17 それでも冒険へ。
私は悩んだ。
母も国王陛下に参加出来ない旨を手紙で伝えたが、私も国王夫妻に改めて謝罪と報告を送る。
ネテイトには、私から手紙を送るべきだと、母は判断した。
敵陣に身を置いているネテイトへの手紙が、第一王子に内容が知られるかもしれないことを懸念したのだ。
こちら側に気を配れないので、私に上手くやってほしいとのこと。
モンスタースタンピード発生疑惑は、伏せるべきか。
ネテイトも、あちら側に気を配れない状況だ。動転して集中を欠かさないためにも、教えるのは父の呪い付きの負傷と招集日に応えられない事実のみ。
他人が盗み見ても、事務的な報告内容にしか見えない手紙にしておく。
今さら領地に向かっても、何も間に合わない。
母も、任せてくれていい、と伝えてきたので、互いが互いの身近な問題を、無事解決することに集中するべき。
テキパキと手紙を書いては魔法特急便で送る手配を済ませて、考え込んだ。
いいことも悪いことも起きたこの三日間。
濃厚だったな……。
走馬灯のように振り返っても、目が回ってしまいそうなほど詰めすぎだとしみじみ思ってしまう。
ベッドに背中から倒れ込み、ぼんやりと天井を眺めながら、左耳の耳飾りを摘む。垂れ落ちる寸前のような長く伸びた雫型の赤い石を、指でクリクリとこねた。
でも意を決して、魔力を込めた人差し指で、コツンとつつく。
10秒もしないうちに、相手の声が頭の中に響くかのように届く。
〔リガッティー? どうかした?〕
前世のように携帯電話はないので、もしもし、なんて言わない。代わりに、相手の名前を呼んで応答をするやり方になるのは、必然だった。
青年らしく若々しく、それでいて程よい低さの声だから、頭の中に響くように聞こえても、落ち着いてしまう。
ほう……、と思わず、胸に温かい安心感を覚えて、恍惚とした息を吐いてしまった。
〔大丈夫? なんかあった?〕
その息を聞き取ってしまったようで、ルクトさんは心配してくれる。
「こんばんは、ルクトさん。その、何かあったことはあったのですが……何かあったからこそ、ちょっと混乱気味なので、ルクトさんの声が聞きたくて……」
〔……〕
通信の魔導道具で連絡をしたはいいが、全然話す内容をまとめてなかった。
ルクトさんの声が聞きたかったのは、紛れもない事実なのだが……!
何この甘え! ルクトさんに甘えすぎもほどがあるのでは!?
「ああぁのっ、すみません! 昨日からルクトさんに愚痴まで付き合ってもらっているから、もう、えっと……うぅ……すみません」
やだもうっ!
ベッドにのたうち回りたいのを必死に堪えて、爆発的に熱をまとってしまった顔を両手で押さえる。
語尾を小さくしては、呻いて、か細い声で謝罪。
〔いや……うん……全然、嬉しいから、いいよ〕
驚いてはいるけれど、言葉の通り、私の甘えに嬉しがっているとわかる。ちょっと声量が控えめなのは、嬉しさを噛み締めているのではないかと、想像がついてしまった。
こんのっ……! イケメンめっ!!
