遠出冒険で、最強冒険者と一歩踏み出す。

48 家から遠出へ出発。




 一番大好きな三階の中央庭園に行きたいなぁ。

 そう、ぼやいたら「また来てください。アリエットもご一緒に」と、また登城出来る理由を作って、テオ殿下は大叔父様と一緒に先に去ってしまった。



 第一王子の婚約で深い繋がりを持ったことが始まりで出会ったのに、その第一王子の婚約者という繋がりを断ち切っても、全然疎遠になりそうにない。



 私は多分、想像の三倍は、人望が厚く、そして恵まれているのだろう。

 自覚して、もっと大切にしていかないといけないな。

 そう思いながら、馬車へ向かう。


 先ずは、足取りが覚束ない義弟を労うべきね……。



「あ。エスコート、したい」


 ついでと言って、馬車の前まで見送ってくれたルクトさんとヴァンデスさん。

 ルクトさんが手を差し出すので、ルクトさんの手を支えに、馬車に乗り込んだ。

 でも、すぐには、手を放してもらえない。


「そういえば、明日は待ち合わせ場所でいいの? オレも参戦する?」


 明日。冒険者活動に出掛けることを阻まれることが決まっているから、ルクトさんが迎えに来るとまで言い出した。

 ネテイトを支えているスゥヨンが「ひえぇえ……」と小さく悲鳴を零す。


 我が家の騎士団の副団長は、私をエスコートしているルクトさんと、様子のおかしいネテイトとスゥヨン、そしてヴァンデスさんを見て、怪訝な顔をしている。


「大丈夫ですよ。あそこで、待っていてください」

「そう……わかった。じゃあ、明日」


 ルクトさんにそう答えれば、ちゅっと、ルクトさんがまたもや手の甲に口付けを落として、するっと手を放した。

 私も頬を赤らめてびっくりしたけれど、目撃した副団長も目が飛び出るほどの驚愕の反応をする。


「ネテイト様ネテイト様。自分は、副団長と作戦を立てます! お気を確かに! 明日は、全力で止めましょう!」


 スゥヨンはネテイトを揺さぶってから、馬車に放り込んだ。スゥヨンは副団長と同乗らしい。

 馬車の窓から、見送ってくれるルクトさんとヴァンデスさんに手を振り返して、王城から離れた。



「ネテイト。もう一度言うけれど、本当にお疲れ様。よく頑張ってくれたわ。ありがとう」

「義姉上……なら、考え直してください」

「それとこれとは別なのよね」

「……うぅっ……」


 向かいの座席で、ネテイトはぐったりと座り込んでいる。

 けれど、ファマス侯爵邸に着いた頃には、シャキッとしていた。


 馬車から降りると、鬼の形相で私に詰め寄ろうとした騎士副団長を、手を突き付けて止めて「全員を集めろ」と指示。



 次期当主が、ファマス侯爵邸内の者達を、集合させた。



 玄関ホールを埋め尽くす我が家の使用人達。


 婚約破棄を言い渡された日を思い出す。


 こうして、一同に報告したわね……。

 あれが一週間も前だなんて……。


 ……濃厚な日々過ぎて、かなり遠くに感じるわ。



「……皆、話は聞いた。義姉上あねうえを……任せてしまってすまない」

「ちょっと? ネテイト? 婚約についてが、先では?」


 心痛な様子で口を開いたネテイト。


 隣に立つ私は、指摘した。

 理解は出来るけれど、せめて、王家との婚約解消についてを、先に話すべきでしょう。

 家令と侍女長が、涙ぐんでしまっている。何人か、肩を叩いて、宥め合っていた。


「第一王子殿下と私の婚約は、無事解消されたわ。ネテイトが、冤罪を晴らしてくれた」

「それについては、解決だ。だが、まだだ。皆、心して聞いてくれ」


 重大な報告を、軽く流しすぎでは……?


 いや、本当に理解は出来るけれど……こっちの件も、ちゃんと重大に扱いましょう?


