化け物公爵と転生少女の事情 〜不遇かと思ったら溺愛!?〜

第1話 事故からの憑依転生

「ウィステリアは貴族のくせに魔法も使えない無能だ、家門の恥だからいっそ死んでくれたらいいのにな」

「そうですわね、まさかあんな失敗作が私とあなたから産まれるなんて」


 それは終わりのきっかけの記憶。

 私が憑依した哀れな少女の、両親の真夜中の密談。


 ◆ ◆ ◆


 私、ウィステリア・レ・ベルターニは売られる。

 化け物と言われるエドラール・ローセン・ブラード公爵の元に。


 年齢的に、ともすれば行き遅れになりそうなのは姉であるのに。

 姉が19歳で私は16歳になったばかりだけど、この世界は結婚が早いから私でもいいってことだろうけど。

 ともかく厄介払いを兼ねてと、結婚支度金に釣られ、私が売られるには違いなかった。



「お父様、お母様、私をあんな化け物のところに嫁げなんて言わないでください! 死んでしまいます! あそこに嫁ぐならウィステリアの方が相応しいですわ! 勉強もできないし、貴族のくせに魔法も使えない無能だからバルコニーから落ちるようなおバカさんですもの!」



 めちゃめちゃ馬鹿な無能ってディスられ、ごねられてる。

 イレザと言う名の実の姉に。

 そして結婚支度金を早速使い込んだのか、新しいドレスを着ている。

 私など、長くこの姉のお下がりの服を着てる。


 この体の本来の持ち主はバルコニーから落ちて死にかけたけど木の枝に引っかかり、死に損なう。

 家族がクソなので鬱って絶望して自殺未遂ってとこだ。



 そこに何故か日本で交通事故死した私の魂が入り込んだ。



 体に残る記憶でこの体の本来の持ち主のウィステリアがただ、貴族なのに魔法が使えないというだけでろくな教育も与えられず、愛情もかけられず、自殺未遂するほどこの世界に絶望してたのは分かった。


 美しく生まれても彼女の人生は辛く厳しいものだった。


 私は姉のイレザの憎らしい顔を見た。

 ウィステリアの、敵の顔を忘れないとでも言うように。

 いつか彼女の敵をとってやりたい。


 しかしこちらは多少おバカでも容姿はお前よりははるかにいいんだよね。

 柔らかく波打つ美しい金髪に紫水晶色の瞳。

 姉たるお前はありきたりな茶髪だものね。


 まあ、だからこそ私が、いやウィステリア憎いのだろうけど。

 姉は貴族としての一般的な素養、風魔法の才能もあるけど容姿がイマイチ。



 確かに道路で車に轢かれそうになってた猫をかばって死んだ20歳の筈の私が謎のファンタジーな異世界に憑依転生して、こちらにはあまり馴染めてはいないけれど、ずいぶんはっきり酷いこと言うじゃないの、このクソ姉。

 絶対に許せない。



「じゃあ、仕方ないわね。ねぇ、あなたイレザがそう言うのだし。伯爵家が公爵家の要望を断れる訳がないしウィステリアに嫁いでもらいましょう」


 生物学上の母たるものは、そう言って私を助けることなく夫の伯爵の腕に、甘えるように手を添えた。



「何故かは知らないがブラード公爵の指定が当家の娘ってことだし、仕方ない、分かってくれるな、ウィステリア」



 どうせ私に拒否権などないのだろう。



「分かりました」

「では、すぐに準備して北部に向え」

「はい……」



 前世の日本人時代の記憶がなければ耐えられなかっただろう。

 親や家族に愛されずに見捨てられ、化け物と呼ばれる男に殺されても惜しくない存在として差し出されるなんて。



 * * *


「はぁーっ」


 憂鬱な気分で北部に向う朝になった。

 季節はまだ肌寒い早春。

 初の遠出が地獄への道のりのようだ。


 前世では親切なオタクの友達が貸してくれた漫画や小説ばかり読んでて、勉強はあまりしなかったし、この世界にはろくな娯楽がない。


 見てくれだけは綺麗な女に生まれても、親の愛情も自由もウィステリアにはなかった。



 伯爵邸から出たら、もう馬車が目の前にあった。

 さっさと乗り込めと言わんばかりの家族が視線が痛い。



「ウィステリア、二度と帰って来ないでね。そんなことをされたら迷惑だから」

「公爵家に望まれたらそれは命令と同じなのだから、仕方ないの、わかってちょうだいね」


 プラス支度金という金に釣られたんでしょ?

 クソ母と姉はぶれないヒールぶりだった。

 仕方ないなんて言葉で強引に済ませるのだから。



「流石に殺されたりはしないと思うから頑張れ」




 なにが頑張れだよ、クソ親父!

 無責任な!



