第3話 結婚式と初夜

 彼女は代わり映えしなかった私の灰色の世界に不意に降り注がれた光のようだった。



「おはようございます、公爵様」

「ああ、おはようウィステリア嬢」


 昨日は酒の力で眠れはしたようだが、顔色が悪いな。


『意外ね、私の名前を呼んでくださるなんて……出迎えも来なかったからまるで興味がないのかと思っていたわ』


 ……私も極力彼女との接触は避けるつもりでいた。

 だが、思考があまりにも斬新で気になったので、急遽朝食を一緒に摂ることにしたのだ。

 心を読まれる事など、彼女にとっては恐怖でしかないだろうが……。

 彼女はまだ私の秘密を知らない。



『二日酔いだわ、梅干しとかシジミ汁とか欲しい……あるわけないけど』


 ?


 そんな思考も流れ込んで来た。

 知らない単語が混ざっているな。


 青白い顔でなんとか食堂に来た妻となる人。


 ゆっくりした仕草で、野菜サラダとスープを少しだけつまんでいた。

 昨日の酒のせいで食が進まないらしい。


 ウメボシ、シジミ汁とかいうものが、入手可能であればいいのだが、せめて薬を用意させるか。


 私は呼び鈴を鳴らし、メイドに吐き気止めを用意するように伝えた。


 メイドは、青い顔をしてすぐさま一礼をして去っていくと、ややして子供の執事が薬を持って来た。


『あら? ずいぶん若い執事ね? 執事見習いかしら?』


 この城では私に思考を読まれたくない大人の執事やメイドが、思考の純粋な子供を探し出してきて、簡単な使いをさせている。

 トレイに乗せたものを運ぶだけ。

 そんな簡単な役割だ。



 私の秘密は守秘義務があるので、契約魔術で城の外では話せないようになってるし、体が動くうちは逃げられないようになっている。

 そういう契約を最初にしていて、契約金は他所よりははるかに高い。


「吐き気止めの薬だ、飲むといい」

「あ、ありがとうございます」


 彼女は子供の執事から薬を受け取り、苦そうな顔をしてそれを飲んだ。


「他に何か望むものはありますか?」


『え? それって何でもいいのかしら? せっかくだから言ってしまおうか』


 ? 何か贅沢品でも欲しいのか?


「私について来たメイドが一人だけおりましたが、解雇して帰るようにしてください」

「一番頼りにしているメイドを連れて来たのではないのか?」


『冗談じゃない、あれば家族がつけた監視よ! 私が逃げ出さないように』


「いいえ、あれば監視です。私が逃げ出さないようにつけられた」


 彼女の心の声と口にのせた言葉は一致していた。

 彼女の陰鬱な表情でも俺は見て分かる。


「そうか、そなたが連れてきた使用人のことだ。そのようにしよう」


 まだあの使用人には秘密は知らせていないから、構わない。


「ドレスとか宝石とかはいいのですか?」

「実は中古のウェディングドレスを持たされたのですが、それで公爵様が恥ずかしくなければ」


 なんだと!? 結婚支度金を送ってあるのに中古!

 急とはいえ、せめて新品だろうに。


「すぐさま新しいのを用意させよう」


 私は急いで懐から出した手帳を破り、メモを書いて子供の執事に持たせた。


「あ、ありがとうございます」


『それにしても、わりと気使いできて優しいし、普通の人に見えるわね。化け物要素がどこにあるのか全く分からないわ……でも出迎えに来なかった無礼は忘れないからね!』


 彼女はたまに私をチラリと見ては、そんな感想を抱いていた。

 確かに見た目だけなら私も普通の人間なのだ。


 そして妻となる人が城に到着しても出迎えに来なかった事を恨んでいるようだ。

 これは仕方ない、私が悪いのだから。


「他に望みは?」


『え? まだいいの? えーと、うーんと、あ、そうだ!』


「景色のいいところに行きたいです」

「景色の?」


『そうよ、北部には絶景スポットとかないの? 観光客が喜ぶような』



 か、観光客が行く所!? 嫁ぐ為に来たのに!?

 そ、想像の斜め上を行く女だ。



「式が控えているので遠くはまだ無理です。その……城の屋上ならお見せできます。見晴らしはいいですよ、夕焼け空と日の出の時間など、今夜なら夕焼けが」


「屋上で夕焼け!! ではそこへ行きます!」


『確かに城の上からの景色はいいかも! いつ死ぬか分からないからせめて絶景くらい見ておきたいものね』


 まだ私に殺されると思っているのか……。

 仕方ないが。

 私は社交界にも顔を出してはいないし、皆の想像は膨らむばかりで、この城に入った者は誓いを立てた騎士以外に出られ無いとも噂がたっている。


 しかし健気なものだ。

 望みが綺麗な景色だなんて……。


 食事の終わりにも彼女は窓際に立って窓越しに外を見ていた。

 よほど外に出たいのか。


 * * *


 ◆◆◆ ウィステリアサイド ◆◆◆



「お嬢様! 私を解雇するだなんてどういうおつもりですか!?」


 お、早速話は通っていたようね。



「監視役はいらないと言ったのよ」

「なっ」

「つまみ出して」


 私は公爵家の護衛騎士に命じた。



「はっ」

「お嬢様! 後悔しますよ!」

「あら、まるで悪役の捨てセリフね」

「くっ! 離して下さい! 自分で歩けます!」


 監視役メイドは護衛騎士にホールドされて騒いでいたけど、結局、ここでの立場は私のほうが上になるので囚われの宇宙人みたいに連れて行かれた。


 ざまあ!