「我が義姉上殿は……っ!」


 そばにあった階段の手すりを握って、なんとか自分の足で立つネテイト。

 様子が沈痛すぎやしないか……。


 不安が波打つかのように、使用人一同に広がっていった。



「婚約破棄を言い渡された翌日から…………冒険者活動をしていらっしゃったッ……!!」



 明かされた事実。



   シーン。



 理解が追いつかず、一同の反応は遅れている。

 先にスゥヨンから聞かされていただろう副団長が、耐え切れず、咽び泣く。



 家令はよろめき、侍女長と肩をぶつけてしまったが、なんとか二人で支え合う。


 仲の良いメイド二人が手を取り合っては、青ざめた顔でその場で崩れ落ちた。


 どよどよと、動揺の反応を見せた使用人達。ネテイトと私を行き交う視線。

 私は、明後日の方向を見た。


「まだだ! まだ! まだあるんだ!」


 ネテイトは、死闘の中、窮地に追い込まれても立ち上がる戦士の如く、奮い立った。



「義姉上はッ……明日、三日も家を空けて『ダンジョン』に行く気だッ!!」



 またもや、告げられた事実に理解が追いつかず、静まり返る間が空く。

 副団長がいつの間にか四つん這い姿勢で、床を悔しげに叩く音が響いた。



 数秒経つと、喚声、絶叫、叫喚。


 死屍累々のように、使用人達がバッタバッタと倒れていく。



 ……酷い有り様だわ。


 私のせいではあるけれど、そんな地獄で焼かれている罪人みたいに苦しげにのたうち回らなくても……。

 私との温度差が……酷い。



「混乱するのはわかる!! だが! 僕達は、明日、義姉上を全力で止める!! 今はそれに専念してくれ!!」


 グッと拳を固めて、熱意を見せたネテイト。

 そんな熱血漢な義弟だったの?


 パンパン。


 私は手を横で叩いて鳴らし、ネテイトから自分へ注目させた。


「そう熱くならなくても、ちゃんと帰ってくるし、お咎めは勝手に抜け出した私だけに向けられるよう、知らぬフリをしてくれないかしら?」


 にこ、と笑みを見せたのだけれど。



 何言ってんだ。



 そんなしらけた目で見られた。


 スン……。

 この家のお嬢様なのになぁ……。婚約破棄を言い渡されて、解消したばかりの傷心中のお嬢様なのになぁ……。


「お嬢様が春休みの七日間、外出をやめてくださらなかったように……明日も出ていき、さらには無断外泊をします! 騎士団副団長と作戦を練りましたが、出来ることを、全力で尽くしましょう! 我々総出で、リガッティーお嬢様をお止めしましょう!!」


 スゥヨンまで力強く、熱意を込めた声を上げた。

 騎士団からは雄叫びが上がり、気合いを入れた声がそこらかしらと上がる。


 私との温度差よ……スン。


 スゥヨンも、そんな熱血漢な面があったのね。

 私を観賞してたとも知らなかったし、まだまだわからないものなのかしら……。


 

