22 噂以上の新人。(ギルド職員A)



 噂には、聞いていた。


 最速ランクアップで最年少Aランク冒険者として、有名なルクト・ヴィアンズは、ようやく重い腰を上げて、ランクアップの最後の条件である新人指導を担当することにした、と。

 しかも、そんな幸運な新人冒険者は、女性らしい。

 羨ましい限りだ。

 きっと一目見て、その女性だって恋に落ちたに違いない。



 ギルド職員であるこの女性もまた、そうだったからだ。



 神秘的な光を放つ白銀の髪は、爽やかな短さで靡かせる。ルビー色の瞳は、情熱を示すような強さを感じた。

 大抵は、人懐っこそうな笑顔でいる彼を、ついつい、ギルド会館で目で捜しては、追いかけている日々を送っている。


 ルクト・ヴィアンズは、新人登録を担当したベテランギルド職員のレベッコ・ケイトリンに一番懐いていて、基本的に彼女の受け付け窓口に行ってしまう。

 だが、休日や休憩時間ならば、代わりにその窓口に座って、ルクト・ヴィアンズの対応が出来る。


 本日が、レベッコの休日。


 だから、他のルクト・ヴィアンズ狙いの後輩を蹴落として、その女性はルクト・ヴィアンズを待っていた。

 すれ違いでここ数日、ルクト・ヴィアンズに会えなかったし、彼に指導担当をしてもらえる幸運な新人冒険者もまだ拝んでいない。



 お似合いの美少女だと聞いて、鼻で笑ってしまった。



 あのルクト・ヴィアンズと、お似合いになる美少女など、いるわけがない。



 どうせ、新人指導をようやくやることにしたと聞きつけて、ルクト・ヴィアンズ目当てで、冒険者登録をしただろう。


 指導の一環で、初めて対峙する魔物や魔獣に怯えて、庇護欲を抱かせるような姿を見せる浅はかな少女に違いない。



 残念だったわね、と心の中で吐き捨てた。



 ルクト・ヴィアンズは、すでにSランク冒険者でもあるギルドマスターも認める最強の冒険者である。

 最速ランクアップで最年少Aランク冒険者なのだ。



 そんな彼が、その辺のちょっと顔が可愛いだけで少女の弱さで感じる庇護欲で、コロッとオチるはずがない。



 むしろ、指導のしがいがないと、退屈だと欠伸を零すだろう。

 新人とSランクになる冒険者のレベルの差は、天と地の差。


 最速ランクアップで最年少Aランク冒険者になったルクト・ヴィアンズの冒険に対する熱量は、並のものではない。

 そうギルド職員の女性は、鼻息荒く断言が出来る。


 昨日は、ルクト・ヴィアンズにいつも飛びかかっていた背の低い女冒険者のパーティーが、彼と例の新人冒険者ともめたらしい。

 美少女だから、ちょっかいをかけられたとかなんとか。



 あぁ~、やだやだ。



 ルクト・ヴィアンズに、そんな手間をかけさせないでほしい。

 他のパーティーに色目使って、問題を起こして、ルクト・ヴィアンズに守ってもらったとか?



 あぁ~、やだやだ。



 そんな新人冒険者は、どうして処罰を受けなかったのやら。

 レベッコの厳重注意だけで場を収めたらしいが、ここはきっぱりと新人冒険者に罰を下せばいい。


 そうすれば、煩わしさに、ルクト・ヴィアンズも解放されるのに。



 ならば、待っていて!

 今日報告に来たら、私がその新人冒険者を、きっちりと注意しては辞退させてやるんだから!



 そうして、午後三時過ぎ。


 ルクト・ヴィアンズは、噂の新人冒険者を連れて、受け付け窓口に立った。

 相変わらず、キラキラした髪と瞳と爽やかな笑顔だ。

 キュンッと胸を締め付けられて、うっとりと見つめてしまうが、気を引き締めた。



 彼についた、悪い虫である新人冒険者を、潰さなければ!



 と、意気込んだが。


 ルクト・ヴィアンズの隣に立つ少女は、紛れもない美少女だった。


 鮮やかな青色の長い髪とアメジスト色の瞳を持つ美少女は、美青年のルクトと並んでも、霞むどころか、より輝きを増している。

 柔らかく微笑む美少女に、腰を抜かしそうだった。



 本当に、ルクトと並ぶお似合いの美貌。



 ショックを受けつつも、グッと奥歯を噛み締めて、切り替える。


 容姿が釣り合うからって、何?

 実力の差で、現実を思い知りなさい!


「……『』で、依頼ですか」


 タグを魔導道具に当ててもらい、引き受けた依頼内容に目を通す。


 心の中で、ハンッと鼻で笑い退けた。


 『黒曜山』で『白わたわた』を採取する依頼。

 これは、いわば、新人冒険者に依頼キャンセルを経験させるためにあるようなものだ。

 王都の幼子でも知っている危険地帯の黒い山。


 意地の悪い指導冒険者が、肝試しで連れて行っては、思う存分怖がらせて、採取が出来ないまま連れて帰り、そして依頼キャンセルを経験させる。


 ルクトがそんな意地悪をするのは、意外だが、それほどこの新人冒険者が嫌になったに違いない。

 または、レベルの低い場所に飽きて、ちょっと連れ回しただけかも。


 入り口付近に、稀に生えていた『白わたわた』を採取してしまったようで、提出されて依頼遂行になってしまったのは、本当に残念だ。


 それでも、仕事のため、接客スマイルで、ギルド職員の女性は、手続きをした。


「あれ? ルクトさんの報告は?」

「あ、オレはあとあと。リガッティーの報告が先でいい」


 小首を傾げる新人冒険者リガッティーと、ルクトの会話に、イラッとする。

 あざとい仕草をする美少女に、ルクトが優しい声を返す。



 だめだわ! こんなあざとい美少女に!

 ルクトがまんまと毒牙にかかっている!!



 ルビー色の瞳を細めながら笑いかけるルクトを目の当たりにして、カウンター下できつく拳を作って耐えた。



 どうにか。

 どうにか、この悪い虫を追い払わなければ……!



 必死に笑顔を保ちつつ、作戦を練る。

 その間に、新人指導三日目の報告が済んだ。


「では、買い取りはありますでしょうか?」

「はい。【核】を……」


 新人には危険すぎる『黒曜山』で【核】を手に入れた?

 討伐数を稼がせるために、ルクトが譲ったのだろう。


 そんな! 事態は深刻だ!


 冒険者として誇り高いルクトが、そんなズルを手伝うとは!

 いや、ルクトは悪くない! この少女が、ルクトを誑かしたのが悪いのだ!


「えっと……ちょっと多いのですが、そのまま出してもいいのでしょうか?」


 こちらに向かって尋ねたあと、隣のルクトにも視線で問うリガッティー。


 ルクトが仕留めたらなら多いでしょうね!


 ケッ、と内心で吐き捨てて、ギルド職員の女性は、と、挑んだ。


「申し訳ございません。新人のリガッティーさん? 【核】の買い取りは、同時にその冒険者の討伐数にカウントされるので、ちゃんと誰が討伐したものか、申告してもらう必要があります」


 ルクトのおこぼれは、記録されないのよ! 残念でしたー!


「……えっと。私が討伐して、【核】はルクトさんが回収してくれたけれど……ん? 私が討伐したので、問題ないですね」


 思わぬ言葉を受けたみたいに、少しだけ戸惑いを見せてから、微苦笑で答えるリガッティー。

「は?」と笑みを貼りつけたまま、低い声で聞き返してしまった。


 何が自分で討伐しただ。

 ルクトが代わりに【核】を回収した作り話までして。


「リガッティーが、討伐して得た【核】ですよ。オレ達が嘘をついていると思ってるんですか?」


 ルクトまで、苦笑気味で言ってきた。



 ひえぇ。声をかけられてしまったわっ……。


 っじゃなくて!

 嘘はいけないわ! ルクトまで処罰が!



「魔導道具があるから、全部出しちゃっていいよ」

「そうですか。私も今日はいくつ討伐したかわからないくらいなので、対応が大変そうですよね」


 ルクトが軽く急かすと、リガッティーは少々申し訳なさそうに笑いかけた。


「最低でも、30体は討伐したんじゃない?」

「ルクトさんの回収も大変でしたよね……」

「いいんや。オレは指導担当だからね。これくらいやるっしょ」


 ルクトが大事そうに優しくリガッティーを見つめている。

 それが許せなくて、わなわなと震えてしまう。


 しかし、目の前には、山積みになる【核】が出されて、それどころではなくなった。


「41個……ですね」

「想定より多いですね……」

「まぁ、『黒曜山』なら……これくらい普通だって」


 あら……、なんて、声を零すリガッティー。

 ルクトは、軽く言い退ける。


 いや、新人が一日で討伐する量ではない。

 ズルするなら、せめて、それなりの数にしなさいよ!


 我慢出来ずに、不正だと直球に言ってやろうとした。


 だが、違和感に気付く。


 こんなにも多い【核】を、どうやって手に入れたのだろうか?

 ルクトが代わりに討伐しても、かなり奥に入って行かなければ、討伐対象はこんなにも出てこない。


 その間、この新人冒険者は、どこにいたのだろうか?


「ストーンワームを見付けた辺りが、特に多かったですものねぇ。まぁ、おかげで、多数相手の戦闘も経験が出来ました」

「連携プレーを試せたしねぇ。大量大量だ」


 はい? ストーンワーム?

 それって、『黒曜山』の麓の奥の奥で、何故か目撃された魔物よね?

