15 想いは手を伸ばす覚悟へ。(ルクト視点)



「ははっ。ごきげんよう。来ていると聞いたから、顔を見に来たんだ」

「あら。挨拶しに行くべきでしたか?」

「いいや、いいんだよ」


 構わない、と穏やかな笑みを浮かべた学園長は、首を左右に振る。


「学園長と親戚だったんだ?」


 学園長の身分を気にしたことなかったけれど、やっぱり貴族だったのか。


「え? 違いますよ」

「えっ? 違うのっ?」


 キョトン、とリガッティーが首を傾げたから、びっくりした。

 今さっき、って呼んだじゃん!


「学園長は、先代の王弟殿下です。なので、初めてお会いした際に、大叔父様と呼ぶように言われて以来、つい呼んでしまって」

「学園長は、王族だったんですか!?」


 リガッティーが気恥ずかしそうな笑みを零して説明する横で、その可愛さを堪能しそこねたまま、発覚した事実に慄いた。


「はっはっはっ。貴族の生徒は親から聞いているかもしれないが、平民の生徒はあまり知らないだろう。趣味で学園長を務めているだけだから、別に王族ぶるつもりはないんだ」


 豪快な風に笑い退ける学園長だけど、確かに気品が溢れる老人だ。

 しかし、先代の王弟殿下が、趣味で学園長をやるって、何?

 実力至上主義の王都学園の学園長を、趣味で……。


「そうでした、学園長にお礼を伝えることを忘れていましたわ。申し訳ございません」


 本当に申し訳なさそうな顔をしたリガッティー。


「なんのことだい?」

「進級祝いパーティーでのことです。緘口令を敷かなかったのですよね?」

「ああ、あれか。礼を言われることじゃないさ」


 なんでそこで緘口令が出てくるのか。

 首を傾げたオレに気が付いた学園長から、説明を始めてくれた。


、と命令が出来たのは、騒ぎを起こした張本人の第一王子と、私だけだった。第一王子も、緘口令を敷かなかったから、私も放置したまでのこと。それが第一王子の望みだったのだから、私はパーティーを再開させるだけにしたのさ」

「ふふ。学園長のおかげで、婚約破棄も撤回が出来ないところまで来ました。私としては助かりましたわ」

「元は、自分の息子の愚行を止められなかったが悪いのだ。私の学園で、あんな騒ぎを起こさせおって……。残念だが、契約されていた婚約は白紙にするしかあるまい。大叔父様と、もう呼ばれないのは、本当に残念でならないが、他でもない君のためだ。強いて言えば、、さ」

「ですが、私には有利になりましたわ。確かに残念でありますが、陛下もしぶっても婚約は解消するしかありませんね。なので、ありがとうございます」

「もちろんだ。一応、愚息の不祥事を報告する手紙を送ってやったが、緘口令を敷かなかったことはあえて伝えていない。帰国次第、集まって会談をするそうだが、知らないままだったら、そこで存分にからかってやれ」

「あら……陛下も苦労しますが、食い下がられたら、遠慮なくからかわせていただきますわ」

「苦労だって? いやいや、一番被害を受けたのは、君じゃないか。もう自分のことを考えればいいさ」


 二人の会話を聞いて、理解する。

 緘口令を敷かなかったことにより、第一王子の婚約破棄宣言は学園の外まで広がってしまい、撤回が出来ない状態となった。

 婚約者の有罪を免罪符にして、公衆の面前で婚約破棄を言い渡すことで、どんな契約で結ばれていても、罪などないとあとになって発覚しても、撤回なんて出来なくしたのは、他でもない第一王子自身だ。