 今日は終わったので、労いのマッサージを受けて、ポカポカ気分で就寝のためにベッドに背中から沈む。


 ふぅ……。

 目を閉じたけれど、左の耳飾りに触れて、作動させた。


〔リガッティー?〕

「ルクトさん。こんばんは」

〔うん。こんばんは。大丈夫? ネテイトくん達〕


 苦笑の声で、真っ先に冒険を阻みたいネテイト達の様子を尋ねてくる。


「異様なほどに熱狂して気合いを入れています……」

〔ホントにリガッティーの家、面白いよなぁ……笑っちゃだめ?〕

「だめですねー」


 言いながらも、口元は笑みだ。きっとルクトさんも。


「念のためですが、ルクトさん。あらゆる手を使って阻むと思いますが、私としては掻い潜って脱出する自信はあります」

〔家から、あらゆる手を掻い潜って脱出……〕

「そう。侯爵家に仕えるだけあって、有能ですから、万が一に備えて……待ち合わせの時間までに来なければ、迎えをお願い出来ますか?」

〔お! いいね。オレはお嬢様の救出の役?〕

「あはは。家の者からしたら、拉致犯でしかありませんけど」

〔やだ、ひでぇー。役得かと思いきや、損な役回りなの?〕


 楽しくなったと面白がったであろうルクトさんに、酷いだろうけれど、ありのままを教えた。


 ルクトさん……あなたは、我が家の敵ですよ。残念ながら。

 出来れば、明日は顔を見せないで済みたいわ。敵の顔を覚えさせない方がいい……敵認定が、変わるまでは。


〔でも、まぁー。リガッティーを想ってのことだから、オレは悪役だよなぁ……〕

「なんだか色々とすみません……」

〔謝る必要はないっしょ。事実、今は認められないって睨まれて当然。オレはこれから、認めてもらわないといけないからさ〕

「……ですね」


 ちょっと声が、小さくなって、雑な相槌になってしまった。


 身分差があるのに、親しい仲なため、高位な貴族の家に仕える者としては、快く応援は出来ないだろう。

 さらには、侯爵令嬢を冒険者活動に連れて行くのだ。


「本当に睨まれてしまい、すみません……。大叔父様も、なんだか、すみません」

〔あれ? やっと気付いたんだ?〕

「えっ。つまりは、前から険悪だったのですか?」


 ギョッとしてしまう。ずいぶん前から、牽制を受けていた口ぶり。


「レインケ教授の研究室からですか? 気付かなかった……なんでまた……」

〔あー……多分、婚約白紙が確実だって、会話を聞いて、オレが目を輝かせたからかな。それから、オレの下心に、牽制、かな〕


 ルクトさんの気持ちに気付いての牽制、か。

 ん〜。大叔父様からすれば、自分の一族に嫁ぐはずだった可愛がっている令嬢が、平民の青年が狙っていてそばにいるなら、目を光らせたかったのだろうか。


〔やっぱり妬いちゃうなぁ……。オレとの時間が、七日だけだもんなぁ…………〕

「……その話は、しましたけど…………私も、早く会いたかった、という気持ちはありますよ」


 家族との絆、それから過ごした時間の量の差。

 それらに嫉妬したと白状したルクトさんに、これからはずっといると、匂わすだけの言葉を伝えた。


 ルクトさんがこれからもずっと。

 冒険へ連れ出してくれるなら。

 これからは、ずっとだ。

 同じ時間を、たくさん過ごせるだろう。


 それでも、過去に会えなかったことは、残念な気持ちがある。

 もっと早く会いたかった。

 それでもきっと、惹かれ合った気がする。


 婚約白紙になるところで、出会えたから、タイミング的には、よかったはず。


 けれども、ないものねだり。

 振り返る過去にも、一緒に過ごす時間が、たくさんあってほしかった。



〔――――〕

「……あら?」

〔っん? どした?〕

「あ、いえ。家の者の動きを把握しようと【探索】魔法を発動したら……」


 むずかゆい沈黙になっている間、手持ち無沙汰のようになったので、大胆な阻止を警戒するためにも、【探索】を発動。


「……監視者。いませんね」

〔あー……そっか。本当に解放されたんだ?〕

「ええ、そうですね。……結構、寂しいです」

〔監視者なのに?〕


 ルクトさんは、苦笑を含んだ声を出す。

 まだ王妃教育の過程で知った情報漏洩を禁じた契約書にサインをしていないのに。

 もうあっさりと、監視から解放されたのか。


「監視対象には過ぎませんでしたが、今日もそのおかげで援護になる証言をしてくれた味方です。ここ七日はしっかり存在を感じていたので、消えてしまった喪失感が、確かに胸の中にあり……やはり寂しいです」

〔あぁー、それを言うなら、三人で冒険したってことになるな。大会議室で、隣にいた人が、監視者だってことだろ? 見えてなかったけど、あの人がオレ達の冒険についてきてたのかぁ……変な感じ〕

「わかります。変な感じですね。多分……あの人、四年前から、もう私の監視者だったと思います」

〔え? なんでそう思うの?〕

「確証はない話ですよ。んー……やはり、寂しい」


 繰り返し、口にしてしまう。

 腕を上の方に伸ばして、他の家の者達の気配を感じる。でも、間近にあったけれど、正確な位置を把握し切れなかった存在は、もうない。

 口寂しい感じだろうか。


 ふと、思う。

 私には監視者という目に見えない存在がいて、家には今も働いて動き回る者達がいる。


 けれど、ルクトさんは?

