31 指名依頼の真の狙い。
遅すぎる昼食を済ませて、王都へ【ワープ玉】で帰ることにした。
すぐに、冒険者ギルド会館へ。
「こんにちは! レベッコさん!」
今日はレベッコさんに会えて、対応してもらえた。
「こんにちは。リガッティーさん、ルクトさん」
微笑んで出迎えてくれたレベッコさんは、二回目の『黒曜山』の依頼に、ピクリと眉を上げる。
一瞬だけ、ルクトさんをジト目で見たけれど、小さな笑みを貼りつけたまま作業をこなしてくれた。
多すぎる【核】の量に、物言いたげだったけれど、私は「物凄く楽しかったのです」とルンルン気分で報告する。
家に帰っても話す相手がいないのもあって、レベッコさんにわんさか湧く魔物の群れの討伐は、なかなかの手応えだったこと、遅い昼食で眺めた景色は格別な感じだったと話した。
レベッコさんは仕方なさそうに、ルクトさんと一緒に温かく微笑んで私を眺めていたけれど「冒険、いいですねぇ」とニコニコし続ける。
他の冒険者達にも、注目されていることには気付かなかった。
「新人指導、四日目ですか?」
「あはは、三日坊主ではないですよ」
「昨日はメアリーさん達に捕まって、交流会になったんです」
新人指導のカウントが、一日足りないと気付いたレベッコさんに、笑って答える。ルクトさんも、にへらと苦く笑う。
納得したように頷いては、三日坊主の冗談に笑ってくれたレベッコさん。
「「きやぁああ~!!!」」
報告を終えたので、窓口から離れたところ、甲高い声と野太い声が重なって響いた。
びくぅううっと震え上がった私に、メアリーさんが突撃。
「んやだぁ! リガッティー可愛い~! 最高! 好み! ねぇ!? ルーシーも好みでしょ!?」
「ド好み! どこの店のジャケットなの!? 他にサイズある?」
がばっと抱き付いたかと思えば、肩を掴んで揺さぶるテンション高めのメアリーさんと、鼻息荒いルーシーさんが目の前で問いながら、私のジャケットをつつく。
「あらあ!? ルクトも、今日はお洒落した? 珍しー! まぁ、当然よねぇ」
野太い声の持ち主であるダリアさんが、ルクトさんに気付いては、にんまぁーっと口元を緩ませた。
「あ、あの。【清浄】の魔法をかけましたが、汗もかきましたし、くっつくのはちょっと……」
「やだわ。女冒険者なら、汗も美しくかけるわよ」
メアリーさんにやんわりと離れるように言ったけれど、カールさせた自分の髪を、ファサッと払い除けて決めゼリフを吐く。
「何言ってんすか」と、ルクトさんは呆れ笑いをして、肩を落とす。
んー。まぁ、わかる気がするので、頷く。
汗も血も流す冒険をするのだから、いちいち気にしていられないわね。
メアリーさんもルーシーさんも、ちょっと大人めな色合いの服を好むらしい。
「今日はどこ行ってたの?」
「『黒曜山』をちょっとだけ登りました」
「登っちゃったんだ……。いっぱいだったでしょ?」
「はい。二人で70ほど討伐しました」
「「「バカなの?」」」
ルーシーさんに問われるがままに答えたら、三人に揃ってツッコまれた。
「今のであなたに見惚れてた連中が目を背けたわよ?」
「え?」
腰に手を置いたメアリーさんは、呆れ果てる。
連中とは……?
周りを見ようとしたら、何故かルクトさんの人差し指が頬に食い込み、顔を動かすことを止められた。
え? んんん? 何? ええ?
「ルクトに毒されてる~。どうしましょ~」
「またオレの悪影響みたいに言うのやめてくださいよ」
「そうです、悪ではないです」
やだやだぁ、と悩むメアリーさん。否定しておく。
ルーシーさんは、小首を傾げて見上げてきた。
「影響を受けていることは認めるんだ?」
「はい。指導してもらっていますし、冒険者としての影響を受けて育たないと、ルクトさんの相棒は務まりません」
規格外最強冒険者のルクトさんから影響を受けないで、相棒を務められるだろうか。
答えは、否である!
「「「あ・い・ぼー」」」
メアリーさん達は、口元をにまーっと緩ませて、生温かい眼差しを注いできた。
「相棒。うん、相棒、ねぇ?
