オトウトセカイ

水槻かるら

前編

 その針山と名乗るスーツ姿の男はとにかくぶん殴りたくなるような顔をしていた。七三分けの髪型やら角ばった顔やら細すぎる目に対して言ってるんじゃあない。微笑だ。薄気味悪い顔面に、薄気味悪い微笑を絶え間なく浮かべ続けてるんだから、誰だってこの顔を見たら「こいつ、いきなりぶん殴ってやったらどういう反応するかな」と思うはずだ。思わない?ああそう…


「如月様はこの世界を見学する権利を、抽選で掴み取ったのです」


 車の後部座席に並んで座っている針山はそんなことを抜かす。どうやらこいつが言うには、この車が走っているのは俺が元いた世界とは別の世界で、世界番号#3452サンヨンゴーニーというらしい。ちゃんとした名前付けとけや。


「しかしなんだこの人だかりは。全然前に進めないじゃないか」


 カタツムリの如く進む車の周りには、別世界から来た俺を一目見てやろうという野次馬が殺到していた。そしてその人波のなかには、ワニやらブタやらネコやらといった動物の顔を持つ者もいた。どうやらここは――認めたくないものだが――針山のいう通り本当に異世界らしい。


「異世界からのお客人はそう珍しくありません。ここまで人が集まっているのはひとえに、如月様が#777ナナナナナナからのお客人だからでございます。この世界の人々はみな、#777ナナナナナナを尊敬…いえ、崇拝しているのでございます」


 物事というのは順序がある。なぜ俺がこんな世界に来てしまったのか、一から話してやろう。


「う~んゴメン!あなたとは付き合えないの。ほんと、ゴメンね」


 憧れの羽田野先輩に屋上で告白し、盛大に振られた俺、如月ギンジ18歳は、校則を無視して下校中にコンビニに寄った。


 なにか辛いことがあって落ち込んだ時には、ただ楽しいことが向こうからやってくるのを待ってるだけではダメなのだ。楽しい方向に自分で進んでいかなきゃダメなのだ。自分の機嫌は自分で取らなくちゃダメなのだ。という最もらしい言い訳を思いつく限り並べ立てて俺はプリンを手に取った。ただのプリンじゃあないぞ。季節限定のパンプキンプリンだ。


 レジに運ぶ。おお、外国人さんの店員だ、最近多いよなー俺には異国のコンビニで働くとか真似できねえなー尊敬するなー。どうせならここで令和製の小銭使ってやろう。なんか全然自販機対応してないもんなアレ。あ、レジ袋お願いします。あ、ありがとうございます。そうしてパンプキンプリン入りのレジ袋を手に取り、自動ドアを出ると…あれ?そこに現れるはずのコンビニの駐車場とマンションの立ち並ぶ景色はどこへやら、全く身に覚えのない場所へ飛ばされた。ん?と思い後ろを振り返るが、そこにあったはずのコンビニはもうない。


 しかし俺は、そこが異世界だとすぐには気付けなかった。なにせ異世界と聞けば、多くの人はRPGゲームの舞台のようなヨーロピアンな感じを想像するだろうが、俺が飛ばされた場所というのは、よう分からん雑居ビルのよう分からん非常階段の踊り場で、そこから見える景色ときたら隙間なくビルが生え散らかす東京にそっくりで、俺はてっきり群馬の田舎のコンビニから東京のよう分からん雑居ビルのよう分からん非常階段の踊り場に瞬間移動させられたもんかと思ったぜ。


 あれ~?あれれ~?なんてアホな声を出しながらあちこち見回していると、なにやら下からガタガタドンドン聞こえてきた。どうやら非常階段を全速力で登ってくるやつがいるらしい。手すりから顔を出し下を確認する。ここは六階辺りだ。そして二階から三階へと繋がる階段を走るスーツ姿の男(針山)を確認した。


