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「<パンピング・キャッツ>なら知ってるどころか、そこで働いてたFUCKよ。多分。嫌な相手なら酌だけで客を取らなくても良かったんだけど、遣り手ババァが何てったかなぁ、嫌なやつでね。すぐやめて他の街に流れてったけど、絶対正解だったね。だけどそこそこの娼館キャット・・ハウスだったね。ドネッタってのがそこ一番の娼婦だったけど。違ったかい? どっから見ても訳ありって感じでいけ好かない女だったね」

 ミス・レイチェル・バルデラン



 気温は高いが、日はやや翳ったか? 。

 小さな赤い砂混じりの風がジョン・スミス保安官とサム・ボルトン保安官補に絡みつく。

 二人は時を経ずして<バンピング・キャッツ>の前に到着する。

 馬をつなぐ横杭が店の正面いっぱいに伸びていてたくさんの馬がつながれているる。

 メイソンの<ビッグ・ガール号>。

 ジョニーの<ファスト・ブレット号>。

 シドの<キックス号>。

 フランシスの名前すらつけていない葦毛のぶちの馬。フランシスのところの大きな牝馬からはどれもぶちの馬が生まれるのでややこしい。本人すら区別するのを放棄している。

 そして、女性でスウィング・シティ一番の乗り手レア・フラナンの<青目号>。

 等々。

 どの馬達とも今夜の夕食後に会えるとは限らんと思うと複雑な気になる。

 <バンピング・キャッツ>は角店なのだが、門の向こうには二頭立て程度のワゴン荷馬車がわんさかと大量に止まっている。

 保安官と保安官補はブーツ同士をぶつけ軽くブーツの砂をはらい、通りの両側だけ轢いてある板に上がる。

 <バンピング・キャッツ>の看板が二階の右横の窓から少し傾いてかかっている。

 ヘンリー・ジョイスが娼婦との最中に妻のアンに踏み込まれ二階の窓から飛び出したためだ。

 ヘンリーは飛び出したあと看板にしがみついたが、妻のアン・ジョイスは。


「死ぬほどの恐怖を味割らせてやろうか」


 と言うと、典型的な中西部の農家の超重家事労働で鍛えた怪力で看板をゆっくりとかたむかせ始めた。

 どれくらいの角度でどんな風に落ちてどの程度の怪我になったかはここでは書かない。

 ただ二人はそれでも、神の前で誓った夫婦だし、ヘンリーはそれ以降娼館に通うのをやめた。

 

 ジョン・スミスとサムが<バンピング・キャッツ>に入ると、一階のサルーンはこんなに人がスウイング・シティに居たのかというほど人が満ちていた。

 そして、安酒の異様な発酵臭、家畜のし尿、単純なアルコール臭、汗、よく干した藁のいい匂い、ドロの匂い、娼婦たちの安っぽい香水、吐き捨てられた噛みタバコがたまった痰壺、手垢が散々こびりついたよれよれのトランプのろうの匂い、そのすべてが入り混じりそのすべて一つ一つですらない込み入った変な匂い。

 と、当たり前だが、喧騒では片付けられないほどの各地方の訛った英語。移民第一世代の者は母国語で怒鳴り合っている。

 もはや獣たちの饗宴である。


「保安官が来たぞ。俺の2ドルの大勝ちだ」


 と酒焼けした赤ら顔のセオドア・キャシディが大声で叫んだ。


「くそったれ」

「なんだよ、それ」

「これで勝ってそれを路銀に逃げようと思っていたのによぉ」

 

 などという捨て台詞がそこかしこで響く。

 ソーントン強盗団に対しどうやら保安官が逃げると思ったもののほうが多くオッズが低かったらしい。

 保安官が若干遅れて現れたのも相場を大きく変動させる要因になったらしい。

 喧騒がまた大きくなりだしたので

 ジョン・スミス保安官がホルスターに手をやった。

 保安官補のサム・ボルトンが驚いた様子で保安官を見つめ制止させようとするがジョン・スミス保安官の決意はかたそうだった。

 

 バン! 。


 ジョン・スミスはピース・メイカーを抜いて<バンピング・キャッツ>の屋根めがけて発射した。

 この時代中西部では、全員が銃声となぜかコインの落ちる音には異様なほど敏感だ。

 一瞬で娼館兼ホテル兼サルーン兼飲み屋に静寂が訪れた。

 間髪入れず続けてジョン・スミスが初老の男性としてはしっかりとした声で語る。

  