 彼女はそこまで行ったの? そこで戦っていたの?

 最速ランクアップで最年少Aランク冒険者と、連携プレーをする戦いをしたと?


 は? はぁああ?


「どうかしました?」


 和気あいあいな雰囲気を出していたルクトが、作業が進まないことに気付いて、尋ねてきた。

 顔が引きつらないように努力して、なんとか、買い取りのために提出した【核】を、換金する。


 【核】が自分で討伐した証だという、嘘を見抜くことも出来る報告の魔導道具は、正常の反応のまま、記録を終える。


 え? ええ? 道具壊れてる?


 嘘を見抜くのは、完璧ではないって言われているし……そ、そうよね……。


「じゃあ、オレの報告の番」


 ルクトがタグを出せば、本当に『黒曜山』に出没した魔物討伐依頼を引き受けていたし、それらしい大きな【核】と牙と黒い石が提出された。


「あ。そうだった。ギルドマスターは、いますか?」


 震えそうになる手で、対応をしていると、頬杖をついたルクトが辺りを見回して尋ねた。


「ギルドマスターですか……? 確か、今、外出中です。サブマスターならば、執務室にいらっしゃいますが」

「サブマスターか……いや、いいです」


 顔を歪ませたルクトは、サブマスターを好いていない。

 あまり、人に好かれるタイプではないから、不思議ではないが。


「いないって。どうする? そんなに急ぐ話?」

「えっと……まぁ、今日中ではなくても、大丈夫だとは思います」

「じゃあ、明日。明日にしようか。ギルドマスターに、オレとリガッティーが話があるから、明日の朝頃、出来れば会ってほしいって伝えておいてください」

「は、はい。わかりました。お伝えしますね」


 ルクトに直接頼まれてしまい、キャッと悲鳴を上げそうになってしまった。


 自分に笑いかけていたのに、隣のリガッティーが少し浮かない顔をしていることに気付くと、気遣う眼差しで覗き込んだ。


 それを知り、サッと微笑みを作るリガッティー。誤魔化されないルクトは、その気遣いをやめることなく、リガッティーに寄り添うように窓口の前から離れていく。



 ……何よあれ。

 何よあれ!!

 ルクトの方が、ゾッコンって感じ! なんなのよ!



 なんにも出来なかった! 釘をさすことも、苦言を呈することも、嫌味一つも言えなかった!



 荒々しい動作で、窓口を一旦閉じて、【核】を然るべき場所へと運ぶために、台車を動かす。


「うっわー。あの新人冒険者ちゃん、ー」

「は? 何?」


 ギルド職員の若い男性が、ひょっこりと台車の上の大量の【核】を見て、感心の声を伸ばす。


「何って……あの最年少Aランク冒険者ルクトさんとお似合いなリガッティーさんですよ。姿、この世に本当にいるんですねぇ」



 だって!?



 目を吊り上げて睨みつけられるなり、若いギルド職員は、両手を上げて降参のポーズを見せて、身を縮めた。


 しかし、他のギルド職員は気付かず、その声を拾って、話題にする。


「昨日は『火岩の森』でトロール倒したんでしょ?」

「その直前で『デストロ』パーティーを正当防衛で戦闘不能にしたんだって? 今日はどこ行ったのですか?」

「あ、『黒曜山』って聞こえましたよ」

「『黒曜山』!? ひぇえ! 新人が行くところじゃないでしょ! 逸材逸材! イケメン最年少Aランク冒険者のルクトさんに、天使みたいな美少女なのに、釣り合う強さを持った新人冒険者が現れるなんて、! !」

「ちょっとショックー。でも、ルクトさんなら、あんな美少女でもないと、振り向いてもらえませんもんねー。あーあ、失恋したぁー。誰か、飲みに付き合ってくださーい」


 冗談を交えての会話に、大いに混乱した。



 ルクトとリガッティーが運命だとか、運命の出逢いだとか。



 そんな頭に血が上るような、怒りが湧くことを茶化すように言わないでほしいと、噛み付きたい。

 だが、冗談じゃないらしいリガッティーの実績に、眩暈を覚える。



 『火岩の森』のトロール? 奥に進まないと、出くわさない魔物じゃないか。

 『デストロ』パーティー? あの背の低い女冒険者のパーティー名だ。問題って……正当防衛で戦闘不能にしたこと!?

 じゃあ……! じゃあ!!



 頭がクラクラしながらも、目の前にある【核】の山を見下ろす。



 本当に、『黒曜山』の奥まで足を踏み入れて!

 この量の討伐を、一日でこなしたの!?

 あの新人冒険者の美少女はッ!!



 その後も続く、とんでもなビッグカップルの話題を、シフトが終わるまで、放心状態で聞くはめとなったあと。

 失恋した、と冗談を言ったギルド職員の後輩と、酒を飲み明かした。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る