 王族の公言を覆すことは、ほぼ不可能。

 第一王子が宣言したことを、国王陛下も、もみ消すことが出来ないほど、貴族から庶民まで、大勢が知ってしまった。


 心配していたので、つい、嬉しくて安心してしまう。

 リガッティーは、婚約破棄が保留状態だと言っていたから、本当は不安だったのだ。

 もしかしたら、婚約破棄は取り消される可能性があるんじゃないかと。


 リガッティーほどの逸材を、王族は逃したくないだろうと思った。


 この政略結婚は、身分が釣り合うからと決まったことが始まりだったとは言え、リガッティーはあまりにも優秀な女性に育った。

 欠点が見付からないほど、何もかも優れているリガッティーを超える女性なんていない。

 今後はリガッティー自身もわからないと言っていたけれど、とにかく、あんな王子とはキレイさっぱりと婚約を解消が出来るのだ。

 学園長の言う甥である国王陛下ですら、修正するには手遅れ。

 リガッティーは、晴れて自由の身になる。


「!」


 ギクッと、焦りが走る。

 オレの瞳が喜びで輝いたのを見逃さなかったみたいで、学園長の目がすぅっと細めて見てきた。


「ところで……初めて見る組み合わせだが、今日は何の用でレインケ教授の研究室に来たんだい?」


 口元は微笑んでいるのに、目が笑っていなくて、オレを観察している。

 王族に嫁ぐ予定だったリガッティーを幼い頃から可愛がっていたからなのか。一緒にいるオレは、かなり見定められている気がした。


 えっと……これは、正直には話せないよな。

 オレの指導の元、リガッティーが冒険者活動している最中に、レインケ教授に討伐したトロールの心臓を提供しに突撃すると思い立ったなんて。


 学園長には、最速ランクアップで最年少Aランク冒険者になったと噂で聞き、直接褒められたことがある。ちゃんと授業を受けながらもすごい、とで称賛されたけれど……。


 可愛がっているリガッティーを、冒険者として活動させていることを知ったら、雷を落としそうだ。

 ……。逆に、怖すぎる。


「以前、レインケ教授の研究をほんの少し手伝ったことがありまして、今回その縁もありまして、ルクト先輩と一緒に訪ねてきたのです」


 リガッティーは、動揺を一切見せることなく、上手い具合に答えた。

 オレの隠し切れていない動揺は、学園長の鋭い視線によるものだと思ってほしい。


「そうなのかい? 魔物研究のはずなのに、リガッティー君が手伝う? どんな研究か、気になるね」


 んー……オレには、学園長の追及をかわす方法がわからないんだが……。

 どうする? リガッティー。


「あ、教授に尋ねないと。レインケ教授、レインケ教授。学園長がいらっしゃいましたよ」


 学園長といえど、勝手に他人の研究を話せない。

 まだ準備作業しているレインケ教授に振り向いてもらおうと、リガッティーは声をかけた。


「んっ!? 学園長!? 申し訳ございません! 夢中になっていて気付きませんでしたっ!」


 やっと学園長の登場を知ったレインケ教授は、フラスコを二つ両手にしたまま、がばっと深く頭を下げる。

 それから、自分の身なりの悪さに、オロオロと目を泳がす。

 小心者に見えてしまうが、相手が王族の学園長なら、理解が出来る反応だ。


「相変わらずだね。それで、春休みなのに、生徒二人が訪ねてきた研究なのだが、私にも教えてくれないだろうか?」

「えっと、それは……」


 特に咎めない学園長が、直球で尋ねると、レインケ教授は左右のリガッティーとオレの顔色を窺った。

 研究材料を提供したオレ達に、話していいかどうかを、決めさせたいのか。

 学園長相手に、オレ達がとは言えないだろうに……。

 リガッティーは笑みのままで、レインケ教授の判断に委ねるようだ。オレも小さく肩を竦めて見せるだけ。


「魔物の素材で、治癒薬を作る研究です!」


 鼻息荒く、レインケ教授は力強く答えた。


「おや? 魔物の素材まで加える治癒薬? 魔物研究者の君なら納得だが……何故また治癒薬なんだい?」

「閃いたのです!!」


 フラスコを握ったままの手を天井に向かって上げたレインケ教授は、変なテンションに入ったもよう。

 元々、魔物研究に対して、客観的に、変人認識される言動をすると理解しているので、オレ達は指摘しないし気に留めない。


「魔物の素材は、武具や防具、魔導道具から装飾品まで、加工により活かされます。しかし! 魔物の持つ能力をもっと活かす物はないかと考えた結果! 新鮮な魔物の素材から、能力を引き出して、新たな物を作ればいいと! 一般的な治癒薬といえば『ポーション』ですが、魔物の凄まじい回復力を薬に出来れば、光魔法ではない治癒効果の高い魔法薬が作れるはずなのです! 魔物の能力を引き出して、込めた治癒薬!!」


