第2話


「桜、きれいだね」


 “僕”が言う。


 近所の大きな公園の、「さくら広場」と呼ばれる原っぱにて。そこは名前の通り、まばらに桜の木が植えられており、お花見シーズンになるととても混み合う桜の名所だ。


 皆、芝生の上にレジャーシートを敷いたり、折りたたみチェアを置いたりして、ジュースやお酒や団子を片手に桜を見ている。


 きれいな青空、時折吹く暖かな春風。

 お花見をするには文句なしのシチュエーションなのに、今、僕の目の前には――。


桜斗おうと、そんなに僕の方を見て、どうかしたの?」


 いや、どうしたもなにも。


「なんで目の前に、僕が居るんだよ!」

「桜の季節だからじゃないかな」

「答えになってないよ! どういうこと?」

「さあね」


 含みある笑みを浮かべる、“僕”。


 そう、僕の目の前に居るのは“僕”だ。折りたたみのアウトドア用チェアに深く腰掛け、足を組んでいる。ちなみに僕は、その前に立って“僕”を見下ろしていた。


 全く同じ姿かたち、全く同じ声音、全く同じ服装。僕の複製とでも言いたいくらい、僕と同じ存在がそこに居る。


「ねぇ、キミってドッペルゲンガーってやつじゃないの?」

「どっぺる? なにそれ、聞いたこと無いね」

「とぼけてるだろ、絶対」


 こんなに似ていて、……似ているというより同じで、ドッペルゲンガーじゃないってこと、ある!?


 心の中でツッコみながら、改めて僕は“僕”を見た。坂﨑桜斗さかさき おうと、十七歳、男。バレーボール部所属。どこにでもいる平凡な男子高校生の僕が、何故こんな公園に居るのかと言うと、簡単な話。来週末の家族でのお花見の下見に来たというだけだ。


 珍しく今日は部活がオフで、暇を持て余していたから、母に頼まれてフラッと公園に来た。……それだけなのに。


「木の陰から、急にキミが曲がってくるんだもん! びっくりしちゃった!」

「それはこちらのセリフだよ!」


 肩を竦める“僕”に対して全力で返す。


「ドッペルゲンガーって、死の前兆とか言われるやつだろ!? ねぇ、僕、死ぬわけ?」

「さあね」

「ねぇぇぇ! こっちとしては深刻な問題なんだけど!」

「そうだね、確かに……天国に行けるか、地獄に堕ちるかは深刻な問題だね」

「そっちじゃねぇぇ!」


 僕のツッコミが響き渡る。こいつは一体、なんなんだ? 深刻な問題なのは、生きるか死ぬかの話だろ。


 どうやら、ドッペルゲンガーと言っても、“僕”と僕の性格は違うらしい。“僕”は天然ボケって感じで、僕はどちらかというとツッコミ担当だからだ。


「え、じゃあなに。死にたくないってこと?」

「当たり前だよ! 僕そんなに、死にたいほど思い詰めている感じする?」

「いや、全く。でも近ごろの若者はすぐ『死にたい』とか言うからさ」

「偏見甚だしすぎだろっ!」


 僕は思わず、ツッコミと同時に目の前の“僕”の頭を叩いた。――いや、叩こうとした。その瞬間。


 スカッ。


 僕の手は、何も掴まなかった。なにかに触れた感触すら無かった。

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