50 初めての恋人は腕の中。
風が吹き抜けても、甘やかな優しい花の香りが満ちている。
輝かしい夕陽の中で、想い人からの想いを伝えられた。
ずっと見惚れていたいのに、涙が込み上がって、頬を転がって落ちてしまう。
「え、泣く? それは……嬉し泣きだよね?」
つられそうに泣きそうに顔を歪ませた気がするけれど、ルクトさんは笑いかける。
「は、はいっ……その、嬉し、涙でっ……」
「潤んだ目で見つめ返してくれるの、可愛いって思ってたけど……落ちちゃった」
一体どんな顔で、私はルクトさんの告白を聞いていたのだろうか。
力が抜けたみたいに笑うルクトさんをちゃんと見ようと、顔を真上に上げて涙を引っ込められるようにパチパチと瞬く。
「私も……私も――――好きです。堪らないくらい、好きです、ルクトさん」
目を見開いたルクトさんは、グッと何かを堪えるように口を閉じて、コクリと頷いた。
今まで我慢していた気持ちを、言葉にして伝える。
ルクトさんは、全部聞くために、まだ黙ってくれた。
「あうっ……その、私は、えっと……ルクトさんみたいに、想いを、詰め込んで伝える言葉を、全然、考えてなかったです……。ただ、好きって、伝えることしか考えてなかったのですが」
それだけで精一杯だったというのに、ルクトさんは私が気に入るであろう場所まで連れてきてくれて、絶景のそばで想いを伝えてくれたのだ。
私だって、この熱く、溶けるくらいの想いを、言葉にして伝えなくちゃ。
「出会った日から、ルクトさんがどんどん近付いてくることが、嫌じゃなかったんです。楽しげに笑っている横顔、多分、最初から惹かれていたと思います。近付いて、手を伸ばして、見惚れてるみたいに見つめてくるルクトさんには……なんだか、こう……」
思い返すと笑った顔ばかりが浮かぶし、私を見つめる熱い眼差しばかりだ。
「求めてくれるなら……差し出して、しまいたい気持ちになるんです」
コクリ、と息を呑んだように、ルクトさんの喉仏が動いた気がした。
私は絡むように差し込まれた指から逃れるようにして右手を動かし、掌を向かい合わせるようにして、握る。指を絡めた形で、ギュッと。
「優しくするとか、そんなつもりはなくて……ルクトさんにしてあげられることは、したいって…………どうやら、好きな人に、尽くしたい、みたいですね」
照れくさい。
懇願されるなら、差し出してしまう。
出来ることなら、してあげたくなる。
まさに、尽くしたいのではないか。
「それは、やっぱり……ルクトさんが私だけを見てくれるから。私だけを特別に扱ってくれるから。私のためにも、この手を引いて冒険に連れ出してくれるから」
熱い。熱い。熱い。
頬がこれ以上無理なくらい、火照っている。
左手で触れたら、風に当たっているからか、肌はそうでもなかった。でも熱くて堪らないから、押さえる。
「ルクトさんが、私を想ってくれているから…………そうしたかったんです。あなたが、求めてくれるから……だから、応えたかったんです。ルクトさんが嬉しそうに笑うから、もっと笑わせたくなるのは、そんなルクトさんを見るのが、私が楽しいからです。好きだからです。
尽くすと喜ぶルクトさんが見れるから、嬉しかったし、もっと喜ばせたくなったんだ。
言葉にすれば、気付かなかったことを自覚するし、より、実感も出来た。
「堪らないくらい私を好きだって、見つめてくれるルクトさんが好きです。私の方こそ……そんなルクトさんを放したくはありません。本当ですよ?」
またギュッと手を握り締める。