「皆も、もう既に知っていると思うがぁ。あと数時間でここ<スウィング・シティ>にソーントン強盗団が5人か6人かよく知らんが、やってくる」


 ソーントン強盗団という単語が強烈過ぎた、静寂を更に氷のような強烈なアルファベットの大文字の静寂に変える。

 

「町長とも先だって話をしたが、、、、」


 群衆は息を呑んで保安官の話を聴く。


「町長はさじを投げた」


 反応は中西部のいたるところに居るガラガラ・ヘビよりはやかった。


「なんだそれぇぁ! 」

「それでも町長かぁ! 」

「まず、みんなで町長の家を焼き討ちにしろ」


「皆がそうせんでも連中が来たら確実にそうなる! 一番に狙われるのは銀行そして一番大きな屋敷を構えとる町長の家だ」


 ジョン・スミス保安官の答えの声は群衆を圧するように大きかった。 

 

「で、あんたはどうするんだ。保安官殿、逃げるのか」


 場違いにめかしこんだ、ギャンブラー賭博師のコーネリアス・バン・ダイクが一歩前に進み出てしっかと保安官の目を見て訊ねた。

 銀行の次にこの街で金を持っているのはこの男だ。ロブ・ソーントンに狙われるのもこの男だろう。

 ジョン・スミスは大きく息を吐き、少し間をおいた。


「出来れば一人身だし逃げたいものだが、これでも、聖書の上に手において街の治安を維持すると宣誓しとる。逃げる気はない」


 おおおぉぉぉと<バンピング・キャッツ>に大きなどよめきが走った。当然だがどうやらこの保安官の今後の行動の真偽是非が最大の争点だったのである。


「おれもあんたと戦うぜ」

「おれもあんたといっしょだ。昔は早撃ちで慣したもんだぜ」


 群衆の中からポツポツそういった声があがるが、ジョン・スミスが予想したほど多くはなかった。

 ジョン・スミスは正直助かったと思った。根性自慢の素人の生兵法ほど危険なものはない。

 また、戦いに志願するものをどうやっていさめるか正直説得する方法が思いついてもいなかった。

 ジョン・スミスは試すように隣の保安官補のサム・ボルトンを見た。

 サムは目を伏せていた。群衆の最前列でサムの妻のベス・ボルトンが乳飲み子のアニーを抱いてまるでソーントン強盗団を睨みつけるようにジョン・スミスとサム・ボルトンを睨みつけていた。

 ジョン・スミスはサムを追い詰めるのをやめた。


 ズドーン!! 。


 <バンピング・キャッツ>のサルーンに居る全員が伏せた。

 中西部の住民はライフルの銃声と狼の遠吠えには異常に鋭いなにせ少し前まで戦争をしていたから。


「私ゃぁ何をやりゃあいいんだい? 」

 

 夫と死別したあと七人の子を育て上げながら子供や家畜を手足のように使い、寄ってくる害獣どもを手に持った岩で殴り殺し、素手で締め上げ、農場を切り盛りする女偉丈夫のパンツェッタ・ドレクスラーがライフルを屋根めがけてぶっ放して群衆をかき分けやってきた。

 この女、パンツェッタ・ドレクスラーはとにかくでかい。金髪もゴツゴツした顔にくっついている感じだし、若い頃はさぞと思わなくもないが、胸もデカいし尻もデカいが如何せん女性的な丸みを帯びていない。

 全体の印象は残念ながら丸いや曲線美があるというより、どちらかというと四角い。

 <熊御前くまごぜん>と街では呼ばれている。


「ミセス・ドレクスラー、あんたは家であんた自身とあんたの子供を守っていなさい」


 ジョン・スミスがそう答えた。


「保安官、あたいは、法律のこったぁ、けつ毛のかす程も知らないがぁ、そのソーントン強盗団をうちの方に追い込みな、全員この素手で暴れ馬や牛にするように去勢してやるから」

「最悪そうしよう」


 パンツェッタの登場は、保安官の助太刀志願の連中には悪い方に働いたようだった。

 パンツェッタが家に居残るべきなら俺も家に居るべきだろう、、、、という気分になったようだ。

 ジョン・スミスが話を続ける。


「みなには、バラバラになって家に居てほしい。そして自身の家族、次に財産、その次に家畜を守って欲しい。但し無理強いはしない。ワゴンで逃げたいものは逃げても構わん。ここは欧州から逃げてきたものが打ち立てた自由の国だ。ただ馬をかき集めて六頭立てでも逃げ切るのは厳しいと思うが」