「うんうん、
「ふふっ。相棒ねぇ。
意味深に、ニヤニヤと相棒を連呼するお姉様達。
いたたまれないので、そろそろやめてほしい。
「あっ! メアリーさん~!!」
メアリーさんの名前が呼ばれた。
出入り口から来たのは、初日に会った『黄金紅葉』のパーティーだ。
討伐帰りだとわかる少し泥で汚れた姿でも、元気そうに笑顔で手を振ってくるオリバーさんとダンダさんとロッツアさん。
美魔女なメアリーさんに、目をハートにしている気がするので、彼女は人気なのだろう。
「リガッティーちゃんも!」
「リガッティーちゃんにまた会えた!」
「ダブル美人! あっ」
ピタリ、と動きを止めた。
私を見ているので、どうしたのかと気になる。
「リガッティー、
少し顔色悪くなって、呼び方を変えてきた。
え、何故? と首を捻ってしまう。
「あ、ご、ごめん……『デストロ』パーティーを、一人で瞬殺したって、聞いて……」
「その後、彼らを見かけた者がいない……」
「なんか……生意気に、ちゃん付けして、すみません……」
ずおぉおん、と暗雲を頭上に漂わせて、重たく暗い雰囲気で俯く『黄金紅葉』メンバー。
新人冒険者リガッティーの噂の方による反応か。侯爵令嬢リガッティーの噂だったら、どうしようかと……。
でも、なんかその後のパーティーを消しちゃったみたいな噂になってない? それって大丈夫?
「なんでですか? ちゃんと私自身が許可したじゃないですか。よかったら、そのまま、呼んでください」
「「ッ!」」
「美少女天使ッ!!」
本当のことを笑みで言っただけなのに、何故か胸を押さえて、感動したように涙目になる三人。
ロッツアさんに対して「この格好で天使はないのでは?」とルーシーさんがダメ出しをした。
「もうオリバー達と知り合いだったのね。終わったみたいだし、このまま交流会しない!?」
「マジっすか!? しますしますっ!」
「美・交流会!!」
メアリーさんの提案に、ロッツアさんは、両腕を突き上げて興奮を示す。
「レベッコさんが睨んでるぞ」とルクトさんが言えば、キュッと口を閉じて、姿勢をピンと正すロッツアさん達だった。
「だめでーす。オレと可愛い相棒は、もう帰宅しますー」
「えぇ!? リガッティ~!!」
「ごめんなさい。やることがありまして。また今度で」
メアリーさんが駄々をこねるように呼んでくるけれど、早速、魔導道具職人へ手紙を書いておかないと。
あまりにも高等技術の新発明の魔導道具をもらってしまったので、後回しには出来ない。
両手を合わせて、申し訳なく謝る。
「か、
「
「
『黄金紅葉』の皆さんまで、ポッと頬を赤らめて、口元を隠しながら、相棒というワードに大袈裟な反応をしないでほしい。
ずっとソロだったルクトさんが、言うせいだろうか?
可愛い相棒……か。
可愛い相棒を送るために、ルクトさんは背中にそっと手を添えて、軽く押してくれた。
またね、の挨拶をして、今朝の変身場所で、貴族令嬢リガッティーに戻る。
そして、今朝の待ち合わせ場所まで送ってもらい、手を振って「また明日。ここで」と別れた。
春休み五日目。冒険者活動四日目終了。
帰宅した私は、また脱出経路はどこかと詰め寄る副団長をスルーして、ヘアスタイルをよく担当してくれるメイドを捕まえて、一人で出来る凝った髪型を教えてもらうことにした。
今日は流石に、体力的にも疲労が残って、マッサージをしてもらい、うとうとする。
それから、【伝導ピアス】の使い勝手の感想やこうだったらいいなという要望を一枚。
試供品の【新・一画映像記録玉】による感想と、あんな魔導道具こんな魔導道具の応用による案を、二枚びっしり。
書いた紙を、封筒に収めた。
眠ろうと、マッサージで血行が良くなり、ポカポカしたままの身体でベッドに横たわる。
天井を、ボーと見つめた。
……三日後。いやもう二日後と言ってしまおう。
あと、二日。二日かぁ……。
頬が火照る。
熱い眼差しを思い出すだけで。ただそれだけで。
ドキドキと胸が高鳴る。
頬が熱い。
胸の奥から溶けだす熱が、身体中を溶かしていきそう。
私が、好きな人……。
……想い人。
私の、恋しい人……。
少しだけ眠ることに手こずったけれど、疲れを癒すために、とろんとした熱を胸に抱えたまま、ゆったりと頭も身体も、眠った。
翌朝。春休み六日目。対決日まで、あと二日。
冒険者活動五日目!