 相変わらず、引くぐらい魔物愛が強い。酔いしれてる。引く。


 饒舌になって学園長に熱弁するレインケ教授を尻目に、リガッティーは研究ファイルを改めて覗き込む。

 そんなリガッティーのそばに行きたいが、間にいるレインケ教授が近寄り難すぎて、移動が出来ない。


「先ず、着目したのが、トロールの心臓です! トロールは、皮膚が硬く傷付けにくいのですが、例え傷付いたとしても、高すぎる自己再生能力によって治ってしまうのです! あっ、ここは常識なのでご存じですよね。実は、そんなトロールは、絶命するとすぐに皮膚の硬さが解けるのです! 僕の研究によって、トロールの高い自己再生能力によって皮膚は岩のように硬さを得て、さらには切り傷など一瞬で治すのは、ひとえに心臓のおかげだと解明出来たのです! 心臓が循環させる血液に、自己再生能力が宿って、身体中で発揮されていたわけです! 皮膚でもなく、血液でもなく、心臓です! トロールの心臓こそ! 自己再生能力を生み出す源だったのです!!」

「うんうん、そうなんだね。それが、トロールの心臓かい?」


 そこまで詳しく聞くつもりはなかったであろう学園長は、テキトーな相槌を打って、机の上に並ぶ心臓に視線を移す。


「はい!! リガッティーさんとルクトくんが、提供してくださりました!!」

「ん? 冒険者のルクト君はともかく、リガッティー君もかい?」

「運良く手に入れたので、以前手伝った研究のために、こうして提供させていただいたのですわ」


 学園長のもっともな疑問に対して、リガッティーは研究ページを見つめながら、しれっと答えた。

 嘘はついていない。

 というか、レインケ教授は、何故その疑問を持たなかったのだろうか。オレとリガッティーが一緒にいることすら、疑問が湧かないほど、気にしてない。


「冒険者だと学園でも有名だったルクトくんに、トロールの心臓の入手について尋ねたら、冒険者ギルドから買えましてね。トロールは、皮膚の硬さのせいで、【核】だけを採取するため、買い取りすら稀だと聞いたのですが、ルクトくん自ら依頼をこなしてくれたのです! いい結果に進みつつあると話したら、ギルドを通すことなく、直接採ってきては売ってくれたのですよ! なんて優しい生徒なんだ!!」

「あ、うん。別にいいって、教授」


 褒めちぎってくれるのはいいけど、フラスコ持ったまま、背中を叩こうとしないでほしい。なんとか阻止。


「あとは、トロールの心臓から、自己再生能力を引き出す作業が必要でしたが、それが難航しましてね。魔力で動かす案が一番良かったのですが、問題はその動かし方。それで、繊細なほど魔法のコントロールに優れていると、教師陣が褒め称えていたリガッティーさんに声をかけてみたのです。すぐに興味を持って手伝ってくれたのですよ!? なんて最高な生徒なんだ!!」

「偶然空いていた時間だったので、お手伝いが出来たのですよ。大袈裟ですわ」


 リガッティーは、ハイテンションなレインケ教授を、言葉だけでいなす。

 まぁ、流石に女子生徒には、触れようとはしないので、その場で大興奮するだけの教授。


「そんな共通点もあって、こうして集まったというわけです。ルクト先輩が自ら取ってきて売ってくれた心臓で、魔法薬の注入作業をおこなっていき、順調だったのですが、心臓の自己再生能力も無限にはなく、尽きてしまったので実験が続けられず、途中で断念したのです。入手困難の素材なので、費用に余裕がなかったために。でも本日、縁のあった私もルクト先輩も入手が出来たので、研究の再開を頼んで、完成を願って投資させていただいたのです」


