美味しくないものを食べるのも試練?
この日はインをして畑の見回りを終えた俺はタロウとリンネと一緒に試練の街の東門から外に出る。
「今日は釣りと探索をするぞ」
「ガウ」
「するぞ、なのです。タロウもリンネも主のお船に乗るのが大好きなのです」
「じゃあ早速行こう」
タロウに乗って草原を走って河岸に着くと収納から取り出した木工船を川に浮かべる。先に乗っていいぞと言うとタロウとリンネが先に船に乗って最後に俺が乗った。長い竿を突いて岸から離れると櫓を漕いで森の中に続いている川を進んでいく。
「今日はどこまで行くのです?」
「今までよりも奥に行ってみようと思ってる」
「ガウガウ」
「タロウが警戒は任せろと言っているのです。リンネも警戒するのです」
「おう、頼むぞ。お前達が頼りだよ」
実際にその通りだ。タロウもリンネも上級従魔になってさらに進化している。元々レアな従魔ということで子供の時も能力は高かったがそれが成長すると加速度的に強くなっている気がする。俺の忍者の伸びよりもずっと伸び率が高いのだろう。おかげで助かるよ。
2体とももう大人になっているんだろうか。身体つきは立派になってるし、尾の数も増えてはいるがタロウもリンネも相変わらず甘えん坊なんだよな。
船は緩やかな川の流れに乗って森の奥に進んでいた。川幅は変わらず20メートル程で続いている。
今まで来た場所よりも奥に進んでいくと川が大きく右に蛇行している場所に来た。そこは左手が河原になっていて右手は森という場所だった。
「お魚さんが沢山いるのです」
船から川を見ていたリンネの声を聞いてここで釣りをすることにする。
「よし、今日も沢山釣れるといいな」
「タロウとリンネも応援するのです」
「ガウガウ」
船を泊めて釣りを始めたが入れ食い状態だった。餌をつけた竿を投げるとすぐに魚が食いついてくる。ウォルシュさんに聞いた美味しい魚と美味しくない魚を区別し、美味しくないのはリリースして川に戻す。ところがここまでくると今まで見たこともない魚も釣れ初めていた。とりあえず水槽に入れて後で見てもらおう。
1時間ほど釣りをすると水槽が魚でいっぱいになってきた。想像以上の釣果だ。
「主、すごいのです。沢山釣れたのです」
タロウと一緒に水槽を覗き込んでいるリンネ。タロウも尻尾をブンブンと振っている。でかしたとでも言っているのだろう。これ以上釣ると水槽から溢れそうになるので釣りは一旦中断し、俺たちは再び船を漕いで奥に進んでいく。
時折タロウの耳がピンと立つので様子を見ていると今までは虎だったのが奥に進むと森の中に見え隠れしているのが単一の個体ではなく大きな熊や獣人の姿になってきた。このあたりでまた敵のレベルが上がっている様だ。
「ちょっと戦闘をしてみようか」
俺がそう言うとタロウとリンネが戦闘モードになる。小さな河岸を見つけてそこに船をつけるとタロウ、リンネ、そして俺の順で船を降りた。すぐにリンネが強化魔法をかけてくれる。船が着岸した音が大きかったこともありすぐに森から獣人が出てきた。今まで対戦してきたオークだ。ただ図体が大きい。
俺が河原の石を獣人に投げて戦闘が始まった。武器は手にしていないのでモンク系の獣人なのだろう。空蝉の術で分身を作り、両手に刀を持つ。格上相手に新しい忍靴の効果はどうかなと思っていたけど戦闘が始まると今まで以上に素早く動くことができた。これは楽だ。
獣人の攻撃を避けながら刀で傷をつけるとスカーフを巻いているタロウが強烈な蹴りを喰らわせる。そのあとリンネの精霊魔法であっさりと獣人を倒すことができた。手に入れた経験値も多い。
「タロウ、リンネ、よくやったぞ。危なげなく倒せたな」
「ガウ」
獣人を倒してそばに寄ってきたタロウを撫でてやる。リンネは頭の上に乗ってきた。
「当然なのです。主と同じくタロウもリンネも強くなっているのです」
頭の上から声がした。うん、その通り。お前達も強くなっているぞ。
再び船に乗って奥に進んでいく。奥に進むと川が蛇行している箇所が多くなってきた、先が見えないのでゆっくりと進んでいく。タロウもわかっているのだろう。リンネと一緒に船首に座って左右を警戒していた。
川が蛇行、大きなカーブを描いている場所は河原になっていた。石の河原だが船を接岸することができる。俺たちは適当な河原に船をつけるとそこから森に入って敵を倒して行く。敵の種類は獣人、大きな熊、そして虎がメインだったがそれらを倒していると日が傾いてきた。
「タロウとリンネ。今日は帰ろう。日が暮れてきた」
河原に戻って船を収容すると転移の腕輪で試練の街に戻ってきた。上忍のレベルは上がらなかったがしっかりと経験値を稼げたので問題ない。
「こりゃ初めて見る魚だ」
「食えますかね」
「どうだろうか」
ウォルシュさんが俺の水槽の中から取り出した1匹の大きなサイズの魚を前に唸り声を出している。情報クランと攻略クランに話をした俺はその足でウォルシュさんのレストランに出向いた。俺の中ではこの人は釣りの師匠だ。夕方に街に戻ってきた俺たちはその足でウォルシュさんのレストランに顔を出している
とりあえず焼いてみるかと魚を手にして調理場に行ったウォルシュさんはしばらくすると戻ってきた。
「食えないことはないが、何というか大味なんだよな」