今日は「編み込んで結って!」とメイド達に頼んだら、大喜びされた。
しかし、ズボンスタイルに気付くと、またお一人外出すると悟り、あからさまに落ち込んだ。
ごめんなさい。諦めて!
今日も、ひょいっと悠々とファマス侯爵邸を抜け出してから、後ろの髪飾りを抜く。
まとめて結われた髪を解いて、編み込んだ部分は、そのままにする髪型にした。
「おはよう。今日はセットしてもらってきたの? かわいー」
「おはようございます。本当はまとめてもらったのですが、少し解いて下ろしたんです」
すぐに合流したルクトさんが後ろを覗き込んでくれるから、私も見せ付ける。
ルクトさんはいつものジャケットを着ているけれど、中は重ね着風のシャツだった。
目を向けていれば「せめてのお洒落」と苦笑したルクトさん。
冒険者活動してばかりだったため、平民のお洒落服は、全然ないと愚痴を零した。
「あっ。じゃあ、明日は午後だけでも、新しい服を買いに行きません? 翌日は例の日ですから、少し早めに帰ろうと考えていたんです」
「おおー、同じこと考えてた。明日は早めに切り上げようとは考えてたんだ。じゃあ、昼食のタイミングで帰ってきて、買い物に行こうか?」
「はい!」
「うん。あっ……ん〜」
「あっ……あぁ〜」
私の提案は、買い物デートになる。
ふむ……。婚約解消成立の前に、他の異性と買い物デートか……。ギリギリアウトな気がする。気持ち的に。
「ハッ! メアリーさん達も、お誘いしましょう!」
「それだ!」
二人きりじゃなければ、セーフ!!
今日会えることを、祈ろう。
冒険者ギルド会館に入るなり、メアリーさん達を捜したが、いなかった。残念。
呼び出しなどの特別窓口で、魔導道具職人宛ての手紙を託す。
ファンさんの職人宛て。と言えば、わかるそうだ。
「あっ! Aランク冒険者のルクトさん!」
手紙を受け取ってもらったところで、後ろからそばかすの男性ギルド職員が、小走りに駆け寄ってきた。
「指名依頼が来ているそうです」
「指名?」
ルクトさんが、怪訝な顔になる。
「新人指導が優先されるはずですよね? 普通は断るって聞きましたが」
「えっと、でも……サブマスターが、ルクトさんをお呼びしろ、と」
「サブマスターが?」
サブマスターと聞くなり、ルクトさんが眉をひそめた。
「に、二階の応接室へ、とのことです」
「……」
「自分は、そう、伝えろと言われただけでして……」
明らかにルクトさんの不機嫌さを感じ取り、首を縮めるギルド職員は、顔色をどんどん悪くしていく。
「ルクトさん……名指しで依頼が出来るんですね」
「引き受けるかは冒険者次第だけど。大抵は懇意にしている相手で、素材取り引きや護衛のご指名だよ。ランクアップ条件にも、名指し依頼の遂行もあったりするから、クリアするために、誰かに頼むこともある」
「つまり、心当たりはないのですか?」
ランクアップ条件にも、名指し依頼の遂行があるのか。
それはあまり驚かないけれど、ルクトさんが二つ返事しない辺り、この名指しに心当たりがないようだ。
「ないし……サブマスターは好きじゃないんだよな」
ルクトさんが他人を好きじゃないと、はっきりと言うなんて、意外。
そう言われても、上司から呼ぶように頼まれたギルド職員は、青い顔で立ち尽くすしかない。
「新人指導を知っていながらの指名なら、よほどの依頼では? 内容だけは、聞いたらどうですか?」
「……」
指名されても断られる可能性がある指導期間に来た依頼。
Aランク冒険者のルクトさん指名なら、重要に思える。
「私、その辺で待ってますので」
「い、いえっ! 指導担当の新人冒険者さんも、同行、してほしいと」
「えっ」
「……」
弱々しく伝えたギルド職員。
新人冒険者の私も、ご指名になるじゃないか。
怪しい……。
ルクトさんが、険しい顔をしてしまっている。睨むようなその目を向けられているギルド職員が、真っ青な顔になった。
私をリガッティー・ファマスと知っている上で?