 彼は今、一人暮らしだ。


「……ルクトさんは、三年も、一人暮らしなのですね」

〔ん? んー。まぁー。慣れたよ〕


 慣れたよ、か。寂しくはない、とは言わない。

 ルクトさんはそういうことを言わない。否定はしないから、その気持ちはあるはず。

 でも、おくびも出さないで、いつもの調子でいる。


 だから、私は想像しか出来ない。



「…………おかえりなさい、ルクトさん」



 誰も待っていない家に帰ったルクトさんを瞼の裏に浮かべた私は、言いたくなってしまった。


〔…………はあ〕

「は、はあ?」


 吐き出された息が頭に響くように聞こえて、思わず起き上がる。呆れられた!?


〔会いたい〕

「えっ」

〔早く朝になってほしい。……眠れるかな〕


 別に呆れられた息ではないようだ。

 ヒヤリとしたけれど、胸をさすって、また横たわる。


〔いつか、リガッティーの生まれ育った家、見れるかな?〕

「……そうですね。案内します」

〔うん。ネテイトくんに、毒蛇を排除させておくように言ってね〕

「ふふっ。はい、そうですね」


 ルクトさんは今、我が家の庭園を想像しているのだろうか。幼い頃に、ネテイトを案内した庭を。


〔リガッティーは、花が好きだから……立派な庭園なんだろう?〕

「王城の庭園には負けます」

〔あれは確かに立派だった。学園の庭もすごいもんなぁ〕


 少しだけ、我が家にあるものを他愛ない話でしたけれど、確認してみた。



「ルクトさん。冒険のあとに……今話したような、帰る家が、心休まる場所でありたいですか?」



 誰かが出迎える貴族らしい家。

 歩き回れば立派なホールや、庭園がある。

 きっと、今までルクトさんが住んだことのない豪邸。

 爵位を授かれば、それ相応に、そんな家に住まないといけないだろう。


「しばらく、数日くらいでしょうか。ゆったりと、身体も過ごすのです。身の回りの世話をしてくれる仕える者もいて、快適さのある家は……どう思いますか? いつか、将来……そんな家に住みたいと思いますか?」


 ルクトさんは、貴族の家らしい家に、帰りたいと思えるだろうか。

 今まで駆け抜けるように冒険者活動をし、そして一人の家に帰って来たであろうルクトさんに。

 そんな風な生活をしてもらえたら嬉しいけれど、ルクトさんとしてはどうだろうか。


〔……いいな。それって、相棒と自由に冒険したら、手を繋いで帰る家ってことだろう? そんな未来の家…………帰るのが楽しみだな〕


 頭に響くように、優しい声が耳から伝わる。

 優しくて、それでいて温かさまで感じた。


 そっか……。私(あいぼう)がいれば、そんな家でもいいのか。

 本当に、楽しみだ……。なるべく早く、そんな家に帰ってほしい。


 笑みが零れてしまう。



〔ん~……はあ。会いたい〕



 背伸びでもした声が聞こえたかと思えば、また息を吐いての言葉。


〔もっと話したいけど……ちゃんと朝の脱出のために、睡眠は十分とるべきだな〕

「はい。遠出の冒険なのですから、睡眠不足ではいけません」


 わざとらしく固い口調になり合いながら、そう睡眠は大事を唱えた。

 そして、笑い合う。


「では、明日。おやすみなさい、ルクトさん」

〔うん、明日。おやすみ、リガッティー〕


 囁くように、それでも、ちゃんと声が届くように。

 眠るように、挨拶をして、通信を切った。




 春休み九日目の朝。

 いつものようにお一人外出の際に着ていたズボンスタイルに着替えて、長い髪を高い位置の後ろでしっかりと束ねた。


「おはよう、義姉上あねうえ

「おはよう、ネテイト」


 食堂に行けば、すでに定位置に座っているネテイトが朝食をとっている。

 我が家は、当主がいなければ、先に食べてもいいことになっているので、私を待つことなく先に食べ始めたのだ。

 私もネテイトの向かい側に、座った。


「あら、ごめんなさい。言い忘れていたわ。朝食は不要よ。ごめんなさい」


 私の分の朝食を運ぼうとしたメイドに、申し訳ないと眉を下げて見せる。


 メイドは衝撃を受けた顔で固まった。

 ネテイトも、魚のソテーを切っていたナイフをガチャリとお皿にぶつけてしまう。

 二人だけではなく、そばに立っていた家令まで、一緒になって、ずおおんっと暗雲を頭上でまとった。


「本当に、ごめんなさいね。作ってもらったのに。あっ。? そんなことしないわよねぇ、ふふ。あなた、食べてくれる?」

「……はいぃいっ」


 にこやかに、心底愉快な気持ちで、にこやかにネテイトに向かって言ってから、私に朝食を運ぼうとしたメイドに押し付ける。

 泣きべそかいた声で頷くメイド。


 朝から異常な緊迫な空気が張り詰めていたから、食事を回避すれば、図星。

 図星を確信してから嫌味を言ったけれど、せめて隠したらどうかしら。失敗したことを。


「で、では……義姉上は、どうして食堂へ?」


 ピクピクと口元を引きつらせた無理矢理の笑みで、意趣返しをしようとしたであろうネテイト。

 朝食をとらないのに、何故食堂に来たのか。

 もう朝食に眠り薬を盛ったと、認めたようなものなのに……。


「ついよ。習慣だもの。せっかく来たから、朝の紅茶でも飲もうかしら」


 朝の習慣で食堂に来たと言い訳。そして同じく、朝の紅茶を飲むことにする。

 パッと別のメイドが、顔を明るくさせて、紅茶用のワゴンを押して来た。


 ……あなた達、薬を盛ることが初めてだからって、顔に出しすぎでは……?


「ああ、自分でやるわ」

「え”っ……い、いえっ。お嬢様に自らだなんて、そんなっ」

「そういう気分なの」


 ワゴンが手が届く範囲にあるのをいいことに、カップを取る。

 慌てた手付きで、水を温める魔導道具を作動させては、ティーパックを一つ取り出したメイド。


 それを奪い取るようにして、カップの中に置いて、私は魔法で生み出した水を、火で包み込み、とぷっと温まった水を淹れた。

 火属性は一番不得意だけれど、これくらいは使える。

 すぐにティーパックの中の紅茶の味が広がるように改良されたものだから、そんなに待たずに済むだろう。オレンジティーだから、爽やかな匂いを堪能する。


 メイドは、青ざめて絶句していた。

 予想通り、水の方に眠り薬を仕込んだのだろう。流石にティーパックに眠り薬をしみ込ませてはおけまい。


 またもや失敗をして、肩を落としてずおおんっと、目に見えて落ち込むネテイトと家令。

 もうちょっと隠しなさいって。隠す努力をする余裕もないの?