タクも食ってみろと言われたので皿に乗っている魚の切り身を一切れ口に運んでみたが確かに大味といえば大味、もっとはっきりいえば美味しくない。
「主、美味しくないのです?」
タロウの背中に乗っていたリンネが言った。俺の表情を見てたのかな。
「はっきり言っちゃうとそうかな」
俺がそう言うとウォルシュさんも従魔の言う通りだ。これは店で魚料理として出せるもんじゃない。そう言ったが、
「ただこの魚は出汁が取れそうだな。魚料理としては出せないが出汁なら使えるかもしれんぞ。魚介スープの出汁にこいつのアラでも混ぜてみるか」
とりあえずどうなるか分からないので大きな魚はお金はいらないからと店に全部渡す。あとは美味しいと言われていた魚を買い取ってもらった。
「やっぱり奥に行けばいろんな魚がいるんだな。また釣ったら持ち込んでくれよ、期限とかないから気にしなくていいぞ。タクが釣りをしたい時にして、釣った魚を持ち込んでくれりゃあそれでいいからな」
魚で金策をする気はないのでウォルシュさんの話は助かる。当てにしてもらったらこっちが困っちゃうよ。
「分かりました、ありがとうございます」
レストランを出て通りを歩いているとタロウの背中に乗っているリンネが言った。
「主、美味しくないものを食べるのも試練なのです」
「いや、ここが試練の街だからって流石にそれはないだろう」
「ここはひとつ、梨のあるお店でお口直しをするのです」
リンネなりに気を使ってくれているんだろうな。それに悪い提案じゃない。そうしようと俺たちは広い街の中を歩いてジョンストンさんのレストランに移動した。
「やあ、タク。いらっしゃい」
ウッドデッキに座るとオーナー兼シェフのジョンストンさん自らテーブルに来てくれた。夕食の時間帯で忙しいはずなのに申し訳ないと言ったんだけど大丈夫だと気にしていないマスター。
オーダーしたフルーツ盛り合わせとパスタでしっかりと口直しができたよ。俺が食事を終えた頃は夕方のピークタイムも過ぎて厨房も暇になったのかジョンストンさんがやってきた。最近どうしてるんだ?と聞かれたんでウォルシュさんに教えてもらって船を作って釣りをやっているという話をする。
「ウォルシュの店は試練の街の中じゃ数少ない魚料理を出す店だ。あいつは自分で外で魚を釣ってきてるからな、いや大したもんだよ」
ジョンストンさんによるとこの街のレストランのオーナーとは大概顔見知りらしい。レストランの組合があって定期的な会合で顔を合わせているのだと教えてくれた。
「タクはプレイヤーだからウォルシュの釣り場よりももっと森の奥まで行ってるんだろ?」
「ええ。森の奥に出向いてそこで釣りをしたり船から降りて魔獣を倒したりしてますよ」
やっぱりプレイヤーは凄いよなと感心して言う。まぁそれが仕事ですから。
「俺だけじゃ無理だけどここにいるフェンリルのタロウや九尾狐のリンネが優秀なんでね。助かってますよ」
その言葉を待っていたのかタロウは起き上がって尻尾を振りながらガウガウと嬉しい声を出すし、リンネは俺の膝の上に乗ったまま言う。
「主の言う通りなのです。タロウもリンネも上級従魔で優秀なのです」
ジョンストンさんはリンネの言葉を聞いてそうか、うんうんと頷いてくれている。大人の対応に感謝だよ。
「そういや、話は変わるがモンゴメリーの果樹園のある原生林に最近ポツポツとプレイヤーの姿が見えてるらしい。この前この店にやってきた時に奴がそう言ってたぞ。何度か原生林の中の道ですれ違っているそうだ」
なるほど、あの洞窟を探しているのか、あるいは見つけたプレイヤーが出たかもしれないな。となるとあの場所が公になるのも時間の問題だろう。
「教えてもらった洞窟に出向いているんでしょう。洞窟の場所が彼の果樹園のある場所とは反対側だからあそこの場所には大勢の人が行くことはないと思いますよ。しかもあの果樹園は山裾からも離れていますしね」
「だといいけどな、知ってるとは思うがあいつは人見知りというか付き合い下手というか。タクが言っている様に道の反対側にある洞窟に出向いていく分には奴の果樹園にはプレイヤーは寄らんだろう」
幼馴染の友人を気遣う言葉を黙って聞いている俺。
「こんな話をタクにしたって仕方がないか。あいつが困ったら手を差し伸べるのが俺の役目だ。それよりも、またいつでも食べに来てくれよ」
「分かりました。またお邪魔しますね。ご馳走さまでした」
「ごちそうさまでした。なのです」
「ガウガウ」
幼馴染か……友人思いのいい人だと思いながら通りを歩く俺。タロウとリンネもこう言う時は黙って一緒に歩いてくれる。俺が何か考えている時はたいてい黙っている2体の従魔達。こっちの気持ちを分かっているのかもしれない。普段は好きなこと言っているリンネとタロウだが根は優しくてよく気が付く従魔達だってのを俺は知っているぞ。
頭の上に乗っていたリンネを両手で抱えると俺の腕の中で7本の尻尾をブンブンと振って喜びを表してくれる。
「タロウもリンネもいつも俺のことを心配してくれてるよな、ありがとうな」
そう言うとタロウは尻尾を左右に振り、リンネは俺の腕の中で再び尻尾をブンブンと振り回してきた。ゲームの中ではお前たちそして妖精たちもみんな俺の家族なんだ。
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