 保安官からは意外な申し出だった。


「一箇所に集まったほうが、、、、そして銃やライフルの腕っこきのものにエスコート警護させたほうが、、、、」


 隣のサム・ボルトンが言った。

 神父が進み出、話しだした。


「全員が教会に集まり、あなたが残るのなら、保安官が守るというのはどうだろう。連中でも流石に神の家を襲うということはしないと、、、、」


 ジョン・スミスは無言に徹した。

 やがて口を開いた。


「バラバラの方が誰かが生き残る確率が高いだろう」


 保安官の深刻な言葉に再度<バンピング・キャッツ>のサルーンは静まり返った。

 そんなにえべぇのかと、、、、。

 その時、女性の甲高い悲鳴がサルーンに響いた。

 中西部の住民は女性の悲鳴に対し寛大だ。それはまだ死んでいないということを示すし、悲鳴を上げる体力が未だにあるということもしめす。

 次に頬をぶつパシーンという中西部では聞き慣れた音。

 

「こいつ、まだ小股にデリンジャーを持っていやがるよぉ」


 音と声は円形の螺旋階段のほうからした。

 そこには、酌婦兼娼婦がたくさん気だるそうな格好で手すりによりかかり集まっていた。

 声の主はこの<バンピング・キャッツ>の遣り手ババァ、キム・カニングハムである。

 キム・カニングハムは小柄であるにも関わらず一人の娼婦を連れその肘をねじ上げ螺旋階段から保安官の方にやってきた。

 

「この淫売は、昨日の晩から様子がおかしいんだよ、バーテンダーにショットガンの位置を訊いたり、コソコソ荷造りしたり。普段酒を飯代わりにしてるくせに急に塩漬けの肉を何枚も部屋に持ち込んだり」


 ドガっと音を立て娼婦が引き出され、崩れるように膝をついた。


「銃を持ってるよ。気いつけな、こいつはね最初から変なやつだっただよ。ドネッタとか気取った名前は名乗ってるし、客の選り好みも激しいし、上納の上げ銭は守らないし、小金はやたらたくさん持ってるし」

「ドネッタ・パーカーじゃあねぇか」


 誰かが言った。

 ドネッタ・パーカーはこのスウィング・シティ一番の娼婦である。

 カーラーの巻きすぎで傷んだ金髪がその美しい顔にかかる。

 それから胸元にはシミ一つ無い胸の谷間。熟れすぎているかもしれないが10人男が居てすれ違えば10人は必ず振り返る。

 いい女である。


「保安官、もう一発殴りゃあ、ガーターベルトに挟んだドル紙幣が何枚も散り落ちるよ」

「そんなの持ってないよ、この干上ひあががったクソ・ババァ」

「何だってぇ。殴りつけて、そのクソ口を二度と開かないように縫い付けてやろうか」


 キム・カニングハムがもう一発引っ張叩こうとした右手の上腕をジョン・スミスが掴み止めた。


「味方同士で殴り合う必要などない。すぐに、もっとひどい暴力がやがて訪れる。ミス・カニングハムに、ミス・パーカー」

「そんな商売女フォアーズに敬称なんてつけて呼ぶんじゃないよ保安官」


 どこぞのミセスより大声の野次やじが飛ぶ。

 この辺の女に亭主の稼いだ金を注ぎ込まれてる主婦たちは存在そのものに喧々諤々である。

 ミセスはやがてウィドーに。それもまた中西部の掟だ。


「みな、聞いてくれ、みなが帰宅する前に一つ法案を通してほしい。簡単な挙手で決をとりたい」


 群衆の中でボソボソ会話が出だした。

 要は保安官は気丈にも逃げないそうだが、守ってくれるわけでもないことがこの会合で通達されたのだ。

 家に居ろ、もしくは逃げても良いというのは自分の身は自分で守れということだ。

 

「キム、話がある」

「あぁん、なんだい? 保安官」


 ジョン・スミスがこそこそキム・カニンガハムに耳打ちした。

 甲高い平手打ちの音がサルーンに響いた。

 たれたのは、保安官ジョン・スミスだった。

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