豪華列車ジャパネスク急行殺人事件

桃福 もも

2,000字の一話完結ミステリー

どこの職場にもいるだろうか。まるで女王様のように偉そうな同僚。

井上美奈子にとって、佐久間真理子はそんな先輩だった。

始めは、コンビニ行くついでに、公共料金の振り込みを頼まれていただけなのだが、段々とエスカレートしてゆき、真理子が、仕事関係で知り合った、新進気鋭のフードプロデューサー、城島亨と別れてからは、家政婦のように支配されている。


断れば?と思うだろう。だが、その高圧的で威圧的な、根拠のない理不尽さには、逆らう余地がなかった。特に、城島亨の女性関係を疑って、精神疾患を患ってからは、病によって、逆らえない事情まで出てきた。


ふたりは、舞京鉄道まいきょうてつどうの客車係。勤務先である、豪華列車ジャパネスクは、最近はやりのコンセプト電車だ。

京都から舞鶴まで、景色を楽しみながら、おいしい料理が堪能でき、窓に沿って一列に並んだカウンターで、京都伏見のお酒が飲み比べできる。


本日の運行は特別に、最近の健康志向に合わせて、一切糖類を使わない、無糖料理のサンプル試食会が開催される予定だった。80名の参加者の内、8名がこのサンプル試食会の招待客である。

無糖も有糖も、見た目はどちらも同じだ。彩りよく、京都らしい、小鉢に盛られた上品な料理が美しい。


電車は7両編成。真ん中の車両は配膳車両として乗客の行き来はできない。客車は、前方と後方に3両づつ配置されているのだが、レストランは、2両づつである。

間に飲み比べカウンターとトイレの車両を挟んでいるからだ。

レストラン車両は、一両にテーブル席が8卓用意され、定員は4名の席が4卓、2名の席が4卓となっていた。試食会のテーブルは、一両目の前方に用意されている。


ホール係は、一両に一人。カウンターには日本酒ソムリエが一人配置されていた。また、3両に一人、ホール責任者という名目のアシスタントが付いている。


事件は午後1時過ぎ、メインの魚料理が出し終わったころに起こった。

無糖料理のサンプル試食会に招待されていた8名が、次々に倒れ、亡くなったのである。


車両はもちろん閉鎖され、乗客乗務員全員が一時拘束されることになった。

これほど大胆な大事件、解決は難航を極めるかに思われた。

なぜなら、走る電車の密室性からして、犯人が内部にいるとは考えにくいからだ。


だが、犯人は、内部にいた。

それは、前方3両のホール責任者、佐久間真理子だった。


乗客が車内を映したスマホ動画の中に、その証拠があったのだ。

トンネルを通過した時、それは偶然、窓ガラスに映り込んでいた。

車両には、配膳の最終調整をするための死角があるのだが、その乗客には見えない場所が、見事に映っている。

それは、真理子が、無糖料理用のデトックス水に、毒を入れているところだった。


逮捕された真理子は、殺人を否認。食中毒に見せかけるために、下剤を入れただけだと供述する。

だが、所持品からも青酸性の毒物が発見され、闇取引のメールなど、入手の痕跡まで残っていた。


亡くなった8名の女性は、いずれも亨に近しい人物であり、警察は、この豪華列車のプロデュースをした亨と、その相手の女性に復讐するために事件を企てたと断定。逮捕に至った。真理子はパニックになり、精神状態は悪化。供述が取れない状態だという。


8名の被害者は、いずれも既婚者で、有名な資産家であった為、週刊誌やテレビは、連日賑わいをみせた。事件は、真理子が関係を疑い、思い込みによる犯行として落ち着いている。


その報道を、ひとり眺める女がいた。

一両目のホール係、井上美奈子だ。彼女は、札束を扇に広げては、その数を数えていた。


美奈子は、真理子からの頼まれごとをこなすため、彼女の部屋によく出入りしていた。

そして、真理子の事情もよく知っていたのだ。


「つまり、既婚女性をたぶらかして、お金や地位を得ているってことですか?食中毒を起こすとか、亨さんも、ちょっとぐらい、ひどい目にあったらいいのに。そう思いません?」


このころ、城島亨は、ありがたいパトロンだったはずの、8名の既婚女性を、持て余すようになっていた。もはや、有名シェフ。かえってスキャンダルは命取りになりかねない。


美奈子は亨に近付いていた。

「私が何とかしてあげる。8人の女をジャパネスクに誘ってよ。無糖料理サンプル試食会を利用するの。あなたは、誘うだけでいいのよ」


その8名の夫も、妻が外で好き放題やっていることを知っている。できれば離婚したいが、財産の半分を失い、地位や名誉も傷つけられるのはごめんだった。


美奈子は、8人の資産家にも巧みに近づいていた。そして、対象者8名の殺害を、真理子を誘導し、実行したのだ。


「それにしても、偶然、窓ガラスに映りこんでいたなんて、ラッキーだったわ。私は私で、動画を撮っていたけど、同僚の私が表に出てしまったら、ここまでうまくはいかなかったわね」


美奈子は、数え終わった札束をテーブルに並べた。

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