テイマー忍者 〜ソロ忍者は従魔と共に駆け回る〜

花屋敷

PWL (PARALLEL WORLD LIFE)

「やっと落ち着いた」


 上条拓は誰もいない家で独り言を呟いた。 

 両親は早くにいなくなり祖父母に育てられたが祖父が2年前に逝去、そしてつい数か月前に祖母も逝去した。拓には姉がいるが既に結婚して都会に住んでいる。姉夫婦は2人とも弁護士だ。自分と違って頭が良い姉でしかも弟思いで何かにつけて面倒を見てくれている。


 今回も義兄と一緒に遺産相続の手続きやらを全てやってくれたので拓は何もしなくてよかった。


 自分が祖父母の家にいたとこもあり祖父母の遺言でこの地方の一軒家と幾ばくかの現金、株券は全て拓が相続する。


「私はいらないから。拓と違ってお金持ちだしね」


 笑いながらそう言った姉。隣にいた義兄も相続税も最小限に抑えたから気にしなくてもよいと言ってくれた。


 地方にある大学の大学院の1年生になったばかりの拓。文系の大学院なので実験や研究で大学に籠ることもなく比較的時間は自由にある。まぁ大学院に進学した理由が大学4年生の時に就職できそうになかったので大学院にでも進むしかなかったというかなり消極的な進学理由だがこれは誰にも言っていない。


 言ってはいないがおそらく姉は気づいているだろう。でも気が付いていても特に何も言ってはこなかった。


 祖父母の遺品の整理が終わった拓は縁側に出ると庭を見ながら缶ビールを口に運ぶ。季節は初夏で大学院は昨日から長い夏休みだ。バイトでもするかと思っているとインターホンが鳴った。


 大きな段ボール1つの宅急便を受け取って部屋に戻りながら送付人の名前を見ると姉だった。


 中を開けるとTVのCMやネットでよく見た機材が入っていた。機材が入っている箱の上には


 『PARALLEL WORLD LIFE』


 と印字されている。最近評判になっているVRMMOのゲームの機器が中に入っていた。段ボールには機器の箱以外に封筒が入っていた。開けると姉の手紙だ。


 『旦那の事務所がこのゲームの法律面でのアドバイザーになっているのよ。拓がゲーム好きだって知ってたから旦那が1セット貰ったの。やりすぎないでね』



 なるほど納得だ。姉の手紙にもあったが拓はゲーム好きだ。と言ってもアクション系は不得意でRPG系専門だが。この PARALLEL WORLD LIFE(PWL)は2ヶ月程前に発売されたVRMMOで綺麗なグラフィックと広大なフィールドが売りのゲームだ。格闘系、戦闘系のゲーマーからはヌルいゲームだと言われているが発売前から予約が殺到した今最も注目を浴びているゲームの1つである。


 ネットでこのゲームについての記事を見たことがある拓。圧倒的なグラフィックと高性能AI。ゲームはよくあるRPG物で街の外の魔物を倒しながらエリアを開拓していくという王道のゲームだ。戦闘以外に生産もできるということやPK無し、ハラスメント無しという事から女性も楽しめるというのが売りにもなっていた。


 またこのゲームは他のVRMMOとは異なりゲーム内課金が一切ない。プレイヤーは毎月2,000円の定額の利用料を支払うのみでそれ以上のリアルマネーは発生しない仕組みになっていた。課金パワーが一切通用しないゲームとして多くの人々からも好意的にみられている。


 発売された時にはやりたいとは思っていたが申し込みはネットで販売数は15,000人分のみ。ネットでの購入も何十倍以上という競争率であり当然落選していた。


 そのゲームが幸運にも手に入った。サービス開始から2ヶ月後だが何も問題はない。


 チャットアプリで姉にお礼を入れてから早速準備をする。幸いに大学院は長い夏休みに入ったばかりだ。時間はたっぷりとある。


 ネットに接続をしてヘルメットの様な大きなヘッドギアをかぶってベッドに横になってスタートボタンを押すと


「PARALLEL WORLD LIFEにようこそ」


 という文字と共にAIのチュートリアルが始まった。

 

 PWLではまず種族を選ぶ。種族は人間、エルフ、ドワーフ、猫人、狼人、とあり、種族毎に若干STRやAGI等の数値が異なっているらしいが詳細は分からない。基本数値関係はほとんどが非公開になっているのもこのゲームの特徴だ。プレイヤーで検証しろということかな。


 以前のゲームならSTRを1上げるのにゲーム内通貨で大金を注ぎ込んでいたけどこのPWLではまったりプレイするつもりだ。


 以前やっていた別のゲームでは攻略方法やアイテムの効用が掲示板にのると多くのプレイヤーがそれに右へ倣えで皆同じ様にやり、逆にそれをしないプレーヤーを仲間に入れない、排除する流れになっていた。このゲームでも攻略組はおそらくそうなのだろう。でも自分は今回はゲームの中で好きに生きることに決めた。もうテンプレに沿ったプレイはこりごりだ。強くなるよりもゲームを純粋に楽しもう。そう決めていたがまさかこんなに早く手にいれることができるとは。義兄に感謝だ。


