VR研修

渡貫とゐち

VR研修


「では、まずはVRを使った研修を受けてもらいます……どの部署だろうと関係なく全員が受けるべき研修となっていますので……」


 主な仕事が接客だろうと事務作業だろうと電話受付だろうと関係なく、全員が受けなければいけなかった。VR研修……、ようするに研修内容をVRでするってことだから……そこはやっぱり部署によって内容が違うんじゃないだろうか。

 よその部署の仕事内容が分かるので、ちょっと楽しみではあるけど。


 小型のVRが手渡された。スマホを差し込んで利用する形だ……、私の感覚だとヘルメット型を想像していたのでちょっと期待外れ……だけど、大事なのは内容だ。

 説明書通りに組み立て、ヘッドセットを被る。


「では、起動してください……研修は十五分ほどとなります」


 画面は個別なので、全員で足並みを揃えて見る必要はない……とは言え、座学研修の最中なので足並みは揃えないといけない。ぴったりくっつく必要はないけれど、あまりにも離れ過ぎてもダメってことだろう……、順々にVRを起動している同期たちを見て、私もVRを起動する――。

 視界いっぱいに広がる画面が変化し、研修動画が始まった。



 内容は想像していたものとは違うものだった。

 ――マイナス要素をこれでもかと詰め込んだ動画になっていた。……良いところばかりをアピールしても途中で嫌になる可能性が大きくなるので、まず最初に嫌な部分を見せてしまおう、ということだろう。

 会社に怒鳴り込んでくる悪質クレーマー、ネチネチと嫌味を言ってくる上司(これは個人が直せばいいのでは?)、セクハラ……パワハラやモラハラを肥大化させてVR上で体験させられた。

 既にこれがVRハラスメントにも思えたけど……これは私たちのためなのだ。


 転ぶ前に膝を擦り剥いておくみたいなものかな?


 怪我をする前に絶対に怪我をしない環境で転んでおくとか?


 ともかく、業務の途中で同じような状況になればかなり精神的に≪くる≫ものばかりだった。途中、産休を取ったことによる同僚や先輩から向けられる冷たい視線などは社風を見直せばいいはずなんだけど……、こういうのも慣れておけということ?


 そして、誰かが退職したことで仕事のしわ寄せが周りで働く社員にやってくるという体験もできた。自分が辞めることで多くの人に迷惑がかかるということを体験させることで、辞める時に一瞬の迷いを抱かせる戦法なのかもしれない……でも、辞める人はそんなこと関係なく、すぱっと辞めるよね? 今は退職代行なんかもあるわけだし……。


 十五分のはずだけど、もっと長く感じたVR研修が終わった。

 ヘッドセットを取るとどっと疲れが肩に乗る……これから先が億劫だ。

 既に五月病だった……周りを見れば、同期たちはみな同じように肩を落として気分が落ち込んでいた。VR上とは言え、リアルに限りなく近いVR上で嫌な部分だけを連続で体験させられたら軽い鬱にもなるだろう……。動画が洗練され過ぎて、現実そっくりだと仮想ではなくなる。予習の段階で心を壊していたら本末転倒な気もするけど……。


「みなさん、お疲れのようですね……ではもう一度、VRを使った研修をおこないます」

「え、また……」


「今度は社員旅行のVR体験です。今年はハワイへいく予定ですので、一足早く気持ちだけでもハワイへいってみたらどうでしょう? ……見えてくるのは綺麗な海、美味しい料理、広がる開放的な景色です――」


 ヘッドセットを被る。見えた景色はハワイだった……、ほぼ現実にまで解像度が上がった映像はまるで自分がハワイにいるのだと錯覚させられる。

 本当に一瞬でハワイへ移動したように――――え?


 ――押し寄せてくる津波、空を覆う暗雲、迫る嵐、感じる大地震……これは……?


「いつどこで被災するか分かりません。社員旅行中かもしれませんから、これも想定しておきましょう――VR避難訓練です」


 体が勝手に動く。

 避難しようとしてもVR上の映像なので、実際の私たちは研修室にいるわけで……、隣のパイプ椅子やデスクに膝をぶつける。痛みで椅子から転げ落ちた。

 ヘッドセットが外れて周りを見れば、みな、同じような格好で床に転がっていて……。



「想定が頭の中で完結する時代は終わりました。これからは全てVRが担当してくれることになるでしょう……ただ、解像度が高いことでまるで現実と勘違いしてしまうほどのリアルさがありますので、VR上で『初めて』を使ってしまう可能性もありますが……」




 …了

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