スミスを見て、デクスター・ボーサが言った。


「緊張しとるのかね? 」

「いや、もうお互いそんな齢では、、、、」


 ボコボコの金属のコーヒーカップをカウンターに置く。

 デクスター・アンダーソンが言った。 


「最初に言っとかねばならんが、、、、ジョン。ここにはろくな銃がないぞ」

「それはワシの仕事ぶりが評価、反映されとるようで実に嬉しい。なに、そのことはわかって来とるつもりだ」

「どこで、撃ち合うつもりなんだ? 」

「<バンピング・キャッツ>のサルーンになると思う」

「ほぉ」


 二人の老人の会話を聞いてサム・ボルトンが目を丸くした。

 ワゴンか何かを複数倒し、一方で騎馬止め、もう一方で遮蔽物にして外で伏せて撃ち合うと思っていたからだ。


「五、六人を相手にするんだから、一箇所に集めたい。そうだろ? 」

「ほぉ、じゃあ、室内なら拳銃になるな、、、悪いがうちには新品ならピース・メイカーしかない」


 ジョン・スミスが直ぐにさえぎった。


「ピース・メイカーなら三丁も保安官事務所に在る」

「そうかい、だろうと思った。少なくとも弾丸だけでも良いからたくさん持っていけ」

「いや、ワシは拳銃は苦手なんじゃ、、」

「なんと、ととと。それでソーントンの連中と撃ち合うつもりなのか? 一体どうするんじゃ」

「実は、ライフルを求めたい」

「ライフル!? 。室内で撃ち合うんだろ。完全に不利だろ」

「慣れとるんでな」

「まぁ、ここの住民はみんな慣れとるな」


 濃過ぎるコーヒーに次いで人を殺す道具の話にベス・ボルトンが露骨に嫌な表情を見せ恐る恐る人殺しの会話をしている老人に近寄ろうとしているサムの二の腕を掴み、引き止める。

 この二人は悪魔である、旦那をこの悪事に加担させてはならない。


「熊撃ち用とか、古い二連装の獣を撃つものしかないが、、、、」


 やっと、健全で真っ当ディーセントなクリスチャンの会話になってきた。

 獣を生きるために撃つ道具なら神様もお許しになるだろう。

 ベス・ボルトンも一息である。


「そこにあるだろう」


 といって、ジョン・スミスは顎でカウンターの奥を指す。


「前々から気づいとったんじゃ。やたらいっぱい懐かしいのが在るなぁ、、と。そこの束になって縄で縛ってある、ミニエー銃じゃ」

「えーっ」

「えーっ」


 デクスターとサムが驚愕の声を上げた。ベスだけは、しかめっ面のまま無言である。会話の本意がもう一つよくわかっていないらしい。

 ジョン・スミスが指し示したのは南北戦争時代の単発式の先込め型のライフルである。


「正気か、ジョン。賢明とは言えんぞ」

「正気だ。それより、こんなに沢山のミニエー銃。どうやって手に入れたんじゃ? 」

「それは、あれだな、、その、、そうそう一度自称元北軍の軍曹とかいうのが来店してだな、このライフルを大量に持ち込んで買い取ってくれと、そう言って、、、、」

「その元北軍の軍曹というのは、あんた自身じゃないのかね? 」

「――――」

「当たりのようだな。弾丸たまと火薬も在るんだろう」

「ああ、ある」

「大変心強い」


 大男のサムが六丁のミニエー銃を担ぎ、ベスとアニーも含む四人は<ダンシング・ウィズ・ファイヤー炎と踊る>を後にした。

 

「次は<バンピング・キャッツ>に戻る」


 とジョン・スミス。ここはそんなに大きな街ではない。幾許いくばくもかからない。

 外はもう真っ暗だった。

 雲に隠れることなく半月が大きく上がっている。

 月は美しいが狂気を示したり暗示する言葉や例えが多い。


「とうとう日が暮れたな」

「連中は来ないかもしれませんね」

「いや、来るよ。もうすぐそこまで来とるに違いない。空腹で汚れ、金だけは在る。連中に他の選択肢はない」


 ジョン・スミスの発言を聞いてサムとベスは黙り込んだ、アニーはベスの豊かな胸と腕の中で、おとなしくすやすやと眠っていた。

 <バンピング・キャッツ>の中は意外とがら~んとしていた。

 先程の喧騒が嘘のようだ。

 ジョン・スミスは拍車スパーのついていないブーツの踵を鳴らし、つかつかとカウンターまで歩みを進めた。

 バーテンダーはカウンターの背後にある大鏡を外そうとしていた。

 大量の蝋燭が指していあるシャンデリアは降ろされていた。

 