〔いいぜ。愚痴なら朝まで聞いてやるし……なんなら眠れるように子守歌を聞かせるよ。いい夢を見れる保証はしないが〕
優しい声が響くだけで、もう落ち着いて、安眠に導かれそうだ。
「いえ、ルクトさんの子守歌はかなり気になるのですが、明日も活動をしたいので、ちゃんとこれから寝ます。それで……今だけでも、背中を押す言葉を聞きたくて、連絡しました」
クスッと笑ってから、決心して連絡した理由を一言で表す。
〔背中を押す言葉? 励ましとか?〕
「はい……。今更ではありますが……私の気晴らしは、いいとは言えません。気晴らしの元凶の件で、今もなお心配をしてくれている方々がいるのに……また明日も、気晴らしに出掛けていいものかどうか……
またぼかしてしまう相談ではあるが、ルクトさんは口が止まるまで、聞き取ってくれた。
〔そっか。んー……そうだな。周りの心配をより強く感じる何かがあったんだ?〕
把握が早すぎる。
「はい……」
〔でも、こうして悩んでいるけど、オレに背中を押す言葉をかけてほしいってことは、リガッティーは明日も冒険したい気持ちが強いんだな?〕
優しい声が、私の気持ちを見透かした上で、確認してくれた。
「はい……明日も、ルクトさんと会いたいのです」
心地いい気持ちに浸って、つい、直球すぎる本音を口にしてしまう。
〔っ……〕
「!? えっと、はいっ! ルクトさんと気晴らしに行きたいのです!」
ルクトさんの動揺が伝わって、我に返り、なんとか修正する。
会いたいのは嘘じゃないけれど、何故そこをピンポイントで言ったの私!
ルクトさんと一緒に、気晴らしの冒険者活動をしに行きたいのである!
これが正解!
〔うん、わかった。それがリガッティーの気持ちだな。それなら、オレの誘惑に負けたことにしていい。オレが後押ししてやるよ〕
気を取り直したような声が、やがてニヤリと不敵な笑みを浮かべていそうな楽しげなものに変わった。
〔明日も、オレと冒険に行こう。さっきは明日もよろしくって言ったんだから、約束は破るなよ。先輩命令。明日も家を抜け出して、冒険をするぞ〕
ルクトさんが強制するみたいな言い方をして、躊躇を振り払う理由を作ってくれる。
誰が聞いても冗談にしか聞こえないから、強制力はあまりにも弱いとは思う。
それでも、私の気持ちを軽くしてくれるには、十分だった。
「そうですね……先輩命令では、逆らえません。明日も行かなくては」
ホッとしたように、私は微笑んで頷く。
〔そうそう。それでよし。じゃあ、明日な〕
こんなやり取りも、とても楽しげに笑っている気配が伝わってくる。
新人指導の担当が、ルクトさんで本当によかった。
別の人では、こうはいかなかっただろう。
やはり、私は幸運だ。
「はい。ありがとうございます。では、また明日」
もう通信を切ろうと、耳飾りに手を伸ばすと。
〔リガッティー。オレも会いたいよ〕
「――――ッ」
囁くような言葉は、まるで耳元で吹きかけられたように錯覚してしまった。
〔おやすみ。いい夢を〕
私の返事を待つことなく、ルクトさんは通信を切ったようだ。
向上した熱のせいで、火照りすぎた頬が、溶けて落っこちてしまいそう。
右の方に身体をよじって、ぽけーっと呆けてしまった。
嗚呼、だめだな、これ。本当に。
気晴らしよりも。冒険したい欲求よりも。
ルクトさんに会いたい気持ちが、一番大きすぎている。
とろんとした熱い気持ちを抱えたまま、私は眠ることにした。
翌朝は、ルクトさんの後押しの言葉を盾に、正当な理由を振り翳して「一人で出掛けてはいけません!」と家令達の説教じみた説得をやり過ごした。
確かに、領地では母が苦しむ父を看病しながらも、我が家の騎士団長が魔物の群れを討伐しているはず。
さらには、昨日訪ねてきたアリエットのように、この先が不安で不安でしょうがない身近な人間も少なくない。
だから、心配事を増やす“秘密のお出掛け”は、控えるべきだと訴えてきた。むしろ、
「あらゆる問題に憂いて、外出も自主的に控えるべきだとは、私もわかっているの。でも、家にこもっていては、私は不安に押し潰されて病んでしまいそうなのよ。ごめんなさい、許して」
ザ・悲劇のヒロインぶる演技。
嘘ではない。だから、外出は譲れないのである。
ただし、
「今日は、出来れば、モンスタースタンピードについて、調べようかと……。昨日も、学園で学園長にお会いしたし」
これは、
「そういうことで、ここは任せたわ」
私が不在になる我が家は任せた。
冒険三日目。私は、窓から抜け出したのだった。
昨日の失態に懲りることなく、副団長と騎士二人が、立ちはだかる。
お嬢様の逃亡を阻止するという雰囲気ではない。
牢からの脱走者でも捕まえるための張り詰めた空気で、剣を抜く構えをしている。
……本気かっ!