大きく目を見開いたルクトさんは、さらに顔を赤くした。キュッと強く唇を閉じたかと思えば、右手で覆って隠す。
「私だけのルクトさんだって、独占したいんです」
「っ……!」
「私の方こそ、ずるいでしょ? だって、ほら……ルクトさんについて行ける冒険者なんて、私くらいじゃないですか」
冗談みたいに笑って見せるけど、本当のことでしょ。
「ルクトさんの隣は、私のものです。私だけのものです」
小さく呻いた気がする。ルクトさんは、くしゃりと自分の前髪を握っては、恥ずかしそうに顔を歪めて、夕陽に向く。
「言質はとりましたからね? ルクトさんの生涯の伴侶は、私だけです。高嶺の花だからって、逃げちゃだめです。置いて行くのもだめです。この手を、放しちゃだめです」
握り合った手を上げて、強調する。
私の方に戻されたルビー色の瞳は、潤んで見えた。
「先ずは、恋人ですね。これであなたという男性を、私が独占です。この先もずっと、この手を引いて冒険へ連れて行ってください。ずっとずっとずっとです。生涯の伴侶なのですから、この先の時間は共にいてください」
この先はずっとそばにいる。
そんな言葉を、もう言った気がするけど、求婚の言葉になってしまった。
しかし、それはルクトさんだって、一緒だ。
生涯の伴侶は、私だけ。
先ずは、恋人関係から、一歩進む。
その先も一緒に歩んでいくのだと言ったようなものだから、彼だって求婚をしたも同然。
「好きです、ルクトさん。こうして、先に踏み出してくださり、ありがとうございます。私も手を放しません。最高に強くて、かっこいい素敵なルクトさんは、他の誰かに譲らないように、しっかり恋人の私を守ってくださいね」
目尻に涙があるとは思うけれど、私は微笑んだ。
心からの笑みで、交際の申込みを、快く承諾。
私達はもう、恋人。生涯の伴侶だ。
「……うん。うん。……ありがとう、リガッティー。……でも、なんなのっ……可愛すぎるって。あぁ〜参るっ。参ったぁ」
頷いたルクトさんは、いつもの笑みで、嬉しげに笑って見せてくれた。
でもすぐに、困ったように額を押さえるように当てていた右手で、くしゃぐしゃと前髪を荒らす。
「ずるいって……そんなん可愛すぎるって。傲慢みたいな言葉だとは思うけど……全部可愛いとしか思えないし、嬉しいし」
くしゃりと掻き上げたあと、その右手はサッと前髪を下ろして、胸の前に置かれた。
「そこまで言われるとか、思ってなかった。想像を遥かに超えて、オレを想ってくれてたから、なんか、もうっ……嬉しすぎで、ここ、爆発しそう」
もう耐えられないと言わんばかりに、ルクトさんは自分の膝に頬を置く。胸元のシャツを握っては、押し込んでいるみたいだ。
「……ずるいと、思うのですが」
「いや、そんなんずるいの内に入らないって。尽くすとか、自分こそオレを手放さないとか……リガッティーを想うオレのことを独占だなんて、そんなずるさは、大歓迎だから。もう好きにしていいよ。オレは、リガッティーのものです」
私のずるさまで歓迎するのだから、そこのところをつけ込んでいるのに……。
「オレに差し出すとか……可愛すぎるって、もぉ〜。ホント、好き。好きすぎる。最高すぎない? いや、最高に可愛いじゃん、無理、大好き、全部好き」
本当に嬉しさで爆発してしまったみたいに、好きという言葉を溢れさせるルクトさんは、とろんとした目で私を見つめてきた。
ルビー色の瞳は、潤んで、物欲しげに、見つめてくる。
ドギマギしてしまう。
いや、それ……その目をするルクトさんの方が、可愛くないですか?