 次はプレイヤーの名前だ。以前使っていた「ジョー」と打ち込むと 


 『この名前は既に使用されています』


 やっぱりか先行組の誰かが使っているみたいだ。これもダメかなと次に「タク」と打ち込むと


 『プレイヤー名をタクで登録しました』


 まさかのOKが出た。意外とありそうだからと皆が避けたのかもしれない。


 次は外見だ。これは当人の体型や顔を基にAIが自動作成しそれから一部変更するシステムになっているもちろん当人の体系以外の外見も作成可能だがあまりにかけ離れているのはNGになるらしい。人種はヒューマンにした。猫耳やドワーフは見てて楽しいけれども自分がそのキャラはどうだと考えるとう〜んとなる。ということでここは無難にヒューマンで。


 自動作成した自分のアバターを見ると自分の顔を少し美形にした顔が映っていた。髪の毛も黒いままでいだろう。身長175センチもそのままだ。


「うん。悪くない」


 名前、種族、アバターが決まるといよいよキャラクターの能力というかゲーム内での方向性を決めることになる。


 メインジョブの選択だ。

 

 俺はこのゲームをやりたかったので事前にネットや公式サイトから情報を入手していた。髪の色を黒でいじっていないのもジョブを決めていたからだ。


「忍者一択」


 前衛ジョブ欄には戦士、ナイト、モンク、盗賊、狩人、忍者 とある。

 

 戦士は片手剣、大剣、片手斧、両手斧、短剣、を装備できる攻撃に特化したジョブだ。ナイトとは盾ジョブ。タンクとも言われ、大きな盾を装備することができ、武器は片手剣を装備できる。モンクは自分の肉体を武器とするジョブで突きや蹴りが出来、拳にナックルダスターを装備できる。盗賊は罠解除や気配遮断等に優れているが持てる武器は短剣のみ。ジョブ特性で素早く動くことができる。狩人は弓と銃しか持てないがサーチと呼ばれる広域スキャンがあり遠隔攻撃のスペシャリストだ。

 

 そして忍者。持てる武器は刀のみだが二刀流をスキルとして最初から持っている。あとは忍術も使える事が出来る。更に盗賊や狩人程ではないが気配遮断、サーチのスキルもあり、ソロ活動に特化したジョブだ。


 ただネット上では忍者は外れジョブだと言われていた。曰く、


 刀の威力が想像以上にしょぼく、初期エリアでは初期装備の刀以外に刀をに入れることができない。結果ソロと言いながら強くない。格上相手だとまず死ぬ。

 

 ということで忍者を選んだプレイヤーの中にはキャラを削除して最初から作り直している者もそれなりにいるらしい。このPWLはキャラの作り直しが1度までは可能だ。


 ちなみに後衛ジョブ欄にあるのは精霊士、僧侶の2つだけだ。攻撃魔法に特化している精霊士と回復と強化に特化している僧侶。持てる武器は杖のみ。ソロはきついがパーティプレイであればどちらも重宝されるジョブで実際に精霊士と僧侶は大人気らしい。


 そして種族と同様に、全てのジョブでSTRやINTと言ったステータスは開示されていない。マスクデータになっている。



 最初からソロでやると決めていた以上忍者以外は考えていない。格上を相手にするから死ぬだけで効率を考えなければ楽な敵相手でも経験値は稼げる。要は早く強くなりたい人には向いていないジョブなのだ。


 と思っている。


 マスクデータといい、このPWLは事前に開示する情報が極めて少ないゲームであった。ただそれにも関わらずここまで人気があるのは今までとは桁違いの美しいグラフィックとまるで自分がそこにいる様にプレイヤーがプレイできること、つまりレスポンスが異常に早くて正確。そしてNPCがまるで本物の人間の様な対応をすること等従来のVRMMOよりは数段上にあるゲームだからだ。



 選ぶのはジョブだけだ。あとはPWLの世界でやりたいことをやってくれて良いというスタンスでこれも大勢から指示を得ている理由の1つでもある。冒険者をしつつ調理や錬金、木工、鍛冶等好きな事をしてゲームを楽しんで欲しいということらしい。


 名前、アバター、そしてジョブが決まったら設定は終わりだ。


 その後はゲームにおける注意事項の説明があった。ゲーム内での暴言や個人情報の開示などを行なった場合にはGMが現れるケースもあるが場合によっては問答無用で1発でアカウントを消されてしまうこともある。もちろん再登録はできない。


 義兄の事務所はこのあたりのアドバイザーになってるんだろうな。


 また連続インについてもリアル時間で12時間までとなっていて、11時間を超えると警告が出て、12時間経つと強制終了となりその後1時間はインできない事などの説明があった。


 PWLの1日はリアルでは6時間、ゲーム内ではリアルの4倍のスピードで時間が進んで行く。


 つまりリアル12時間=ゲーム48時間(2日)となる。


 脳内に声がした。


『それではPWLの世界をお楽しみください』


 その言葉で視界が暗転した。


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