騎士道精神は、いずこ?
まぁ、昨日の反省を踏まえた対応なのだろう。
警戒心を極限に高めて、それだけに神経を尖らせていれば、私の眠りの闇魔法にも抵抗が出来る可能性がある。
仕方ないので、私も朝の準備運動がてら、受けて立つことにした。
【テレポート】を使用して、副団長の背後に移動。
後ろの気配に気付いて、振り返る前の頭を掴み、闇魔法で眠らせた。
副団長が膝をついた事実に、驚愕している隙に、左右の騎士も腕を振って、黒いモヤによる眠りの闇魔法をかけて、鎮圧。
フッ……まだまだね。
こんな風に、隙を作らなくても、私は強力な闇魔法をかけられると思う。
でも全力で抵抗する気満々だった副団長達の自信をへし折りたくないので、隙を作られて、そこを突かれたせいで、また取り逃がしてしまった。
という失態にしてあげる。
出来れば、最初から阻まないでほしかった。見て見ぬ振りしようってば。
生真面目な副団長は、騎士団長にこの失態を報告するのだろう。
両親にも明かさないといけないので……もう……諦めの境地である。…………その時はその時で、頑張ろう。
「戦闘でも【テレポート】を駆使すると、有利よねぇ……」
まだ戦闘経験が浅い私には、どんな戦闘で【テレポート】と使用しての敵の翻弄や隙を突く戦いをするのか、想像が難しい。
相手の敵は、どれほどの強者になるだろうか……。
まだ瞬殺しかしてないから、苦戦するほど強い魔物の姿も思い浮かばない。
……ワイバーンは、ちょっと嫌かな。単体はともかく、群れは遠慮したい。
実際に討伐に参加した王室魔術師のエリオス様も、過酷だと言っていた現地には、行きたくないわ……。
ひょいひょいっと【テレポート】をしては、飲食店の化粧室を断りを入れてから借りて、着替えて変身。
軽い足取りで、待ち合わせ場所の冒険者ギルド会館前に向かった。
階段を一段一段上がっても、白銀髪の美青年が見付けられない。
他にも冒険者同士で待ち合わせしているらしく、入り口前の階段前にも人が多いため、キョロキョロと上から探す。
ふと、後ろに気配を感じて、振り返ると。
「おはよう。リガッティー」
「わっ、おはようございます。ルクトさん」
胸に顔をぶつけかけそうなほど、近くにルクトさんが立っていた。
白銀色の髪は、白い輝きを放つように眩しいのに、爽やかな青年らしい笑顔で挨拶されると、より眩しさを覚える。
「あれ? 先にギルド会館の中にいました?」
どう考えても、中から出てきたとしか思えない。
「うん。早く来すぎたと思ったから、先に確認したところ。いいの、あったよ」
先に、依頼を確認してくれていたそうだ。
本日も、スマートなイケメン先輩。
私がタグを当てて引き受けないといけないので、中に引き返すルクトさんについていく。
「それで、今日はどこに行くのですか?」
依頼掲示板の元に歩きながら、尋ねたのだけれど、ルクトさんが口を開く前に、その声が響いた。
「おお! いたいた!! ルクト!」
どデカい声の主は、冒険者ギルドのホールフロアの左サイドの大きな階段に立っている。
これまた大柄な男性だ。昨日のオリアンという名前だったはずの男性も、大きかったけれど、彼も引けを取らない。
……いや、離れていても、なんだか威厳があるような気がする。
こんがり焼けた肌と、スキンヘッドで、最早クマに思える巨体が、のそのそと階段を下りた。同じ高さに立っていても、やっぱり大きい。
ベージュのジャケットは、ノースリーブ。でも肩口には、綿にしか見えない素材が、もふっとつけられている。
そこから出ている腕の筋肉は、私の頭ほどの大きさがあるように見えてしまうくらい、太い。とんでもなく、太い。
