第19話 打ち上げ花火、上から見るより下から見る派
祭りの出店をとことん食べ尽くす。
焼きそばを貪り、たこ焼きを放り込み、かき氷を流し込み、わたあめにむしゃぶりつく。
「こ、興くん、一回落ち着こう?ね?」
「ま、まだだ!まだベビーカステラとチョコバナナとりんご飴が残ってる!」
「だから落ち着こうって言ってるの!」
「へぶっ!」
湊月にしばかれてようやく正気になる。
「ハッ!?俺は何を…」
「いや、そうはならんでしょーよ」
正直お腹いっぱいだったので止めてもらえたのはありがたい。
もちろん、湊月にもいくつか分けてあるが、大体は俺が食べてしまっている。
「湊月は何か食べたいもの無いのか?」
「興くんほど目の色変えて食べたいものは別に無いかなー」
俺みたいに正気を失いながら一心不乱に食べる湊月は見たくないしな。
「にしてもお祭りの雰囲気ってホントに独特だよね」
出店の雰囲気もそうだが、提灯の街灯や、普段見ない浴衣や甚平などの夏の正装をしている人達が往来を歩いているのも、また一つの雰囲気作りに貢献している。
だが、その中でも一際輝いているのが、俺の隣できょろきょろと屋台を見渡す俺の彼女だ。
すれ違う全ての人が一目見ようと振り返るその可憐さたるや、まさしく一輪の花だ。
「他にも花はあるのにな」
「ん?どうかした?」
「いや。なんでも」
正しくは高嶺の花だったのかもしれないな。
とにかく俺達は祭りを楽しみに楽しみ抜く。
そのどれもが今までの祭りで一番楽しく感じる。
隣でころころと笑う湊月がいるだけなのに、一人で満足いくまで遊んだ時より、友人とはしゃいで回った時より、今日の祭りは格別の楽しさだった。
ちらと時計を確認する。
「湊月、そろそろ移動しよう」
「ふぇ?」
ベビーカステラを口に放り込みながら、湊月は俺を見る。
「今日のメインイベントの時間だ」
場所はマンションの八階。そのベランダに俺と湊月はいた。
「帰ってきちゃったけど良かったの?」
そう。俺達は家に帰ってきていた。
「まぁまぁ。ここからの景色が一番綺麗に見えるんだよ」
去年、食うだけ食って帰ってきた時に偶然見つけた最高のロケーション。
この雑多な街の中で、そこそこの高さがあるこの部屋からの美麗さは、下から見たのでは感じられない迫力がある。
二人で出店で買ってきた食べ物を消費しながらその時を待つ。
その時、地面を揺らす煙火筒の発射音が鳴り響いた。
「来たぞ」
甲高い滑空音が闇夜に溶けながら、白い軌跡が頼りない直線を引いて、それは空へと立ち昇る。
そして空の高い位置。暗闇のキャンパスにそれは咲いた。
炸裂音。それと同時に花火玉が美しい火の花を描いて煌々とその身を散らす。
「わぁー!すごい!」
俺の隣で湊月が叫ぶ。
「たーまやー!」
連続で上がる特大花火の爆音に、その声はかき消されがちだが、興奮気味に花火を見上げる彼女が色とりどりに照らされる。
今日はずっと湊月に目を奪われてばかりいる気がするな。
まぁ、仕方ない。それだけ彼女は美しく、愛らしく、輝かしいのだから。
「マンションの八階にもなると、だいぶ花火が近くなって迫力出るねぇ」
「だろう?去年自堕落に生活して発見した俺を褒めて欲しい」
「自堕落だったことと差し引きしてプラマイゼロだね」
「厳しいなぁ」
いたずらに笑う彼女に俺も苦笑する。
次第に花火の打ち上がる間隔が早くなる。もうすぐ終わりが近づいてきたことを告げる連続花火だ。
「興くん」
「うん?」
花火を見上げていた目線を湊月に移す。
その湊月は眼前に迫っていて、そっと唇を重ねてきた。
柔らかな唇の感触がついと離れていくと、湊月は笑顔の花を咲かせる。
「花火にキス、ちょっとエモいシチュエーションだよね」
「……普段は天真爛漫なのに、こういう時は乙女チックになるよな」
「仕方ないよ。私だって女の子だもん」
「知ってるよ」
そんなの、俺が一番知っている。
俺が知る限り世界で一番可愛い女性。
そんな子が目の前にいることを、俺は知っている。