もぉ~。と言いたいのは、私である。
ルクトさんだって、可愛いじゃないか。こちらも、好きが溢れる。
「えっと、ルクトさん」
「ん? 何?」
「腕を広げてください。抱き付きたいので」
恋人繋ぎで握った手を振って、私はそう要求した。
ルクトさんは、ギョッとした目に変わって固まる。
「えっ……?」
「なんですか? 嫌なんですか?」
抱き締めたいと言ったりとか、腕の中に閉じ込めたりとか、自分は我慢出来ず……みたいな言動してきたくせに。
ムッと唇を尖らせる。
「いや……オレから、言おうって思ってたのに……リガッティーからオレに来るとは……」
「……私が先に言ったので、私の勝ちです。さぁ、腕を広げてください」
「えぇ~っ。ここで勝負? しかも、オレの初負けって…………こう、で、いいですか?」
苦そうな表情をしているけれど、多分顔が真っ赤なルクトさんは、仕方なそうに腕を広げた。
私だって負けないくらい真っ赤だろうけれど。
ルクトさんの胸に飛び込む。
気持ち的には……だけれど。
そっと、距離を詰めて、ルクトさんの脇の下に腕を通す。背中まで回した腕で、ルクトさんをギュッと閉じ込めた。
ルクトさんも合わせてくれたみたいに、腕をゆっくりと動かしては、私の背中に手を置いて、自分の方に押し付けるようにして抱き締めてくれる。
「……やばいな。幸せすぎる……」
「……はい」
ぼそっと言うような小さな声量でも、もうゼロ距離だから、互いの声は聞こえた。
ルクトさんの左肩に顎を乗せて、腕の中のルクトさんの存在をしっかりと感じる。
心臓がバクバクと跳ねていて、今にも破裂しそう。
「心臓が……なんか」
「……私も、バクバクです」
「うん、バクバク……でも…………落ち着く」
こうやって抱き締めているのは、まだ慣れていないせいで、バクバクと心臓が跳ね回っていても、不思議と気持ちは落ち着く。矛盾しているけれど、互いにそう感じていた。このまま、眠ってしまいたくなるくらいの安心感。
すりすりとルクトさんが頬擦りでもしたのか、ルクトさんの頭と密着している方の左の頭に擦り付けられた感触がした。
そのあとに、深く息が吐かれたので、あることに気付く。
「わっ! 一日中歩いてたのに! 汗臭いのに、自分から抱き付いて、すみません!」
「あ! だめ! 放さない!」
「うぐ! うっ、ううっ! せ、せめて! せめて、【清浄】を!」
慌てて離れようとしたのに、ルクトさんは許さないと両腕で力強く締め付けきた。
背中に回していた腕では、位置的にも押し退ける力は出せず、逃れられない。
せめて、【清浄】の魔法で、汚れを落としたかった!
「いいじゃん、そんなの。オレだってそうだし、冒険した証だって割り切って。今、絶対に放したくない。まだだめ」
「ええぇ~……こんなことで、冒険した証を感じ取られたくないのですが」
諦めて、ルクトさんの背中に両手を添えたまま、抱き締められる体勢を受け入れる。
ならば、匂いを嗅ごうとすることは、やめてくれないだろうか……。
「リガッティーの匂いが、汗でよくわかるようになれば、それはそれで」
「やめてください! 余計嫌ですよ!」
「わかったわかった。どうせ、マンサスの花の香りが充満してるから、わからないって。もうマンサスの花の香りしかしないよ。気にしないで」
また暴れる私を、ルクトさんは宥めるために、片手で頭の後ろを撫でる。
私自身の匂いに興味を抱いていたから、それで嗅がれることを懸念していたの!
確かに、私も充満したマンサスの花の香りで、ルクトさんの匂いとかわからないけども!
