第2話 油使いはこういうお仕事

 宿に保管してある、野宿セットを用意。

 我らが冒険者の街、アーラン西方に広がる密林へ向かうことにする。


 密林の入口には林業に従事する職人さんたちの拠点がある。

 ここで聞き込みだ。


「どうも、こんにちは」


「おお、ナザルじゃないか。今日もまた密林に入り込んだやつを連れ戻すのかい?」


「ええ、この季節は新しい冒険者が加入するね。風物詩みたいなもんだよ。それで、見覚えのない男性が密林に単独で入ったと思うんだけど」


「ああ。ありゃあ前衛職のやつだな。金属鎧に長い剣を持ってた。全く、密林は遺跡と違うぞ。声を掛けてやったが、余計なお世話だったようで無視されちまった」


「いやあ、それはよくない。挨拶は人間関係の潤滑油だというのに」


 僕は天を仰いだ。

 一見して無駄にしか思えないことでも、それが行われている理由があるものだ。

 挨拶なんかは、知らない人間同士がお互いを敵ではない、と自己申告するための一番簡易な手段と言えるだろう。


「ところでどうだい、景気は。お化けムササビが悪さをしていないかい?」


「困ったもんだよ! あいつら、ずっと西から移り住んで来やがった。あの前歯で木をかじり倒すから、商品が傷物になっちまう」


「そりゃあ困りものだ。では、行きがけの駄賃で一匹か二匹減らしてくるよ」


「本当か! そりゃあ助かる!」


 僕が親方たちと談笑しているので、焦った顔のメリアが袖を引っ張ってきた。


「ちょっと! そんな無駄話してる暇があるの!?」


「無駄じゃないですよ。ああ、親方! みんな、また!」


 手を振って別れる。

 そして森に入りながら、


「ああして普段から彼らと交流を持っておけば、何かあった時に情報をもらえたりするもんです。今だって、お化けムササビは一匹じゃないという情報を得た! そして実害だってある。同時に、彼らはこれから材木にするであろう樹木を傷物にしている……」


「それがなんだっていうの!?」


「つまり、構えが立派で、建材として使いやすい樹木に彼らは集まるということです。そしてエレクさんの狙いはそのお化けムササビだ。目的地が絞られた」


「あっ、そういう……」


 ご納得いただけたらしい。

 こういう時、理解を得るための言葉を惜しんではいけない。

 多少の時間を費やすことで信頼が得られるなら、安いものだ。


 少し進んだだけで、辺りは下草に覆われて容易に進めなくなった。

 これも好都合。


「密林は広いから、どこに行ったらいいか分からなくなるわ……。無事でいて、エレク……!」


 メリアさんは不安げだ。

 エレクさんを見つけられるか、心配でならないんだろう。

 お気持ちは大変分かる。


「一つ伺いたいんですが、エレクさんは無鉄砲なタイプでしたか? こう、計算無しでどこまでも突っ込む蛮勇の持ち主というか」


「いいえ。そうだったら彼は遺跡で命を落としてると思うわ。できることを堅実にヤろうとするタイプよ。今回一人で突っ込んだのは……その……私がカッとなってひどいことを言ったからで」


「なるほど」


 深くは聞かないでおこう。

 色恋沙汰だ。

 そういうのは、僕の専門外である。


「なるほど、なるほど。では彼は一時的に正気を失っていたものの、その大本は冷静なプロであると。なるほど」


 僕は下草の多い場所から、踏み固められた林道へ移動する。


「では、この林道をたどればいいでしょう。彼は、自分がこういう自然環境のプロではないことを知っている。こういう場所ではあなたが頼りだったでしょう?」


「ああ、うん、そう。あたしはレンジャーだから。今もちゃんと襲ってくるモンスターを警戒してるから安心して」


「はい、それは安心です。僕も僕らのちょっと外側に油を噴霧して警戒してましてね」


「油を!? 噴霧!?」


「詳しい説明は省きますね」


 ややこしい話になるし、話に集中されたらメリアさんの警戒が薄れそうだから。


「あっ、何か来る!」


 メリアさんが弓を構える。

 レンジャーという職業には、危険感知能力が備わっている。

 第六感みたいなものだ。


 こういう屋外環境では実に頼りになる。

 ……遺跡をタッグで攻略していたエレクさんは、どうして屋外専門家のメリアさんと一緒に……?

 愛かな? 愛だな……。

 口にしないでおこう。


 僕はメリアさんが警戒する方向に向けて、手をかざす。


「じゃあ、お見せしましょう。これが油使いです」


『ギギィッ!!』


 甲高い叫び声が響いた。

 木々の合間を縫って、猛スピードでこちらに突っ込んでくる大きな影がある。

 お化けムササビだ。


 そこに、僕は腕全体を油を打ち出す砲口に見立てる。


「発射」


 ヌポンッと音がして、油の玉が飛び出していく。

 木々の合間から差し込む光を受けて、キラキラ黄金に輝く美しい油だ。


 そこに、お化けムササビは自ら突っ込んでいった。


『イギィーッ!? ギギギギギィーッ!!!』


 頭から毛並みまで油まみれだねえ。

 ヌットヌトになった体が風を受けられなくなり、ポトッと落ちた。


「チャ、チャンス!! えいっ!!」


 頭を狙って矢を打ち込むメリアさん。

 僕も小走りで寄っていって、のたうち回るお化けムササビの口目掛けて、油の玉を打ち込んだ。

 過剰な量の油が流し込まれ、お化けムササビが窒息する。


 あとは見ているだけ。

 少ししたら、お化けムササビは動かなくなった。


「え……えっぐい……」


「これが油使いの実力の一端です。ああ、油は僕の魔力と等価交換なんで、また魔力に戻しますね」


 油が消える。

 お化けムササビは、まるで地上で溺れ死んだような有り様だった。


「ちなみにこの油、飲めるんですよ。お料理の時にはぜひ活用して下さい」


「い、いや、遠慮しておきます」


 なぜかドン引きで断ってくるメリアさんなのだった。



 

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