こんがりと焼けているせいか、極太筋肉は強そうにしか見えないわ。この筋肉で、なんでも解決出来そう。
ジャケットの中は白いシャツで、ズボンの方は黒のジーパンに見えるから、とてもラフな格好に思えた。手にはごっつりとしたグローブがあるけれど、武器ではないだろう。
冒険者のはずだけど……。
「なんですか……」
右隣のルクトさんは、嫌々そうに軽く顔をしかめていた。
また変に絡んでくるタイプの冒険者なのかと、もう一度目の前の男性を観察する。年齢は、40代、だろうか。
あら? と首を傾けて、私から見て右の側頭部には、黒い入れ墨がある。
狼の横顔にも見える曲線が目立つ入れ墨。
狼型の獣人族の入れ墨だ。狼の獣人の中でも、有名な一族の紋章とも言える入れ墨だったはず。
つまりは、彼はその血族だろう。……クマじゃないのか。
私が入れ墨に注目していることに気付いた男性は、にっかりと白い歯を見せびらかすような満面の笑みを向けてきた。
悪い人ではないと印象を抱いたので、つい、愛想よく笑みを返してしまう。
「
「はい? オレ達ではなく、オリアンのパーティーが起こした騒ぎです」
「おんなじことだろ!」
おっと。
昨日の騒動について、話がしたいのかしら。
つまり、彼は……ギルド職員?
いや……冒険者のような出で立ち、威厳さを感じる風格から推測すると……Sランク冒険者でもあるギルドマスターでは?
「初めまして、リガッティーです。昨日は、ギルド職員のレベッコさんのおかげで、場が収まって助かりました。ありがとうございます」
ペコリ、と頭を下げて、挨拶とお礼を伝える。
「うんうん。話は聞いているぜ。リガッティー、
「ああ、やはり。ドライダー族の方なのですね」
「そういうこった」
有名な狼の獣人の一族。その証の入れ墨を、太い指先で、掻いたギルドマスターのヴァンデスさん。
すでに、私の素性は確認済みの様子。ちょっと扱いに困った空気を一瞬、感じ取った。
彼がどうしたいのか。ただ小さな笑みを浮かべて、待つ。
昨日の騒動が、新人冒険者によるもので、さらにはその新人冒険者が侯爵令嬢だというのだ。色々聞きたいだろうけれど……さて、どうする。
「そうだな……ちと、事情を聞きたい。オレの部屋で話そうや。いいだろ? ルクト」
「……はい。行こう、リガッティー」
「わかりました」
腹を決めたように、ヴァンデスさんは、二階にあるらしいギルドマスターの部屋に招いた。
嫌々、というか、ちょっとめんどくさそうな、不貞腐れているような、そんな様子のルクトさんが頷いたから、私も大人しくついていく。
ギルドマスターの部屋は、責任者に相応しいと思える広々とした一室だった。
左の棚には、恐らく、冒険者の個人情報を閲覧出来るであろう魔導道具を始め、鑑定の魔導道具や、通信魔導道具が置かれていた。
そして、王国の地図が、壁にかけられている。各ギルド支部のある場所に、ピンのような道具が刺さっているみたいだ。
我が領地であるファマス領に目を留めたが、スイッと逸らして、促されるままに設置された黒い革のソファーに座らせてもらった。
ふかふかしている黒い革のソファーは、シングルベッドに近いほど大きいのだけれど……。
ヴァンデスさん基準で用意されたソファーなのだろうか。
向かいに座るヴァンデスさんを見る限り、この大きさはしっくりくるみたいだ。
女性ギルド職員が、お茶を出して退室したあと。
「さて。……ルクトは、
念のために、確認をするヴァンデスさん。
「同じ王都学園に通ってますからね。オレは見かけた程度でした。一昨日初めて会話をしたんですが、ちゃんと知ってますよ」
