第15話 ゴブリンの退治と考察

 マスダ村遊撃隊とともに、串に刺した鹿フライを食べながら行くのである。


「ナザルさん、俺らもっと、ゴブリン退治はヤバい感じだと思ってたんですけど……。分布図にゴブリン寄せのお香にお弁当まで……」


「ぶっちゃけピクニック気分になってますよ」


「ああ、気負う必要はないよ。同時に、油断はしないでおいた方がいい。自然体で行こう。ゴブリンの行動プログラムは決まっているからね」


「ぷろぐらむ……?」


「この世界のゴブリンは、魔法や装置で生み出される魔力ロボットみたいなものなんだけど……うーん、説明が難しいな」


 僕は、リップルが魔法でゴブリンを召喚して使役するのを見て、疑問に感じたことがある。

 魔法で呼び出されるゴブリンは召喚されるのか?

 それとも、作り出されるのか?


 どうやら後者らしい。

 リップルは好みの形のゴブリンをデザインし、その場に作り出しているのだ。


 その他、密林に時折発生するゴブリンの群れを追っていくと、大抵がリーダー格のゴブリンシャーマン、ホブゴブリン、稀にゴブリンキングがいて、他は全てクローンのように全く同じ姿のゴブリンだけなのだ。

 なお、ゴブリンには性別がない。

 生殖器が存在しない。

 これは彼らが生殖で増える存在ではないことを現しているのだ。


 ……という持論を話そうと思ったけど、難しそうだからやめておいた。


「ゴブリンはこの香に寄せられてくる習性があり、近くに他の生物がいないと香の周りをぐるぐる回り続けるんだ」


「へえー!」


「知らなかった……」


「ゴブリンに見つからないようにずっと観察してるとかないですもんね」


「ああ、これも全て僕がソロで、まあまあ暇を持て余してる時があるからできることなんだ。ゴブリンの動きを1日中物陰から眺め続けている……」


「暇人……」


 ソロはね、自分が最低限食っていければそれでいいから、仕事をしたくない時はそうやって日がな一日時間を潰していたりできるのだ。

 その結果、僕の中には多くの知見が溜まっていくのだ。


 前世の知識と経験は現実社会で活用できるが、こうして趣味で広めた知見は冒険で活用できる。

 人生に無駄なものなどない……!


 ということで、実際に活かしていってみよう。

 僕は油を噴霧し、火を付けた。

 ここに香をくべる。


「森の中で火を使っていいんすか!?」


「ああ。燃え広がりそうなら油を回収するから大丈夫。それに密林は湿度が高いからね」


 香を焚くと、虫や獣が遠ざかり、ゴブリンが集まってくる。

 僕がここで活躍してもいいが、その辺りの戦闘は遊撃隊に任せるべきだろう。


 そして本日は予備の油を持ってきてある。

 僕の油使いは、油と魔力の交換である。

 つまり……市販の油が魔力になり、これをまた油に変えられる。


 使用した分の魔力をすぐに補充した。

 遊撃隊を連れて、木々の影に隠れる。


『ギャッギャッ』『ギャギャア』


 ゴブリンがやって来た。

 集団だ。


 めいめい勝手に動いているように見えて、よく見ると実は3パターンしか動きがない。

 これがゴブリンロボット説の理由の一つだ。


 稀にエラーが起きて、群れからはぐれるゴブリンがいる。

 そういうのを村の若い衆がやっつけて自信を付け、冒険者になったりするのだが……。

 エラーが起きてるゴブリンは本当に弱いので、この間の面接では本物とやってもらったわけだ。


 そして今回のゴブリンの中で、自由意志に近いものを持っているのはただ一体。


「ゴブリンシャーマンはいないな。このゴブリンたちを幾ら相手にしても無駄だ」


 僕は遊撃隊に告げる。

 彼らは頷き、木々の間を音をなるべく立てぬよう、ゆっくりと移動する。

 ゴブリンがやって来た方角に向かって遡る。


 バキバキと枝が音を立てそうだが、そこは僕が油をぬるりと発して、茂みをヌルヌルと移動するのだ。 

 遊撃隊が油まみれで泣きそうになっている。

 堪えろ……!!