 顔を上げて振り返って言うリガッティーは、また上手い具合に秘密を伏せている。

 、なんて明かさないように。

 巧みだと、感心する。


「ふむ。それで、研究を再開して、上手くいきそうなのかい?」

「ええ!! 断念後も、未練がましく、魔法薬の調合を何通りか調節しては、能力の注入により、治癒効果を込められるかどうか、考えていましたので!! 実験で成功をもぎ取ります!!」

「そ、そうなのかい」


 学園長は、オレとリガッティーの出逢いや入手などの経緯よりも、開発されようとする治癒薬に意識が向けられていた。無理もないか。


「確かに投資したくなる開発だが、完成を願って投資だなんて、欲がないことを言うね。リガッティー君。研究費も多額に投資して、独占販売による利益を求めないのかい?」


 不思議そうに学園長が、リガッティーに問う。

 そうそう。オレもそれが言いたかった。


「そんな欲はありませんわ。レインケ教授の研究による開発される治癒薬は、他の誰でもないレインケ教授のものです。私は心臓の素材と魔力操作のコツの提供で、完成品を優先的に買わせてもらえれば十分ですわ。レインケ教授の素晴らしい研究成果による産物の治癒薬は、大いに注目を浴びて全世界に知られることになるので……助手を務めたと記録してほしいだなんて、それは欲張りですよね?」


 ふふっ、と掌で口元を隠して、上品に笑うリガッティーが、学園長からレインケ教授に冗談を向ける。

 真に受けた教授は「いいや! 正当な要求です! あなたは、この研究の僕の助手です!!」と言い切った。

 ……まぁ、確かに、他にいないし、助手だな。


「あらあら、嬉しいですわ。ですが、完成した暁には、やはり製造や販売による問題が起きますので、作り出した研究室があるこの学園の学園長が、この場にいるのもいい縁です。研究が成功したら、、どうでしょうか?」


 軽く聞き流しては、リガッティーが学園長に提案した。


 やり手すぎる、リガッティー……。

 研究者であるレインケ教授が、治癒薬が完成したその後の、販売云々まで考えられるわけがない。研究バカなのは、一目瞭然だから。

 そこで、学園長である。王族の一員である学園長なら、悪いようにしない信用もあり、上手くやれるはずだ。最適すぎる人材に、あとのことを、……。


 リガッティー、恐ろしい子。


 さっきのギルド会館内での言い掛かりの苦情を返り討ちにした件もそうだけど、機転がすごい。

 ちょうど来た学園長に、自然な流れで押し付けるとは……。

 学園長も、ちょっと微苦笑が引きつりかけている。


「うん、まぁ……そうだね。あとのことは、私が責任を持つと約束しよう。だから、成功のためにも、研究に専念したまえ」


 結局のところは、この学園の最高責任者なので、リガッティーが話を持っていく可能性はあっただろう。

 一番信用されているなら、引き受けないわけにはいかないから、微苦笑ながらも承諾する学園長だった。


「はいっ! ありがとうございます!!」

「ありがとうございます、学園長。早速なのですが、レインケ教授。ここに書かれた調合方法なのですが、私の記憶が正しければ、以前試した魔法薬と変わりないですよ。魔法薬の授業では、この調合は変化がないと教わったことがありますので、これは無駄ですわ」

「おや、本当だね。レインケ教授は、魔法薬知識に自信がおありかな?」

「そう問われると、自信喪失しますね……」

「いえ、今ここに挙げられた魔法薬だけでも十分ですよ。新たに調合の工夫が必要ならば、魔法薬師の先生に相談をすればいいかと」


 リガッティーと学園長の指摘により、魔法薬について自信が折れかけたのに、十分だというフォローを聞くなり、即座に立ち直ったレインケ教授。



「流石は、どんな分野でも優秀なリガッティー君だ。レインケ教授の助手として、研究を進めて、あっという間に完成させそうだね」



 何故か、学園長はオレを見ながら、リガッティーを褒めた。自分のことのように、鼻を高くして自慢げだ。


 あれ、まさか……。

 オレはリガッティーには、釣り合わないと、暗に言われているのでは?