私の頭を撫でていた手は、次は髪を撫でた。見なくても、指を中に差し込んでいることまでわかる。
砂埃とか、色んな汚れを受けて、きっとサラサラとは言えないだろう。
「髪。パサついてますよね」
「あ、うん。ちょっと絡まるね」
「ロングヘアーは、そんなものですよ」
「そうなの? なんか、潤いを旅の間中、保ちます。的な宣伝文句のヘアーオイルを見かけた気が」
「即買わなければ。ルクトさんを魅了する私の武器を磨かないと」
「武器ってっ、ククッ。いや、もう……その通りだけども。これ以上、夢中にさせる気なんだ?」
ルクトさんが笑うから、顎を乗せた肩が上下に揺れる。笑い声を押さえ込んでいる喉が鳴っている。それが、伝わるほどに、密着している。
「…………暗くなる前に、マンサスの花を摘んでいっていいですか?」
「あー、なんか、砂糖漬けにして食べるんだっけ? こんなところの野生でもいいの?」
「よく覚えてますね。人が手入れしてなくても、綺麗に洗えば、問題ないらしいですよ。なんだったなら、ここまで見事な満開だと、蜜がかなり甘いかもしれません」
前の私の花好きの語りの中にも、マンサスの花について話した。我が家の庭園にも植えてあって、この満開な春頃、枯れ始めるその前に摘んでは、砂糖漬けにしてお菓子として食べるのだ、と。
「砂糖漬けにもするつもりですが……一番は、ベッドヘッドや壁にでも飾ろうかと」
「ふぅん? ドライフラワーで飾るくらい、好きなんだ?」
「いえ、保存魔法をかけて、そのまま飾りたいです。……見る度、ここを思い出せますから」
わざわざドライフラワーになくても、魔法で瑞々しさを保てる。
ドライフラワーよりも、その方がいい。
「ありがとうございます、ルクトさん。こんなにも素敵な場所で、想いを伝えてくださって。最高な思い出を、より一層、素敵にしてくれて……とても、嬉しいです」
見る度に、ここを思い出す。見る度に、想いを伝え合ったことを思い出せる。
「……どーいたしまして」
そう応えるのが、やっとみたいに、ルクトさんは声を絞り出すと、またギュッと腕に力を込めた。
「色とりどりの甘やかな優しい花の香りのマンサスの花の道の先の、夕陽の絶景で告白…………各地で冒険して来たルクトさんならではの場所で告白、素敵すぎますよ。冒険者ルクトさんとしても、一人の男性としても、本当に素敵です」
「ん。……そう?」
「はい。最初に会った日から、もうやることなすことが、スマートでイケメンだとしみじみ思ってましたもの。さっきカッコ悪いだとか言いましたけれど、そんなことないですよ。思ったことなんかないです。さらっと可愛いって言い続けてくれますし、気配りが出来てかっこいい素敵な美形さんですよ、ルクトさんは」
「ホント? ……リガッティーがそう思ってくれているなら、何より。これからも、善処します。魅了される分、オレも魅了しないと」
コクリッと頷いたルクトさんに、私は笑ってしまう。互いにまだまだ魅了して夢中にさせたい。
私もすりっと頭を動かして、ルクトさんの頭に擦り付ける。
「オレも、部屋に飾ろ」
「マンサスの砂糖漬けは食べます?」
「ぜひ」
「では、家の者に作ってもらったらすぐに渡しますね」
くすっと、私は笑みを零す。
「……オレ、ぶっちゃけ、恋人関係は無理かなー、なんてちょっぴり不安だった」
「えっ、なんで不安になるんですか」
「いや、だって。貴族だと、恋人関係イコール婚約決定って感じでしょ? 想いを伝え合っても……やっぱり、リガッティーの親から許可もらわないと……なんて、返答が来るかもとは思ってた」
それはそうだ。一理あると頷く。
「オレにはリガッティーだけだから、気持ち的にはもう永遠を捧げてるつもり。でも、やっぱり現段階では、婚約とかは認められないでしょ?」
「そうですね……口約束だけなら、まぁ、なんとか。……その口約束だって……我がファマス侯爵家を攻略せねばいけませんね」
「……攻略のヒントをください」
