第17話 小指と小指
「五十嵐先輩が女の子が好きとか……好きとか……好き、なの?」
え?好きなの?
「……」
「…………」
この間はやばい。空気がおかしくなってきた。
何か早く言わないと、えーと、あー……。
ほら、隠しきれない程に赤くなってきた。体もぷるぷるしてきてる。
「ほら見ろよ!情けない先輩の姿を!」
しまいには開き直り。
正直、わたしも気まずいし、混乱している。
落ち着いて整理しよう。
五十嵐先輩はなんと女の子が好きだった。likeではなくlove。
もちろんわたしも、五十嵐先輩に対してはloveの方だ。
じゃあさくら先輩は?
解釈違いの好きだったと言っていたから……like?。
でもそれは、普通の感性での話ではなくて、たださくら先輩は五十嵐先輩にとって恋愛感情に入らなかったという事で、でも恋愛感情を抱くのは女の子という事で。
あぁややこしい。面倒くさくなってきた。
つまり、告白できるって事になるの?
いや、そうはならないか……。まだ本当に恋愛感情を同性に向けているのかちゃんと答えてもらってないし。
コレは本人に聞かないと分からない事だけど、あの事件をまだ引きずっているなら、たとえ五十嵐先輩に運命の人が現れても、この人は諦めるだろう。
わたしだってもし仮に付き合えたとしても、五十嵐先輩に迷惑が掛かると思うと言えない。
それでも色々と確認したい。
聞きたい。
踏み込んでいいラインなのか、分からない。
それとなく、ぼかして聞くなら……
「さくら先輩は友達として好きで、でも恋愛感情は女の子にいくって事でいい?」
「……」
ぼかし忘れた。聞きたすぎてストレートに聞いちゃった。変な汗が出る。
コク
多分小さく頷いた。微かに動いただけで、もしかしたら返答じゃないかもしれない。
わたしはもう一度訪ねる。
「恋愛感情は女の子にいくの?」
コク
「女の子が好きなの?」
コク!コク!
首が大きく縦に振られる。
ふぅ。なんだろう、虐めてるみたいだ。でも可愛くてやめられない自分がいる。
だからこそ丁重に扱わないと、危ない。今この人は爆弾だ。
「この漫画は五十嵐先輩の物でいい?」
コク
「この漫画みたいな事したいの?」
「……」
「したいの?」
顔を隠してる手が少し下がると、五十嵐先輩の目だけが見えた。
眉間にシワを寄せて鋭い眼つき。
「お前、楽しんでるだろ……?」
爆発寸前?コレはちょっと本気で怒ってるかもしれない。
確かに楽しくなってきたのは認めます。だって気になるんだもん。
「ごめん」
「やっぱ気持ち悪いとか、思ってるんだろ?」
今度はすごく悲しそうな目をして、視線を逸らされる。
「それは思ってないよ、本当に。今のはごめんね?ちょっとからかいたくなってさ」
わたしは指で優しく、五十嵐先輩の濡れた前髪を整える。
「もし、もしだよ?五十嵐先輩に好きな人が出来たらどうする?気持ちは伝えるの?他の人や、リリー先輩だっけ?あの人みたいに言ってくる人もいるし……」
コレはきっとレッドライン。
そっぽ向いた五十嵐先輩の顔は見えない。
わたしはその後ろ髪を手櫛で空く。すぐに返事は来ない。迷っているのかもしれないし、言いたくないだけかもしれない。
別に答えなくてもいい。ただ五十嵐先輩には後悔とか、諦めてほしくないだけで、って我儘かな?
悲しんでる五十嵐先輩は見たくない。
わたしを選んでくれなくてもいい。幸せそうに笑ってくれる先輩がいるだけで十分だから。
「多分……多分だけど」
5分くらいの沈黙だっただろうか?ついに五十嵐先輩の口が開いた。
そっぽ向いた顔がゆっくりとこっちを向く。
その顔は笑ってる。
けど目尻から流れ続ける涙と、すすってもすすっても止まらない鼻水。
「……言えない、かなぁ?」
言えない。そう答えが返ってきた。
仮に好きな人と両想いで、きっと告白されてきてもこの人は断る。
その「言えない」には、恋愛はしない。わたしにはそう聞こえた。
心臓を握られたように苦しくなった。
諦めてほしくない。負けずに前へ進んでほしい。
その止まらない涙を指で拭う。
でもまた流れる。
「大丈夫だよ。そもそもあの件は誤解なんでしょ?仮に、もし両想いで付き合っても、周りから言われるのは怖い?」
「それは、多分大丈夫だと思う。でも相手に迷惑がかかって、もしさくらみたいになったら、私は――」
「そんなの分かんないじゃん!!ハッキリ言うけど、さくら先輩は弱かった!振られたショックは確かにきつくて悲しくて、死にたくなるかもしれない!それを噂されて耐えられなくなった!だから飛んだ!でもそんなの五十嵐先輩が引きずる事じゃない!相手の事より自分の事を優先して!今はさくら先輩は前に進めてるんでしょ?次は五十嵐先輩の番だよ?」
五十嵐先輩は優しすぎるんだ。
自分の事より相手の事を思ってしまう。
五十嵐先輩の友達に対してひどい事を言ってしまった。
でも嫌われてもいいと思った。五十嵐先輩が前に進めるなら。
「だから迷惑掛かるとか思わなくていいんだよ?わたしが許す。誰かや本人が許せないって言うなら、わたしがそいつらを許さない。」
自分を棚に上げてよく言える。
五十嵐先輩に迷惑が掛かると思うから伝えられないのに。
気持ちを伝えたさくら先輩を弱いとか言って、気持ちも伝えられないわたしはもっと弱い。
また長い沈黙が始まる。
鼻をすする音がだけがハッキリ聞こえる。
頭を撫でながら、落ち着くのを待つわたしは……わたしも、溢れ出そうになる感情を抑えるのでいっぱいいっぱいだった。
「ありがとう千秋。でも、さくらを弱いとか言うなよ?気持ちを伝えられない私はどんだけ弱いんだってなるじゃんか」
考えてる事は一緒だった。
「確かに、そうだね。よわよわだね」
「よわよわかぁー。すぐには無理だけど、少しずつ前に行けるように頑張る……」
「転びそうになったら支えてあげる」
「頼んだぜ?」
「約束する」
そっと小指を前に出すと、五十嵐先輩も小指を出してくれる。
軽く絡めただけの小指は暖かくて、でも本当に繋がったように強く、ハッキリと約束が交わされた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます