第七話 楽しい吉田家の夜

「ただいまー」

「あら、おかえり」


 お母さんが台所から顔をだして言った。

 家の中にカレーの匂いが充満していた。


「今日、文ちゃんのクラスに、天使さんと悪魔さんが来たんでしょ。どうだったの?」

「ん、まーまー」

「もー、文ちゃんたら、返事になってないわよ」


 まーまーとしか言えない。

 今日起こった事を、詳しくお母さんに説明すると卒倒するかもしれない。

 そのまま僕は二階にあがり、自分の部屋に入った。


 僕の部屋には靖子が居て、ちんまり正座して、僕のHな漫画を真剣に読んでいた。


「な、なにをしてるんだ?」


 びょんと靖子は宙に跳びあがり、あわあわと僕のHな漫画を机の下に投げこんだ。


「お、お兄ちゃん、おかえり」


 真っ赤になって靖子はずれたメガネを直し、正座して指を付き頭を下げた。


「えー、あー」


 Hな漫画を読んでいたろうと、指摘し糾弾するのが、なんか凄く照れくさい。


「そのー、せせせせ、お兄ちゃんの洗濯物を持って行けと母親に命令を受け、畳んでタンスに収納いたしました」

「あ、ありがとう」

「で、では、私は撤退いたします」

「う、うむ、許可する……」


 靖子は赤い顔で僕の横を通り過ぎ、部屋から撤退して行った。

 机の下を見ると、斎藤から借りたH漫画が広がって落ちていた。

 うわ、体裁悪いなあ……。

 とりあえず、本棚の後ろの秘密スペースへと、H漫画を輸送、秘匿した。

 小学五年生がこういう漫画を読むのはいかん! と猛然と思ったのだが、まあ、うー、しかたないので放っておくしかないなあ。


 妹の靖子は女の子にしては珍しく、お人形よりも戦車とか戦闘機とかが好きな子で、最近はシミュレーションゲームにはまっているようだ。H漫画とかにもはまったら、その先は腐女子とか言われるコース一直線な気がするなあ。

 やばいやばい。


 夕食のカレーを食べながらも、吉田兄妹は目をあわさず、ぎこちない雰囲気だった。

 吉田兄である僕も、吉田妹である靖子も、目線を合わせず、何も言わず、もくもくとカレーを食べる。

 吉田母が「どうしたの?」とか行ってくるが、吉田兄として、僕は「うんまあ」とか言ってごまかす。

 吉田父は新聞を見ながら、今日の事を僕から聞きだそうとしていたが、僕は適当に、いい加減な事をしゃべった。

 まあ、普通の一家団欒であった。


 夕食後、自分の部屋に戻り、パソコンのモニターでニュースを見た。

 お父さんのお下がりで、テレビも見れるパソコンモニターなのだ。本体は結構型落ちだ。

 良いノートパソコンも下がって来たのだけど、僕はあまりパソコンをしないから、良いのは靖子の部屋にある。

 ニュースで自分の学校の映像を見るのはへんな感じだった。

 斎藤がインタビューをうけていた。

 なんか上がってへどもどしていた。

 レビアタンとガルガリンの映像はプライバシー保護の関係か、一切写っていなかった。

 それで、雅谷マサオは、僕がレビアタンと別れてから出て来たのか。


「文ちゃん電話よ~」


 お母さんが下から大声を出した。

 だれだろう、斎藤かな?