「すみません。ルクトさん側の我が親の攻略方法は、ちょっと想像しにくくてわからないです……ルクトさんの人柄は否定されないですよ、きっと」
自分の親がどうやって結婚の申し込みをする恋人を許すかどうか。想像が出来ないのは、恋愛感情なく政略結婚をすると見られていたせいだろう。
でも、ルクトさんが嫌われるはずはない。いい人だもの。
「んー、人柄だって頑張ってアピールだけど。やっぱり、身分だよなぁ。ぐぅ~。身分を乗り越えれば、あらゆる障害をひとっ飛び出来るじゃん……! 歯がゆい……オレの腕の中にいるのに」
むぅ、と不満げな声を出しては、まだ頬擦りするルクトさん。
「あはは……。恋人関係を承諾するのは、当然ですよ。婚約と似たようなものです。もう未来の約束、予約、そんな感じですね。平民と貴族の違いもありますし、合わせられることは合わせていきましょう。今はまだ平民の身分のルクトさんと、貴族の身分の私だから婚約関係にはまだなれない、私達の最初の一歩の関係ということで」
「なるほど。婚約関係になる約束として、恋人関係ってことで間違いないんだ? よかった……。いや、平民の恋人だと、それはそれで世間体とか、大変だって、両親に怒られない?」
「ルクトさん……『ダンジョン』行きの無断外泊でもう、怒りはそれ以上高まらないはずです」
「え、ええぇー……ごめん……」
「謝るのはだめです。こんな最高な告白をしてくれたのですから、私は許します。そして、ここで想いを伝えてくれたルクトさんとの交際は、何がなんでも断固として譲らないので」
私はきっぱりと言い退けて、むぎゅっとルクトさんを抱き締めた。
「……嬉しすぎて、どうにかなりそう」と息を深く吐いたルクトさんは、独り言のように呟く。
「そういうルクトさんの方こそ。ご両親は、どう思います? 私ほどの身分差の相手なんて……そちら側だって大変だと思うのでは?」
「オレの両親……? ん~……学園入学前に遺言書を渡してきて、通ってこいって送り出したオレの両親? 流石に一年でAランク冒険者になったことに驚いてはいたけれど普通に喜んでくれたオレの両親? …………一切、反対する姿が浮かばないから、大丈夫だよ?」
「うっ、うーん~……そのうち、ご挨拶をしないとですね。互いに」
「……だな」
ルクトさんがルクトさんだから、親も親かなぁ~。
一年の最速最年少Aランク冒険者という実績のあとに、王子と結婚予定だった侯爵令嬢と結婚を前提としたお付き合いだなんて……さらなる驚きだろうけれど、今更って感じで受け止めてくれそうだ。うん。そんなご両親としか思えなくなった。
「と、とりあえず……交際を始めました、な手紙を送ってもいいですか?」と交際の報告の挨拶を手紙からしたいと言えば「あ、オレが送るよ」とケロッと承諾してくれる。文章、しっかり考えておこう。
「オレは身分差があるけれど、ちゃんと乗り越えることは可能だってことだから、全力で上り詰めて、堂々とリガッティーの隣に居れるように全身全霊で挑むから。……でも、リガッティーの家族が、なぁ……なかなか難易度が高そう」
決意表明をしたかと思えば、ちょっと苦笑を込めた声を出すルクトさん。
「前も言いましたが、別に冷血な貴族というわけではない、まともな家族なので、私が強く望む上に、身分差の解決もあるとなれば……確かに生易しくない道のりではないですけど」
「いや、そうじゃなくて…………オレは冒険者として誇りを持って自信満々に実績を見せつけるくらいしかないし、リガッティーはあらゆる分野で引っ張りだこになるくらい優秀じゃん? テオ殿下の言葉を借りるなら、何をやっても凄い、リガッティー。そのテオ殿下の大叔父様が、それで牽制してるんだよなぁ……身分だけじゃなくて、あらゆる能力で釣り合わないぞって感じの威圧、ヒシヒシ……」
なっ……! 大叔父様が、そんなに牽制をしたとは! 思ったより、きつくルクトさんを阻んでない!?