 そんな訳で化け物と言われる公爵の元に強制的に嫁ぐ事になった。

 年齢的に考えるなら、姉の方が先なはずだけど、

 化け物公爵の妻なんて嫌だとごねる姉のわがままで、この不条理である。



 ガタンゴトンと馬車は走る。

 日本の車と違って馬車のクッションは悪い。

 尻が痛いし、このまま遠距離を走るのマジで辛い。

 あのクソ家族と離れられるところしか今のところいいことはない。


 ラノベの恋愛小説とかはオタクの友達が貸してくれて暇つぶしによく読んでたので、何種類かこの手のパターンはあるのは分かる。

 これが恋愛パターンならまだ生存できる可能性ある。

 ジャンルがホラーの猟奇殺人系なら死ぬ。


 願わくばせめて恋愛ジャンルパターンであればなぁ。

 ━━なんて、そんな物語のようなことが私に起こればいいなどと考えるのは異世界転生の時点でおかしいからだ。



 オーダーメイドですらない、どこかの店で買ったらしい中古のウエディングドレスを持たされて、私とメイド一人は馬車で公爵家に向かった。


 付き添いのメイドは監視役だ。

 私が逃げ出さないように。


 無能で愛されない存在だから、確実に生贄にするために。


 馬車は無情にも順調に走り、ついに北部領地に差し掛かった。



 ワンチャン馬車が転倒してその隙に逃亡とかできないものかしら?

 などと考えるけど、それはそれで事故の衝撃で死にかねないな、などどつらつらと考えていたら、



「ウィステリア嬢、お迎えに上がりました」



 公爵の騎士たちが私を迎えに来たらしい。

 ここから馬車を乗り換えて行く。

 寒い。

 さすが北部。 

 早春でもまだまだ寒い。

 私は思わずコートの前をきつく寄せて身を震わせた。



 公爵家の豪華な馬車には一人の騎士が同乗し、メイドは他の馬車に移動された。


 ……退路を塞がれた感がある。

 もう逃げるタイミングもなさそう。

 馬車はまだ冬にしか見えない森の中に作られた道を走る。

 白い枝木が亡霊のようだった。



 私は改めて覚悟を決めなければ。

 どうにか生きられたら、私は公爵夫人という権利者にはなれるし。

 一応訊いてみよう、まずは情報収集。



「ブラード公爵様は怖い方ですか?」


 まさか、本当に化け物ですか? とは訊けない。


「あまり語らず、静かな方ですので怖いと思われる事もあるでしょうが悪い方ではありません」

「はあ……」



 これをまるっと信じていいものか?

 私を乗せた馬車はついに公爵邸に到着した。



 それは威風堂々とした立派なお城だった。

 屋敷レベルではなく、これは城!

 流石公爵様はちがうわ。


「何か必要な物がございましたら、お申し付けください」


 出迎えたのは夫ではなく、家令であった。

 ……無礼だな。

 何故夫が来ないのか?

 まさかガチで化け物の容姿をしてるの?

 妻になる女がはるばるやってきて到着したっていうのに。


 社交界のパーティーにも出てないのによく身分を保てるね? 世襲だから?


 城内の廊下を案内されつつ歩き、家令の背中に私は声をかけた。



「そうだ、強めのお酒をください」

「お嬢様!?」


 家令は驚いて振り返った。

 私は着いて早々、公爵家の家令に大胆にもお酒を要求したのでこの反応も無理はない。

 でもこの世界の成人年齢は15歳なのでもう飲めるし、メイドも血相を変えたがどうでもいい。



 酔ってしまえば怖くないんじゃない?

 と思ったし、出迎えにも出てこない夫となる人への敬意はないので。

 到着早々酒など要求する女もいないだろうが、

 周囲の使用人達には、あ、察し! みたいな顔をされた。



「かしこまりました、式は明後日です、飲み過ぎには注意されてください」


 一礼をして家令は去った。


 婚約期間をすっ飛ばしていきなり結婚とか貴族としてはおかしい流れだ。


 私は案内された自室、公爵夫人の部屋らしきところの豪華な椅子に腰掛けて、早速飲むことにした。



 公爵家の使用人は大理石のテーブルの上にちゃんとチーズやナッツなどのツマミも用意してくれてる。


 よし、さっさと壁際に待機してるメイドも人払いしよ。


「ありがとう、もう下がって、一人で飲みたいので」


 監視役のメイドも目障りだからドサクサに紛れて下がらせた。


 人として、礼だけは言っておいてから、私はぐっと酒をあおった。



「ぷは~っ」


 などど公爵夫人になる女性が決してやってはいけないリアクションを一人でとってる。

 見た目だけは儚げ美少女なんだから、実態が今は私なので残念美少女なのよね。

 名前も藤の花のウィステリアだし、見た目は可憐なのにね。


 ……なんだかふわふわしてきた。

 お酒が回って来たのかもしれない。

 体も熱くなってきたし、ちょっとお外に出ようかな?




























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