 なんか巷で聞いたことのある状況に思えた。


 オレの娘は、相応しくないお前にはやらん、って恋人の父親に断固反対されるやつ。


 まだ交際していないのに、牽制されているっ。

 てか、そもそも、学園長はリガッティーの父親じゃないし! 身内ですらないし! 牽制される意味がわからない!


 …………でも、そうだよな。

 オレなんて、冒険者として戦いの経験や強さしか、自慢が出来ないわけで……この場では、力にもなれない。

 身分もそうだけど、リガッティーの優秀さにも、オレは釣り合わない……。


「あの、ルクト先輩。この魔物の素材についてですが、入手はしやすいのでしょうか?」


 オレの悔しさや学園長の牽制に、気付いているのか気付いていないのか。

 リガッティーが、オレに尋ねてきた。


「あ、うん。それは採取しやすいから、結構取り扱いしてるはずだ」

「そうなのですね。あと、この薬草の方はどうですか? 効能は知ってはいますが、入手が難しいとなると、代用を考えるべきかと」

「そうだな……季節によっては難しくはなる。冬前に十分に採取しておけば、春の半ばにはまた生えてくるから、それほど心配することないんじゃないか?」

「ならば、この調合による魔法薬に、注入が成功すれば、理想的ですね? 教授」


 オレから、冒険者の知識を引き出してくれたから、微力ながらも手助けが出来た。

 ……嬉しい。


 荒い鼻息を吐きまくる教授は、早速、実験に取り掛かる。

 次は、肝心のトロールの心臓を動かすための魔力のコントロールのコツを、リガッティーがオレに口頭で教えてくれながら、教授の代わりにノートに書き込んだ。

 三人で意見を出し合い、話し合い、教授の指示に従って手伝いをしていく。


 オレもこの研究に力を貸せていることが、気に入らなそうに見てはいたが、牽制するような視線はやめてくれた。

 やがて、邪魔をしないように、静かに退室してくれたので、緊張から解放されて、ちょっと脱力。



「いい! いいね! いいよ!!」



 断念したのが嘘のように、スムーズすぎるほどに、実験はいい方へいい方へと結果を出す。

 その度、レインケ教授が、小躍りしそうなほど興奮で喜んだ。


 難関だったのは、トロールの心臓を動かして、自己再生能力を引き出す作業。最初に見せてもらったリガッティーのお手本には、目を見張ったものだ。

 魔力は目に見えないのだが、魔力を操ることで心臓がドクドクと動き、絞り出すかのようにを取り出した。

 心臓を働かせて循環させた液体の中に欲しい能力が宿るため、魔力で動かしつつ、水を作り出して魔力で誘導して抽出。

 繊細なコントロールのよさを使えるリガッティーのなせる技だ。


 しかし、リガッティーは他者にも出来ると言い、オレと教授にもコツを教えてくれた。

 能力を引き出す心臓の動かし方は、特殊であれど、複雑ではない。必要最低限の動かし方に集中しながら、魔力を水に変化させる。

 なんとか、オレと教授も出来たので、歓喜した。


 次は、魔法薬にそれを注入。自己再生能力を取り込み、治癒薬に仕上げる最後の関門。


 光魔法の治癒薬『ポーション』も、魔法薬の中に治癒効果の魔法を込めた物だ。しかし、その作り方とは、また異なる。


 こちらはこちらで、レインケ教授のアイディアの案の元、抽出した能力を吸収してくれる魔法薬はいくつか用意済み。

 そもそも、魔法を掌で発動して持っている魔法薬に込める方法と、抽出した能力の水を魔力で注入する方法は、別物。


 この抽出方法は「今は秘匿した方がいいですね」とリガッティーが言っていた。


 レインケ教授はリガッティーの技術だからそうすべきだと賛同したが、リガッティーは「レインケ教授の案です。特別なので、、しばらくはですわ」と助言。


 レインケ教授は、たった一人で研究をしているせいか、情報の漏洩をあまり気にしていない節がある。彼も彼で、研究の成果で完成すれば満足って言いそうだから、リガッティーは研究内容も編み出した技法も、安売りはしない方がいいと、物腰柔らかに釘を刺した。