「も、もっもももももっも申し訳ございませんでしたああああああああ」


 俺の前にやってきてゼェゼェ息を切らしてる男(針山のうんこ垂れ)は開口一番そう叫び土下座した。そんなデカい声でいきなり謝罪されてもワケが分からないので無言で黙っていると、男(針山のお金玉デカ男)はそそくさと立ち上がり、焦り顔はどこへやら気色の悪い微笑を浮かべると、どこからか取り出した名刺をご丁寧に渡してきた。針山シュウサク。それがこの男(カス)の名前だった。余談だが、今現在まで、針山の微笑以外の顔を見たのはこの時が最後である。


 そうして俺は、針山のうんこ垂れお金玉デカ男カスに導かれるまま黒塗りの高級車の後部座席に乗り込んだ。誘拐の可能性なんて考えつかないほど、とにかく俺は混乱していた。しかも針山横かよ。


 針山の話では、どうやら俺を召喚する際に座標をミスってしまい、おかげさまで俺はよう分からん雑居ビルのよう分からん非常階段の踊り場に召喚されたらしい。そして【世界はひとつではないこと】【今現在数万個の世界が確認されていること】【どの世界にもいわゆる魔術や亜人などが存在し、俺が元いた世界――#777ナナナナナナ――だけが唯一の例外であること】そして【この世界の住人は、#777ナナナナナナの魅力にご執心ということ】などを聞かされた。なるほど分からん。


「分からないね」

「なにがでございますか?」

「なにがいいんだ、そのぉ…ナナナナナナナ…あれ?」

「ナが一個多いです」

「うるさい。とにかく、俺の世界なんかよりも、こっちの方がずっと魅力的じゃないか。なにしろ魔術に亜人だぜ?それにどっかには、それこそドラゴンクエスチョンやファイナルファンタズマみたいな世界もあるんだろ?」


 現に今、この車を運転している老人の頭には、まったく似合わない猫耳がついている。おそらく先祖に猫がいるんだろう。いや案外、先祖に猫を蹴り飛ばして呪いをかけらているのかもしれない。


「そうではない。そうではないのですよ如月様」


そういう針山の口調は、どこか熱が入ったようで。


「現在確認されているありとあらゆる世界の中で、最も攻撃力のある魔法攻撃は、星座を魔法陣に見立て発動する禁術の爆破魔法です。ですがしかし、それすら足元に及ばない技術があなたの世界にはあるのです」


それはおそらく――原子爆弾や水素爆弾だろう。


「…失礼。例えがあまりよくなかったですね。」

針山はわざとらしくせき込み

「とにかく、ナナナナナナナの方々は」

「ナが一個多いぞ」

「世界に魔力が存在しない代わりに科学を極め」

無視だと!?

「遂にはどの世界にも科学力を手に入れたのでございます。我々はそのことに、尊敬の念を禁じ得ないのでございます」


 針山はパチン、と指をならした。すると、窓に張り付いていた顔の群れがどんどん下にスライドしていき見えなくなった。

「ただの飛行魔法でございます。タイヤの円に重なるようにして、魔法陣が形成されているのですよ」

しかしこれは、俺たちの世界にはない技術だ。魔法と科学の融合である。


 車はどんどん上昇する。立ち並ぶビルの屋上が見えはじめる。

「見てください、この景色を」

ああ、なるほど。ここはどうも東京らしいとは思っていた。しかし違った。らしいどころの話じゃあない。僕は見てしまったのだ。ビル群の中に雄々しく立つ、東京タワーとスカイツリーを。

「名付けて、東京ツー、いえ、日本2、でございます!ここだけではございませんよ、アメリカ2、イギリス2、中国2、ロシア2、ドイツ2、韓国2、イタリア2、フランス2…」


 なんということだ。完全には程遠いが、この世界はどうやら本気で俺たちの真似をしているらしい。きっと元々は、ドラゴンクエスチョンやファイナルファンタズマのような世界だったのだろう。俺たちの知らないところで、俺たちのことに憧れているやつらがいた。俺たちは#3452サンヨンゴーニーというまったく身に覚えのない弟の、自慢の兄になってしまっていたわけだ。

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