 階段を降りて、お母さんから受話器を受けとった。


「はい、吉田です」

『あ、吉田くん? レビアタンです。こんばんわ~~』


 女の子からの電話なので、お母さんがにまにましながら、近くで新聞を片付けていた。


「な、なに用?」

『用はないの~~。なんか、吉田君の声が急に聞きたくなって~~』

「用がないなら切るよ」

『うわあ、まってよう、吉田君ひどいよう、普通は、「そうなんだ、僕もレビィの声を聞きたいと思っていたんだよ」って、言わないかなあ~』

「絶対にそんな事を言わない。たぶん死ぬまで言わない」

『吉田くんてぶっきらぼうさんなのね~~。ツンデレって言うやつかな?』

「デレは無し」

『無いのぉ。つまんないなあ~~』


 うるせえので、頭の悪いレビィちゃん電話をたたっきろうとしたときであった。

 チャイムが、ピンポーンポピンポーンと節をつけて鳴らされた。


「はいー」


 とお母さんが、引き戸を開けるとガルガリンが立っていた。


「こんばんわー、よしだ、遊びにいこうよ」

「おまえっ! 今何時だと思ってるんだ」

『わあ、ガルガちゃんずるいよう、私も行くよう』

「あ、あの、どちらさま?」

「あ、こんばんわ、お母さん、座天使ガルガリンといいます」


 ぺこりんとガルガリンが頭を下げた。


「んん、まーっ!」


 驚きと喜びがこもった吉田母の嬌声が玄関に響いた。

 お母さんは可愛くて綺麗な物に目がないのだ。


『わたしも、吉田君のお母様に挨拶にいくーっ!』

「くるなっ!」

『いくったらいくもん、おじいさま~~~』


 わ、電話放り投げてどっかに行ったらしい。


「レビィが来る前に行こうぜ、よしだ」


 ガルガが僕の手を引っぱった。

 僕はガルガの額にチョップを入れた。


「いたっ」

「中学生は夜に遊びにいってはならないのだ」

「え、そうなの?」


 ガルガが僕をみて目をぱちくりさせた。


「まだ宵の口なのに。バーとか行ってお酒をのんで、そのあと、まあその……」


 僕は、ガルガのほんのり赤くなった頬をひねった。


「いひゃい、いひゃい」

「そんなアダルトな夜遊びをする中学生がどこにいるかっ!」

「そういうのは大学生になってからねえ」


 お母さんが笑った。


『もしもし、この電話は切ってもよろしゅうござますか?』

「あ、ええ、はい、レビィはどうしましたか」

『お車でもう、お出になりましたよ。それでは』


 電話は切れた。優しい女の人の声は女中さんかな。

 僕は受話器を下ろした。


「中学生は夜遊びに行ってはいけないの?」

「あたりまえだ、校則にも書いてある! シスターさんは止めなかったのか?」

「? シスターは神の下僕だよ。なんで上級の天使のやることに口をだせるわけ?」

「お前はホームステイ先を間違ってるぞっ!!」

「まあまあ、文ちゃん、そう怒らないで、慣れない外国暮らしで、ガルガちゃんも解らないのよ」


 外国じゃなくて、別次元だ。


「こんばんわ~~!! レビィも遊びにいくっ!!」


 レビアタンも来やがった。

 ふと見まわすと、吉田父がキッチン方向から顔を出し、階段の上から靖子も顔を出していた。


「まあまあ、かわいらしい、あなたがレビアタンちゃん?」

「はいー、おかあさま初めましてー、悪魔のレビアタンです~~」

「帰れ、おまえらっ!」

「まあ、なんてことでしょう、可愛い天使さんと悪魔さんが、吉田家にきてくれるなんてー」


 お母さん、あなたは昨日、絶対に天使と悪魔に関わらない事ときつく僕に念を押していたような記憶があるのですが。


「遊びに行くのは駄目だけど、ちょっと上がってお茶でもいかが?」

「はい、ありがとうございます」

「わあい、うれしいです。あ、おじいちゃんたちは帰っていいよ~~。吉田くんに送ってもらうから」

「うむ、そうか、吉田さん、よろしくおねがいいたします」


 右翼の大物のお爺さんが頭をさげたので、お父さんが出てきて、これはこれはと言いながら、はいつくばるように頭を下げていた。


 お母さんが馬鹿二人をリビングに通し、靖子を呼んだ。靖子は照れくさそうにやって来た。

 なんだかなあ。


「おー、これが日本の庶民の家」

「わあ、狭いねえ」


 だまれ、失礼な悪魔め、ローンがもの凄く残ってるんだぞ。

 お母さんがミルクティーを出してくれた。

 お父さんが畳にあぐらをかいたので、ソファーの席を変わろうと立ち上がったら、お母さんにベルトを引っぱられた。

 靖子も床に女の子座りをしていた。


「うわ、可愛い、よしだの妹?」

「や、靖子です」

「うわー、かわいいなあ、靖子ちゃんよろしくねえ~~」


 なんという傍若無人な天使と悪魔なのだ。


「お二人とも、学校はどうでしたか?」

「楽しかったです、みんなと早くお友達になって、神の栄光をお分けしたいと思っています」

「レビィも楽しかったですよ~、早く仲良くなって、クラスのみんなを堕落させたいです」


 しんと、空気が凍った。

 お父さんが苦笑いをした。


「どうして、文ちゃんと仲良くなったの?」


 僕は天井を見上げて、紅茶をすすった。


「私と、レビィのどちらがクラスを掌握するかという事になりまして」

「まっぷたつに別れちゃったの、それでね、吉田君だけ棄権しちゃったので~~」

「よしだが好きと言った方の勝ちという事になったんです」


 吉田父母の表情が硬い。靖子も引きつり笑いをしている。

 なんだかなあ。


「そ、そろそろ帰れ、お前ら」

「うん、お茶ごちそうさまでした」

「おいしかったです~~」


 ガルガリンとレビアタンが立ち上がった。

 僕も仕方なしに立ち上がった。

 こんなやつら送って行かなくてもよさそうな物だが、夜だしね。


「また、遊びにきてくださいね」

「はい、またきます」

「また、遊びにきますよ~~」


 僕は、天使と悪魔を追い立てて、家の外に出た。

 もう、僕はこのまま闇の街に駆け出して、吉田家に帰りたくない。


 と、お月様を見上げて、そう思った。

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