 自分の研究が貴重だと褒められたと受け取ったレインケ教授はテレテレに緩んだ顔をしたけど…………オレには、に聞こえたんだよな……。

 でも、こんな様子のレインケ教授には、それぐらいがちょうどいいのは、同感だ。



 そんなやり取りのあとに、慎重に一人ずつ、用意した魔法薬に注入して、結果を固唾を呑んで待った。

 試行錯誤して調合した魔法薬が、注入を受けて効果を得るかどうか。

 しっかり吸収をして、治癒力を宿したかどうか。

 また、どれほどの効力を発揮することが出来るのか。



 それらを確認するために、魔法薬だけではなく、魔物の素材や薬草まで、事細かに鑑定してくれる【鑑定魔導道具】を、ドーンッと取り出したレインケ教授が、それぞれを置いては【鑑定】した。


 どれもレインケ教授の口元をだらしなく緩ませる結果だったが、奇しくもオレが注入を担当した魔法薬が、【鑑定】のあとに高々に掲げられる。



「理想そのものの治癒薬の完成だ~!!!」



 他もちゃんと注入を成功させたが、一番理想として考えていた実験成果の産物が、偶然にもソレだったらしい。


 どんな効力の治癒薬になったのかと、オレも【鑑定魔導道具】の表示画面を覗き込むと、同じくリガッティーが顔を寄せたものだから、驚く。


 リガッティーの方は、オレとの距離を気にする間もなく、鑑定内容をじっと読んだ。

 それから、アメジスト色の目を丸めて輝かせた。花が綻ぶような、可憐な笑みが零れた。


「やりましたね! レインケ教授! ルクトさん!」


 弾けたような明るい声で、喜ぶリガッティーのせいで、成果を表示した鑑定を確かめられない。

 オレの心臓がドクンドクンと嫌なくらい大きく響いて、心の中では余裕がない。



 可愛すぎるって……。


 作業の間の真剣な眼差しと姿勢が、才色兼備の凛とした大人の女性に思えたのに。

 好ましい成果に喜ぶ姿は、アメジスト色の瞳をキラキラと輝かせて、無邪気な笑みになる可愛らしい少女だ。



 リガッティーの魅力に、呆けてしまう前に、オレも【鑑定】を確認しないといけないと、内心で叱咤した。


「うわっ……すごすぎるな」


 目を疑う結果だ。

 当然、マイナス要素となる副作用はおろか、人体に有害な効果はもたされない。


 しかし、やはり効能だ。

 一般的に売られている治癒の魔法薬は、指先の切り傷を、治せる程度。何度も飲んでやっと、ざっくりと三センチほど深く切れた傷を完治させる効力しかない。

 そんな一般的な治癒薬の10倍以上の数値だ。


「すごいですよね! 『ポーション』と同等の効力です!」


 深手なんて、一瞬で塞げる『ポーション』と並ぶ治癒薬が、出来上がった。


 ズイッと、リガッティーが再び表示画面を覗き込むために顔を寄せてきたので、オレは固まってしまう。

 もう少し動けば、オレの頬がリガッティーの頭に触れてしまいそうな距離。


 ……あ。甘い花みたいな、いい香りがする。


 この近距離でようやく、彼女がいい香りをまとっていることを知った。


 ポーッとして、危うく吸い寄せられたが、その前にリガッティーが離れるように、レインケ教授を振り返る。


「魔物の高い自己再生能力を、高い治癒効果の魔法薬にするなんて、レインケ教授は天才です!」

「えへへっ! いやいや、君達のおかげさ!! 僕一人ではこんな結果には」

「いいえ! 私達の手伝いよりも、レインケ教授の考え抜かれた調合による魔法薬が、一気に完成に導いてくれたじゃないですか! さらには! 必要材料ですよね!」