「そういうところも、認めさせないと。リガッティーの大事な家族に認められないと、リガッティーに悪いし、オレもそうなりたい。流石にリガッティーのあらゆる能力を超えるのは無理だから、オレはオレの得意分野でもっと優秀になってやる。他に出来ることも、やり尽くしていく所存」
前向きな決意を聞いて、ホッとする。
高嶺の花すぎる発言でもヒヤッとしたけれど、ルクトさんは物怖じすることなく、手を伸ばしてくれるのだ。
「現時点では劣るオレのこと、絶対に放さないで? リガッティー。もっといい男になってやるから。ずっと独占してて」
ルクトさんは、一際強く、自分に押し付けるみたいに私を抱き締める。
「私には不満なんてないですけど……もっといい男になってくれるだなんて、ますます手放せませんね。覚悟してください」
「ははっ。オレだって放さないから、覚悟して」
ルクトさんの嬉しげな声を聞いてから、しばらくそうやって、抱き締め合ったままでいた。
「……」
「……」
沈黙。だんだん、陽が沈み、空がかげってきた。
「あの、ルクトさん」
「……抱き締めるの、やめるタイミング……わかんないな」
誤魔化すとかではなく、本当にタイミングがわからないと言うルクトさん。
うん。抱き締めることをやめるタイミングっていつでしょうね。
初めて同士でわからない。恋愛初心者な私達。
「てか、リガッティーは細いから、折れる心配してたのに、結構力入れても大丈夫なもんだね」
「そんな、抱き締めたら折れるようなか弱い身体の人はいませんよ……」
「いや、でもさ……腰細いし……というか、薄くない? 身体薄いって。めちゃくちゃ抱き締めやすいんだけど」
私は、焦った。
ルクトさんの手が、腰を掴んでいる。
薄さを確かめるみたいに、右手でがっしりと横を掴む。
もう片方の腕はしっかり背中に回っていて、私を捕まえたまま。
「初めて目の前で見た時からそうだけどさ……ウエストの細さ、なんなの? このジャケットの下から見えて、なんかすげーより、細く見えちゃってさ。くびれ、細い、薄い……」
「ル、ルル、ルクトさん?」
「ん?」
「い、いきなり、触りすぎですよ……」
さわさわ。私のウエストを確認するために、右手が這っている。
細さを、薄さを、確かめるために掴んでは、輪郭をなぞるように動く。
「……いきなり? もう抱き締めてるのに?」
「いや……これは、抱き締めるの、
「………………!?」
全然そんなつもりはなかったのだろう。
ピタッと動きを止めたかと思えば、バッと両手を上げた。無害アピール。
「ち、ちがっ……オレはっ……単純に不思議でっ! ……触りすぎました、ごめんなさいっ」
両手を上げたままのルクトさんは申し訳ないのか、恥ずかしいのか、赤い顔を伏せた。
「恋人のルクトさんなら、別にいいとは思うのですが…………順序と、節度を守ってくだされば」
「ンンッ! ……ま、守る。守ります」
恋人なので、そういう触れ方くらいは許せる。
構わないけれど、いきなりは、やっぱりやめてほしい。
抱き締めるという行為で急接近はしたけれど、それ以上の接触でも、心の準備がいる。
そして、一線は超えない。ここ一番大事。
ルクトさんはブンブンと頭を振ったかと思えば、何かに気付いた顔を上げた。
「……やばい。……オレ、この告白ばっか考えてて、
私はどういう意味かわからず、目を瞬かせる。
ハッ! 今の話に直結する話か!
「いや、そういう危険とかじゃなくて!
まさかのっ、
「あっ……! 私も、野営経験に、意識が行ってて……全然、二人で一夜明かすことを、気にしてなかったです」
「えっ。そ、それは……安心出来る相手だと思われているってことに素直に喜べばいい? それともちょっとは異性として警戒とか緊張を覚えてほしいって悔しがっていい?」
複雑でいっぱいな表情を歪ませるルクトさんは、いつまで両手を上げているつもりなのだろうか。
「……ドキドキで眠れないのはお互い様なので……いっそのこと、朝までお喋りします?」
「…………名案」
初めての恋人と、初めての夜をお喋りで過ごして、朝を迎える。
出逢って九日目で、想いが募りに募って、伝え合っての交際スタート。
やっぱり、私達はなんだか、速く進んでいる気がするけれど、それでも手を取り合って、肩を並べて進んでいく。
遠ざかる夕陽の中で。
二人して、破顔一笑し合った。
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