 私はウィステリアの仇や敵は粛々と粛清してやりたいと思ってる。


 * * *


 そして昼過ぎまではメイドたちによってたかってエステを受けた。

 そういや花嫁になるんでした。


 美容部員みたいな公爵家のメイド達にお風呂場で磨かれつつ、思いを馳せる。


 公爵夫人かー、あの人が噂だけで化け物じゃないのなら、権力者の妻だからそこは悪くはないのだけど、どうも公爵様が側に来ると使用人達……ほとんどの人が緊張状態になるように見える。


 そしてなるべく距離を取ろうとしてるような。


 花弁の浮かぶ湯船は綺麗なんだけど……さっきからメイドが必死に私の肌に塗り込もうとしてる香油は……やりすぎ。


「ねぇ、この香油は匂いがキツすぎない? 男性ってもっと爽やかな方が好きだと思うけど?」


 石鹸の香りだとか柑橘系とか。



「さようでございますか?」

「そうよ、一旦お湯で流すわ」


 日本人基準だとそんな気がする。

 私が男でも匂い濃すぎるのは嫌だ、爽やかさがない。


「かしこまりました」

「わかってくれて良かったわ」



 そして夕刻には夕陽を見に屋上へ行こうと思ったら、雨が降ったので夕陽見物イベントはお流れになった。

 無念。


 明日はもう結婚式ということで大急ぎで新しいドレスも持ち込まれた。

 ドレスのサイズを調整して、夕食はサラダのみ出された。

 そして就寝となった。


 明日もう結婚なんて実感が沸かない。


 でも、なんでうちの家門から花嫁なんて選んだの?

 面識も無いのに。

 結婚式が終えても私が生きていたら訊いてみよう。


 * * *


 あくる朝は晴れていた。



 式は参列者も呼ばずに公爵家の敷地内にある小さな教会にて行われた。


 人前に姿をさらすのがとことん嫌なんだね。

 伯爵家の家族も呼んでないのは嫌いだからありがたいけど。


 そう、私も別に祝福をもらいたい人間の友達がいるわけじゃないから、別にいい。

 私が魔力無しの無能ってことで親は教育も放棄してアカデミーにも通ってないし、学友もいない。


 姉と違って。



 今日、結婚式のこの時、ヴァージンロードを歩く時も、一人だ。

 いや、何故か一人きりという訳ではなく、猫がいる。


 どこからともなく現れた白い猫が私の足元、隣を歩いていた。


 猫ちゃん! どこから迷い込んだの!?



 執事もメイドも人間は基本的には公爵近辺に近寄らないから、猫をつまみ出す人もいないみたい。


 前世で車に轢かれそうになってたのを助けたのも白い猫だったから、不思議な縁を感じる気がする。


 ゴール地点では公爵と神父だけが待っている。

 神父は公爵の側で平気なのか、必死で怖いのを耐えてるのか。

 よくわからないけど、もしかしたら神職の方には神の加護があるのかもしれない。



 神父がお決まりのセリフを言って、結婚式を執り行った。


 誓いのキスをする時点で、微かに震えていたのは公爵の方だった。


 何故?

 これから惨劇でも待っているのか?


 式の間、ずっと私達の事を一匹の白い猫が見守っていた。


 そして、夜。

 新婚初夜。


 私は旦那様の寝所に放り込まれたのだし、旦那様が寝に……新妻を抱きに来る所。

 だけど来ない、来なかった!



「来ないわ……」


 ベッドの中でボソリとつぶやく私。

 なんか拍子抜けした。

 これがいわゆる白い結婚か。

 せっかくブライダルエステを頑張ってたメイドさん達の努力のかいもなかったね。


 もしかして姉と結婚したかったのに妹が来たせいでがっかりした?

 なんで妻に望んだのがうちの家門の女がいいとか雑な指定をしたのよ。

 二人いるのを知らなかった?


 翌朝。


 鳥の声さえずりが聞こえた。


 やはり朝まで公爵は寝室に来なかった。

 実際私はまだ覚悟完了してないから助かったとも言えるけど、女としては恥はかいたわね。


 メイド達は今頃私の事を初夜にてスルーされた哀れな公爵夫人として認識するだろう。


 いっそ自分の体のどこかを傷つけてシーツに赤い染みを残す偽装くらいすべきだったかしら?

 でも公爵が昨夜自室以外で過ごしたのを知る人物がいれば私の虚しい偽装だとバレる。


 てか、あの人昨夜はどこで寝たのよ!?

 夜遊び!?

 城から出ないらしい引きこもりなのに!?



 朝食の場にもいない。

 ついに家令に訊いてしまう。


「公爵様は何故面識もない我が家門の者を妻にと望まれたのですか?」

「皇帝陛下が再三にわたり、結婚せよと言われたのと、夢見がなんとか申されていました」


「皇帝命令なら絶対に結婚しなければならないのはともかく、何故うちから……夢? お告げでもあったのかしら」


 引きこもりで他の貴族女性を知らなくて夢のお告げで出てきた家の女から……みたいな流れなの?


「おそらくは……」


 家令も公爵とはそこまで、仲が良くないせいか、詳しくは知らないみたいだった。


 謎すぎる。


「それで。あの方のどこが化け物なの?」

「申し訳ありません、奥様。私からはなんとも……」


 急に青ざめた家令の表情は意味深ではあったけど、深く考えても落ち込むだけだから、一旦私は考えるのを辞めた。



「では今日のスケジュールは?」

「執務室へどうぞ、公爵夫人としての、教育が始まります」


 ぎええっ! 勉強! 勉強嫌いの私は嫌だったけど、まだ逃亡資金も持ってないし、仕方なく執務室へ向かった。



 そしてそこに公爵はいた!!










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