第23話 腕試しはそこそこで

「ヨハン殿。我らの願いを聞き届けていただけまいか!」


 何やら、実直そのものといった外見の騎士が、執事ヨハンに直訴をしてきたぞ。

 ソフィエラお嬢様は、リップルを連れてどんどん先に行ってしまう。


 安楽椅子冒険者殿は一瞬振り返り、


「騎士たちを飛び越えて直接私たちに依頼してきたんだ! 大層な伝説を持つ私はともかく、どこの馬の骨とも知れぬ君から納得が欲しいというのが彼らの思いだろう!」


「なるほどなあ」


 わかりやすい解説だ。

 リップル、実に冴えてる。

 僕は騎士たちに向き直った。


「つまり、僕の実力の程を知りたいということでしょう」


「話が早い」


 騎士がニヤリと笑った。

 執事ヨハンはちょっと困った顔をしたものの、「やれやれ、武人というのものはなんとも面倒だ。だが、お前たちのその面子が存在するからこそ、騎士は信頼に値する」と応じた。


「ナザル殿。お願いしてもよろしいですかな? ソフィエラお嬢様のわがままに端を発した事とは言え、彼ら騎士もアーランを守る剣であり槍なのです。彼らの誇りに納得を与えてください」


 僕を値踏みする目だな。

 いいだろう。


 ここで騎士たちに手も足も出ないようでは、そもそも護衛など務まらない。

 僕は手ぶらで広場にやって来た。


 その辺りから、棒を一つ拾い上げる。

 練習用のものだろう。


「僕はこれで」


「寸鉄すら帯びていないだと? 冒険者風情が騎士を舐めるな!」


 実直そうな騎士が激昂した。

 僕は見た目からして武闘派には見えないし、肉付きもバリバリの戦士のそれではない。

 強そうに見えないもんなあ。


「あー、勘違いしているようだけど、僕は魔法使いの一種だ。だから、杖代わりに棒を使うことは理にかなっている」


 僕が説明すると、実直な騎士がハッとした。

 咳払いしたあと、


「そ、そうだったか。魔法使いにとって、杖とは騎士の剣も同じ。貴君は自らの剣を手にしていたのだな。非礼を詫びよう」


 周りの騎士たちも、なんか納得した顔になる。

 こう、何事も筋が通ってないといけない人々だ。


 いやあ、面倒くさいなあ!

 だが、だからこそ騎士なんかやっていられるのだ。

 最後までお付き合いしましょう。


「我が名は騎士ボータブル! 騎士団長パリスンの薫陶を受け、並ぶもの無き豪剣を身に着けたアーランの剣なり! 名乗られよ、冒険者!」


「油使いナザルです。お困りごとの際は、どうぞナザルをご用命ください」


「油?」「油使いとは」「というか名乗りと言うより宣伝文句だったぞ」


 ざわつく騎士たち。

 だが、大したことではあるまい、とすぐ静かになった。

 彼らは、騎士ボータブルの勝利を疑っていないのだ。


 いやあ、普通は騎士が勝つ。

 正式な訓練を受け、肉体をきちんと作っている騎士が冒険者に負けるわけがないのだ。


 ゴールド級以上に上がる、化け物みたいな冒険者を除けばの話だが。

 対する僕はカッパー級。

 構えず、棒を右手にして、地に向けている。


 執事ヨハンが中央に立ち、左右にいる僕らへ手のひらをかざした。


「両者、構え!」


「構えよ、冒険者!」


「ナザルです。ああ、僕に構えは無いんで。魔法使いなので」


「なるほど、しかし、手加減はせぬぞ! 腕の一本は持って行く!」


 ボータブル、でかい木剣を構える。

 それ、質量だけで人を撲殺できるでしょ。


 対する僕の棒は、いかにも頼りない。

 木剣の中でもとびきり細いやつだ。

 だが、これでいい。


「始め!!」


 ヨハンが叫び、後退していった。

 身構えていたボータブルが、「うおおおおおおおーっ!!」と叫びながら駆け寄ってくる。

 大上段に構えた剣を、思い切り振り下ろす迷いのない一撃!


 いやあ、直撃したらそれ、死ぬでしょ!

 それだけ彼は本気ということだ。


 なので、僕も本気でいく。


「油を!」


 僕が棒で空間を指し示すと、ボータブルの間に油玉が出現した。

 咄嗟に豪剣を振るう騎士。

 油玉が、でかい木剣で叩かれて爆ぜる。

 油が木剣を包み込み、ボータブルの全身に降り掛かった。


「ぬわあっ!? なんだこれは!!」


 僕は、飛び散った余計な油を端から魔力に変換。

 今度は足裏から油を生み出す。

 戦場に広がる油。


 土に染み込まず、ただただ広がり続ける油だ。

 それは、大地を踏みしめることを許さない。


「なっ!? 踏ん張りが……!!」


 ボータブルの体が泳いだ。

 振り切った上体の勢いに持っていかれて、足がつるつると滑っていく。

 僕は半身になってこれをやり過ごし、つるーっと彼の後ろへ回り込んだ。


「せいっ」


 ボータブルの膝裏を突く。


「ぐわあーっ」


 ばたーんとボータブルが転んだ。


「な、なんだこれは! 地面がまるで油の池のように……! うおお、立てぬ! 立ち上がれぬ!!」


 じたばたするボータブル。

 だが、僕の油が摩擦を限りなくゼロに近づけているので、絶対に立つことはできない。

 ついには握っていた木剣も、スポーンと飛び出していってしまった。


 僕はボータブルの横まで歩いて行き、彼の首筋に木剣を突きつけた。


「これでとどめです」


「ま……参った」


 騎士ボータブルが呆然として呟いた。

 周りの騎士たちも、信じられないものを見ているような目をしている。


 納得できない騎士が数人いたので、同じように何度か一騎打ちをしてやった。

 全員油でつるっつるに転ばせてやった。


 「な、なるほどぉ……」


 騎士たちの目に広がる納得の色。

 さっきまで、僕を舐めて掛かっていたような雰囲気はもう無い。

 敬意みたいなものがそこにはあった。


 相手が強ければ納得が得られるというわけだ。


「お分かりいただけたでしょうか」


「ああ、納得した! 貴君は強い!! ここが戦場であれば、俺はやられていた」


 騎士ボータブルが天を仰ぐ。

 他のやられた騎士たちも同様だ。


「いや、我らは貴君を侮っていた! 謝る! 謝罪する! 見た目で人を決め付けて、その実力を測れぬ騎士など愚の骨頂! 命がいくらあっても足りぬ!」


「いやいや、そんなに自分を責めないで。僕が極めて特殊なパターンなだけですから」


 ドロテアさんに言われて、油使いの練習をしているところだったのだ。

 そこで生み出したのが、この摩擦ゼロ油。

 実戦で試せたのは実にラッキーだった。


「ありがたい。貴君が情け深い御仁であることは救いだ。だがナザル殿」


「なんです?」


「どうして貴君ほどの実力者がカッパー級なのだ……? 貴君であれば、噂に聞くゴールド級にだって容易に到達できるだろうに」


「あ、いやあ、それはですね、ははは。人生設計の問題的な理由がございまして……ああ、どうやらそろそろリップルが僕を呼んでいる気配です。これにて御免!」


 僕は時代劇風な別れの挨拶をし、全力疾走でお屋敷に向かうのだった。


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