「そう! そうなんだよ!! このレシピだと、この新治癒薬をトロールの心臓一つで……30本はいける!!」


 謙遜しかけたレインケ教授を、リガッティーは興奮気味に褒めた。

 理想的に開発成功した新治癒薬は、懸念していた入手しづらい材料の心配が要らないと言えるほど、大量生産が出来そうなのだ。

 ついさっきの実験で能力を抽出したトロールの心臓も、まだまだ抽出が可能。


「『ポーション』を超える、優れた魔法薬として取り扱われる物となりますね。発表から販売まで、学園長と相談しながら慎重に動いた方がいいですね……」


 顎の下に手を添えて、難しそうに眉をひそめた表情をしたリガッティーだったが、一瞬で笑顔に戻る。


「レインケ教授。サンプルをいただいてもいいでしょうか?」


 ほんのりと甘え気味に、求めるリガッティーに、レインケ教授もオレもキョトンとした。


「サンプル?」

「はい。まだ調節などが必要でしょうが、とりあえず今の段階の完成品を譲ってほしいのです。十分、治癒薬として、使用出来る物なので、試供品というのが正しいですか。いただきたいです。後日、完成度を高めた治癒薬は、別途で購入させていただきますわ」

「ん? いやいや、全然、いくらでも持っていてくださいな」


 快くレインケ教授が、許可を出す。朗らかな笑みは、なんだって譲ってしまいそうなほどに緩み。


 リガッティーは、試供品として、小瓶三本を手に入れて、【収納】に収めた。


 満足しすぎて、天に昇天しそうなほどの朗らかな満面の笑みをしていたレインケ教授は、さらなる改良を思い付いては、考えをまとめるためにとり憑かれたようにメモをしては、材料を並べては作業を始める。

 狂気的な研究者モード。


 もう帰宅するべく時間のため、リガッティーも満足な収穫を得たので、挨拶をして研究室をあとにした。レインケ教授は生返事だったが、オレも一言声をかけるだけで、リガッティーと一緒に学園を出るために扉を押し開ける。


「まさか、その日のうちに研究手伝って、完成させるとは思わなかったな」

「そうですねぇ。おかげで、『ポーション』ではないのに、匹敵する治癒薬が出来て、よかったですよね!」


 素材を持ってきただけで、その場で新発明をされたようなものだ。たった数時間の間に、あんなにもあっさりと、開発に成功するとは。


 実は、歴史的瞬間に立ち会ったかもしれない。


 画期的な新治癒薬の反響を目の当たりにしたら、改めて凄さを実感することは、予想が出来た。


 ちょっと、二体の下級ドラゴンを倒したあとの達成感に似ている。信じられなくて、ちょっと放心しかけるけど、達成感を堪能した余韻と酷似。


 胸が温かくて、ふわふわしそうな足取りで、先を歩くリガッティーの後ろをついていく。


「それにしても、リガッティーの行動力には、驚きっぱなしだな。自由の隙に冒険者になったり、敵を瞬殺したり、欲しいからって突撃して新治癒薬を完成させたり」


 言っていて、ふと、思い出す。


「治癒薬がそんなに欲しかった? オレの新人指導が不安?」


 リガッティーが、治癒薬を強く希望した理由。


 躊躇していたのに、ちょっと危険度を上げた地域に連れて行くことを、半ば強引に決定したから、今後の活動を危惧して常備したかったのか。


 でも、それなら新開発しなくても『ポーション』を買えばいい話だな……?