ルクトさんは、肩を上げては下げて見せる。
「そうなんだな……。じゃあ、今から
苦笑をしたヴァンデスさんは、私と向き直ると、そう事前報告した。
一人の冒険者ではなく、侯爵令嬢としての私と話をしたい。
冒険者を辞めろ、という話だったらどうしようか……。
不安になってしまい、ちらりと右隣のルクトさんに、視線を送ってしまう。
「なんでですか? ここには冒険者としているじゃないですか」
「確認のためだ。こっちが不安なんだよ」
不安がる私の気持ちを読み取って、ルクトさんが言ってるが、ヴァンデスさんの方が弱っているように答えた。
高位な貴族令嬢が冒険者をやっている事情について、しっかり聞きたいということか。
彼がそういう対応をしたいというなら、受け入れよう。
「わかりました。ギルドマスター、ヴァンデスさん。私のことはどうぞ、名前で呼んでくださって構いません」
少しだけ背筋を伸ばして座り直して、侯爵令嬢であることを意識して話すことにした。
ヴァンデスさんも、グッと背筋を伸ばしたのだけど、保てなかったようで、前の方に上半身を傾ける。
「では、リガッティー嬢と呼ばせていただきます。断っておきますが、昨日の騒動で新人冒険者がBランクパーティーを倒したという事実に興味が湧いたために、個人情報を閲覧しただけですので、レベッコから素性を聞き出してはいません」
私が個人情報の漏洩をかなり気にしていたからなのか、レベッコさんはヴァンデスさんから尋ねられた際に、一言添えたのかもしれない。
そのために、こんな弁解がされたのだろう。「はい。信用しております」と一つ頷いて、理解を示す。
「直球でお尋ねしますが……どうして、あなたほどの身分のご令嬢が、冒険者登録を?」
冷や汗を流しそうなほど、緊張した面持ちで、ヴァンデスさんは当然の質問をした。
「四日前のミッシェルナル王都学園の進級祝いパーティーの最中の事件は、大分広まっていると思うのですが……ヴァンデスさんのお耳には?」
「……はい。耳にしました」
複雑そうな、なんとも言えない表情で、しかめたヴァンデスさんも、ちゃんと第一王子からの婚約破棄は知っている。
「……
「……ん? どういうわけなのですか? 説明が、不足してませんかっ?」
真面目な顔で重く頷いた私だったが、全く以て説明不十分のまま、話が終わりそうになって、焦ったヴァンデスさんは待ったをかける。
ルクトさんが顔を背けて、必死に笑いを堪えている気配がした。口元を押さえているけれど、肩がわなわな震えているのも、視界の隅で見えている。
ヴァンデスさんは、そんなルクトさんがよくわからず、オロッとした。
「大きすぎる問題を解決する手立てはありますが、決着をつける日まで猶予がありまして。どう足掻いても醜聞なので、お茶会なども開けるわけもなく、かといって家にこもっていては精神衛生上よろしくないので…………冒険しよう、と思い立った次第です」
「そこに思い立った経緯の説明補足をお願いします!」
キリッと、簡潔にわかりやすく説明したつもりだけれど、すぐさまヴァンデスさんは切実にお願いしてきてしまう。
ルクトさんは背凭れにしがみ付いて、笑いを堪えている。
結構ギルドマスターと親しいはずなのに、薄情な人だ。いや、親しいからこそ、笑っているのだろうか。頑張って堪えているけど。
……真面目ぶって、弄ぶやり取りをしている私の方が、タチ悪いか。だって、この人、いい人なんだもの。我が家の家令と同じく、振り回し甲斐がある。
規格外最強冒険者と、身分高すぎ新人冒険者の令嬢の相手……ギルドマスターに、同情を送るわ。