 森はネットリとして、乾いた音を一切立てない。

 油バンザイ。


 やがて、森の先でじっと香の辺りを見据える影が見つかった。

 ボロボロのローブを纏ったゴブリンだ。

 これがゴブリンシャーマン。


 シルバー級の魔法使いに匹敵する魔法を使う、ゴブリンの上位種なのだ。

 どうやら風の魔法を使い、周囲を警戒していたらしい。

 ちょっと先に行ったタロスが勘付かれた。


『ギィーッ!!』


 ゴブリンシャーマンが警戒の声を上げる……!


 ここで、僕はゴブリンシャーマンに向けて油を霧状に噴射した。


 さらに振り返り、ゴブリンたちの方角に向けて地面をたっぷりとした油で覆う。

 やれやれ、これで本日分の魔力は切れた。


「ナザルさん! 俺たち行きます!」


「ああ、魔法に気をつけて」


「はい!」


 盾を構えて、走っていくタロスとゴサック。

 盾は木製だから、石の魔法などをぶつけられたらいちころだろう。

 普段なら。


 案の定、ゴブリンシャーマンは木の盾を撃ち抜くべく、石弾投射の魔法を使った。

 ゴブリンシャーマンの腰の袋から飛び出した石の弾丸が、回転しながら飛来する……!


 そこに、油がたっぷり噴霧されていた。

 ねっとりと油に包まれた石弾が、やはり森を突っ切った時に油まみれになっていた盾の表面をヌルーリと滑っていく。


『ギィィ!?』


 驚愕するゴブリンシャーマン。

 僕らの背後からは、ゴブリンたちがバタバタ走ってくる。

 だが、彼らは僕が張った油地帯に入り込み、つるんと滑って転ぶ。


 前の者が転ぶと、そこに引っかかって後ろのも転ぶ。

 また後ろも転び……。

 立ち上がろうとして転び、這い進もうとした者の頭に転ぶ者がいて、大混乱になる。


 そもそも、ゴブリンは油でつるつるになった場所で転倒するというケースが想定されていないらしい。

 何度か僕が試して分かった結果だ。


 彼らは油地帯で転ばせると、そこでスタックする。


「ゴブリンがやってこない! 今だ!」


 ヤースケが叫び、ゴブリンシャーマンの背後に回り込みながら石を投げつける。

 石もまた油でヌルリとなっているが、シャーマンの気を引く力はある。


『ギィィーっ! ギッ、ギギィッ!!』


 ゴブリンシャーマン、お次はとっておきの魔法を使う気になったようだ。

 それは、爆裂火球。

 まともに命中すれば、腕の一本も吹き飛ぶようなとんでもない威力の魔法だ。


 ゴブリンシャーマンは優秀な魔法使いだが、やはりゴブリンなのだ。

 周囲の空気が油まみれになっているという想定ができない。

 反射的に、ヤースケを攻撃しようと爆裂火球を生み出し……。


 それがシャーマンを取り囲む油に発火し、燃え上がった。


『ギャギャギャー!?』


 ここで、遊撃隊は素早く後ろに下がり、ひたすら石を投げつける。

 偉いぞ。

 油まみれの君たちが突っ込んだら燃え上がって大やけどだ。


 やがて、炎に包まれ、石を何発かぶつけられたゴブリンシャーマンが、崩れ落ちていった。

 それと同時に、司令塔を失ったゴブリンたちがバタバタとめいめい勝手に動き始める。


 僕はあれを逃走モードと呼んでいる。

 とにかく逃げて逃げて、新しい指揮ユニットのところに向かう行動だ。


「よし、遊撃隊、逃げるゴブリンを追いかけろ!」


「うす!」「おっす!」「よっしゃ!」


 三人が走った。

 僕は三人の体から油を吸い上げて、魔力を補充しておく。


 あとはもう、油から立ち上がろうとするゴブリンを倒すだけだ。

 彼らの動きはなかなか洗練されている。

 三人でのコンビネーションに特化しているのだろう。


 これなら、次からは僕の油がなくても上手くやるかも知れない。

 頑張ってほしい。

 そしてまた困った時、何でも屋のナザルに高い報酬で依頼してきて欲しい……!


 心からそう願うのだった。

 依頼人はこうして育てるのだ。

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