「空き瓶を三本ほど貰えるかね? 」


 バーテンダーも呆れ顔と憎悪の入り混じった微妙な表情でジョン・スミスを見つめる。


「三本で間に合うのかね」

「そんなにあれこれやる暇はないと思う」


 『バイ・ヨア・サイドあなたのそばに』という銘柄の安ウィスキーの空き瓶が三本カウンターに置かれた。


「サム、ランタンの油を一本に半分ほど入れてくれ」

「後の二本はどうします? 」

「一本を割ってくれ、レディ・ボルトンベスプリンセス・ボルトンアニーに気をつけて」


 サムは、言われたとおりにした。


「表の砂と瓶の破片を半分詰めた油の上に詰めてくれ」

「全部、油では、、、、」

「殺傷能力を高めるためだ」


 殺傷能力という言葉がベスの表情を一変させた。

 ジョン・スミスが言い切るや否や、ベス・ボルトンがサムの二の腕を掴むと本気で<バンピング・キャッツ>の外に連れ出した。

 外では、今まで、聞いたことのない口調でサムとベスがやり取りをしているのがれ聞こえた。

 ベスは金切り声まで一歩手前という調子である。

 サムは、僕を信じてくれとか、仕事がどうのとか、責任とか、義務とか、報酬が、とか抽象論で事実を糊塗しようとしていたが限界だった。

 やおらどこの誰よりも思いつめた表情でサムはジョン・スミスの前に現れた。

 

「もうこれ以上はお手伝いできません。保安官、私をなじ更迭こうてつしてくださって結構です」

「いや君には無理をさせてすまんと思っとる。出来ればワシの跡を継いでもらおうと思っていたが、無理をせんでも良い。ベスのミート・パイがもう食べられんのだけが残念だなぁ、パイ生地といい、クランベリーで甘く煎た肉に、、あれは本当に一級品だ」

「ご無事だったなら、必ず作らせます。ベスもわかってくれるはずです」


 ジョン・スミスは頷いただけで、サムの肩を叩くと、<バンピング・キャッツ>のかた過ぎるナプキンをぎゅぎゅっと押し込み栓にして火炎瓶を仕上げた。

 ボルトン一家は、家族揃ってきびすを返し暗闇の中で家路につこうとしていた。

 ジョン・スミスが思い出したように言った。


「留置所のギブルを出してやってくれ。酔ってガールズ娼婦たちに抱きついただけで留置所で悪党どもに撃ち殺されたら、いくらなんで可愛いそうだ」

「わかりました」


 サムがしっかりした声で答えた。

 ジョン・スミスが両開きの扉からボルトン一家を見送っていると誰かが背中をビリヤードのキューで突いた。

 ベス以上の憤怒の形相でジョン・スミスを睨みつけている初老の小柄な老婆がそこに居た。

 キム・カニングハムである。

 

「私がこんなに慈悲深いから。あんた今この時を生きていられるんだよ」

「わかっとる。ガールズ娼婦たちたちはどうなった? 」

「言われた通り、いろんな家に分けてかくまってもらってるよ。この娼館兼ホテルは私の全てなんだよ。最悪どうなるのさ? 」

「町長のジョセフ・ハーランが保障するだろう。さっき話を付けにいってきた」

「いの一番に逃げるやつだよ、あてになるかい。あんたもあの腰抜けをちっとは恨んでるんだろ」


 間があった。で、


「―――― 難しいところだな。誰でも逃げたいだろう。だが、あんたもこの街で男たちから十分搾り取ったろ、白いアレだけでじゃなくて」

 

 今度はキム・カニングハムが黙るターンだ。


「――――まあぁね」

「それよりドネッタ・パーカーを近くで見ててくれよ」

「何言ってるんだい、ドネッタのことを教えてやったのは、私じゃないかい」


「保安官、」


 入口の方から声がした。大工と壮年の男が両空きのスウィング・ドアーに二三人立っていた。

 一人は、ストーブの火口ほぐちの扉に使う頑丈な鉄板を持っていた。 


「もう時間がない。言われた手筈通りにやってくれ。まずは全部の窓からやってもらおうか。あと派手な二階への階段は螺旋の方は完全に壊す」


 ジョン・スミスは言った。

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