第9話 もしかしなくてもこれって
日を重ねるごとに日差しが強くなっていくのを肌で感じる。
6月半ば、いよいよ夏が始まろうとしていた。
生徒達は皆半袖の夏服に変わっている。もちろんわたしも。
この気温で半袖以外の人はもう、今わたしに降りかかっている太陽にやられているのかもしれない。
制服から露出する肌が焼け、黒い髪に熱が籠り、たらたらと汗が頬を通り過ぎる。
シャツが肌に纏わり付く、髪を切ろうか、でも面倒くさいし、脱いでしまおうか、でも暑いし。
暑さがわたしの思考を鈍らせる。
これだから夏は嫌いだ。立ち向かってもどうしようも出来ない暑さ。
冬はなんとかなるから好きだ、朝起きてベッドから出る以外は。
世界の発明家さん頑張ってください。わたしは心から願います。
「おっ来たなー?おはよー!」
連絡先を交換してからわたし達は、Y字路で待ち合わせて一緒に行こうと約束をした。
小さく手を振る五十嵐先輩は、今のギラギラした太陽のような明るい笑顔を向けてくれる。
見ているか太陽?お前と先輩との違いを……。わたしを不快にさせるだけのお前、何もかも消し飛ばしてくれる五十嵐先輩の笑顔。
「秋――ちあきぃー?そんなに太陽見てたら眩しいに決まってるだろ?」
「あぁっすいま――髪が無くなってる!?バッサリ行きましたねぇ……」
五十嵐先輩の肩までかかっていた髪が無くなっていた。
いや、可愛いけど、なんか違和感を感じる。まぁ慣れてないだけだろう。
「実はまだ、残ってるんだぜ?」
ジャンプしながら後ろを向くと、しっぽのように束になった後ろ髪。
「へへっかわいいだろー?」
最初から最後まで全部可愛い!
「おしゃれー!あんま見た事ない髪型ですねー」
ついしっぽを掴んで遊んでしまう。
「昨日暑くて邪魔だなぁって切ったらミスってさぁ!やべえ!って思って鏡見たら、コレは?と思ってすぐプロに頼んだぜ!」
ええー……。まさかの自分のミスから始まっていたとは。
なんで五十嵐先輩こうも大胆というか、真っ直ぐな性格なのでしょうか?
嫌いじゃないけど。
「千秋のも切ってやろうか?」
「遠慮します」
「あー!信用してねえな!?」
ミスした事を聞いて「お願いします」なんて言えるわけがない。そもそも美容師さん以外に切らせるのは誰でも断るに決まっている。
「じゃあまた今度お願いしますよー」
「今度っていつだよー?」
「んー50年後とか?」
「50年かー……じゃあ、ずっと一緒だな?」
五十嵐先輩は嬉しそうに笑う。
これは忌まわしい太陽のせいだろうか?わたしの黒髪に熱が籠り過ぎたか?
ただ暑いだけで、不快感もなくて、それでもこの熱さは嫌いじゃなかった。
わたしは学校に着くまで可愛らしいしっぽをひたすら揺らし続けた。
「千秋、プール行く?」
机の引き出しをゴソゴソとしていると涼香が唐突にプールに誘って来た。
キツネの姿はなく、珍しく1人で声をかけて来た。
「わたしと2人で?」
「ううん」
「……」
「……」
えーと?キツネさん早く来てくれないかな?
「他に誰か誘ってるの?」
「キツネと千秋とふーちゃん」
なるほど。え?五十嵐先輩も来るの?いつの間に誘っていたんだ、この子は。
「行く。いつ?水着買った?あーでもまだ寒くないかな?どこ集合?今週?」
「今週の日曜、現地集合、水着は各々準備、去年出来た所温水だから平気。お弁当もキツネ持参」
素早い応答で助かる。なるほど水着はあるにはあるけれど、サイズが心配だ。
一度着てみて新しいのを買うか考えよう。
そっかぁ。もうプールに入れるんだ。ん?待てよ、朝に五十嵐先輩からそんな話聞いてない。さっき誘ってたのか?でも話している所を見てないし、少し気になる。
「誘った時、五十嵐先輩はなんだって?」
「誘ってない」
ええーさっき来るメンバーに入ってたよね?嘘ついたのか?こやつ。
「だってそう言わないと、千秋めんどくさがって来ないでしょ?」
んぐっ……
「いやぁー?」
平静を装っていたけど、明らかに目を反らしてしまった。
涼香は表情1つ変えずに顔を近づけてきた。
近い近い。本当に涼香は分からない事だらけだ。
「ふーちゃんが来るなら……千秋、来るでしょ?」
この言葉に対して何故か、心臓が跳ね、不安になった。
涼香の目に吸い込まれて外せない。いつもの無表情なのに、どこか怖かった。
「……そんなこと、ないよ」
「……そう。とりあえず行くって事でいいのね」
「うん」
わたしの返事を聞いて涼香は何事もなかったように、どこかへ行ってしまう。
どこに不安を感じたのだろうと、思い返すも答えは見つからず、あまり気にしないようにした。
それでも多少のモヤモヤを抱えながら今日1日を過ごした。
「千秋今日何かあったか?」
下校中、唐突に疑問を投げられる。それに対して少しビクッとしてしまうが、平静を保つように
「え?別にないですよ?」
「そうか?なんか暗いというか、思い詰めた顔してるなぁって思ったけど気のせいか!」
五十嵐先輩がわたしの事見ててくれてる?
意外というか、結構嬉しい。
ふふふ……顔がニヤてしまう。
「そういえば今週の――」
急に言葉が詰まる。プールの話をしようとしただけなのに、なぜかあの時の涼香の顔が脳裏に浮かんだ。
「ん?今週?」
「あー、いえ……なんでもないです」
「やっぱ何かあったんじゃないか?」
「あの……手、握ってみてください」
突然の握手。そりゃそんな顔するよね。ドッキリか何かあるんじゃないのかと疑ったり、何かしらの理由で嫌だったりする。
少し困惑した顔で五十嵐先輩は、手を握ってくれた。
「コレでいいのか?」
「はい。ありがとうございます」
柔らかくて少しひんやりしてる。爪はまるで磨いたガラスのように綺麗で、肌もキメ細かく、大雑把な性格とは思えない小さい手。
そっと手を離すと、わたしは下を向いたまま。五十嵐先輩はまだ困った顔のままだろうか?
なるべく顔を見られないように、「それじゃあ、また……」と呟いてから、早歩きでY字路を右に向かう。次第にスピードが上がってしまい、気づくとわたしは走っていた。
後ろから名前を呼ばれた気がしたけど、気づかないフリをして走った。
どうしようどうしようどうしようどうしよう
どうしよう!
どうしよう!
どうしよう!!
わたし先輩の事
好きだ
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