「……あれ? 義姉上……その耳飾り……先輩と似ているような…………?」


 落ち込んだ顔を上げると、ネテイトは左耳に注目した。


「……そうね」

「…………何やってるんだよ」


 曖昧な返答に何を思ったのか、サァーッとみるみるうちに青い顔になったネテイトが、わなわなと震え出す。


「き、昨日も!? 昨日もなのか!? そんなリスクッ!」

「私だって、彼らが来るなんて、知らなかったのよ? それに心配するような物じゃないわ」


 ツン、と言い返して、紅茶を啜る。

 ルクトさんと似すぎている耳飾りをつけ合っていることに今気付いて、とんでもないリスクがあったことに恐怖で震えている。


 私だって会談に来ると知っていればつけていなかった。でも、彼の登場を見てすぐに髪で隠した。

 黒髪の中だから、誰も気付いた人はいなかっただろう。こうやってポニーテールにしていれば、遮るものがなくなって、光りの反射で赤く煌めく。

 気付いて指摘されても、通信具だと答えるから、男女としての親しい仲を示すペアルックではない。



「ごちそうさま。じゃあ、行くわ。留守を頼むわね、ネテイト」


 ネテイトの返答を待つことなく、私は立ち上がって、食堂を出ようとする。


 扉を押し開ければ、侍女長が立ちはだかっていて「お覚悟!」と何かを勢いよく吹っ掛けてきた。


 人差し指を軽く振って、魔法で生み出した風で、かけられた粉をそのまま吹き返してやる。

 粉を顔に浴びて、吸い込んだ侍女長は、後ろに従えていた侍女二人とともに、その場に崩れ落ちた。意識はあるけれど、動けない様子。


 痺れ薬ときたか……。

 仕える家のお嬢様に、眠り薬から痺れ薬……物騒な家になってしまったものだ。


「なッ……!」


 ガタリとネテイトは、完全に不意打ち出来たと思っていたのだろう。信じられないという顔だ。



「ネテイト。? あとは、外の玄関前で騎士団と直接対決だけ?」


 フッと、意地悪に笑ってしまう。


 残念ながら、侍女長達が食堂の扉の前に待ち構えていたことは【探索】で知っていたのだ。


 さらには、外には恐らく、今いる騎士団が勢揃いで配置されている。

 言い当てられたことに、ネテイトが動揺の表情を見せた。


「私が正面から出るってよくわかったわね。ずっと窓から出てたのに」


 コロッと笑っては、私はそのまま、動けないでいる侍女長達を横切って、玄関へ向かう。


 窓からの脱出を警戒されて、人員配置はバラけると予想していた。

 もう、どこで何をしていたのかが発覚したから、正面から出ていくと、彼らも予想したのだろう。


 玄関先に、騎士団が勢揃いで、もう剣を抜いて、構えていた。


「リガッティーお嬢様! 手荒な真似で取り押さえられたくなければ、おやめください!」


 強敵を目の前にする戦士の目で、我が家の騎士団の副団長が、一喝するように野太い声を放つ。


 全然そんな気がないから、言葉が合ってないのよね……。


 そうでもしないと私の意思が変わらないくらい、知っているからこそ、かしら。

 力尽くを行使する気しかない騎士団。

 この七日間、出し抜かれたので、油断しないように張りつめているのだ。


「こちらのセリフよ。全員、責任を免れるように知らないフリを提案したというのに……こうなっては仕方ないわね」


 腰に右手を置いて、強く言い放つ。視線は鋭く、彼らを見据えた。



「全員が全力を尽くしても、止められなかったことにしましょう。



 ニヤッと口角を上げて宣戦布告をすれば、騎士団がさらに身構える。



 なかなか、悪役令嬢顔が出来ている気がするわ、今。


 立ちはだかる、ワガママで、悪っぽいお嬢様。


 流石は、悪役令嬢転生者ねぇ。



 トンッと、横へと移動する。


「っ!?」


 後ろから接近する気配を避ければ、ナイフを振り下ろした家令が大いに空ぶって、転倒した。


 多分、眠り薬か痺れ薬を塗ったナイフだろうけれど……物凄くアウトでは?

 成功したとしても、それはそれで、咎められるわよ?


 手放したナイフを拾ってあげて、サクッと手の甲をそれで切ってやって、返してやった。

 どうやら即効性の痺れ薬だったようで、家令はすぐに握らせたナイフを落とす。


「義姉上ッ!!」


 これまた仇のように睨みつけてくるネテイトが、ぶわっと水をまとわせた剣を構えた。


 彼らに闇魔法の使い手はいないから、足止めの類が多くあるその魔法が使えないからって、本当に戦いで止めるのね……。

 それでいいなら、別にいいのだけれど。勝算は、私にあるもの。


 寄ってたかっての総動員で止められなかったあなた達は、その後、精神面的にも大丈夫?



「ネテイト。家の中でやる気なの?」


 スラーッと、腰の剣を引き抜く。


「止める!!」


 ラスボスと対決する戦士か! とツッコミたいけれど、真剣なのでやめてあげた。


 ネテイトが水魔法の付与をした剣を叩き付けに来たので、私は剣を交えて受け止める。

 