 利益も求めなかったリガッティーは、なんで新治癒薬にこだわったのやら。


「はい? 違いますよ。


 前を向いていても、リガッティーがクスッと笑った気配がした。


 右肩から垂らす三つ編みを解くのか、右手の指を差し込んでは、滑るように撫でていく。

 そんな髪が、後ろから吹き抜けた風によって踊るように、舞い上がって靡いた。


「ルクトさんは下級ドラゴンを何体も討伐出来るほどの強者ではありますが、やはり万が一のことを考えてしまうと怖くなりましたので、効果の出ない『ポーション』以外の治癒薬が欲しかったのです」


 後ろにある夕陽は、赤みがかっているのに、黒髪は染まらない。何色にも染まらないという強さ。

 だけど、陽の輝きは受け止めて、高貴な紫色の艶に宿す。


 そんな長い髪が、潤いでしなやかな感触があって、ずっと堪能したくなるサラサラした触り心地だということを、オレは知っていた。


 紫色の光に目が眩んだみたいに、視線の先をずらしてみたが、それでも目が眩みそうになる。


 少し身体を動かして振り返ったリガッティーは、美しく微笑んでいた。

 明るいアメジスト色の瞳を柔らかに細めて、オレを真っ直ぐに見つめる。



「ルクトさんのためですよ」



 ドクン、と高鳴った音は、オレの中に落ちては、響き渡るように浸透した。

 あとから、熱が広がっていることに気付く。


 自分のためじゃなく、ましてや、画期的な開発による利益のためでもなく。


 オレ一人のためだった。

 オレのためを思って、オレのために願って、オレのためだけに……。


 火傷してしまいそうなほどの嬉しさと優越感が、熱の正体だ。



 心音は耳元で高鳴っているくらいうるさいはずなのに、彼女だけに意識を向ける。


 靡かせる髪が擦り合う音さえも聞き取ろうとするみたいに。


 ただ、集中した。


 髪の毛一本の揺れまで、美しいと見惚れている気がする。


 左耳に髪をかければ、オレと同じ耳飾りが、煌めいた。


 どこもかしこも、気品ある凛とした美しさがある。

 なのに優しげな声も、笑みも、可愛らしさを感じずにはいられない。



 ――――嗚呼、彼女に、惚れている。



 感嘆のため息を零すように、はっきりとした自覚を落とす前に受け止めた。



 ――――リガッティーが好きだ。



 胸に甘い熱として灯っている気持ちを、しっかりと握り締めては、手放さないように留めた。



 少しでも、惚れ惚れした少女の手助けがしたかっただけなのに、欲張って何度も手を伸ばそうしていたけど。

 本来なら隣に立っているわけがない身分の差があるし、全ての才能において釣り合わないオレが触れていいはずがない。


 そう自制していたんだ。


 でも、もうここまでくれば、気持ちは消えやしない。



 誰よりも気高く毅然とした貴族令嬢としての姿も、着飾ることない柔和な少女の姿も、軽やかな動きなのに強さを発揮する姿も、どんな姿を見せようとも、もう全てに惹かれている。



 この想いを留めたら、これからはきっと膨れ上がる一方だろう。それでも構わない。いや、それでいいんだ。



「ありがとう、リガッティー」


 その名を口にするだけでも、愛おしい。


「どういたしまして。ちゃんと常備しておいてくださいね」


 照れたようにはにかんだ笑みで応えると、リガッティーは前を向いて歩き出す。


 そんな背中に手を伸ばしたい。

 触れたい。

 いや、掴んで、抱き締めてしまいたいんだ。



 そのために、オレは追いかけて駆け上がるような努力をしないといけない。

 彼女に釣り合う男になるために。

 オレはオレなりに高みを目指して、一緒にいるだけでも楽しくて幸福感を与えてくれるリガッティーを、心置きなく抱き締めたい。



 王国一番の気高く優れた女性と肩を並べるなら、勇者くらいの英雄にならないとな。



 その前に、宣戦布告という名の告白をする。

 誰かの想いを受け入れられる自由の身になったリガッティーに、交際を申し込む。

 その時のリガッティーの可愛らしい反応は、きっと自惚れた想像ではないだろう。

 だから。



 オレは、才色兼備で高嶺の花の可愛い後輩に、手を伸ばす。




 

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