第41話 その後の二人<ディミトラのお茶会>
「お招きいただきましてありがとうございます」
そう言ってアイラが挨拶をするのをディミトラは鷹揚に受け止める。
この場においては皇太子妃であるディミトラが一番高位女性となるが、実は王女であるアイラと公爵夫人のアリシアは立場にそれほど違いがない。
というのも、アイラがまだ王女であるのに対しアリシアは公爵夫人というすでに家を代表する立場だからだ。
基本的に貴族社会では家の位に付随する令嬢よりも家を代表する者の方が上になると考えられる。
もちろん、同じような家格の貴族であれば、だが。
公爵家は王家の流れを汲む家なので、トウ国のまだ王女でしかないアイラとは同等の扱いとなるのだ。
「どうぞそちらにおかけになって」
今日のディミトラはアリシアにいつも見せる友人の顔ではなくロゴス国皇太子妃の顔だった。
そのため話し方も外向きに改められている。
(最近ではディミトラ様の男性的な話し方に慣れてしまっていたから、女性的な話し方に違和感を感じてしまうわね)
そう心の中で思いながら、アリシアはふとアイラの持参したお土産に目を移す。
「ご存じの通りトウ国の特産品は何と言ってもお茶ですわ。こちらはトウ国で特に好まれている物ですの」
そう言って、説明のためかアイラがプレゼントの包みを解くとこちらに中身を示した。
箱の中に色とりどりの缶が収められており、それぞれ種類の違う茶葉が入っているようだ。
「トウ国ではさまざまな効能のお茶が広く楽しまれていますわ。その中でもおすすめの物を持参いたしました」
そう言って自信ありげに話すアイラに、アリシアは一抹の不安を感じる。
「アイラ王女殿下、とても素敵なプレゼントと思いますが茶葉の種類と効能を記した物はありますでしょうか?」
アリシアの言葉に、アイラが不快げな顔をする。
「どういう意味かしら?私のプレゼントに何かお疑いでも?」
「いえ、そういう訳ではございません」
「アリシア様は私に対して何か思うところがあるのかしら?」
そもそもアリシアがお茶のことを気にしたのは、妊娠中には飲めないお茶があるからだ。
万が一にでも妊婦にとって良くないお茶が含まれていないかどうかが気になっていた。
ディミトラが妊娠しているのは周知のことではあったが、このどことなく子供っぽい王女に不安がつのる。
そしてアイラがアリシアのことを『夫人』ではなく『様』をつけて呼んだのには気づいたが、ここはあえて指摘せずに流した。
「そういえば、ルーカス様には連日お世話になっていますわ。アリシア様は不安を覚えているのかもしれませんが、ルーカス様が私に興味を持つのはしかたの無いことではなくて?」
しかしそう思ったのもつかの間、思わぬ方向へ話が飛んだ。
「王女殿下、私がお茶のことを質問させていただいたのは妊娠中には飲めないお茶があるからです。ご存じの通りディミトラ皇太子妃殿下はご懐妊されていますので、気をつける必要があります」
そう言ってから、アリシアはさらに続ける。
「そして夫が王女殿下の視察につき添っているのはニキアス皇太子殿下からのご依頼であり、仕事だからですわ。ですので私が不安に思うことは何もありません」
ルーカスはアイラに興味があるのではなく、あくまで仕事だから。
アリシアにしては珍しくアイラの言葉をはっきりと否定した。
視界の端でディミトラが満足そうな顔をしているのを見ると、ディミトラもアイラの言動には思うところがあったのだろう。
「…っ。ルーカス様はたとえ私に興味をもっていたとしてもあなたには言わないでしょう?だって名目上であっても一応あなたが妻なのだから」
『妻』という言葉をアイラは嫌そうに言った。
そういえば、アリシアが『夫』と言った時も不快そうだった。
アリシアにしてみれば、なぜそれほどまでにアイラが自信を持てるのか甚だ不思議でしかない。
間違ってもルーカスがアイラに甘い言葉を吐くとも思えないし、その点に関しては信用している。
言葉が足りないことはあってもルーカスは不実なことはしない。
万が一にでもアイラに好意を持ったなら、それを包み隠さず言うだろう。
「アイラ王女殿下がなぜそうおっしゃるのかはわかりませんが、夫の誠実さを貶めるような言動は控えていただきたいですわ」
アリシアはいまだにそれほど自分に自信があるわけではなかった。
それでも、ルーカスがいつもちゃんと気持ちを伝えてくれているから、こんな事実無根なことを広められるのは我慢がならない。
「夫は誤解を招く言動も行動もしない人です。事実ではないことをあたかも本当であるかのようにおっしゃられるのは困ります」
だから、アリシアはアイラの目を見てはっきりとそう言った。
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