駅のホームの女
秋犬
ゆず蜜レモンは青春の味
嘘うそやだやだ! いいよって言ったじゃない!
私は電車の窓ガラスに映り込んだ情けない自分の顔を見る。ああ、こんな女フラれてトーゼンだ。不細工だしキモいしこの世から消えた方がいいんだ。こんなことになるなら告白なんかするんじゃなかった。痛いし苦しいし今すぐ死んじゃいたい。
電車が駅について、目の前のドアがしゅんと開く。私の顔が見えなくなった。今にも無くなりそうな気力を振り絞って、私は駅のホームを踏む。改札まで登る階段がとても長く見える。もう一生ここで過ごしてもいいかな。駅のホームの女。そんな映画ありそう。アハハ、バカみたい。
そう、こんなバカな女だからフラれるんだ。すぐ夢みたいなこと喋って、私はとっても面白いと思うんだけど、何だか他の人から見たら私は「イタイ人」なんだそうだ。
で、私もいっちょ前に恋をして、いっちょ前に勇気を出して告白したんだ。部活の先輩。「好きです、付き合ってください」って。そしたら「いいよ」って言うから、すっごく嬉しくてさ。もう嬉しくて舞い上がっちゃった。空気読めてなかったよね。
それで先輩と帰る約束して駅のホームで待ってたんだけど、そうしたら同じ部活の子たちが来て「アンタ調子に乗ってんじゃねえよ」「先輩がOKするわけないじゃん」って、言うから。そこに先輩が来たから「私のこと本気じゃないんですか!?」って聞いたら、うん、って言うから。
もう訳がわかんなくなった。だから来た電車に飛び乗った。先輩がなんか言った気がするけど、もう聞きたくなかった。失恋確定。青春の傷跡。イタイ黒歴史。
先輩、好きになってごめんなさい。こんな不細工でごめんなさい。
自分が悔しくてそのままホームのベンチで少し泣いた。いいよね、少しくらい泣いたって。だって失恋だよ? 泣く以外選択肢なくない?
先輩、ありがとう。私に少しだけ夢を見させてくれてありがとう。
「どうした、女子高生」
急に声をかけられて、私はびくっとなった。気がつくと女の人が私をじっと見ていた。
「先ほどから見ていたのだが、大丈夫か?」
女の人は近づいてきて、私の隣に腰掛ける。書類の入った大きなカバンに、パンツスーツにアップの髪の毛にバッチリメイク。いかにもエーギョーって感じの格好をしている。ちょっと格好いい。
「は、はい、大丈夫です」
「大丈夫な奴は泣いたりなどしないだろう?」
そう言うと女の人はカバンから飲み物をいくつか出してきた。りんごサイダー、ゆず蜜レモン、それから無糖の缶コーヒー。
「そこの自販機で買ったものだ、遠慮なく選べ」
それと一緒にティッシュを差し出してくる。やば、この人女子力高い。
「あの、えーと」
「礼などいいんだ、泣いている乙女にハンカチを差し出すのは淑女の努めだからな」
何それ、変な喋り方。
「これティッシュなんですけど」
「私の使用済みタオルなど受け取りたくないだろう?」
ふふ、変な人。
「よかった、笑ってくれたな」
女の人はにやりと笑う。私はゆず蜜レモンを貰って、カバンにしまった。
「青春の味だな」
女の人の言い方が面白くて、思わず私は笑ってしまった。
「何があったか知らんが、とりあえず元気になってくれてよかった」
「あ、あの、ありがとうございます……」
「景気づけにひとつ昔話をしてやろう」
先ほどまで笑っていた女の人は、急に真顔になった。
「昔々、いじめられて死にたい女子高生がいた。女子高生は毎日ホームを眺めていた。このまま飛び込んだら楽になれると思いながら、よっぽど酷い顔をしていたのだろうな。少女に話しかけた奴がいた。何を血迷ったのか、これでも飲んでくれって無糖の缶コーヒーを渡してきた。なんだお前、花を恥じらう女子高生がそんなオッサンくさいもの飲むわけないじゃないか、と。それが何だか面白くてな。それからその女子高生は無糖の缶コーヒーを飲むのが癖になってしまってな。まあ何だ、意外と世の中いろんな奴が見ていてくれてるぞってな」
女の人は照れくさそうに頬を掻いて、それから立ち上がった。
「じゃあな女子高生。お前も缶コーヒーを誰かに託すまで死ぬんじゃないぞ」
女の人はスタスタと階段の方へ行ってしまった。冷静になった私はスマホを取り出す。先輩からメッセージが鬼のように来ていた。
『さっきはごめん。あれは嫌いって意味じゃなくて、まだお互いのことよく知らないのに無責任に好きって言えないなって思ったんだ。ごめんな、重い男で』
なんだ、先輩も自分のこと重い奴だって思ってたんだ。そう思うと、何だかすっと軽い気分になった。返信で先輩に私も謝って、また明日も一緒に帰る約束をした。あー、なんだかバカみたい。
「帰ろ」
私は心の中で復唱した。ゆず蜜レモンは青春の味。私は青春を誰かに託せる人になろう、そうしよう、うんそれがいい。
私は立ち上がって、足取り軽く階段を登り始めた。
《了》
(1966字)
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