「!?」


 驚くネテイトに、私はクイッと片方の口角を上げて見せる。


 簡単なこと。同じ水魔法を少々使って、接触したところから、魔力で乗っ取り、奪ったまでのこと。

 魔力操作が繊細とまで、エリート学園で周囲に高く評価された私には、造作もない。


 動揺した隙を突いて、ネテイトを押し返す。


 そして、後ろに向かって、奪った水魔法を斬撃として放つ。

 鋭利さは取り除いたので、水の刃というより、一線の水打ち。

 押し飛ばすには十分の威力だったため、受けた騎士団はよろけた。


 その騎士団の集中が乱れた瞬間を見逃すことなく、副団長の元へ。

 受けて立つと、構えた副団長は予想通りに、私の剣を下から受け止めてくれた。


 そのまま、全体重を剣にかけるように、私は浮かせた自分の身体を――――飛ばすために、風魔法を使う。


 交えた剣をバネにするように、騎士団の頭上を一回転しながら超えた。



 ザァッと地面に着地しながら、右手を当てて、闇魔法を発動。


 ヴゥンッと地面に広がる真っ黒な影が、騎士団の影を呑み込んだ。その影の持ち主は、地面に縫い付けられたかのように、その場から足を動かせなくなる。まさに足止めに最適な闇魔法だ。


 あとは、そのまま、正門を出ればよかったのだけれど。



   カッ!



 白い発光。地面の闇魔法が掻き消された。


「はははっ! リガッティーお嬢様の闇魔法対策をしないとお思いで!?」


 高らかに笑ったのは、騎士団の中に紛れ込んでいたスゥヨンだ。

 手には、灯りの魔導道具。


 こういう影のような魔法で呑み込む闇魔法を打ち破るための灯りの魔導道具。

 光魔法ではなく、本当に単なる灯り。

 こんな風に影を媒体にする闇魔法は、影を消されてしまえば、効力がなくなるので、目が眩むほどの発光で十分。


 むぅ。

 寄ってたかってのくせに。大人げない。

 高笑いなんてしたら、そちらが悪役に見えてくるわよ。



 そこで、左耳の元に熱が灯った。

 ルクトさんからの着信。素早く、コツンと人差し指に魔力を込めて、赤い耳飾りを揺らした。


「はい?」

〔ごめん! 今家が見えてるところ! 光りが見えたけど、大丈夫!?〕


 結局心配して、ルクトさんが家のそばまで来たようだ。


「では、門を越えるので、【ワープ玉】を」

〔わかった!〕


 ルクトさんならすぐに【テレポート】で門の前まで来るだろう。待たさないように、行こう。

 まだ門まで、距離があるけれど。


「行かせるな!」

「挟み込め!」


 ネテイトと副団長が、怒号のように声を飛ばす。


 門にも、騎士が配置されているのよね。多分、戦闘にも自信がある使用人もちらほら。

 念のための防止措置か。時間稼ぎをしている間に、挟み込んで確保という予備策。


 私がその門の方へ駆ければ、風属性持ちの騎士が、風で加速して追いついてきた。


 剣を鞘に戻して、両手を振れば、簡単に闇魔法で眠って倒れる。

 近付けば、闇魔法で眠らせるなんて造作もない。


 それを思い出して、前方の騎士達が身構えた。



 ずどぉおおんッ!



 誰の土属性の魔法かはわからないけれど、目の前で岩が生えてきて巨大な壁として阻んだ。


 そこまでする? もう。


 呆れつつも、私はその壁の上を見据えて【テレポート】を使用。

 私は、瞬時に、そこに移動した。


 最初から【テレポート】を連発すれば、簡単に正門から出られたけれど、全力を尽くすと意思表示していた彼らのために、付き合ってあげただけなのよね。

 でもルクトさんも来てしまったから、もう行かないと。


 すると、シュッと、ルクトさんが同じ壁の上に現れた。


 驚いたけれど、【ワープ玉】を差し出されたので、手を置いて発動。


 パリン、なんて音は鳴らず、ただ砕けた【ワープ玉】によって『ハナヤヤの街』の転移装置の上にいた。



「いやぁ……リガッティーの家って、ホント……」

「おかげで、朝食を食べ損ねました。いいですか?」

「えぇー……盛られそうだったってこと?」

「はい」


 はいはい。笑ってはいけないけれど、面白いんですね。


 苦笑いだけれど、ルクトさんは私が笑い退ければ、同じ笑みを返してくれる。


 無事、家から出掛けられた。

 『ダンジョン』へ出発前に、軽く朝食をとろうと、初めて『ハナヤヤの街』へ足を運んだ。



 

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