「なぁ、湊月」
「うん?」
花火が全て打ち上がり、またいつもの静かな住宅街に戻る。
「俺、頑張る」
「どうしたの急に」
今度は湊月が苦笑する。
「お前に釣り合えるよう、頑張るよ」
湊月は世間も認める可愛さを秘めている。それは外見だけじゃなくて、中身も同じことが言える。
そんな彼女に、お前がなんで彼氏?なんて言われないように頑張ろうと改めて思う。
彼女のためにも、俺のためにも、もっと輝かしい人間になろうと誓う。
唐突な発言に面を食らったように目を
「頑張らなくてもいいんだよ」
鈴の転がるような声が優しく耳を撫でる。
「私は今の興くんがいてくれるだけで十分に幸せなんだから」
閑静な住宅街。闇の帳が空を覆っている。
「だから、一つだけ、約束して欲しいな」
湊月からの珍しい言葉。
約束。それは互いに交わす契り。
自由な彼女がもたらす、初めての不自由。
「私のこと、何があっても離さないでね」
それはきっと、彼女の不安でもあった。
夏休みも終盤。
俺達は湊月の実家の前に来ていた。
夏祭りを堪能した数日後、湊月は智さんに連絡を取って今日の日付に実家に帰る約束をしたらしい。
もちろんその際に俺が同行する旨を伝えてくれている。
智さんは「婿殿に失礼が無いように万全を期さないとね」と笑ってくれたらしい。
微笑ましいのは結構だが、もう婿になる運命は変えられないのか。せめて湊月を娶るようにしたいのだが。
とりあえずそこは会ってから詰めるとして、俺達は顔を見合わせる。
お互い緊張している顔だ。
おそらく同じ理由で緊張していると思う。
湊月の言う義兄さん。その存在が俺にとって未知数であり、湊月にとってトラウマになっている。
前に聞いた話だけで推測すれば、湊月の父である智さんの幸せを邪魔したくないという、湊月の気持ちを利用して、湊月によからぬ悪戯をしたという人物だ。
それがどんな事情で、どこまでの程度であろうと、湊月の心に傷を負わせたことには変わり無い。
俺としては毅然と立ち向かうつもりだが、それでも湊月の家族になった人間だ。なるべく穏便には済ませたい。
「ふぅー」
湊月は長く息を吐くと、実家のインターフォンを押す。
一般的なインターフォンの音が鳴り響く。それから間もなく家の扉が開く。
「お、お帰りなさい。湊月ちゃん」
中から出てきたのは美しい女性だった。
ゆるふわとした茶のロングヘアーをシンプルな赤いバレッタで纏め、目尻が上がった目は湊月のまんまるな瞳とは違うが、芯の強さを感じさせる。スレンダーなモデル体型は凛々しく、全体的に見て綺麗だという印象を受ける。
見た目は三十代前半か、もっと若い可能性さえ感じさせる若々しさだが、実年齢は聞いていない。
だがそんな凛々しい女性が、少し緊張した様子で湊月に声をかける。
「た、ただいま、お義母さん」
湊月も同様に緊張している。
智さんの再婚からあまり月日が経っていないことは、湊月の話からも推測できるが、それにしてもよそよそしさを感じる。
「どうも初めまして。湊月さんとお付き合いをさせていただいてます、竹芝 興と申します」
空気を変えようと、俺は玄関先ではあるがお義母さんに挨拶をする。
「あらあら、ご丁寧にどうも。湊月ちゃんの母の菅野 志乃です」
湊月のお義母さんである志乃さんも挨拶を返してくれる。
「ふふっ、サプラーイズ!」
その志乃さんの背中から、若手俳優のような風貌ですでに四十路を超えている湊月の父、智さんがひょっこりと顔を出す。
「僕が先に出迎えると思っただろう?ここで敢えて妻を先に合わせるというドッキリを仕掛けてみたんだがどうだったかな?」
「お久しぶりです、智さん。息災でいらして何よりです」
「ノーコメントかぁ。つれないねぇ」
不満げな顔をあからさまにしながら、智さんは皆を家の中へ招き入れる。
「湊月もおかえり。さぁ、みんな家の中へどうぞ」
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