「私の立場上、絶対に冒険者登録など許されるわけがなかったのですが……立場が変わりましたし、冒険をすれば気晴らしも出来ると思い、絶好の機会だったので、一昨日の朝一で冒険者登録させていただいたのです」
真面目なフリをもうやめて、ケロッと答えておく。
この説明で足りるような、足りないような。
ヴァンデスさんは、悶々とした難しそうに顔をしかめて、呻きを必死に堪えていた。
「そ、そうなんですか……。事態は深刻そうなのに、三日目の今日も、冒険者活動を?」
「事実、深刻ではありますが、家にこもって思い詰めるより、冒険する方が有意義です」
どやっと、言い切る私の前で、ヴァンデスさんが頭を抱える。
事態が深刻だと肯定されたから、そんな当事者が冒険している事実に、頭も抱えたくなるだろう。
昨日の学園長もそうだけど……責任者って、大変だね……うん。
「そう……リガッティーは、冒険したいんだって。オレも学園の生徒としても冒険者としても、先輩風吹かせて、気晴らしも兼ねた冒険を指導してるんですよ。話は、もういいですか?」
笑いを堪え切ったルクトさんは、姿勢を整えると、楽しげに説明しては、切り上げようとする。
顔が。めちゃくちゃ楽しんだ清々しい笑みだ。
「いや、ルクト……まだだ」
なんか真っ白に燃え尽きそうなヴァンデスさんが、止めた。
「昨日の騒動の現場が、『火岩の森』だった上に、トロールと遭遇したんだよな?」
「……リガッティーの実力を考えても、あそこに行ったことに、問題はなかったです」
ジト目を向けられたが、一瞬だけ固まったけれど、ルクトさんは堂々と言い放つ。
「リガッティー嬢。ルクトの指導は問題ないと報告を受けていますが……事実なのでしょうか?」
信用されていないのは、ルクトさんが規格外最強冒険者だと理解しているからこそなのだろうか。
指導に問題あると思ってしまうのは、無理もない。
「ルクトさんが、最速で最年少Aランク冒険者になった実力を持っているからして、普通ではないですが……私も私で、通常の新人冒険者とは違う実力なので、普通ではない新人指導になるのは無理もないと思います。それでも、ルクトさんはとてもいい指導をしてくださっています。報告通り、問題はありません」
ヴァンデスさんに安心を与えるためにも、柔らかく微笑んで、私は正直に答えた。
互いに普通ではないので、そこを考慮すると、異常にすら思えてしまうかもしれないが、大丈夫なのだ。
本人二人がそう言えば、報告だけを受ける側も、納得してくれるはず。
「そうですか……。ルクトはちゃんと指導していて、リガッティー嬢もその指導についていけているのですね。わかりました。今後も、何かあれば、相談にも乗りますので、気兼ねなく窓口に伝えてください」
さすさすと自分の頭を撫でたあと、ヴァンデスさんはようやく緊張を解いて、笑いかけてきた。
窓口ということは、貴族令嬢として特別扱いするのではなく、一人の冒険者として扱ってくれるのだろう。
「はい。そうします。昨日のように、冒険者同士の問題事は、起きないよう極力気を付けますね」
「いや。それはレベッコからも聞きましたが、全員には伝えられないが、大半は強い新人には手出ししちゃいけない、と頭に入れたんですからね。ちょっかい出した方が悪いんで、多少は素行の悪い奴の鼻をへし折ってくれていいです」
もうすっかり気を許したように、ケラリと笑って見せるヴァンデスさん。
「もう貴族令嬢相手の対応はやめたら?」とルクトさんは、仕方なさそうに肩を竦めた。
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