ルクトさんは初めから警戒している様子だったし、変な呼び出しだ。
ルクトさんが好かない人柄って、どんな人だろうか。
隣国の王太子の捜索の件もあるし……無視しない方がいい気がする。
サブマスターを知っているであろうルクトさんに、どうするかと判断を仰ぐ。
ルクトさんは、窓口に視線を向けた。
その先にいたのは、こちらに気付いたレベッコさんだ。目配せをしたようで、小さく頷いたレベッコさんが踵を返す。
「わかった。話だけは聞こう」
刺々しい声で承諾。
安堵が出来ないまま、ふらつきそうな足取りで、ギルド職員は、二階の応接室に案内してくれた。
「お待ちしてました。ルクトさん、新人のリガッティーさん」
入るとソファーから立ち上がった男性は、目を細めて笑いかけた。
なるほど。胡散臭い印象を抱く男性だ。
これは大半の人は、第一印象では好かないだろう。
「どうも……」
軽く頭を下げるだけに、挨拶を留める。
長めの濃いグレーの髪は、波打つような癖がついているが、くたびれたように見えた。
ほっそりした体型で、猫背なので、くたびれた中年男性と思えなくもない。
身なりは整った背広姿。そして、細い目を合わせると、蛇のような男性だと思えた。
そんな彼に促されるままに、ルクトさんの隣に腰を下ろす。
「本ギルドのサブマスターを務めています。マダティン・マッキャンです。お噂はかねがね、新人冒険者のリガッティーさん」
「……マッキャン、さん」
名乗られた家名が、引っかかる。聞き覚えがあるが、やけに思い出せない。
あまりにも多くの家名を記憶しているせいで、被っているのかもしれないが、それならポンッと、どこのマッキャン家か思い出せるはず。
あ……思い出した。
「おや? ご存知でしたか? いやはや流石ですね、ファマス侯爵令嬢」
「……マッキャン男爵家の方ですか」
私を知っている。侯爵令嬢だと知っている、貴族だ。
サァーッと気持ちが冷めていくけれど、まだ敵だと断定するのは早い。
目付きまで冷めてしまわないように、堪えた。
こうして呼び出す貴族なんて、不躾だ。
私は格上の貴族だし、お忍び。
お忍びだとわかっていて呼び出すとは、ギルド職員の立場で、どういうつもりか。
第一印象の蛇のような男性が、
隣では、ルクトさんがさらに機嫌を悪くした気配がする。
「サブマスターは貴族だったんですか。初耳です」
そっけない声は、なるべく敵意を抑えてはいるが、棘があった。
「弱小貴族の男爵ですよ。領地すら持たない、落ちぶれ貴族です。ファマス侯爵令嬢がご存知だったとは、光栄です」
「弱小貴族、ですか……謙遜ですわね。マッキャン男爵の名は、何度かお耳にしましたわ。確か……そう。商談に関する噂の中で耳にしたので、商業に携わる方だとばかり思い込んでおりました」
「ははは、あながち間違っていませんね」
「あら、まあ……」
商業に携わる仕事をしている、か。
小さな笑みを口元に浮かべたまま、今からサブマスターの立場で、どんな
「元Bランク冒険者でしたよね」
ルクトさんがぶっきらぼうながらも、私にその情報を与えてくれた。
「もう10年も前ですがね。最速最年少Aランク冒険者のルクトさんには、足元にも及ばない弱者ですよ」
自分を弱者と言い張り、足元でするりと移動しては、絡みつく。
そんな蛇のような男性だな、としみじみ思う。
「そんなルクトさんを指導担当に引き当てるとは、ファマス侯爵令嬢はなんたる幸運でしょう。前日に不幸があった分、幸運が起きたのでしょうかね? その件はなんとも痛ましいですが、その後、どうなりましたか?」
婚約破棄も当然知っているし、翌日には冒険者登録をしてルクトさんと冒険者活動をしていると、情報は入手済み、か。
「マッキャン男爵様。いえ、サブマスターのマダティンさん。お忍びで冒険者活動をしているので、どうかそっとしておいてくださいませ。事実、痛ましいので、触れてほしくないのです」
申し訳ないと眉を下げて弱く微笑み、人差し指を唇に当てて、お願いをする。
そういう言葉を、上品に物腰柔らく告げる。
私も、彼も、笑みの仮面を外さない。
「それは失敬しました。では、冒険者リガッティーさんと、そしてかの有名な冒険者ルクトさんを指名した依頼の話をさせていただきます」
「ちょっと待ってください。リガッティーは、まだ新人。規則では、新人冒険者に名指しは出来ないはずですよね?」
鋭くルクトさんが、指摘した。
侯爵令嬢リガッティーを巻き込むための依頼を警戒してのこと。
新人を指名は規則違反。可能性は大なため、ルクトさんは先回りした。
「いやいや。確かに、新人冒険者は名指し依頼が出来ませんが、今回はルクトさん指名で、可能ならば新人指導中のリガッティーさんと依頼を遂行していただきたいのです」
規則違反など軽く回避出来ると、マダティンさんは少し歪な笑みになる。
ルクトさんは、それに嫌悪を滲ませた眼差しになった。
私達が今まで、私のランクに合わせた依頼を受けつつも、新人冒険者レベルには合わない場所に、ルクトさんが連れて行ったように。
今回はルクトさんの依頼に、私がついていく形にするということ。
「どうして私達で、どんな方からの指名でしょうか?」
ルクトさんに平静を保ってもらえるように、私は柔らかな声で尋ねた。
「先日のストーンワームを討伐したのが、お二人だからですよ」
ぱあっと明るく言い退けたマダティンさん。
テーブルの上で、ひっくり返した紙を、差し出した。
「冒険者ギルドの調査機関からの指名なんです。ストーンワームが誕生したであろう『
「なんだって?」
ルクトさんの鋭利な低い声のせいで、私は驚きの声を出しそびれる。
「そう怒らないでくださいな。元々、『ダンジョン』で『うつろい琥珀石』の採取の依頼もありますので、それも加えての依頼。報酬は、そちらに記載されている通りです」
「いや。新人を『ダンジョン』に連れてけって……ギルド側が言うことじゃないですよね?」
もう睨みつけているルクトさんの隣で、私は固唾を呑んだ。
ストーンワームが『黒曜山』に出没したが、元は山の向こうにある『ダンジョン』から来たと、私達も推測した。
その元鉱山の『ダンジョン』は、採掘のために掘り進められていたのだが、魔物が後を絶たなく、やがて、手に負えなくなり、魔物の巣窟となった場所。
魔物が巣食い、さらには掘り進めてしまっていて、元鉱山の中は、全体を把握も出来ないほど深く、そして広い。
『ダンジョン』認定されたのは、もう200年前。
王国のど真ん中の王都から一番近いダンジョンなので、『ダンジョン』と言えば、『黒曜山』の向こうの元鉱山の『ダンジョン』を指す。
『元鉱山のうつろいダンジョン』が、正式名称。
元鉱山とはいえ、手付かずの宝石が転がっているため、『ダンジョン』に入る価値はある。
『うつろい琥珀石』が、まさに狙い目の希少な宝石だ。有名デザイナーを抱えている大手宝石商の名前が記されているので、アクセサリーになることに違いはない。
そして『ダンジョン』は、魔物の大量繁殖やモンスタースタンピードを阻止するためにも、冒険者が調査をすることがある。
「もう『黒曜山』を二度も行って大量に討伐出来ているのなら、実力的に十分ではないですか。Aランク冒険者のルクトさんが見込んでのことですし、可能ではないのですか? お二人で『ダンジョン』の見回り」
「確かにオレは見込んではいますが、指導は担当冒険者に基本的な任せでも、流石に『ダンジョン』には行けませんね」
「おや、何故? 何が問題でしょうか?」
「おちょくらないでくださいよ。ギルド側が無茶な場所に行けと、指示するのはおかしいですよね? 経験が浅いので、新人を『ダンジョン』には連れて行けません」
「経験が浅い? 討伐数を考えると、とてもじゃないが、浅いとは思いませんね。ルクトさんも、おちょくっていられるのですか? あなたの方こそ、Cランク冒険者6人のパーティーがやっと行ける『黒曜山』の奥に連れて行っているのに、ギルド側の依頼にはおかしいと突っぱねるのですか? 屁理屈ですねぇ」
「どっちが屁理屈ですか」
「指導担当者は、無茶を言ってもいい。しかし、もっと上の者は無茶を言ってはいけない。そんな屁理屈でしょう?」
「は? サブマスターの依頼の無茶は、無理だって言ってんですよ。新人冒険者に『ダンジョン』調査なんて、常識的に考えてギルド側は止めるべきでしょう? サブマスターは、冒険者ギルドの常識をお持ちでない?」
人を食う笑みを隠さなくなったマダティンさんに、ルクトさんは攻撃的な発言となっていく。
この応酬を止めるべきだと口を開いたところで、ノックもなしに扉が開いた。
「サブマス! その指名依頼、待った!!」
ギルドマスターのヴァンデスさんの登場。レベッコさんが呼んでくれたのだろうか。
マダティンさんは、困ったように眉を寄せたが、それも一瞬だった。
テーブルの上の紙を手にして、凝視するように読むギルドマスターは、呻く。
「なんなんだ! 新人指導中の冒険者を『ダンジョン』調査に送り込もうとは! 新人指導中は、名指し依頼は通さない規則だというのに。ルクトが
「いえいえ。調査機関の指名です。『うつろい琥珀石』の採取だって、Aランク冒険者がいいという希望がありましてね。ぴったりじゃないですか」
もっともらしい理由を述べるマダティンさん。
「『黒曜山』で活躍出来ている新人冒険者となら、十分『ダンジョン』で調査依頼を遂行出来るだろうと……冒険者ギルドのギルドマスターの補佐的立場の者が、そう言うなんておかしいですよね? ギルドマスター」
敵意剥き出しのルクトさんが、ヴァンデスさんにマダティンさんは、私の同行を推していることを教えた。
「はぁ? 何を言っているんだ……! 何が目的で新人冒険者を送り込もうとしているんだ? マッキャン」
「目的ですって? 人聞き悪いですねぇ。私は仕事をしているだけじゃないですか。調査機関からのストーンワームによる影響下や変化の兆候の『ダンジョン』調査は、重要です。その調査機関の直々のご指名。
直球で目的を尋ねてくれたが、ひょうひょうとかわすマダティンさん。
じとり、とヴァンデスさんは、しかめっ面で怪訝に見下ろす。
見た目からして、馬が合わなそうな二人だ。
「フンッ! だめだ、だめ! 名指しされたルクトも、この依頼は断るんだろ? 新人指導中という立派な理由がある。それに、『元鉱山のうつろいダンジョン』まで、移動時間が一日もかかるからな。
ギルドマスターの権限で、大事であろう調査機関には、ルクトさんが指名を受けられないと断りを入れてくれるそうだ。
「外せない予定? 一体……ああ、
なんの予定だと不可解そうに眉間にシワを寄せたが、一日も移動時間を有する依頼を引き受けられないほどの大事な予定があるのは、ルクトさんではなく、私にあると気付く。
思わぬ収穫だと言わんばかりに、にんまりと笑みになるマダティンさん。
どうやら、私の予定とやらの参加阻止という、目的があるわけではないようだ。
あのヒロイン側の回し者、と勘繰るなんてやりすぎか。
そもそも、こうやって依頼を突き付けられても、強制力はないので、私の予定を狂わすことは目的ではない。
「それはまた、お忙しいですなぁ……。この度の混乱による収束が早くなることを、願うばかりです。……しかし、やはり難しいですかな?
細い目が、三日月型になるくらい、欲で笑みが深くなる蛇のような男性。
私は、静かに見据えた。
――――なるほど……
「お忍びと仰っていましたが、他の貴族令息とは違い、
ねっとりと欲を巻き付ける蛇男、か。
彼の名を商業に携わる噂で聞いたのは、このせいかもしれない。
これは、商談だ。
冒険者の自由を守るべきギルドの者、しかもサブマスターが、冒険者を利用して利益を得るのか。
蛇のように長い舌なめずりする欲深い彼は、元冒険者としても、私がお遊びの範疇には留まらない活躍をすると見込んだ。
今噂の貴族令嬢だから、話題性はこれ以上ないほど効果的。
私と手を組み、利益を巻き上げようという算段。
これでは個人情報漏洩が心配でならない。
守るべき冒険者の自由を、彼は守っていないだろう。そんな使命など、利益の二の次。
貪欲なのだろう。元冒険者でも、自由よりも、利益を得たかったのだと、想像がつく。
ギルドマスターのヴァンデスさんと、ルクトさんが、好かないのは、彼の全てだろう。
当然の嫌悪感。冒険者の大半に嫌われるサブマスター。どうやって、その職に就けたのやら。
「あっ!」
返事をしようと口を開こうとしたら、右隣から声が上がる。
見てみれば、目を見開いたルクトさんが、私を真っ直ぐに向いていた。
ルビー色の瞳は、キラリと丸く磨かれた宝石のように、なめらかに煌めいた気がする。
「リガッティー。リガッティーがいいなら、この『ダンジョン』に行かない?」
いつものように、冒険に誘う無邪気さで、ルクトさんは笑いかけた。
…………………………えっ?
いきなりの意思の急変更に、理解が追いつけなくて、遅れての反応。
目を飛び出してしまいそうなほど、驚いてしまった。
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